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第7話【問題用務員と激戦区】

 正式に神癒かみいえの宿の営業が始まったようで、厨房の忙しさはさらに倍増した。



「刺身は出来てるから宴会場に持ってけ!!」


「こっち肉料理は仕上がってるよぉ、盛り付けお願いねぇ」



 厨房を支配しているのは神癒の宿の料理長ではなく、2泊3日で手伝いに来ているだけの問題児2名である。


 ユフィーリアが魔法を併用して何匹も魚を捌き、刺身を作っていく側でエドワードが巨大な豚の丸焼きを丁寧に切り分けている。従業員たちは包丁にすら触れることは許されず、ただ皿に盛り付けたり食器を洗ったり食材を運んできたりと雑務をこなしていくだけだ。

 従業員たちから見事に料理の仕事を掻っ攫ったユフィーリアとエドワードは、まさに鬼神の如く働いた。だって茶碗蒸しに具材なしで提供しようとするぐらいに手際の悪さを発揮するなら、最高の料理を短時間で出せる問題児が取り仕切った方がいい。


 寸胴鍋いっぱいにお吸い物を作ったユフィーリアは、魔法でお椀に盛り付けながら次の料理の伝票を手に取った。



「兎肉の香草焼き、刺身の舟盛り、煮付け」


「兎肉の香草焼きやるよぉ」


「頼む。刺身はもう魔法でやる、アタシは煮付け」



 エドワードに肉料理の下処理は任せ、ユフィーリアは配膳台に置かれた煮付け用の魚を手に取る。

 魚は極東近郊で取れる『オオギョロリキンメダイ』である。ギョロリとした眼球が特徴的で、目玉には高い栄養価が含まれているのだ。刺身にしてもよし、煮付けで柔らかくして食べてもよしと幅広い調理方法がある。


 まずはオオギョロリキンメダイの頭を切り落とし、残った身体の方を鱗を落として捌いていく。慣れた手つきで内臓を取り出したところで、控えめな雰囲気で「あのぉ……」と従業員の1人が話しかけてきた。



「て、手伝いましょうか……? 何か出来るお仕事は」


「ねえよ、とっとと料理を運べ」



 ユフィーリアはピシャリと一蹴する。


 どうせ出来ることと言えば具材なしで作る茶碗蒸しを筆頭とした適当な料理である。具材なしは茶碗蒸しだけではなく汁物にも入っておらず、まともに作れるのはメインとなる肉料理か魚料理だけだ。他を疎かにするならもういっそ何も手をつけさせない方がマシである。

 食事の提供相手は神様だ。生半可なものを提供すれば呪いをぶち撒けられても困る。人間がやる呪術は魔力が尽きればそれまでだが、無尽蔵の魔力を保有する神々の呪いは尽きることを知らないのだ。それに極東地域の神々はねちっこいと聞く。


 今まであの具材なしの適当料理が受け入れられていたのは驚きだが、神様の寛大さもどこで失われるか分かったものではない。出来る限りの手は打っておいた方がいい。



「ユーリぃ、兎肉が出来上がったよぉ」


「お前は涎を引っ込めろよ、食ったら殺すぞ」


「おっとぉ」



 兎肉の香草焼きの料理を仕上げたエドワードだが、その口から涎がとめどなく溢れてくる。下手すれば目の前で摘み食いをやらかしそうな勢いだ。

 手の甲で涎を拭ったエドワードは出来上がったばかりの肉料理を配膳台に乗せ、従業員に注文品を運ばせる。その見送る視線が名残惜しそうな雰囲気が漂っていたので、彼の脇腹に手刀を突き刺して正気に戻しておいた。


 切ったばかりのオオギョロリキンメダイを鍋に突っ込みながら、ユフィーリアは「舐めた真似してんじゃねえぞ」と言う。



「神々の呪いは本気で怖いからな、体調不良が10年単位で続くんだぞ」


「分かってるよぉ、ちょっとお腹空いただけじゃんねぇ」


「お前の『お腹空いた』は下手すりゃ食材を全部食い尽くされるんだよ」



 あればあるだけ食う大食漢に今まで我慢を強いてきたのだから、いつか摘み食いぐらいはやらかしそうで怖い。そんなことはしないと思うのだが。

 神癒の宿に揃っている食材は、どれもこれも一級品だ。この質のいい食材で作った料理はさぞ美味しいことだろう。エドワードの忍耐力も持ってくれればいいのだが、時間の問題である。


