第15話【問題用務員と営業終了】
「誰があの壁を直すと思っておるのじゃ」
怖い形相でお怒りモード全開のミコトの前には、堕ち神を撃退した問題児どもが並んで正座させられていた。
神性を失ったとはいえ、相手は元神様である。穏便に帰宅してもらおうとした矢先、厨房のあまりの忙しさに耐えかねた厨房組のユフィーリアとエドワードが堕ち神のいる宴会場に乗り込んできた訳である。その雰囲気は堅気ではなかったと従業員からのタレコミがあった。
さらに客であるはずの堕ち神に暴行を加え、あまつさえ氷柱に突き刺して殺すという所業までやらかしたのだ。そしてトドメの一撃として神々の怒りを束ねた最強の神造兵器『ヴァジュラ』の投擲である。壁には巨大な穴が開き、外の世界が見えてしまっている何とも間抜けな状態になっていた。
ユフィーリアは悪びれる様子もなく、
「アタシが直せばいいんだろ。修繕魔法は得意だし」
「まさか壁をぶち壊すのが日常茶飯事だとでも言うのか、お主ら」
ミコトは深いため息を吐くと、
「ここまで阿呆なら手伝いに来させなければよかったのじゃ。そうすれば堕ち神も侵入せずに済んだものを……」
「堕ち神に関して言えばそっちの落ち度だろうがよ。そこまで問題児のせいにするな」
「喧しい。問題ごとを起こすだけではなく、問題ごとを引き寄せる疫病神じゃろうが」
頭を振って「もうよい」と告げたミコトは、
「そこまで言うならお主が部下のしでかした罪の責任を取れ。直せるんじゃろ」
「おうよ、完璧に直してやるよ」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をツイと持ち上げ、
「ところで、うちの未成年組が堕ち神の部屋にいたのは何でだ? 乗り込んだか?」
「え?」
「『堕ち神って何だろ、興味津々だね』ってなって、堕ち神の宴会場に乗り込んでいったなら部下の不始末ってことで詫びようかなと思ってよ。うちの未成年組は好奇心旺盛だからな、興味本位で堕ち神のところに行った可能性だって考えられるんだよ」
特にショウとハルアの未成年組は、かつて天空に浮かぶ遺跡へ勝手に出かけて爆破して帰ってくるという悪夢のような所業をしでかしたわんぱく坊主どもである。重要指定文化遺産に登録されていた天空遺跡を爆破したなど聞いた時には血の気が引いたものだが、結果的に感謝状が送られることになったのは記憶に新しい。
そんな好奇心旺盛で行動力の化身であるわんぱく坊主の未成年組に、堕ち神という面白現象を提供したら間違いなく興味を示す。「どんな人だろうね!!」「行ってみよう」ぐらいの会話はされていたかもしれない。
ミコトはあからさまに冷や汗を掻きながら、
「えーと、それはじゃな……」
「アイゼ、実際のところどうだった? ハルとショウ坊が乗り込んじゃった感じか?」
「ちょおおおッ」
ミコトが奇声を上げるのも構わず、ユフィーリアは未成年組の管理を任せていたアイゼルネに同じような質問を投げる。
「違うわヨ♪ ミコトちゃんが送り込んだのヨ♪」
「へえ」
「しかも穏便に帰るように説得しろだなんて言ってたわヨ♪」
「ほう」
事の顛末を聞いたユフィーリアは、ゆっくりとミコトに視線を戻す。冷や汗の量は増えていたし、何なら彼女の足元に水溜まりまで出来ていた。
未成年組を相手に「穏便に帰るように説得しろ」とは無理難題である。聡明で語彙力が豊富なショウだけであればまだ説得の余地はあっただろうが、他人に暴力を振るうことさえ場合によってはよしとするハルアが一緒だったら対応も暴力一択になりかねない。
というか、問題はそこではない。可愛い部下を生贄のように堕ち神の前へ突き出し、事態の収集を図ろうというのがそもそもの間違いだ。未成年組の監督責任は上司のユフィーリアにあり、ただのお手伝いを相手に頼むような仕事の内容ではない。
