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第1話【学院長と収穫祭】

 本日は収穫祭である。



「トリック・オア・トリート!!」


「BOO!!」



 生徒たちの弾んだ声が、校舎内に響き渡る。


 誰もが多種多様な仮装をしており、大変賑やかだ。吸血鬼や淫魔、包帯男や狼男など代表的な仮装から赤ずきんやシンデレラなどといったおとぎ話を題材にした仮装まで幅広い。加えて、衣装は自前で用意することが規則として定められているので、裁縫が得意な生徒は細部までこだわった衣装を身につけているし、逆に手先が不器用な生徒は既製品か適当な仮装で誤魔化しているような気配がある。

 彼らは籠を片手に校舎内を練り歩き、大人である教職員からお菓子をもらっている。仮装した生徒たちに悪戯をされないように、お菓子を与えることで見逃してもらおうという算段なのだ。


 一般家庭の収穫祭は子供たちが仮装をしてお菓子をもらうだけで済むだろうが、名門魔法学校であるヴァラール魔法学院の収穫祭は一味違う。



「おおー、お菓子美味しそうだねぇ〜」


「あとで墓前に供えておいてくれよぉ〜」


「ついでに酒も供えてくれると嬉しいよぉ〜」



 生徒たちの頭上を、半透明の人間たちが飛び交う。


 彼らの格好は農民らしい簡素な服装から王様のような服装、全身を甲冑で固めた騎士にボロボロの長衣を翻す魔法使いなど様々だ。ただ、頭に斧が突き刺さっていたり、胸元から血を流していたり、首そのものが取れていたりと怪我の具合が豊富である。

 そう、半透明の人間たちは幽霊である。魔法の授業で必要とされるのでヴァラール魔法学院の敷地内にある大規模な墓地に埋葬された人間たちで、収穫祭に際して冥府から里帰りをしているのだ。夏場もまあまあ活発に動く幽霊だが、収穫祭の時期はより顕著だ。


 幽霊相手でも魔法使いや魔女の卵たちは怖がる素振りすら見せず、それどころか「禁酒しろ」「お菓子はやらないからな」と素っ気なく追い返していた。まるで友達を相手にしているかのようなノリである。



「今年も盛況だね」


「そッスねぇ」



 そんな賑やかな校舎内を巡回するヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドと副学院長のスカイ・エルクラシスは微笑ましそうに眺めている。


 せっかくの収穫祭なので、グローリアも普段の格好とは違って仮装をしていた。襟を立てたマントに首元でひらめく純白のクラバット、仕立てのよさそうな襯衣シャツとも相まって名門魔法使い一族の長っぽい高貴な服装に身を包んでいた。

 さらに言えば、口元にはちょっと牙を生やしたりなんかしていた。尖った犬歯が唇から覗く様は色気もあり、普段の爽やかな好青年さよりも浮世離れした高貴な怪物さが滲み出ていた。


 もしかしなくても吸血鬼である。生徒たちよりも吸血鬼らしい雰囲気のある仮装だった。



「スカイも仮装ぐらいしなよ」


「してるじゃないッスか。悪役の魔法使いみたいな」


「君の普段着でしょ、それ。残念だけど仮装とは言わないからね」



 隣を歩くスカイは、普段通りの厚ぼったい長衣を身につけているだけである。ずるずると裾を引き摺るほどの長衣は確かに悪役の魔法使いみたいではあるのだが、普段着を仮装扱いするのもどうなのか。

 グローリアはちゃんと仮装を頑張ったし、仮装をする際の恥ずかしさも気合いで捩じ伏せた。それなのに学院の2番手である副学院長が収穫祭を楽しまないとは何事だ。


 グローリアは不満げな眼差しをスカイに突き刺すと、



「じゃあせめて角ぐらいは生やしたら? 君って一応は魔族なんでしょ?」


「一応って何スか。魔族で間違いはないッスよ」



 スカイは「全くもう」とぶつくさ文句を言いながら、何故か鼻を摘む。そして、



「ふんッ」



 少しばかり力むと、ニョキッとスカイの側頭部から悪魔の角が生えてきた。先端がくるんとひん曲がったその角は、魔族の中で見るとかなり立派な部類である。

 魔族の角は標準装備とされているが、スカイは「頭が重くなるから」という理由で隠しているのだ。スカイにもスカイの事情があるので何も言うことはないのだが、収穫祭の時ぐらいは仮装の代わりとして使うのもいい手段かもしれない。


