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第14話【問題用務員と大乱闘】

 厨房を忙しくさせた諸悪の根源に対する暴行はまだ続く。



「おらァ、よくもまあ忙しくさせやがってこの野郎!! お前のせいで厨房は大変だったんだぞ、注文の伝票が飛んでくるたびに『最優先』とか書きやがってふざけんじゃねえ!! こっちは順番を頭の中で組み立てながら料理を作ってるってのに最優先の言葉で全部台無しだコラァ!!」


「大体さぁ、厨房を何人で回してると思ってるのよぉ!! 2人だからねぇ、2人で地獄を見てんだよこっちはよぉ!! ただでさえ面倒な手順を踏まなきゃならない料理ばかり注文しておいて際限なしかよふざけてンじゃねえぞクソ神様よぉ!!」



 問題のお客様が利用する宴会場に乱入し、ユフィーリアとエドワードは殴る蹴るなどの暴行を加えた。飛び膝蹴りで相手をすっ転ばしてから、顔面の殴打が続く。

 何やらどこかで見覚えのある顔面だが、もはや怒りに取り憑かれているユフィーリアとエドワードでは善悪の判断さえつかない。ただひたらすら厨房を忙しくさせた諸悪の根源を殺害する勢いで拳を振り下ろしていた。


 ユフィーリアは妊婦のように膨らんだ腹を見やり、



「おい何だこの膨れた腹はよぉ!! だらしねえなァ!!」


「ユーリぃ、食い切れないからって何かはち切れてるよぉ」


「ああ゛!? じゃあもうこっちにも詰め直すしかねえなァ!?」



 エドワードの指摘通り、よく見ると相手の膨れた腹が大きく引き裂けている。ぱくぱくと口のように開閉する腹部から黒い腕が大量に伸びており、ユフィーリアとエドワードの暴行を受けてオロオロと狼狽えている雰囲気があった。

 あまりにも食べ過ぎて腹が物理的にはち切れてしまったのは作り手の冥利に尽きるが、それと『最優先』の3文字で現場を狂わせた怒りは別物である。こちとら恨みはしっかり持っているのだ。


 ユフィーリアは足元に転がってきた肉まんのような饅頭をむんずと掴み、腹に刻み込まれた大きな口に突っ込む。



「ぐおッ、おおおおッ!!」


「呻いてんじゃねえよ注文したんなら責任持って食えやオラァ!!」


「腹ァ裂けようが知ったことじゃないんだよぉ、こっちはぁ!!」



 エドワードもその辺でひっくり返っていた豚の丸焼きを膨れた腹に刻まれている大きな口に突き刺す。腹から伸びていた真っ黒な手の群れは、ユフィーリアとエドワードが腹に直で食べ物をぶち込んでくる暴挙に戸惑っている様子だった。

 腹に食事をぶち込まれた影響で、宿主である相手は何やら呻き声を発してジタバタと暴れる。そりゃあ胃袋にお料理ダイレクトアタックなどユフィーリアもエドワードも初めてのことである。多少は苦しくても完食してもらわなければ怒りが収まらない。


 暴れるお客様を押さえつけ、ユフィーリアとエドワードは料理を次から次へと胃袋へ届けとばかりに詰め込んでいく。あまりの苦しさに暴れても知ったことではないと暴行を続けた。



「ゥ、お、おええッ、おえええええッ」



 そしてお客様はユフィーリアとエドワードを無理やり跳ね飛ばして起き上がると、黒い手がワサワサと伸びている腹の裂け目からドロドロの液体を吐き出した。よく見ると料理が溶け出している状態のものなので、お客様が大量の食事を無理やり詰め込んでくるユフィーリアとエドワードの暴挙に慣れず、とうとう吐き出してしまったのだ。

 畳の上にぶち撒けられた吐瀉物から飛び退き、ユフィーリアとエドワードは口を揃えて「汚えな!!」と叫ぶ。せっかく食べさせてやった両離を吐き出すとは無礼極まりない。


 ユフィーリアは舌打ちをすると、



「せっかく作ったものを吐き出しやがるなんて、どういう教育を受けてたんだ? ええ゛?」


「大量に頼んだんだから腹がはち切れても食べなよねぇ、礼儀がなってないよぉ」


「作り手に失礼だろうがよ、なあ?」


「ねえ?」



 お客様の態度を非難するユフィーリアとエドワードをよそに、腹の裂け目からボタボタと吐瀉物を垂れ流しながら相手は起き上がる。


 そこで、ようやく今まで暴行を加えていたお客様を認識した。今まで怒りによって我を忘れて殴っていたので気が付かなかった。

 ボロボロの笠を被り、ボサボサの髪を垂れさせ、腰には古びた腰蓑を巻きつけた得体の知れない男である。桟橋や庭などで何度か見かけたことのある奴だ。見覚えのある姿は心配になるほどガリガリに痩せ細っていたのだが、いつのまにかこんなにふくよかになったのだろうか。


