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第3話【問題用務員とパンプキンタルト】

 お化けの仮装をした問題児がキクガを収穫祭で賑わう魔法学院内を連れ回している時だった。



「BOOです!!」


「おや」



 キクガの腰に体当たりしてきたのは、赤い頭巾を被った少女である。

 焦茶色のスカートと襟元に小さな花の刺繍が施された襯衣、真っ赤な頭巾を被ったその姿は童話の『赤ずきん』を題材にした衣装である。なかなか再現度が高く、可愛らしい仮装だ。


 その格好をしていたのは、赤いおさげ髪が特徴的な女子生徒――リタ・アロットである。



「お声が聞こえてきたので来ちゃいました。ハルアさん、ショウさん、こんばんは」


「リタ!!」


「リタさんだ」


「あれ?」



 お化けの仮装をした方から問題児の声が聞こえてきたことに、リタは不思議そうに首を傾げていた。眼鏡の向こうで煌めく緑色の双眸がぱちくりと瞬き、それから自分が抱きついてしまったキクガを見上げる。

 キクガはキクガで、いきなりリタに抱きつかれて困惑気味の様子だった。息子であるショウの名前が出てきたので間違えられてはいるのだろうと察知したものの、少女の正体をまだ掴めていない様子である。


 そっとキクガから離れたリタは、



「えっと、ショウさん? 見かけない間に大きくなりました?」


「リタさん、残念ですが俺はこっちですよ」



 ショウはそう言って、頭からすっぽりと被っていたお化けの仮装を脱ぐ。お化けの仮装の下に仕込んでいるのは、ユフィーリアお手製の幽霊メイド服だ。収穫祭の時期によく合う意匠を選んだつもりである。


 お化け仮装の下から見知った顔の少年が現れ、リタの口から「みゃ……?」という変な声が漏れた。自分が先程まで大胆にも抱きついてしまった相手が友人とは別人であると判断したようで、見る間に顔が青褪めていく。

 泣き出しそうになるリタに、ショウとハルアが身を寄せて「大丈夫だよ」「怖くないですよ」と慰めている。見た目が本当に似ているので間違えても仕方がない。



「あ、あの、人違いを、すみませんすみません」


「いや、こちらも早い段階で訂正できずに申し訳ない訳だが」



 謝るリタに対して、キクガは「初めまして」と挨拶をする。



「ショウから話は聞いている訳だが。息子の友人かね? いつも愚息がお世話になっている訳だが」


「あ、いえ、こちらこそ、ショウさんには大変お世話に」



 そこまでご挨拶をしてから、リタはキクガの顔をもう一度見上げる。



「……愚息?」


「そうだが」


「息子さん? ショウさんが?」


「何か?」


「わ、若くないですか!? え、お父様ですか!?」



 リタから驚愕の声が出てきた。


 それはそうだろう、何せキクガの容姿は父親と呼ぶにはあまりにも若すぎるのだ。お肌もすべすべだし、髪もサラサラだし、少女めいた顔立ちは「美人!!」の一言に尽きる。睫毛1本の長さに至るまでユフィーリア最愛の嫁とそっくりなので、親子ではなくて兄弟かと見紛うほどだ。

 加えてリタは、あまりキクガと会話をしたことがない。というか紹介すらされていないのではないだろうか。キクガもたびたび用務員室には遊びに来るものの、リタと鉢合わせたことはないかもしれない。



「ショウさん、本当ですか? お、お兄様とかではないんですか?」


「正真正銘、父ですが」


「お、お若い……私のお父さんよりもお若いのですが……」


「あれでも40過ぎだと言い張ってますよ。俺はまだ信用していませんが」


「ショウ?」



 実の息子から年齢詐称の疑惑を持たれ、キクガはちょっと心外なとばかりに「本当に40代な訳だが、まだ信用されていない……」と呟いていた。年齢に関しては証明できるものが何もないので、こればかりは自分の感覚を信じる他はない。



「ちなみに父さんはですね、冥王第一補佐官として働いておりまして」


「冥府の2番手ですか?」


「一般の獄卒から頑張って今の位置まで上り詰めた自慢の父です」


「…………」



 ショウからすれば血の繋がりを持つ自慢の父親をちょっとお友達に披露しただけの感覚だろうが、紹介されたリタからすればそれどころではない。明かされた職場が『冥府』である。

