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第9話【問題用務員と混浴未遂】

 本日の労働、終了である。



「ッあー……生き返るー……」


「だいぶお疲れのようネ♪」


「そりゃそうだろ、こちとら使えねえ従業員ばかりで2人で地獄を見たんだから」



 巨大な風呂釜に身体を沈めるユフィーリアは、凝り固まった肩や怠さの残る足を揉み込む。


 厨房は本当に地獄だった。従業員が手抜きの料理で神癒の宿を訪れた神様たちの舌を満足させようと目論んでいたのだから、その仕事をほぼ全て奪ってエドワードと2人で厨房を回していたのだ。自分たちで首を絞めた結果である。完全にこれは自業自得であった。

 せめてまともに料理を提供しようという気概さえあればユフィーリアだって手足のようにこき使ってやったのだが、下手すりゃ具材なしで汁物などを提供しようと考える従業員など信用に置けない。結局、エドワードと2人で厨房を回転させた方が早いと気づいてしまった訳である。


 アイゼルネはユフィーリアの銀髪を丁寧に洗髪剤シャンプーで洗いながら、



「お疲れ様だワ♪」


「お前もな、アイゼ。神様たちのおもてなしは随分と大変だったって聞いたぞ」


「藻だらけの神様を綺麗にするのは骨が折れたワ♪ ショウちゃんとハルちゃんがいてくれて助かったのヨ♪」


「未成年組の連中も頑張ったなぁ」



 ユフィーリアはしみじみと呟く。


 アイゼルネと未成年組の活躍は噂に聞いていた。何でも泥だらけの風呂釜をピカピカに掃除し、全身が藻だらけの巨大な身体を持つ神様を綺麗に磨き上げたらしいのだ。従業員が数十人単位で動員されなければならない状況なのに、彼らはたった3人で仕事をこなした訳である。

 従業員が大勢必要な仕事を押し付けられたと聞かされた際は「虐めか?」と疑ったものだが、虐めだとしても問題児根性の染みついた未成年組が圧倒的な暴力を披露して黙らせていたというオチを聞いたら笑いが止まらなかった。従業員を絞って水を吐き出させたという現実ではあり得ない話を聞いた時は腹を抱えたものである。



「それにしても、客用の風呂釜なんて使ってよかったのか?」


「ミコトちゃんは『助っ人として大いに活躍した褒美だ』とか言っていたけれド♪」


「お前、あの蛇神様の声真似上手いな」


「お褒めに預かり光栄だワ♪」



 ユフィーリアとアイゼルネが利用している風呂釜は、実は客用の巨大な風呂釜だったのだ。閉店後でちゃんと掃除も行き届いており、足を伸ばすどころか泳げるぐらいに大きな風呂釜にポツンと問題児の女性陣が2名でご利用である。

 風呂のお湯があまり熱いと全身に大火傷を負う可能性があるユフィーリアからすれば、お湯の調整が出来る個人風呂の方がありがたい。浴槽を貸してくれるのであればお湯の量や温度も調整できるし、アイゼルネなんかは早速とばかりに入浴剤を選んでいた。あまりにも風呂釜の方が大きいので入浴剤が尽きそうな勢いだったが。


 泡だらけになったユフィーリアの銀髪にぬるま湯をかけるアイゼルネは、



「お湯加減はどうかしラ♪」


「超気持ちいい」


「今日の入浴剤は『秋風の香り』ってあったワ♪」


「金木犀のいい匂いがするな」



 秋らしい香りにユフィーリアの気分もほんの少しだけ緩む。

 泡塗れになった銀髪を洗い流すぬるま湯の温度も心地よく、アイゼルネの指先が軽く頭皮を指圧してくる。その力加減がまた絶妙で、今日の疲労感が一気に抜けていくような気配さえあった。


 湯加減も相まってウトウトと微睡むユフィーリアの耳に、浴室の外から何やら騒がしい声が届く。そのおかげで目が覚めてしまった。



「何だ?」


「他の従業員も使う予定なのかしラ♪」


「そうだとしたらまずいな」



 ユフィーリアはザバリと湯船から立ち上がる。


 冷感体質カルマ・フリーゼという冷気が身体に溜まる特異体質のせいで、ユフィーリアは熱い湯船に浸かることが出来ないのだ。その為、普段からぬるま湯に浸かっているのがちょうどいい訳である。