 その姿を確認し、ユフィーリアは「ああ」と納得する。この笠を被った男こそが堕ち神なのだ。



「ユーリぃ、見てよぉ」


「あ?」



 エドワードに肩を叩かれ、ユフィーリアは宴会場を見渡す。


 酷い、あまりに酷すぎる光景だった。食器はひっくり返り、お膳は横倒しになり、畳には料理から漏れ出た油のシミやら食べかすが散乱しており非常に汚い。それだけならばまだ許せるだろうが、ユフィーリアとエドワードが必死になって作った注文品の料理が虫食いみたいに食い荒らされているのが問題だった。

 これはもはや、食べ物に対する冒涜である。食ったものを吐瀉物として撒き散らすだけではなく、こうしてすでに食べ物を無駄にしていたとは客人の風上にも置けないお客様だ。



「貴様ァ、よくもォ」


「…………」



 口から吐瀉物を垂らしながら起き上がる堕ち神へ、ユフィーリアは静かに視線を戻す。


 殴られて当然のことをしでかしたのに、何を普通に怒りの感情を抱くのか。腹の裂け目から伸びる真っ黒な手の群れが威嚇するようにワサワサと揺れているが、もう構うものか。相手がお客様だろうと何だろうと問題児の逆鱗に触れたことで終わりである。

 懐に隠し持っていた雪の結晶が刻まれた煙管を引っ張り出すユフィーリア。その先端を、恨みのこもった視線を寄越してくる堕ち神に向ける。



「おンどりゃ食材に謝れ!!」



 神癒かみいえの宿全体に轟けとばかりの怒号を叩きつけると、ユフィーリアは魔法で巨大な氷柱を何本も生み出す。冴え冴えと冷たい空気を纏う半透明の槍が10本ほどまとめて作り出されたと思えば、ユフィーリアが煙管を一振りすると一斉に射出される。

 射出された氷柱は堕ち神の腹から伸びる真っ黒な手によって掴まれて刺突を阻止されるも、氷柱に意識が持っていかれたことで背後に迫るエドワードの存在に気がついていなかった。細い首に腕を回されたことでようやく気づくが、容赦なく締め上げられて堕ち神の口から呻き声が発される。


 堕ち神の首を締め上げている隙に、ユフィーリアは煙管を銀色の鋏の形状に変える。身の丈を超す巨大な鋏を軽々と担ぐと、



「エド、下がれ!!」


「はいよぉ!!」



 首を締め上げていたエドワードは、パッと堕ち神を解放する。


 空気を取り込むことが出来たのも束の間、ユフィーリアは巨大な鋏を堕ち神の額に突き刺す。被っていたボロボロの笠が吹き飛ばされ、その下に隠されていた堕ち神の顔面がついに露わとなった。

 被っていた笠の下には、何もなかった。人間であれば脳味噌があるべき部分が綺麗に切断されており、代わりに黒い靄を吹き出している。なるほど、確かに怪物のような見た目である。どんな原理で動いているのか見当もつかない。


 堕ち神は「チィッ」と盛大に舌打ちをし、



「分が、悪い!!」



 エドワードを突き飛ばし、堕ち神は膨れた腹から伸びる真っ黒な手も使って油かを這うようにして宴会場から逃げ出す。襖に体当たりをして廊下に飛び出すと、無様に這いずりながら逃亡を図る。


 そうは問屋が卸さない。問題児の逆鱗に触れておきながら、敵前逃亡など出来るものか。

 ユフィーリアは倒れた襖を踏みつけて、堕ち神を追いかけるようにして廊下に飛び出す。すでに堕ち神は廊下の奥まで逃げており、料理が盛られたお膳を抱えて待機していた従業員たちを突き飛ばして遠ざかっていく。