 頭に生えた角に触れ、スカイは深々とため息を吐く。



「やだぁ」


「我慢しなさい。大人でしょ」


「何で仮装しなきゃいけないんスか。いいじゃないッスか、別に。誰が困る訳でもないし」


「空気が読めないって言われるよ。せっかくの収穫祭なんだから」



 そんなやり取りをしながら校舎内を巡回していると、



「おい菓子寄越せ」


「お菓子寄越しなぁ」


「ちょうだい!!」


「くださいナ♪」


「それだけじゃないですよね? ちょっとその場で飛んでみてください」


「ひいいいッ」



 ――どこからだろうか、何だかとてつもなく嫌な予感のする声が聞こえてきた。



「頭が痛くなってきたな」


「グローリア、現実を見なきゃ」


「そうだよね、こんなに面白そうな行事を見逃すはずがないもんね」



 グローリアは頭を抱えた。確かにこの面白そうな行事を、彼らが見逃すはずがなかったのだ。


 悲鳴が聞こえてきた方面は、すぐそこの曲がり角からである。覗き込むと、真っ白な布で頭から被ったお化けの集団が狼男の生徒を取り囲んでいた。生徒はお菓子が詰まった籠を抱きかかえて奪われまいと死守している様子だが、あの様子では数秒と持たないだろう。

 おかしなことに、お化けの集団は誰もが同じ身長の高さである。真っ白な布地に縫い付けられたお化けたちの表情はウインクをしていたり舌を出していたりと個性は出されているものの、身長が同じ高さなので見分けがつかない。正体は分かるはずなのに。



「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「げえッ、グローリア!?」



 お化け集団の中から、問題児筆頭である銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルの声が聞こえてくる。やはり問題児で間違いはなかったようだ。



「お前ら見つかったぞ!!」


「逃げよっかぁ」


「そうだね!!」


「あらやだワ♪」


「空気の読めない学院長ですね」


「コラ、問題児!! 逃げるな!!」



 逃げ出すお化け集団を魔法で動きを止め、グローリアはとりあえずお説教をするのだった。



 ☆



 お化け集団が並んで正座である。



「……君たち、誰が誰だか分からないね」


「『面隠しの薄布』を改造したからな」



 正座をするお化けの1人、ユフィーリアが誇らしげにそんなことを言う。


 面隠しの薄布とは、七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】であるユフィーリアのみに許された礼装である。その礼装を身につけると性別や顔立ちが曖昧になり、誰なのかという判別も不可能にする。強力な礼装で、現状は彼女しか作れない代物だ。

 なるほど、お化けを装うシーツに面隠しの薄布を組み合わせれば、量産型のお化けよりも一味違うものになるだろう。何せ見た目の身長は一緒でも中身は違うのだ。


 グローリアはお化けの1人の頭を掴み、



「これがユフィーリアかな?」


「あ」



 シーツを引き剥がすと、その下から現れたのは野生み溢れる顔立ちだった。灰色の短髪には狼の耳が生えており、迷彩柄の野戦服から浮き出る彫像のような筋肉が美しい。腰に巻きつけたベルトから狼の尻尾が生えており、ふさふさと廊下を掃除するかの如く揺れている。

 問題児歴が2番目に長いエドワード・ヴォルスラムである。銀灰色の瞳でグローリアを見上げるなり、彼は「何すんのよぉ」と訴えてくる。


 グローリアはお化けの布をエドワードの頭から被せ、



「誰よりも狼男が似合ってた。食べられちゃう」


「食べないよぉ、今は」


「ほら食べる気なんだよ。いつかは食べるんだよ」



 物騒なことを言うエドワードを無視して、グローリアは彼の隣に並ぶお化けの布を引き剥がした。



「これがユフィーリア?」


「残念!! オレだよ!!」



 布の下から出てきたのは快活な笑みと、赤茶色の髪に絡まる包帯。炯々と輝く金色の双眸も収穫祭の楽しさ故に輝いており、首や腕などに包帯がぐるぐると幾重にも巻かれている。着ているのはいつものように衣嚢がたくさんついた黒いつなぎなのだが、包帯が仮装らしさを演出していた。

 暴走機関車野郎と名高い問題児、ハルア・アナスタシスだ。彼はどうやらミイラ男を仮装として選んだようである。


 グローリアはハルアにお化けの布を返却し、



「ハルア君、ユフィーリアはどこ?」


「オレの隣じゃない!? 知らないけど!!」


「ハッキリ言うなぁ」



 ハルアの言うことを信じたグローリアは、とりあえず隣にいたお化けの布を捲ってみた。



「おねーさんヨ♪」


「ごめん」



 グローリアは謝って、捲った布を元に戻す。


 隣に並んでいたのは問題児のお茶汲み係、アイゼルネだったのだ。南瓜の被り物ではなく舞踏会でつけるような煌びやかな仮面を装備していたが、問題は衣装である。

 彼女は、妖艶な肢体を最大限に活用して黒色のロリータを身につけていたのだが、なかなか際どい意匠だったのだ。短いスカートから伸びる足には靴下留めが伸びており、至る所に施されたレースが艶かしい。極め付けは布地を押し上げる豊満な胸元だが、非常に目に悪いので思わず逸らしてしまったのは言うまでもない。



