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第2話【問題用務員と収穫祭】

 収穫祭とはつまり、お菓子の強奪パーティーである。



「お菓子寄越せ」


「悪戯されてもいいのぉ?」


「お菓子くれなきゃ叩くよ!!」


「悪戯しちゃうわヨ♪」


「今なら何と、こちらのユフィーリアお手製のサキュバス衣装を無料で着用できますよ」


「ひいいいッ、お、お菓子はやるから何もしないでくれ!!」



 声だけで問題児と判断した生徒は、お菓子の詰まった籠をユフィーリアに押し付けて逃げていく。お菓子よりも命が大切とは、全く持って賢明な判断である。

 籠はいらないので自前の南瓜型の籠にお菓子を移し替え、空っぽの籠はその場に捨て置く。籠は学校側から支給されるもので、後日回収されるからあとで誰かが回収してくれるだろう。


 生徒たちからお菓子をカツアゲした問題児は、



「チョロいもんだな」


「簡単だねぇ。ちょっと脅せば出すものねぇ」


「お菓子たくさん!!」


「やったワ♪」


「用務員室に戻ってお茶会を開くのが楽しみだ」



 お化け集団の問題児は楽しそうに笑う。


 収穫祭では生徒を対象に教職員からお菓子が配られるのだが、大人である問題児にはお菓子を配ってくれないのだ。いつもは仮装をして生徒に混ざり込むことでお菓子をもらっていたのだが、その作戦も300年くらい前に使えなくなってしまった。

 そこで行われるのが、生徒からのお菓子の強奪である。教職員からお菓子をもらった生徒からお菓子を強奪すれば、実質的にお菓子が手に入る。収穫祭と言えば子供が大人から悪戯を盾にお菓子を強奪する日なので、ならば子供から大人がお菓子を強奪してもいいだろう。


 ショウは周囲に視線を巡らせ、



「それにしても、ヴァラール魔法学院の仮装は幽霊寄りばかりなんだな」


「え、そんなものじゃねえの?」



 ユフィーリアは首を傾げる。


 生徒たちの仮装姿を見てみると、全体的に血塗れだったり傷だらけだったりした仮装が多い。頭に螺子ねじが突き刺さった怪人の仮装や口の端から血を流す狼男の仮装、中にはボロボロのウェディングドレスを身につけて胸元から血を流した顔色の悪い花嫁の仮装まで多岐に渡る。

 全体的に見て、生徒たちが演じているのは死者だ。致命傷であることを装い、顔色の悪い化粧をすれば簡単に幽霊を演じることが出来る。収穫祭では幽霊になりきることが大事なのだ。



「収穫祭は幽霊が主体となった祭りだからな。幽霊になりきらないと、本物の幽霊から身体を乗っ取られたり煉獄に引き摺り込まれたりするんだよ」


「煉獄?」


「いわゆる天国でも冥府でもない場所ってところだ。永遠に輪廻転生が出来ず、魂のまま彷徨わなければならない場所」



 昔は魂が煉獄に引き摺り込まれて輪廻転生できない、ということが多々あったらしいのだが、今や冥府を取り仕切っているのは鬼のように優秀な冥王第一補佐官である。煉獄に引き摺り込まれる前に冥府の法廷に立たせて然るべき処罰を与えるので煉獄の被害者はゼロに等しい。

 もし彼が冥王第一補佐官ではなかったら、きっと魂の取りこぼしがあって冥府も大変なことになっていたかもしれない。冥府関係者でも煉獄は別世界なので、魂が引き摺り込まれてしまうと何もしようがないらしいのだ。


 ショウは「なるほど」と頷き、



「俺が聞いていた話とおおよそは一緒だな」


「異世界にも煉獄の概念があるのか?」


「ああ」



 ユフィーリアの質問に、ショウは首肯で応じる。



「煉獄にまつわるお話で、天国からも地獄からも出禁を食らった男の話が代表的だな。ジャック・オー・ランタンの元になったとか」


「あの南瓜の悪魔の話?」


「いや、口の上手い犯罪者の男が地獄の使者を言いくるめて地獄行きを回避したけれど、悪いことを積み重ねたことで天国にも行けず、死後は永遠に暗い中を彷徨うみたいな……」