 冥王第一補佐官は冥府に於ける冥王の次に偉い役職で、そこに実力だけで一般の獄卒からのし上がるのはまあ凄いことである。それほど有能な父親ではあるのだが、一般人からすれば死後の裁判に大きく関わってくる人物に粗相をしたということになりかねない。


 リタはその場に膝をつくと、



「今から土下座すれば許してもらえますか?」


「何故?」


「リタ嬢、土下座は待ってやれ。親父さんは怒ってねえし何なら土下座されても迷惑がられるから」



 土下座を敢行しようとするリタに、さすがのユフィーリアも待ったをかけた。何も罪を犯していない息子の友人から土下座される寸前だったキクガも困惑が極まってしまっている。

 息子馬鹿であるキクガでも、さすがに私情を仕事に持ち込むことはない。そうなれば冥府の法廷での判決に偏りが出てしまうので、有能な冥王第一補佐官である彼がそんな阿呆なことはしないはずである。大体、年頃の少女に抱きつかれたところでキクガが靡くこともないのだ。


 ショウとハルアに手を借りて立ち上がったリタは、



「ほんと、本当にすみませんでした……以後は気をつけます……」


「謝罪する必要はない訳だが。可愛らしい間違いではないか」


「うう、恥ずかしいです……このことを冥府の法廷で聞きたくないです……」


「それは保障しかねる訳だが」


「うわーん!!」


「父さん」



 冥府の法廷で今回の恥ずかしい一面を暴露される未来が確定的となり、泣き崩れるリタをハルアが「よしよし」と慰めていた。

 一方でショウは父親の嘘か誠か分かりかねる発言を窘め、キクガは「善処する訳だが」と言うのか言わないのかハッキリしない回答をするだけだった。のほほんと笑うばかりなので、おそらく大公開することにはならないだろうが。


 混沌とした空気の流れを変えるべく、ユフィーリアは「あー」と口を開く。



「リタ嬢は友達と収穫祭を回らないでいいのか? 同級生の友達とかいるだろ?」


「あ、そうだ目的があることをすっかり忘れてました」


「忘れるなよ」



 リタは「いけない、いけない」と先程までの慌てふためいた態度を一転させ、



「実はですね、カフェ・ド・アンジュの天使様たちがパンプキンタルトを配布しているみたいなんです。ショウさんとハルアさんがよければ一緒にもらいに行かないかと思いまして」


「お、毎年やるな。あそこ」



 毎年、ヴァラール魔法学院に併設されたレストランはこぞって収穫祭に配布する用のお菓子を用意するのだ。中でもカフェ・ド・アンジュのパンプキンタルトは季節ものだから人気があり、早い段階で配布が終了となってしまう代物である。

 もちろん店舗で購入することも可能だが、どうせ無料でもらえるならばもらっておきたいところではある。だって今日は収穫祭なのだから。


 ユフィーリアは「よし」と頷き、



「じゃあパンプキンタルトを強奪しにいくか」


「いいねぇ」


「あそこのタルト美味しいもんね!!」


「素敵だワ♪」


「ワクワクしちゃうな」



 お菓子の強奪を目論む問題児を眺め、リタはちょっと困ったように呟く。



「相変わらずの問題児っぷりですね……」


「そこが彼らの長所な訳だが」


「あれ、冥王第一補佐官としてそれはいいのですか?」



 リタの言葉に、キクガは笑って誤魔化す。昔、やんちゃをしていたが故に割とこう言ったことには寛容なのである。



 ☆



「パンプキンタルトの配布列はこちらです」


「順番にお渡ししております」


「他のお客様にご迷惑となる行為はお控えください」



 カフェ・ド・アンジュの店前に置かれたタルトの配布受付は、すでに長蛇の列が作られていた。全員、このパンプキンタルト目当てだろう。

 今から最後尾に並んだところで、お目当てのパンプキンタルトが問題児の手に渡ることはない。すでにパンプキンタルトをもらった生徒から強奪するのも手段の1つだが、どうせもらった瞬間に口をつけていることだろう。


 ならば、やることなど決まっていた。



「おらァ、収穫祭の決まり文句だ。トリック・オア・トリート!!」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする。


 すると、目の前に並んでいた生徒たちの仮装が一瞬にして変わってしまった。可愛らしいドレスや格好いいマントなどは全て校舎の外に放り出され、代わりに生徒たちが身につける羽目になったのは露出のやたら多いボンテージ服である。

 悪戯をする目的で事前に仕立てておいたものを大量に用意したのだ。在庫は全校生徒及び全教職員分はある。お腹は丸見えだし、丈の短い洋袴からは尻の肉がはみ出ており、人間として大事な部分を極力隠しただけの扇状的すぎる格好と言えた。