 ユフィーリアは魔法を使って時間短縮で作り上げた煮付けを陶器製の器に盛り付け、



「次の料理、和菓子ばかりじゃねえか。こんなものまで作るのかよ!!」


「練り切りとか潰しそうで怖いんだけどぉ」


「アタシがやるからお前は次の料理をやってくれ、次も煮付けだ」


「はいよぉ、何の煮付けぇ?」


「次の伝票にはカレイって書いてある。作ったことあるだろ」


「はいよぉ」



 エドワードが積み重ねられている魚の山から真っ白いカレイを引き摺り出したところを確認し、ユフィーリアは和菓子の作業に入る。『季節の和菓子盛り合わせ』とかふざけたことをぬかした注文だが、見た目が秋っぽい感じだったら許容されるだろう。

 材料となる餡子を食料保管庫から取り出しつつ、器具を揃えて作業を開始する。頭の中に秋らしい見た目をした練り切りの様子を思い浮かべながら形を整えて、魔法で色味を足して、細かい作業の連続を的確にこなしていく。


 その時、



「注文入りましたぁ!! すみません、よろしくお願いします!!」



 従業員が厨房に駆け込んでくるなり、泣きそうな声で注文が追加で入ったことを告げる。その手には大量の伝票が握られており、どれほどの注文が入ったのか遠回しにユフィーリアとエドワードに突きつけていた。

 地獄の再来である。どれほどお客様がいらっしゃっているのか不明だが、とりあえず全員殺したくなってくる。


 ユフィーリアは橙色の練り切りを紅葉の形に整えながら、



「地獄がやってきたぜ」


「今から客を殺したら解放されるかねぇ」


「殺す手間が惜しいからとっとと作業を終わらせろ。死体を隠すのにも時間と手間がかかるんだよ」


絶死ゼッシの魔眼を使えばいいじゃんねぇ」


「この世から消し飛ばせと?」



 ついに神様の虐殺を視野に入れ始めたエドワードを叱責し、ユフィーリアは着々と和菓子の盛り合わせを作っていくのだった。



 ☆



 激戦区を制し、休憩時間をいただけた。



「疲れた」


「腕がやばいよぉ」


「頑張ったよ、アタシもお前も」



 従業員しか使わない通路の縁側に並んで座るユフィーリアとエドワードは、あまりの忙しさにため息を吐くしかなかった。

 どこがお手伝いとしての扱いなのだろうか。そんな雰囲気は残念ながら微塵も感じなかった。「お手伝いなんだからきっと仕事も楽なものばかりだろう」と踏んでいた過去の自分自身をぶん殴ってやりたい。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ユフィーリアは身体に溜まった冷気を吐き出す。その横でエドワードは持ち込んだらしい煙草を吹かしていた。ミントに似た香りのある煙と、煙草独特の煙が混ざり合う。



「これがあと2日間は続くのか……」


「正確には明日で終わって明後日から忙しくなくなるって聞いたけどぉ」


「どうだろうな、この調子だと最終日も忙しくなりそうだよな」



 2人揃って紫煙と共にため息を吐くと、ユフィーリアとエドワードの腹からぐうううううという音が鳴り響いた。飲まず食わずで働いた影響で腹の虫が「飯を食え」と訴えていた。



「そういや飯は作ってたけど、自分たちが食う為の飯は作ってねえな」


「だねぇ、厨房から何か持ってくるぅ?」


「いんや、大丈夫」



 ユフィーリアが指を弾くと転送魔法が発動され、平たい皿が手元に出現する。その皿の上には4つのおにぎりが乗せられていた。

 休憩時間を意地でも確保して食事を取るべく、こっそり作っておいたおにぎりだ。どうやら従業員の誰もユフィーリアが勝手に米をくすねておにぎりを作ったことに気づいていないようである。


