第5話【問題用務員とお供え物】
ルージュは中庭に吊るしておくことにした。
「この生物兵器製造機め。反省するといい訳だが」
「わたくしは何も悪くないんですの!!」
中庭の木に吊り下げられたルージュは「下ろすんですの!!」と叫ぶ。
ただの縄であれば転移魔法でも何でも使って逃げ出せるものだが、彼女の身体を縛り上げているものは純白の鎖の形をした神造兵器『冥府天縛』である。触れた相手の魔力を遮断し、魔法を使えなくする頑丈な鎖だ。
もちろん魔法だけではなく、暴走状態に陥った神造兵器も拘束することが出来る拘束具である。死後の世界である冥府を凝縮化した純白の鎖で拘束されれば、どれほど魔法や神造兵器に明るかろうが、どれほど怪力だろうが解くことは出来ない。
そんな純白の鎖で宙吊りにされるルージュは、せめてもの抵抗としてジタバタと暴れる。そんなことをしても無駄である。
「あの至高の産物が理解できないとは人類は遅れているんですの!!」
「ユフィーリア君、今すぐこの第三席を名乗る馬鹿野郎を終焉させてくれないかね。この世から消し飛ばせば全て解決する訳だが」
「そんな暴行が許されるとでもお思いですの!?」
真顔のキクガからいきなり話題を振られ、ちょうど通りかかった男子生徒からお菓子のカツアゲ真っ最中だったユフィーリアは「え?」と首を傾げる。
「そいつを終わらせてもいいけど、そうしたら司法関係は誰の仕事になるんだ? アタシは嫌だぞ、やるの。面倒臭え」
「それなら心配無用だ。第三席は私が兼任する訳だが」
キクガは「法律関係は全て頭に叩き込まれている。問題ない」と胸を張る。
七魔法王が第四席【世界抑止】であるキクガだが、第三席【世界法律】の仕事と似て非なる業務を担当している。どちらも元を辿れば法律が関わってくるので、第四席【世界抑止】が第三席【世界法律】の仕事を請け負っても問題はないかもしれない。
しかしそうなると、第四席【世界抑止】であるキクガの負担が増える。今はまだ死後の裁判だけで済んでいるだろうが、生きている人間の裁判関係は死後の裁判よりもかなり件数が多い。本来の仕事が圧迫されて大変なことにならないだろうか。
――ということを予想していたのか、ショウがしょんぼりした表情で「え……」と言う。
「今以上に父さんに会えなくなってしまう……」
「やはり止めよう。業務に追われるあまり個人の時間が圧迫されれば話にならない訳だが」
息子の鶴の一声によって、ルージュの死亡の危機が回避される。怒れる冥王第一補佐官様も、さすがに息子の寂しそうな声には弱かった様子だ。
「だがそれはそれとして、すでに死亡しているはずの幽霊の魂魄を消し飛ばして冥府に強制送還させたのは『魂魄暴行法違反』という法律がある。君はそれに違反した訳だが、何か異論はあるかね?」
「たかがマフィン如きで消し飛ばされる脆弱な魂が悪いのではないんですの?」
「こいつ反省してねえな」
的確に罪の内容を指摘されてもなお、反省する素振りすら見せないルージュにユフィーリアは呆れる。
ここまで反省しないとはいっそ清々しい。罪状を指摘されてもなお「消し飛ばされた魂の方に落ち度があった」と開き直れる態度は問題児として見習わなければならない。説教される立場に必要なのは、この図太い神経だ。
いっそぶん殴ってでも謝罪の態度を取らせるかとユフィーリアが雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめると、それより先に宙吊りとなったルージュの下にショウ、ハルア、リタの未成年組三人衆が取り囲む。
「何ですの。見せ物じゃねえですのよ」
「ええ、分かってますよ」
「反省しないのは悪いことだよ、ルージュ先生」
「悪いことをしたら『ごめんなさい』ですよ、ルージュ先生」
宙吊りにされたことで睨みつけてくるルージュを取り囲む未成年組とリタが取り出したものは、何やら羊皮紙を束にした雑な冊子である。それを広げると、
「それではお聞きください。俺の執筆した自作小説――」
それはそれは、とても楽しそうなものでも見るかのような表情で、ショウは自作したと言う小説とやらの詳細と題名を告げた。
「ユフィーリアとエドさんの不倫小説、題して『ユフィーリア寝取り』です」
「あぎゃあああああああああああああ!?!!」