 逆に言えば、一般人にとっては全く気持ちよくない温度である。アイゼルネは「半身浴に適した温度だワ♪」なんて言って長風呂をしているのだが、ユフィーリアが好む最適なお風呂の温度は他人とは分かり得ない温度なのだ。


 今日は熱い湯船に耐えられる入浴着を着ていないので、他の利用者が来るなら自然と退散することになる。うっかり熱い湯船に入って全身大火傷なんていう未来は洒落にならない。



「アイゼ、せっかく用意してくれたのに悪いな。他の風呂を借りるか」


「おねーさんのことは気にしないでいいのヨ♪ ユーリも他の人に気を使う必要はないでしょうニ♪」


「風呂は気を使うんだよ、色々と。他と違うからな」



 五右衛門風呂の浴槽から出たユフィーリアは、濡れた全身をアイゼルネが用意してくれたタオルで拭う。適当に拭いたらアイゼルネからお叱りを受ける羽目になるので、腕や足などの水気を丁寧に拭いてから雫をポタポタと落とす銀髪をタオルで挟んで水気を吸い取っていく。

 アイゼルネの入浴は他の風呂を借りることにしよう。彼女の場合、両足が球体関節の特徴を持つ義足なので、必然的に入浴の介助が必要なのだ。湯船に浸けると義足の関節部分に黴が生えてしまう恐れがあるので、普段からユフィーリアが入浴を手伝っている訳である。


 他の従業員が入ってくる前に退散しようとしたその時、ガラッと浴室の扉が開かれる。



「大きなお風呂を借りられるなんてラッキーだね!!」


「あの蛇口神様も粋な計らいをしてくれるな」


「ショウちゃん、ミコっちゃんのことを『蛇口神様』って呼んでるのは何でぇ?」


「絞るといっぱいお水を出してくれるからです」


「絞るのぉ? ミコっちゃんをぉ?」



 浴室の扉を開けたのは、見慣れた3人組の野郎どもである。大きなお風呂を借りられたとはしゃぎながら浴室に足を踏み入れるが、先客であるユフィーリアとアイゼルネの姿を認めるなり、その動きを止める。

 彫像のような鋼の肉体美を晒す筋骨隆々とした巨漢は先客の存在に言葉を詰まらせ、意外としなやかな筋肉に覆われた暴走機関車野郎の少年は笑顔のまま時を止めている。華奢な身体をタオルで隠す黒髪赤眼の少年は、大きな瞳をこぼれ落ちんばかりに見開いて固まっていた。ちなみに湯船へ髪の毛が浸からないようにと配慮しているようで、高くお団子状に結われた黒髪はユフィーリア的に高得点である。


 ――エドワード、ハルア、ショウのご来場であった。



「何だ、お前らか。驚かすなよ」



 ユフィーリアは何でもない調子で応じるが、男性陣はそうでもなかった様子である。

 電光石火の勢いで浴室を飛び出すと、扉を壊さんばかりに閉めていた。「何で!?」「どうしてぇ!?」「一体何が!?」と彼らは揃って慌てふためいている。男湯と女湯を間違えるなどというあんぽんたんな真似はしないと思うので、おそらく何らかの原因があるはずだ。


 そして扉の向こう側で、男性陣による謝罪の言葉が飛んでくる。



「ごめんアイゼぇ、ちょっと見ちゃったぁ!!」


「すぐに記憶消すからね!! 大丈夫だよ!!」


「エド、ハル。お前らはアタシに対して何もねえのか?」



 エドワードとハルアが真っ先に謝った相手はアイゼルネである。ユフィーリアの神々しい裸身を目撃してしまったことに対する謝罪の言葉はなかった。



「だってユーリは見慣れちゃってるもんねぇ、アイゼが来る前は誰が風呂に叩き込んでたと思ってんのよぉ」


「見えたって何も変わってないでしょ!! 下っ腹が出てきたんなら話は変わるけど!!」


「下っ腹を出すようなふざけた真似をアタシがする訳ねえだろ」



 そういえば、アイゼルネが用務員室にやってくる以前はエドワードの手によって無理やり風呂に入れられていたことを思い出す。自分で気づいた時には入るのだが、どうしても読書に没頭してしまうと時間が経っていることを忘れてしまうので、首根っこを掴まれて強制的に風呂へ叩き込まれていた訳である。