ユフィーリアはエドワードを呼び寄せ、
「おい、あいつ絞ってこい。力の限り」
「上半身と下半身が捩じ切れると思うけどぉ」
「神核が出てきたらまたグローリアに売り飛ばすし、死んだらその死体は副学院長の玩具だよ」
「謝罪するから勘弁するのじゃ!!」
神癒の宿の主人である立場とか、神としての矜持とか諸々をかなぐり捨てて、ミコトは問題児相手に土下座をするのだった。未成年組を堕ち神の生贄にしかけた罰はエドワードによるデコピン1発で許されたが、首が取れんばかりの衝撃を受けて気絶を果たしたことは言うまでもない。
☆
2日目のお手伝いも終了である。
「明日は仕込みだけやって帰るからな。アイゼも掃除だけ済ませたら帰り支度をしてくれ」
「分かったワ♪」
アイゼルネに長い銀髪を梳かされながら、ユフィーリアは明日の予定を告げる。
元々は2泊3日でお手伝いの予定だったのだ。予定通りに神癒月の忙しさは本日で過ぎ去り、明日からは通常通りの営業になりそうだと言われたのでお手伝いの仕事もこれにて終了である。名残惜しいが開店準備だけ済ませたらお暇する次第だ。
ユフィーリアはエドワードと共に厨房にて料理の仕込み、アイゼルネは未成年組のショウとハルアを引き連れて神癒の宿内の掃除である。もう堕ち神の出現に怯えることはない為、気楽に業務へ励めるしとっとと帰ることも出来る。
ユフィーリアは「それはそうと」と周囲を見渡し、
「昨日は大部屋だったのに、今日は2人だけか?」
「そうみたいネ♪」
アイゼルネも「おかしいわよネ♪」などと首を傾げている。
昨日は大部屋に案内され、他の従業員と一緒に布団を並べて寝ていたのだ。なのに今日に限って大部屋をさらに狭くしたかのような、畳敷きの小部屋である。ユフィーリアもアイゼルネも寝相に関しては問題ないと自負しているので、従業員の使う大部屋を追い出される理由はない。
小部屋に押し込まれたことで、必然的にユフィーリアとアイゼルネのみ布団を敷いていた。他人の目がないからアイゼルネも寝る前にユフィーリア自身のお手入れ作業に集中している。先程から髪の毛を念入りに梳かされた挙句、香油とか色々と塗られているのだ。
「アイゼ、今何してる?」
「寝る前のお肌を整える為にパックを用意してるワ♪」
「やる必要ってある?」
「やるのヨ♪」
どす、と背後からアイゼルネに頭突きをされ、ユフィーリアは従うしかなかった。「寝る前に整えると明日の朝はモチモチのお肌になってるのヨ♪」などと熱く語っていたが、もうすでにおねむなユフィーリアの頭には少しも入ってこなかった。
「ちょえーッ!!」
「とりゃーッ!!」
「そんなへっぽこ球で俺ちゃんが倒せると思うんじゃないよぉ」
「ぶへッ」
「みぎゅッ」
何やら聞き覚えのある声が耳朶に触れた。
おねむだったユフィーリアは、目を擦りながら視線を巡らせる。
声が聞こえてきたのは、ピタリと閉ざされた襖である。隣の部屋に繋がっていることを想起させる襖は僅かにガタガタと揺れており、そこから楽しげな声が漏れ聞こえてくる。
ユフィーリアが指を弾くと、ピタリと閉ざされていた襖が音もなく開いた。その向こうには同じような規模の部屋が続いており、寝巻き姿の野郎どもが元気に枕を叩きつけあっていた。
「…………何してんだ、お前ら」
「あ、ユーリとアイゼじゃんねぇ」
「ユーリとアイゼだ!!」
「お隣さんだったのか?」
「あラ♪」
枕を叩きつけあってはしゃいでいたのは、問題児の男子組――エドワード、ハルア、ショウの3人だった。相当苛烈な争いだったようで、3人とも息は上がっているし髪の毛もボサボサの状態である。
「ショウちゃんが枕投げしようって言うから枕を投げ合ってたの!!」
「意外といい運動になるよぉ」