「ちょっと待てショウ坊、何でそうなる!?」
「ショウちゃん、ちょっとお話しようかぁ?」
不倫や浮気といった現象が大嫌いなルージュにとって、その小説の内容は会心の一撃となった。血涙を流しながら発狂し、その口からはとても理性的なものではない言葉が漏れ出る。
同時にそれは、ユフィーリアとエドワードにも通用するダメージだった。何が悲しくてそんな寝取りとか不倫だとかの世界観に巻き込まれなきゃいけないのだ。絶対に読みたくない作品である。
ショウはキョトンとした表情で首を傾げ、
「何か?」
「『何か?』じゃねえんだ、ショウ坊。どうしてそんな残酷な小説を書くんだ?」
「俺ちゃん、ショウちゃんに何かしたぁ? 謝るから言ってみてくれるぅ?」
「いえ、別にエドさんが嫌いだとかユフィーリアと距離が近すぎるんだよなとか思ったから相手役に選んだ訳ではないですよ」
「私怨が入ってなかったぁ?」
一瞬だけ混ざり込んだ私怨にショウは「何のことやら」と返し、
「対ルージュ先生兵器として扱えるのは不倫や浮気です。ならば不倫や浮気を題材にした小説などが最適だと」
「それがどうしてアタシとエドになるんだ?」
「? 学院長の方がよかったか? あるぞ?」
「『あるぞ』じゃねえんだ、ショウ坊。まず書くなよ、アタシが不倫したっていう世界観の小説を」
さらにどこからか別の冊子を取り出してきた嫁の手から、ユフィーリアはお手製の冊子を没収した。せっかく書いたものだが魔法で燃やしておいた。こんなものを持っていても誰も幸せにならない。
同時進行で、こんな地獄の煮凝りのような小説を書き腐った張本人であるショウの頬をエドワードがびよーんびよーんと伸ばして罰を与える。「いひゃい、いひゃいでひゅ」と痛さを訴えてきてもお構いなしだ。伸縮自在な嫁の頬が遠慮を知らない手で伸びに伸ばされる。
すると、
「補佐官、あいつ何とかしてくれよ!!」
「お供えの自慢ばかりするんだぜ」
キクガの元に、見窄らしい格好の幽霊が飛んでくる。彼らの頭には斧や長剣が突き刺さっており、それが死因と見られていた。
不満げにぶーぶーと文句を垂れる幽霊たちは、どうやら墓前のお供えで競い合っている様子である。彼らよりもお供え物をたくさんもらえたらしい幽霊がいて、その幽霊から自慢されたから苦情をキクガまで言いにきたのだ。
キクガは困惑した様子で、
「そのように言われても、お供え物に関する規則は設けていない訳だが」
「だってお菓子とか飲み物とかお供えされてるんだぜ?」
「狡いよな、酒まで置いてあったし」
幽霊たちからの情報提供に目を輝かせたユフィーリアは、
「よっしゃあ、次は幽霊たちのお供えを狙ってみるか!!」
「お菓子とか飲み物を置いてあったら腐っちゃうもんねぇ」
「腐る前に消費!!」
「とても素敵だワ♪」
「どんなお供え物があるだろうか」
「え、え?」
お供え物を強奪する計画を立てる問題児に、リタが驚いたような声を上げる。問題児の問題行動に驚くなど今更である。
「あ、あの、墓前のお供えはさすがに」
「捨てられる前に食べとかなきゃだよ、リタ!!」
「ええ……」
ハルアに力説されるも、リタもさすがに状況が読めていない様子である。お供え物に手を出したらバチが当たりそうなものだが、まあ問題児は優秀なので呪おうが関係ないのだ。
「あの、そろそろ下ろしてくださらないんですの?」
「ユフィーリア君とエドワード君の不倫小説を音読するかね?」
「あびゃあああああああああああああ!?!!」
「親父さん、何でアタシとエドの不倫小説の内容を知ってんだよ!?」
「添削したからだが。よく書けていた訳だが」
のほほんと笑うキクガに、ユフィーリアは頭を抱えるのだった。何で添削しておきながらその内容を覚えているのか。ここでも優秀さを見せつけないでほしい。
☆
ヴァラール魔法学院に置かれた墓地は、幽霊たちで賑わっていた。
その中でも一際目立つのが、お菓子や飲み物などが大量に置かれた墓石である。墓石に刻まれた名前は『ロゥエン・ジャズバ』とあった。以前、ヴァラール魔法学院に勤めていた教職員である。
お菓子や飲み物に混じり、酒の瓶もいくつか確認できる。他の墓石にはそれなりの量のお菓子と飲み物程度のお供えしかなく、中には全くお供え物がされていない墓もある。それだけこの教職員はヴァラール魔法学院にとって思い入れのある人物なのだろう。