 あの時はハルアも用務員室に来たばかりだったから少々刺激的なものを見ちまったようだが、彼も彼で慣れた様子だ。慣れた分、暴言も酷くなった。


 不満げなユフィーリアの側で、アイゼルネは「あらあラ♪」と品よく笑う。



「おねーさんは別に見られても恥ずかしくないわヨ♪ 元々、男の人の前で脱ぐようなお仕事をしていたもノ♪」


「ああ、そういやそうだったな」



 ユフィーリアは納得したように頷く。


 元娼婦であるアイゼルネは、別に異性に全裸を見られても何も思うことはないようである。そういうお仕事だったが故に感覚が麻痺しているようだが、慣れとは恐ろしいものだ。

 とはいえ、誰でもいいという訳ではなさそうである。相手が問題児として日々一緒に過ごしている男性陣だからこそ許せる行為であって、これが他の人物だったら尻に極太の注射針が襲いかかっていたことだろう。



「どうせ来たならお背中でも流すわヨ♪」


「これ以上は本当に勘弁してぇ!!」



 扉の向こうで、エドワードが悲痛な声を上げる。



「ハルちゃんが耐えきれなくなって爆発寸前になってるからぁ!! あんぽんたんな上司の全裸には耐えられるけどぉ、妖艶なお姉さんの裸にはまだ慣れてないんだよぉ!!」


「誰があんぽんたんだ、全裸でも美しい魔女様だろうがよ」



 ただ、エドワードの悲鳴じみた訴えにちょっとだけ可哀想に思えてきた。


 純粋培養なハルアは性知識に乏しく、妖艶でナイスバディなアイゼルネのアレな姿には耐えられなかった様子だ。声が一切聞こえてこないので、エドワードの背中に張り付いて脳裏に焼きついた肌色の桃源郷を消そうとでも考えているのだろう。

 これ以上に揶揄えば、今後の接し方に変化が生じてしまう。ギスギスした関係はさすがに歓迎できない。


 すると、今まで途絶えていたショウの声が扉越しに聞こえてきた。



「エドさん、どうやら更衣室が2つに分かれたようで浴室に向けて1つに合わさっているようです。出入り口が2つありました。俺たちは罠に嵌められたんだと思います」


「あの蛇口神様、いっぺん水分を出し切るまで絞った方がいいね!!」


「俺ちゃんも手伝うよぉ」



 冷静に状況を分析してきたらしいショウによって敵を認識したらしいエドワードとハルアは、ドスの利いた声で「ぶっ殺す!!」「殺してやンよぉ!!」と叫びながら走り去ってしまった。ショウも同じように、炎腕をワサワサ生やした状態で先輩用務員を追いかけてしまう。

 これは結局、彼らは風呂に入らないという結論でいいのだろうか。罠に嵌めたらしいミコトを絞りに行ってしまったので、入浴は後回しになりそうである。


 ユフィーリアとアイゼルネは互いの顔を見合わせ、



「行っちまったなら仕方ねえな、もう1回入り直すか」


「ついでに魔力回路の修復マッサージもやっちゃうわヨ♪」


「ほげえッ!!」



 使いすぎた魔力回路の修復作業を提案され、ユフィーリアはとっとと男性陣に風呂場を開け渡せばよかったと後悔するのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】冷感体質を患っており、身体に冷気が溜まる影響で熱い湯船に浸かることが出来ない。なので普段からぬるま湯がちょうどいい温度。自分自身のことは適当に済ますが、アイゼルネの場合は妥協しない。

【アイゼルネ】両足が義足なので、ユフィーリアにいつも入浴の介助をしてもらっている。義足の球体関節がお湯に浸かると錆やカビの温床になってしまうので、普段はお風呂の際だけ外している。


【エドワード】全裸には自信はあれど、アイゼルネの前ではあまり晒すことはない……と思っていたい。ユフィーリア以外の女性の全裸は慣れていない。(エロ本除く)

【ハルア】あんぽんたんな上司ユフィーリアの全裸は見たことあるけれど、妖艶なお姉さん(アイゼルネ)の裸は見たことないので慣れていない。純情ボーイにはきつい現実である。

【ショウ】アイゼルネよりも最愛の旦那様の裸を見ちゃったのでそれどころではない。嫌な予感がして仕組みを調べたら罠だと判明し、このあとミコト様を絞った。

【ミコト】生意気なお手伝いさんどもを罠に嵌めたら暴力で返された。罠というか、たまにお客様の神様が使う『混浴用の風呂』を特に説明せずに使わせただけ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です 新作、楽しく読ませていただきました!! 女性陣の堂々としている男性陣よりも男らしいところと、ユフィーリアさんたちの入浴を見てしまい、慌てふためいている男性陣…
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