 2つのおにぎりをエドワードに差し出したユフィーリアは、



「食っとけ。これからまた忙しくなるぞ」


「さすがユーリぃ、尊敬する我らが魔女様だよぉ」


「褒めても米しかねえぞ」



 2個のおにぎりを受け取ったエドワードは、大きな口でおにぎりに齧り付く。一瞬でおにぎりの半分以上を消費した彼は「んん!!」と口の中に米をいっぱいに溜め込んだ状態で喜びを露わにする。



「角煮じゃんねぇ、これ美味しそうだと思ってたんだよぉ」


「小鉢に入れるものをちょろまかした。あれだけあったんだから少しぐらいもらっても罰は当たらねえだろ」



 そう言って、ユフィーリアもまた自作のおにぎりに齧り付く。程よく塩気を馴染ませた米が空腹の胃袋に染み渡り、いつもより美味しく感じる。

 真っ白な米の中から顔を覗かせたのは、茶色く煮込まれた豚肉の角煮である。分厚い豚肉は調味料が染み込んで味が濃くつけられており、口の中に入れればホロッと肉が柔らかく解けていく。甘辛い味付けは米とよく合い、あっという間におにぎりが胃袋の中に消えていった。


 ちなみにこの角煮だが、ユフィーリアのお手製である。自分で作ったのだから多少はいただいてもいいだろう。



「これレシピ知りたいねぇ」


「帰ったら教えてやるよ。調味料の配合をめちゃくちゃ研究した」


「これ丼いっぱいに食べたい。絶対に美味しいじゃんねぇ」


「あー、いいな。味も濃いから酒とも合うだろうしな」



 のほほんとした会話を交わしていたユフィーリアとエドワードは、ふと縁側の向こうに広がる庭に視線を投げる。


 夜の闇に沈む庭は色とりどりの花が咲き乱れており、石灯籠がぼんやりとした明かりを落としている。遠くの方では明かりの灯った提灯が並ぶ桟橋が確認でき、その上を様々な姿をした極東の神々が渡っていた。

 鶏の姿をした神様、瓢箪ひょうたんのような形をした神様、河童や蛇の姿をした神様、熊の神様など多岐に渡る。あれらがお湯に浸かる光景は実に滑稽だろう。


 そんな神様がいるというのに、何故だろうか。神癒の宿の庭先に、あのボロボロの笠を被った謎の男が佇んでいた。ぼんやりと明かりを落とす石灯籠の側にひっそりと立っているものだから、まるで幽霊のようである。



「あいつ、桟橋にもいたよな」


「いたねぇ」



 おにぎりを完食したエドワードは、



「俺ちゃんが案内してこよっかぁ?」


「余計なことはしねえ方がいいぞ、エド。何があるか分かったもんじゃねえ」



 2個目のおにぎりを口の中に詰め込むユフィーリアは、エドワードの行動を引き止める。


 あの男は神様のようではあるようだが、怪しいことこの上ない。余計なことに首を突っ込んで巻き込まれるのは御免である、ただでさえ忙しいのに構っていられない。

 エドワードもユフィーリアの言い分を理解して、持ち上げかけた腰を下ろしていた。分からないなら首を突っ込まない方がいい。


 すると、



「どこ行った、助っ人!! 厨房が大変なことに!!」


「もうちょっと休ませろよ!!」


「使えないねぇ、休憩時間も持たないのぉ?」



 従業員の悲鳴を聞きつけたユフィーリアとエドワードは、仕方なしに休憩時間を繰り上げて地獄の厨房へと戻るのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】働く時は働く、働かない時は働かない、やる気が出なければ働かないという自由人な性格な魔女。働くならばちゃんと休憩時間を確保しなきゃ働かない。

【エドワード】基本的にユフィーリアに巻き込まれるので、ユフィーリアと一緒に休憩時間をとりがち。お腹が減ると働きたくなくなる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です。 新作、楽しく読ませていただきました!! >「兎肉の香草焼き、刺身の舟盛り、煮付け」 どれもこれもお腹が空いてくるような美味しそうな料理ばかりで、読み終え…
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