「なるほどな。そんな話もあるんだなぁ」



 ショウによる異世界知識を少しばかり披露され、ユフィーリアは納得する。やはり異世界の知識は興味深いものばかりだ。



「ところで、南瓜の悪魔のことをジャック・オー・ランタンというのか?」


「収穫祭を司る悪魔だよ。死者や幽霊に扮した生者を煉獄に引き摺り込もうとするんだ」



 ユフィーリアの知るジャック・オー・ランタンとは、南瓜の被り物をした悪魔である。収穫祭に限って特に力を発揮する悪魔で、高い変身魔法の技術と魅了魔法の技術で死者も生者も誘惑して煉獄に連れて行くのだ。

 南瓜の悪魔の変身魔法を見破ることはほぼ不可能とさえ言われており、今日の収穫祭に紛れ込んだらもう取り返しがつかない。対策らしい対策と言えば『他人の誘いに乗ったりしない』ということだろうが、収穫祭で浮かれポンチになっている生者や幽霊たちが騙されないとは限らない。


 ショウはその話を聞いて「なるほど」と頷き、



「何だかアイゼさんみたいですね。変身魔法が得意なところと、南瓜の被り物をしている部分が特に」


「あラ♪」



 アイゼルネは楽しそうに笑うと、



「じゃあショウちゃんとハルちゃんを連れていっちゃおうかしラ♪」


「きゃー」


「きゃー!!」



 ショウとハルアは互いに身を寄せ合って、怖がるような振りをする。アイゼルネも未成年組を脅かしているだけに過ぎないのか、彼らの反応を見て楽しそうに笑っていた。



「でもアイゼさんは南瓜の悪魔さんじゃないですよね?」


「南瓜の悪魔がアイゼに変身してるの!?」


「おねーさんはちゃんと人間ヨ♪」



 アイゼルネの正体が南瓜の悪魔であることをちょっぴり信じてしまっている未成年組の2人に、アイゼルネ本人は「失礼しちゃうワ♪」と少しばかり憤慨する。



「おねーさんが南瓜の悪魔だったらキクガさんには敵わないわヨ♪ キクガさんは冥王第一補佐官様で、魂を煉獄に連れて行かせない為にあの手この手で阻止するんだかラ♪」


「もし南瓜の悪魔が存在すれば、私が直々にお説教する訳だが」


「そうヨ♪ おねーさんお説教されちゃウ♪」



 そこまで言って、アイゼルネは自分の会話に誰かが混ざり込んでいることにようやく気づいたようである。「あラ♪」なんて首を傾げていた。


 彼女の背後には、背の高い誰かが立っていた。艶やかな黒い髪は床に届かん勢いで長く、顔全体を髑髏どくろのお面――ではなく何故か顔の至る所に穴が開いた独特な意匠の仮面で覆い隠している。その手に握られているのは血糊がベッタリと付着した菜切包丁だ。

 その恐ろしい殺人鬼めいた姿はもちろん収穫祭を楽しむ為の仮装なのだろうが、そこはかとなく恐怖心が湧き上がってくる。何か、出会った瞬間に八つ裂きにされそうな気配があった。


 その存在を目撃してしまった問題児は、口から絶叫を迸らせた。



「ぎゃああああああああああああああ!?」


「殺人鬼いいいいいいいいいいいいい!?」


「きょええええええええええええええ!!」


「あらマ♪」


「ジ○イソ○が何故ここに!?」



 ショウの口からは異世界に存在するらしい単語が聞こえてきたが、問題児はそれどころではない。菜切包丁で八つ裂きにされる前に逃げ出さねばならない。



「待ちなさい、ユフィーリア君。私な訳だが」


「そんな恐ろしい見た目の知り合いはいませんが!?」


「何と。収穫祭を楽しむ為の仮装が怖がられるとは」



 そう言って、長身痩躯の何某は顔を覆い隠す仮面を外す。

 画面の下から現れたのは、よく見慣れた赤い瞳と少女めいた顔立ちである。目を引く美貌に穏やかな微笑を湛え、彼は「こんばんは」と挨拶してきた。


 冥王第一補佐官でありショウの実の父親、アズマ・キクガである。



「親父さんかよ!!」


「驚かせないでよぉ!!」


「おトイレ1人で行けなくなっちゃうでしょ!!」


「夢に出てくるわヨ♪」


「父さん、ちょっと怖かったぞ」


「む、思った以上に不評な訳だが。簡単に出来る仮装といえばこの程度しか思いつかず……」



 キクガはちょっとしょんぼりした様子で言う。よく見れば菜切包丁も本物ではなく、厚紙にそれらしい色を塗っただけの作り物のようだ。よくもまあそんな本物にそっくりな代物を作れるものである。

