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第8話【異世界少年とお客神】

 本格的に営業を開始して、神様らしきお客様がたくさん神癒かみいえの宿を訪れた。



「いらっしゃいませ!!」


「まずはお代金を頂戴いたしますね」


「こちらにどうぞ」


「お湯の準備は出来ておりますよ」



 従業員たちが代わる代わるお客様として訪れた神様たちに接客していく。さすがとも言うべきか、異形の神様相手でも彼らは笑顔を崩さない。

 中には明らかに人間の言葉を喋らないような神様もいるのだが、そう言った相手でも「ええ、ええ、そうですね」などと適度に相槌を打って風呂へと案内している。何十年、何百年と神様の相手をしていれば分かるようになるのだろうか。


 柱の影から大量のお客様を案内する従業員たちを眺めるショウ、ハルア、アイゼルネの3人は、



「大変だなぁ」


「だね!!」


「ネ♪」



 呑気におにぎりを食べながら他人事のように言う。


 お客様がやってくるとご飯を食べる時間さえないということで、厨房組であるユフィーリアとエドワードがわざわざ持ってきてくれたのだ。最高の旦那様と先輩用務員の気遣いに涙が出そうになる。

 ちなみにおにぎりの中身は豚肉の角煮であった。甘辛い味付けが白米とよく馴染み、肉の柔らかさは口に入れた瞬間に解けて消えてしまうほどだ。「お客様に出す料理の仕込みからちょろまかした」とユフィーリアは言っていたので、おそらく彼女か用務員の先輩のお手製だろう。


 おにぎりをちまちまと小さな口で食べ進めるショウは、思わず「ぐすッ」と鼻を啜る。



「美味しすぎて涙が出てきた……」


「お腹空いたもんね!! 仕方ないね!!」


「おねーさんたち、お風呂掃除頑張ったわよネ♪」



 3人で「うん、頑張った」と納得したように頷く。


 お風呂掃除を任されてから、あてがわれた担当場所はかなり泥だらけになっていて掃除が大変だったのだ。水がいくらあっても足りないので、最終的にそこら辺を歩いていた従業員を炎腕えんわんで引っ捕まえて、雑巾の如く絞って水を生み出してもらうという荒技をやってのけて乗り越えた。雑巾のように絞ったら身体から水がじゃばじゃばと出てくる従業員たちは実に滑稽だった。

 その荒技が神癒の宿の主人であるミコトとかいう蛇の神様にバレたが、漏れなく従業員と同じ末路を辿らせた訳である。つまり雑巾のように絞って水を吐いてもらうという暴行に及んだ訳だが、問題児に正論を説こうとしても無駄だ。「お主ら怖い」などとミコトは震えて宿の奥に引っ込んでしまったが、風呂場は綺麗になったので結果的に大勝利である。


 すると、



「あんたたち、何を勝手に休憩してるんだい!!」



 どすどすと荒々しい足音を立てて、恰幅のいい女性従業員が勝手に休憩を取り始めたショウたち3人を叱りつける。これだけ他の従業員は飲まず食わずの状態で働き詰めなのだからお前たちも働け、という同調圧力をかけていた。


 しかし、相手が悪かった。彼女が叱りつけたのは、あの問題児である。

 あの問題児というのは、泥だらけに汚れた浴槽を掃除する為に従業員と宿屋の主人を雑巾の如く絞って水を吐き出させた問題児である。よくて理不尽な暴力、最悪の場合は再び雑巾絞りの刑である。


 そんな訳で、問題児内に於ける審判の結果がこちらだ。



「雑巾の刑に処されたいようですね?」


「暴力反対!!」



 女性従業員は暴力反対を声高に訴えるも、理不尽な暴力など上等とばかりの問題児には何も響かないのであった。雑巾絞りの刑に処すと決めたら雑巾絞りの刑に処すのだ。

 ワサワサと炎腕を大量に生やして威嚇するショウ。その後ろで水を固めたかのような三叉の槍を構えるハルアが控え、アイゼルネがショウとハルアの首根っこを掴んで引き留めている。ただ未成年組の兄貴分であるエドワードに首根っこを掴まれた時よりそよ風のような力強さしかないので、完全に止められるようなことはないだろう。