「ユフィーリアなら絶対に気にいると思うのだが……」
ショウは枕を抱え、
「どうやらユフィーリアはもうおねむのようだな」
「疲れたんだよ。今日も厨房で働き詰めだったしあうあう」
横から伸びてきたアイゼルネの手が、ユフィーリアの頬を揉み込む。液体を塗り込められているようで、かすかに薔薇のような香りが掠めた。
出来ればこのまま布団に倒れ込んでしまいたいところだが、アイゼルネがまだ許してくれない。いい加減に上司がおねむであることを感じ取った彼女は「あとこれだけでいいかラ♪」とやはり液体をユフィーリアの頬をモニモニと揉んでくるのだが、もう何をされているのかさえ分からない。
ユフィーリアは眠気を払うように欠伸をし、
「お前ら、騒ぐのはいいけど他人の迷惑にならないようにしろよ。アタシはもう寝る……」
「え?」
「ん?」
「何だ?」
ユフィーリアの注意を聞いていなかったのか、エドワード、ハルア、ショウがまさかの聞き返してくるという事案が発生した。
何をしているのかと思えば、彼らは部屋に敷いていたはずの布団を移動させている最中だった。ショウは両脇に人数分の枕を抱え、ハルアは掛け布団を引きずり、そしてエドワードが畳んだ敷布団をユフィーリアとアイゼルネが使う部屋に運搬する。元々いた部屋を放棄し、ユフィーリアとアイゼルネのいる部屋で寝る気満々のようであった。
さも当然とばかりにユフィーリアとアイゼルネを挟むように布団を敷き始める男子勢は、
「お布団広くなったからゴロゴロできるな」
「ゴロゴロ!!」
「ショウちゃんは真ん中行きなよぉ、ユーリのお隣さんだよぉ」
あれよあれよと寝る準備が進められていく様を、ユフィーリアは眠たい眼差しでただ眺めているしかなかった。
別に、これと言って注意することもない。普段から一緒の部屋で寝ていることもあり、同衾したところで何の感情も揺れ動かないのだ。
ぽやぽやと眠い頭を揺らすユフィーリアは、すでに布団に転がるショウの隣に転がる。
「おやすみ、ぐぅ」
「ユフィーリアが隣に……ッ!? お、俺は寝られるだろうか……」
「ショウ坊、うるさい」
続々と問題児も布団に潜り込み、いざ眠りにつこうかとしたその時である。
「何で同衾しとるんじゃあああああああ!?!!」
襖を勢いよく開け放ち、ミコトが絶叫する。
うとうとと微睡んでいた問題児は、ミコトの大絶叫のせいで叩き起こされた。本日の疲労のせいで眠気は限界を迎えているというのに、まだ何か文句でもあるのか。
寝起きで不機嫌なユフィーリアは、布団から起き上がる。顔を真っ赤にして喚いている彼女の言葉が大半理解できなかった。それほど眠すぎたのだ。
「年頃の男女が同じ布団とは何事じゃ、夫婦でもあるまいしそりゃ寝たあとにこっそり布団を移動させて起きた時に男子が隣にいてきゃーとかなる展開が」
「うるせえな」
「ぎゃんッ!!」
ミコトの脳天に巨大な氷塊を叩き落として気絶させ、ユフィーリアはようやく眠りにつくのだった。
こうして、問題児による賑やかな神癒月は終わりを迎えた。
《登場人物》
【ユフィーリア】眠すぎるとぽやぽやしだす。頭も揺らすし話も聞いていない。
【エドワード】眠すぎると黙る。いつにも増して人相が悪くなる。
【ハルア】唐突に電池切れを起こすので、どれほどうるさくしていても途端にプツッと切れてその場で倒れる。
【アイゼルネ】眠すぎると行動がおかしくなるのだが、そもそも決まった時間に1秒も遅れず眠るので眠すぎるといったことがない。
【ショウ】ハルアと同じく唐突に電池切れを起こすが、まだベッドまで頑張る努力が認められる。たびたびベッド直前で力尽きる。
【ミコト】男子勢が寝たら布団を移動させて女子と鉢合わせ、きゃー! みたいな展開を望んでいたのだが、当たり前のように一緒に寝始めてしまったので混乱。