 仮面と菜切包丁を除けば、キクガの格好はいつも通りと変わらない。装飾品の少ない神父服を身につけ、胸元では錆びた十字架が揺れている。仮装を楽しむのであれば服装まで変えてきそうなものだが、どうやら事情がありそうだ。


 ユフィーリアは「で?」と口を開き、



「親父さんはどうしてこんなところに?」


「それはもちろん、冥府から現世に帰ってきた死者の魂たちの監視をしている訳だが」



 キクガは「毎年のことだから慣れている訳だが」と笑い、



「毎年、収穫祭が終わる直前に冥府へ帰りたくないと駄々を捏ねる死者どもがいる訳だが。そういう連中を冥府に叩き込むまでが収穫祭な訳だが」


「親父さんも大変だな。せっかくの収穫祭なのに」


「何、君たちが楽しく過ごせるのであればどうということはない。生者が楽しんでこその収穫祭な訳だが」



 キクガは何でもない調子で笑っているのだが、問題児にとっては納得できない事情である。

 何せ、せっかくの収穫祭なのだ。楽しまなければ損な行事の真っ只中なのに、真面目に仕事をするのはいただけない。そりゃあ死者が生者にちょっかいをかけないように監視するのはいいことだが、やはり収穫祭は仮装をしてお菓子を強奪してこそ楽しい行事である。


 そんな訳で、だ。



「父さん、トリック・オア・トリート」


「む」



 ショウが南瓜の形をした籠を差し出して、収穫祭の決まり文句を言う。


 お菓子をくれなければ悪戯をするという決まり文句だが、残念ながらキクガはお菓子を持っていなかった。「困った訳だが。お菓子を持っていない」と神父服の衣嚢ポケットまでわざわざ漁ってお菓子がないことを示す。

 それならば、もう悪戯を受けるしかないだろう。お菓子を差し出せない時は幽霊に悪戯されるのが収穫祭だ。


 ショウはキクガの右腕にしがみつき、



「じゃあ悪戯だな。連行しよう」


「おや」


「そうだな、これはお菓子を差し出せなかった親父さんが受けるべき悪戯だしな。仕方ない仕方ない」


「おやおやおや」



 ユフィーリアもキクガの左腕を掴むと、



「さあ、収穫祭を楽しもうじゃねえか親父さん。これは悪戯だから逃げようとするんじゃねえぞ」


「お菓子を持ってなかった父さんが悪いんだぞ」


「おやおやおやおやおや」



 両腕を拘束されてしまったキクガは、お菓子を差し出せなかった代償として問題児に連れ回される悪戯を受ける羽目になるのだった。

 その表情はどこか嬉しそうだったのは言うまでもない。

《登場人物》


【ユフィーリア】収穫祭の幽霊は思ったよりもハッキリ見えているので平気。お菓子は食べるよりも作る方が好きだが、収穫祭に限ってはちゃんと食べる。

【エドワード】学院中のお菓子を強奪しても足りない。

【ハルア】ショウちゃんパパの仮装の再現度が高くて驚き。

【アイゼルネ】南瓜のハリボテをかぶっているけど、煉獄を彷徨う悪魔ではない。

【ショウ】父親の仮装姿の本気を見て怖かった。


【キクガ】毎年、収穫祭では幽霊の監視をしている。今年はどうせなら仮装をしようと思い立ち、元の世界で有名どころの仮装を出来るだけ再現したら驚かれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 今回のお話もすごく面白かったです!! >ジャック・オー・ランタン 今度の事件で、重要なカギとなりそうな存在が出てきましたね。収穫祭でにぎわう学院の中にも…
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