 未成年組の首根っこが掴まれている隙に、女性従業員は慌てた様子で距離を取る。距離を取ったところで炎腕ならばどこまでも追尾するのに、無駄なことだ。



「とにかく、あんたたちもお客神をもてなしな!!」


「雑巾」


「ついに単語しか喋らなくなったぁ!?」



 女性従業員は「さっさと行きな!!」とショウたちに命じるなり、素早くその場から逃げ出した。雑巾絞りの刑に処せなくて残念である。


 お仕事を押し付けられてしまったショウは、仕方がないとばかりに肩を竦める。こちらはお手伝いの身としてお呼ばれしたので、忙しいのであれば従業員を手伝わなければ約束を破る羽目になってしまう。それはこの神癒の宿の手伝いとして推薦してくれた樟葉にも申し訳が立たない。

 手にしていた食べかけのおにぎりを口の中に詰め込み、ちょっと汚いが指先に付着した米粒まで綺麗に完食する。本当ならもう少しだけ味わって食べたかったのだが、どこかの空気を読まない従業員のせいであっという間に消費せざるを得なくなってしまった。


 同じようにハルアとアイゼルネもおにぎりを急いで完食し、



「行こっか!!」


「ああ」


「いっぱい綺麗にしなきゃネ♪」



 休憩時間を切り上げた3人は、急いで神様が待つ風呂場へと向かうのだった。



 ☆



 五右衛門風呂に入っていたのは、恐竜だった。



「あばぁ」


「ほへえ」


「ショウちゃん、ハルちゃん、お客さんの前でだらしない顔をしないのヨ♪」



 アイゼルネに注意され、ショウとハルアは正気を取り戻す。


 従業員の間で盥回たらいまわしにされた挙句、行き着いた先で待ち構えていたのは見上げるほど巨大な恐竜である。動物のような、爬虫類のような見た目をしたその神様は全身に長い毛を生やしており、天井に向けて伸びる角は牡鹿のように立派だ。

 長い体毛の隙間からギョロリと覗く赤い双眸が、妙に恐ろしいような印象を与えてくる。大きな口に生え揃う牙の群れは肉食獣のそれであり、粗相をすればショウたちを頭から丸ごと呑み込まん勢いがあった。


 木の桶に手拭いや石鹸などを入れてお客様のもとに駆けつけたのはいいのだが、持ち込んだ道具が無意味なものになるほど巨大な体躯を持つ神様にどう接客すればいいのやら。誰か正解を教えてほしい。



「…………あ、あのー」



 ショウは巨大な恐竜のような見た目の神様に、勇気を出して声をかける。



「人間の言葉は通じますか?」


「……ゔもももももも」


「あ、通じない感じですね。了解です」



 どうしたものだろうか、言葉の通じない神様が初めての接客相手である。相手の神様も五右衛門風呂のお湯に浸かりながら申し訳なく思っているのか、立派な角の生えた頭を下げていた。


 ショウ、ハルア、アイゼルネは困惑する。

 ここからどうやって神様のお相手をすればいいのか分からないのだ。下手に地雷を踏めば呪いをかけられる羽目になりそうだし、意思疎通が出来ないので何をしてほしいのかさえ解読不能だ。こういう時に頼れる旦那様がいればいいのだが、あいにくと彼女は厨房で地獄を見ているはずだから頼ることが出来ない。