 当然ながら、急にそんな格好へお着替えをすれば悲鳴を上げる生徒は多数である。



「ぎゃああああああああああああ!?」


「何でこんな格好にぃぃぃぃぃぃ!?」


「だッ、誰か、誰かああああああ!!」


「見ないでよッ、見るんじゃないわよ!!」



 まさに楽しい収穫祭が阿鼻叫喚の地獄絵図に早変わりである。

 生徒たちはその場にしゃがみ込み、各々の身体を隠して恥ずかしそうに叫ぶ。大事な部分を最低限だけ隠した格好はさすがに恥ずかしいようだが、もっと恥ずかしい要素が彼らの格好には隠されていた。


 ユフィーリアは悠々と前に並んでいた生徒たちを抜かしていくと、



「あ、下着も剥ぎ取っておいたからな」


「この問題児!!」


「何すんのよ!?」


「悔しかったら魔法の腕前を上げて看破してみろってんだ」



 ユフィーリアは「お先」と清々しい笑顔で順番を奪い取っていく。


 そう、彼らの格好は下着さえも奪った結果である。つまり露出過多のボンテージ服を身につけた生徒たちは現在、下着を身につけていない状態なのだ。もっと分かりやすく言えばノーパンである。

 そんな恥ずかしい状態でも問題がないと宣う変態な生徒がいれば、その時は全裸にひん剥くだけである。見たところ、生徒たちはまだ一般常識を捨て去っている気配はなかった。露出の多いボンテージ服でも上等という生徒がいなくてよかった。



「よう、天使長。トリック・オア・トリート」


「ありません」



 並んでいた生徒たちを不正で順番をすっ飛ばした問題児に、カフェ・ド・アンジュの店長を務める天使長がピシャリと一蹴する。



「見てましたよ、不正の瞬間を。不正をするお馬鹿さんに渡すタルトはありません」


「よし、じゃあ悪戯だな。天使長には特別に堕天使の衣装をあげよう」


「は」



 唖然とする天使長をよそに、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りした。


 カフェ・ド・アンジュの制服を身につけていた天使たちの格好が一斉に変わる。可愛らしい給仕の服を身につけていた彼女たちは、際どいビキニ水着のような服装に変身を遂げる。もちろん変態なことにならないよう大事な部分を隠すようには努めたが、肌面積は増した。

 堕天使のような格好に無理やり着替えさせられた天使たちは、桜色の唇から甲高い絶叫を迸らせる。自分たちの身体を抱きしめて隠し、きゃーきゃーと喚いて自らの異常を知らせる。


 その隙に、ユフィーリアは用意されていたパンプキンタルトを強奪する。透明な箱に入った橙色のタルトには南瓜の形をしたチョコレートの飾りも刺さっており、ちょっと豪華になっていた。



「ごちそーさん」


「わぁい」


「やったね!!」


「いい収穫祭を過ごしてちょうだイ♪」


「ではまた」


「このッ、問題児!!」



 人数分のパンプキンタルトを強奪して逃げる問題児に、堕天使の格好を強制された天使長の絶叫が叩きつけられるのだった。





「あれ、いいんでしょうか」


「脅すならまずは指の骨を折ってからな訳だが」


「冥王第一補佐官以前に、お父様として息子さんを止めなくていいのですか?」


「私がショウと同い年の頃はもっとやんちゃだった訳だが?」


「ええ……」



 逃げる問題児の背中を眺めて会話を交わすリタとキクガは、問題児を見失わないように追いかけ始めるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】収穫祭の時期はパンプキンタルトも作るのだが、味はやっぱりカフェ・ド・アンジュのものが好き。

【エドワード】パンプキンタルトをホールで食べるのが夢。ホールは予約しないとダメなんだよね。

【ハルア】エドワードのパンプキンタルトに突き刺さっているチョコレートをショウと半分こした。

【アイゼルネ】出来ればもう一度、今度は買った上で紅茶を淹れたい。

【ショウ】チョコレート嫌いのエドワードの為に、パンプキンタルトの飾りはもらってあげた。


【キクガ】昔はやんちゃをしていた冥王第一補佐官。大抵の問題児の問題行動は目を瞑る。

【リタ】問題児の問題行動に何も言えない。それ以上に助けられることが多いし、何ならパンプキンタルトを確実に食べたいので止められなかった。欲が勝った。

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