「あー、学院長のえっち」


「そう言うのはショウ君だね。えいや」


「あ」



 揶揄ってきたお化けの布を引き剥がすと、案の定、その下からはメイド服を身につけた少年――アズマ・ショウが姿を見せた。

 ただし、今回はいつものメイド服とは雰囲気が違う。濃い緑色のワンピースの裾はズタズタに引き裂かれ、身につけたエプロンドレスもボロボロにされている。頭に取り付けられたのはホワイトブリムは真っ黒で、そこから黒い薄布が顔にかかっていた。メイド服でありながら喪服のようである。


 ショウはどこか誇らしげに、



「幽霊メイドさんですよ」


「そっかぁ」


「あ、何で頭から被せるんですか」



 お化けの布地を元に戻すとショウから不満げな声が上がるが、グローリアは華麗に無視を決めた。


 そして残る最後の1人に目をつける。

 正座をさせられているお化けは逃げる訳でもなく、平然と待っていた。何かもう堂々としている。



「捲ってもいいんだけどよ」



 ユフィーリアはそう言って、



「何でかショウ坊に止められてるんだよな。絶対に見せるなって」


「そんなの関係ないでしょ、いいから顔を見せなさい。怒るんだから」



 グローリアはユフィーリアの全身を隠すお化けの布地を引き剥がした。


 透き通るような銀髪、色鮮やかな碧眼。人形のような顔立ちは息を呑むほど美しく、キョトンとした表情は愛嬌があると言えよう。

 ただ、格好がおかしい。アイゼルネと同系統の格好だが、こちらは胴着に申し訳程度のスカートを取り付けただけの危ない服装だった。大胆にも鎖骨から豊満な胸元まで開いているし、くっきりと刻まれた谷間に謎の魔力を感じてしまう。淡雪のような肌を惜しげもなく晒しているので、嫉妬深いショウからすれば愛しの旦那様の肌など見せたくないのだろう。


 グローリアは慌ててお化けの布地を戻そうとするのだが、



「見ましたね?」


「ひッ」



 背後に迫ったショウが、感情を見せない平坦な声でグローリアの耳元で囁く。



「ユフィーリアの肌を見ましたね?」


「いやその」


「おっぱいとか見たんじゃないんですか?」


「それは見てな」


「嘘ですね見ました視線が向いてるのを確認しましたよ俺は」



 食い気味でグローリアの言葉を「嘘だ」と断ずると、ショウは笑顔で言い渡す。



「死刑」


「待ってショウ君これは不可抗力であって僕の意思で見ようとした訳じゃぎゃーッ!!」



 グローリアの足元から生えた腕の形をした炎――炎腕えんわんによってロメロスペシャルの刑に処され、思わず悲鳴を上げてしまう。容赦のない締め技に全身が痛い。



「今のうちに逃げるか」


「そうだねぇ」


「じゃあね、学院長!!」


「生きていたらまた会いましょうネ♪」


「次は殺す」


「問題児、こらー……!!」



 ショウによるプロレス技のせいで全身が痛みを訴えてくるグローリアは、逃げる問題児を追いかけることも叶わず逃がしてしまうのだった。

《登場人物》


【グローリア】今宵は吸血鬼の仮装をした学院長。衣装は去年に用意したものが着れたので着ただけ。季節的な行事は割と楽しむ。

【スカイ】仮装は面倒なので角を生やすだけで済ませた魔族の副学院長。人混みが苦手なのですぐに帰りたい。


【ユフィーリア】お化けの仮装で収穫祭を楽しむ。その下に着込んだ衣装はアイゼルネにおだてられて着せられた。ショウから「絶対にお化けの布を脱がないでほしい」と頼まれてしまった。

【エドワード】お化けの仮装の下は狼男の仮装をしていた。狼の獣人だから狼男が似合う。

【ハルア】お化けの仮装の下は包帯男の仮装をしていた。今度こそ完璧なミイラ男になれたよ!

【アイゼルネ】お化けの仮装の下は小悪魔の仮装をしていた。ちゃんと角も装備しているのだ。

【ショウ】お化けの仮装の下はやっぱりメイド服。今回は幽霊を装ってボロボロなメイド服をユフィーリアに仕立ててもらった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >ハロウィンマスカレヱド〜問題用務員、お菓子強奪事件〜 収穫祭編、楽しみにしておりました!! ハロウィーン…
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