 とりあえず神様の身体を洗おうと石鹸片手に歩み寄るショウは、恐竜のような見た目の神様の身体を覆う体毛に触れる。



「わ、髪の毛みたいだ」


「おそらく神毛じんもうネ♪」



 アイゼルネは石鹸を泡立てて作った泡を手拭いに乗せながら、



「神様に生えている髪の毛ヨ♪ 抜け毛は魔法兵器の素材として使われるワ♪」


「これだけ長かったら副学院長が奇声を上げながら喜び――ん?」



 アイゼルネから神毛についての説明を受けていたショウだが、指先に触れたヌルッとした感覚に眉根を寄せる。

 指先に視線を落とすと、濃い緑色をした海藻のようなものが絡みついていた。食べられるようなものではなく、ヌルヌルとした感触が気持ち悪い。


 神毛に視線を戻すと、夜の闇の如き髪の毛に緑色の海藻のようなものがびっしりと絡まっていた。触れるとやはりヌルヌルとした気味の悪い感触が指先から伝わってくる。



「藻が絡まってしまっているな。相当汚れた場所で過ごしたのだろう」


「あらマ♪」


「しかも神毛の全体に藻が及んでいるから、これを取り除くのは時間がかかるぞ」



 あまりの汚れっぷりにショウは顔を顰める。


 そりゃあこれだけ巨大な身体に見合う浴槽はないのだから、年に一度の神癒月かみいえづきを利用する他はないのだろう。それにしたって全身を覆う神毛に大量の藻が絡まりすぎである。相当汚い場所で祀られている神様のようだ。

 規格外の巨躯に加えて髪の毛に絡まった大量の藻を取り除くとなれば、作業時間はかなりかかると推測できる。大勢の従業員が一斉に挑むのであればまだしも、ショウたち3人だけでは出来る範囲が限られてくる。


 すると、



「ショウちゃん、こっちもヌルヌルするよ!!」


「うわあ、ハルさん!?」


「いつのまに神様の身体を登ったのかしラ♪」



 ハルアの声が上から降ってきたかと思えば、何と彼は神様の立派な角によじ登っていた。その手には泡だらけになった手拭いが握られており、神様の立派な角からお手入れしてあげようと考えていたらしい。

 目を凝らすと、ハルアが足場にしている牡鹿を彷彿とさせる立派な角にはびっしりと藻が絡みついていた。長い年月が影響して生えた苔ではなく、神毛にこびりついた藻と同じものだ。


 藻の脅威は神毛だけではなく、神様の全身隈なく侵食しているようだ。掃除の大変さが増した。



「ゔもー……」



 申し訳ないと言わんばかりに神様の大きな口から低い声が漏れる。


 神様も全身に絡みついた藻をどうにかしてほしくて神癒の宿を訪れたのだ。ここで見捨ててしまったら何だか可哀想である。

 全身を藻だらけにした神様自身は悪くない。汚れていく神様に気づかず、放置した人間が悪いのだ。ならばせめて、人間代表として神様の身体を綺麗にしてあげよう。


 ショウは「よし」と気合を入れて、



「ハルさん、神造兵器レジェンダリィをそうやって使うのは罰当たりかもしれないが、トライデントで神様の髪の毛をかしてあげてほしい。こちらにも藻がたくさん絡まっているんだ」


「あいあい!!」


「アイゼさんは片っ端から石鹸を泡立ててください。炎腕えんわんで上から振りかけます」


「分かったワ♪」



 ハルアが水を固めたかのような三叉の槍を構え、アイゼルネがどういう理屈を用いているのか不明だが物凄い勢いで石鹸を泡立てる姿を確認し、ショウは大量の炎腕と共に藻だらけの神様に挑むのだった。





 ちなみに激闘の末、未成年組とアイゼルネの3人組は藻だらけの神様を綺麗にすることが出来た。

 全身をつるつるぴかぴかにされて大変ご満悦な恐竜みたいな神様は、一生懸命に磨いた牡鹿のような角に色とりどりの花を咲かせてご帰宅していったのだった。

《登場人物》


【ショウ】神様の態度が申し訳なさそうだったので、ちゃんと真摯に向き合って汚れを落とした。営業終了後、ご飯のおかずが1品だけ多くなった。

【ハルア】神様の角に乗るの楽しいなぁ。持ち前の身体能力で神様の角から藻を除去した。営業終了後、綺麗なお花を見つけて摘んだ。

【アイゼルネ】神様を綺麗にするべく、石鹸をめちゃめちゃ泡立てて神毛も綺麗にカットして整えておいた。営業終了後、神癒の宿のお土産屋でいい化粧品を発見できた。


【神様】元々はとある湖の神様だが、湖が汚れてきたことで自分の身体も汚れてしまった。神癒の宿で綺麗にしてもらったことで、ショウたち3人にちょっとだけいいことが起こるように祝福してご帰宅。

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