――と、思っているのは一般人だけのようで、問題児は違った。
「誰だと思ったら宝石魔法の実験を間違えて爆発して吹き飛んだ教職員か。間抜けな事故だったよなぁ」
「木っ端微塵だったよねぇ」
「掃除が大変だったよ!!」
「おねーさん、知らないんだけド♪」
「俺も知らないのだが」
「可愛い嫁と美人なお茶汲み係にそんな残酷な仕事を任せられる訳ねえだろ」
思えば、割と人気のある先生だと話は聞いていた。話は面白くないし性格はややナルシスト気味だし顔も中の上程度の中途半端なものだが、金持ちであったので人気があったのだろう。金目当てで取り入ろうとする魔女や魔法使いはまあまあいる。
そんな彼が、魔法の実験で爆発四散した時の掃除をしたのが問題児である。あれは本当に大変だった。臓物から何から何まで飛び散って部屋全体が真っ赤になっていたのだ。血生臭くて仕方がなかった。
ユフィーリアが呆れたような視線を墓に向け、
「それで、この量のお供え物をもらって浮かれてるのか」
「みたいな訳だが」
キクガも同様に、墓石に視線を投げていた。
墓石に腰掛ける南側らしいゆったりとした服装の、褐色肌の男が実に嬉しそうに笑っていた。嬉しそうというか自慢げである。これほどお供え物がもらえて自慢したくて仕方がない様子だ。
幽霊にとってお供え物とは、生きている人間から忘れられていないことを示す為のものである。量が多ければ多いほど有名だったのだ。実際、彼が死んだのは今年の8月とか9月ぐらいなので覚えている生徒が大勢いたのだろう。
褐色肌の男は黒い髪を掻き上げると、
「いやぁ、人気者は辛いね」
「はいはい」
「そだねぇ」
「興味ないね!!」
「勝手に言っててちょうだイ♪」
「関係ないですので」
そんなことを言う問題児は、次から次へとお菓子を回収していく。今日お供えされたばかりの代物なので期限は到来しておらず、今すぐにでも食べることがで出来そうだ。
ロゥエンは容赦なく奪われていくお菓子たちに、「あ!!」と叫ぶ。
問題児に大量のお菓子が見つかったのが運の尽きだ。お菓子を食べることも出来なければ奪われていくお菓子を守ることも出来ないので、そのまま右往左往するしかない。
「の、呪ってやるからな!!」
「呪えるものならどうぞ」
「こ、この問題児!!」
優秀な問題児に呪いなど通用しない事実を思い知り、ロゥエンは悔しそうに叫ぶのだった。
「いいんでしょうか……」
「期限が到来して捨てるより、その場で消費してしまうのが食品を無闇に失わずに済むと思うのだが」
「ええー……」
幽霊のお墓からお供え物を強奪する問題児の行動を容認するキクガに、リタは「いいのかなぁ……」とまだ不安がっていた。
《登場人物》
【ユフィーリア】何で不倫小説というありもしねえブツに巻き込まれるのか皆目見当もつかない。ショウに何か悪いことをしたかと考えたが心当たりがまるでない。
【エドワード】上司と同じく不倫小説に勝手に巻き込まれた。ショウが嫌がるようなことをしただろうかと考えたが覚えがない。確かに長いこと一緒にはいるけれど!!
【ハルア】最近、ショウが何やら紙束に向かってせかせか文章を書いていたのはこれが理由かぁ。あんまり昼ドラ展開とかよく分かっていない。
【アイゼルネ】ショウに不倫小説を読ませてもらい、不倫などの手練手管を教えた情報提供者。フィクションだからこそ楽しめる。
【ショウ】最近、物書きに目覚めた異世界出身の少年。以前、ユフィーリアがルージュによって保健室送りにされた際、何か仕返しをしてやろうと考えた結果が不倫小説の執筆である。登場人物に恨みもないしむしろ大好きなのだが、ルージュに制裁を加えるという原動力で書き上げた。
【キクガ】ルージュに制裁を加えるという意味合いで息子が書いた義娘と用務員の先輩の不倫小説を添削した。制裁を加える為ならば妥協しなかった。
【リタ】ショウが執筆した短編集『旅するハルさん(ハルアが色々な国を冒険する冒険譚)』を贈られ、あわや財布の紐を緩めるところだった。それほど出来が良かった。
【ルージュ】不倫や浮気といったことが大嫌いなので、不倫小説は精神的に大打撃を受けた。こんなものをエンタメにするんじゃねえですの。