「誰が逃がすか化け物がァ!!」



 ユフィーリアは右足で強く廊下を踏み、



「〈絶氷の棘山(イルゼ・フリーズ)〉!!」



 足裏から床に伝播した魔法が、巨大な氷の棘となって現れる。廊下の床から突き出す氷柱たちはさながら剣山のようであり、巻き込まれた従業員たちが甲高い悲鳴を上げる。


 弾かれたように振り返った堕ち神は、腹から伸びる真っ黒な手を使って壁に張り付く。指先を壁へめり込ませることで身体を支え、堕ち神は壁を這いずる蜘蛛のように移動する。

 廊下が氷柱で埋め尽くされれば、今度は壁を這いずって逃げればいいという戦法か。どこまでも面倒臭え怪物風情である。


 すると、



「ユーリぃ、鋏貸してぇ!!」


「壊すんじゃねえぞ!!」



 横からすり抜けてきたエドワードに、ユフィーリアは自身の得物を渡す。


 巨大な銀色の鋏を受け取ったエドワードは、ユフィーリアが魔法で床から生やした大量の氷柱に飛び乗る。垂直に突き出た氷柱ではなく、若干斜めになった氷柱を選んで足場にし、その巨躯から想像もつかないほど軽々と跳躍を繰り返しながら壁に張り付く堕ち神に肉薄する。

 逃げながらも背後を振り返った堕ち神の表情が引き攣った。すぐそこに迫ってきた筋骨隆々の巨漢に驚いている様子である。まさか床から生えた氷柱の群れを足がかりにして迫ってくるとは、相手も思わないだろう。


 銀色の鋏を振り上げたエドワードは、



「おらァ!!!!」



 身体を横回転させつつ、裂帛れっぱくの気合いと共に鋏を堕ち神の背中に叩きつける。切り裂く為の刃を叩きつければ堕ち神の身体など切断できたものを、彼が堕ち神に叩きつけたのは鋏の面の部分である。叩かれても傷つくことはあまり考えられない。

 ただ、剛腕で振り回された鋏によって羽虫の如く壁から床めがけて堕ち神は叩き落とされる。当然、床から生えているのは氷柱の群れだ。堕ち神は断末魔さえ上げることが叶わず、全身を氷柱に貫かれる。


 足場に出来そうな氷柱にエドワードが降り立ち、彼は巨大な鋏を担いで息を吐く。無数の氷柱に全身を貫かれれば、さしもの元神様とて無事では済まない。



「エド!!」



 唐突に、聞き覚えのある声が耳朶に触れた。


 弾かれたように振り返ると、そこには何故かハルアが立っていた。彼の背後には狼狽えるような表情を見せるショウが控えている。

 そしてハルアの手には光り輝く槍が握られていた。よく見るとバチバチと紫電も弾けている。現状、ハルアしか使うことの出来ない神々の怒りを束ねた最強の神造兵器レジェンダリィ『ヴァジュラ』である。


 あ、何だかとても嫌な予感。



「退いて!!」


「ちょ、ハルちゃん室内でそんなものを投げられると――!?」



 エドワードの制止も聞かぬまま、ハルアは最強の2文字をいただく神造兵器を投擲する。


 ユフィーリアは急いで転移魔法を発動し、エドワードを回収する。フッと姿を消した筋骨隆々の巨漢はユフィーリアの足元に仰向けの状態で転がって出現し、何だか泣きそうにもなっていた。

 肝心のヴァジュラであるが、ユフィーリアが魔法で生やした氷柱の群れを薙ぎ倒し、ついに堕ち神の元まで到達する。氷柱に突き刺さってさながら昆虫の標本の如く動かない堕ち神ごと吹き飛ばしたヴァジュラは、廊下を雷のように突き抜けていき、遥か遠くにある神癒の宿の壁を吹き飛ばして宿屋の外に飛び出した。


 湯殿の壁に巨大な風穴が開いたことで、何も知らされていない従業員たちから次々と悲鳴が上がる。堕ち神についてはもう終わったはずなのに、最強の武器でとどめを刺されてしまうとは気の毒だ。



「……ハルとショウ坊もいたんだな」


「最初から未成年組に任せとけばよかったねぇ」



 問題児の中でも随一の行動力と攻撃力を有する未成年組がいたのであれば最初から任せればよかったのではないか、と思ってしまうユフィーリアとエドワードだが、そろそろ現実を見ようではないか。

 あの壁は、誰が直すのだろうか。

《登場人物》


【ユフィーリア】魔法と物理を組み合わせて戦うオールラウンダー。あらゆる状況に適している。

【エドワード】拳で戦うパワータイプだが、武器も扱える技術も併せ持つ。

【ハルア】言わずと知れた多数の神造兵器を所有する暴走機関車野郎。戦闘技術は突出している。

【ショウ】冥砲ルナ・フェルノによる空中戦が得意。今回はハルアの背後でオロオロしてた。


【アイゼルネ】相手に幻覚を見せたりなど、トリッキーな戦い方が得意。今回は堕ち神と問題児がバトルする瞬間をハラハラした様子で見守っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 美女と野獣コンビ、怒髪天を突く勢いで暴れまくりましたね。 ここまで天元突破した暴れっぷりは読み終えた…
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