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第6話【異世界少年と掃除】

 雑巾掛けレース、最終コーナーである。



「み゛ゃーッ!!」


「に゛ゅーッ!!」



 ドタドタと廊下を雑巾掛けするショウとハルアは、そのまま最高速度を維持した状態で走り抜けた。

 雑巾掛けレースの結果はハルアが頭1個分ほど飛び抜けて終了である。勝てたと思ったのだが、やはり身体能力の高い先輩には敵わなかったようだ。


 ぺちょりと綺麗に雑巾掛けしたばかりの廊下に伏せたショウは、



「ちくしょう、負けた」


「勝った!!」


「ハルさんの足が悪いんだ、ハルさんの足が速いから悪いんだ」


「残念だったね!!」



 勝ち誇ったような表情のハルアは、高々と雑巾を掲げている。


 悔しい、非常に悔しい。雑巾掛けをただこなすだけでは物足りないと感じてハルアに「雑巾掛けで競争をしよう」と勝負を提案したのが、そもそものショウの敗因である。問題児の暴走機関車野郎として日々鍛えられている先輩用務員に、身体能力で勝てるはずもなくあっさりと負けを喫することになってしまった。

 当然だが、ハルアに身体能力で勝てるとは思っていない。雑巾掛けなので中腰の状態という体勢の悪い中で走り抜けるものだから、ショウにも勝機はあるのではないかという意味の分からない自信から来る行動である。結果は惨敗だったが。


 敗北の味から復帰したショウは、



「次は負けない」


「受けて立つよ!!」



 狂気的にも取れる笑顔の先輩は、ショウの挑戦状を受け取ってくれた。優しい先輩である。多分、手加減はしてくれないのだろうが。



「終わったかしラ♪」


「あ、アイゼ!!」


「終わりました」


「それならよかったワ♪」



 雑巾掛けレースを終えた頃を見計らって、調度品である壺などの拭き掃除をしていたアイゼルネが様子を見にきてくれた。彼女は手先が器用なので高級品の拭き掃除を言い渡されたのだ。

 他の従業員もまた神癒かみいえの宿の清掃作業に精を出していた。ショウやハルアと同じように廊下の雑巾掛けをしたり、棚や調度品などの埃を落としたりなど慌ただしく宿屋の中を駆け回っていた。誰も彼も忙しそうで、掃除を楽しむ余裕すらなさそうである。


 ショウは周囲に視線を巡らせて、



「それにしても、この宿屋って和風――じゃなくて極東風だなぁ」


「ヴァラール魔法学院とはまた違う内装だよね!!」


「極東らしい雰囲気で素敵よネ♪」



 神癒の宿の内装は、まさにショウの思うところの『和風』というものに該当する。


 紅葉や桜が描かれた襖に木製の棚、高い天井に不規則で浮かぶのは『癒』の文字が書かれた提灯である。窓は障子が嵌め込まれており、建物の外観も相まってどこか親しみのある風景だ。

 ヴァラール魔法学院は如何にも西洋らしい見た目だし、見慣れないものだらけだったので神癒の宿とは真反対に位置する外観である。今でこそ西洋のお城みたいな見た目のヴァラール魔法学院での生活に慣れてしまったが、異世界にやってきたばかりの頃はこの神癒の宿の方に馴染みがあったかもしれない。


 雑巾を畳んだショウは、



「それにしても、ユフィーリアとエドさんは大丈夫だろうか。料理上手だからそんなに難しい仕事ではないと思うのだが……」


「おねーさんたちもそこまで忙しくないし、平気ヨ♪」



 アイゼルネは軽い調子で言う。


 確かに、ショウたち湯殿組はお客様となる神様がまだやってこないので忙しくはない。こうして宿内の掃除を命じられたものの、従業員の多さもあって楽なものだ。廊下の掃除も雑巾掛けレースと銘打って遊び倒せるぐらいにはまだ余裕がある。

 神癒かみいえの宿が本格的に始動するまではまだ時間があるし、ショウたちは所詮お手伝いとして動員されている身である。従業員と同じような待遇ではなく、初心者らしい簡単なお仕事を手伝って2泊3日の労働生活は終了だろう。


 すると、



「ああ、そこの助っ人たち。ちょっといいかな?」


「何!?」


「何ですか?」


「何かしラ♪」



 中年の女性従業員に呼び止められ、ショウたち3人は元気よく返事をする。



「これから風呂の掃除に行ってくれないかい? 手が足りないんだよ」


「分かりました」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」



 新たなお掃除場所を命じられ、ショウたちは頷く。


 そういえば、廊下や調度品の掃除を命じられたが肝心の風呂掃除はまだだった。お風呂の状態も見たことがないので、ちょっと楽しみだったりする。

 お手伝いとして従業員に紹介された際は神癒の宿内を案内されることもなかったので、重要施設であるお風呂掃除をお願いされてやる気が出る。建物の規模も大きいので、きっとお風呂も立派なものなのだろう。


 中年の女性従業員は廊下の奥を指差し、



「風呂場はあっちさ。さあ、早く行っとくれ」


「はい」


「あいあい!!」


「はぁイ♪」



 妙に急かして女性従業員が立ち去るのを確認したショウたち3人は、コソコソと身を寄せ合って言葉を交わす。



「何だか妙に急かしてきたね!!」


「これは怪しいな」


「面倒なお仕事を押し付けられたような気がしないでもないワ♪」



 とりあえず、命じられたからには従わざるを得ないだろう。何せショウたちはお手伝いさんなのだから、この繁忙期を迎えた神癒の宿を手伝わなければならないのである。

 ショウ、ハルア、アイゼルネの3人は命じられた通りに風呂の掃除へ向かうのだった。まず必要なものは、お風呂掃除用の道具である。


 ――そしてこのあと、ショウとハルアの口から「あのババア」という口汚い言葉が漏れるのだった。



 ☆



 端的に言おう。

 凄え汚れていた、お風呂が。



「…………」


「泥だらけ……」


「…………♪」



 あまりの惨状に、ショウたちはお風呂場の目の前で立ち尽くしていた。


 床板にも壁にも泥がこびりつき、隅に置かれた木桶もひっくり返っている。この場所で泥遊びでもしたのかと言わんばかりの汚れ具合だった。

 極め付けに風呂釜である。五右衛門風呂である風呂釜にも泥が付着しており、さらに風呂釜の内側にも酷く泥が溜まっていた。これを「掃除しろ」というのは拷問である。


 遠い目をして立ち尽くす3人に、たまたま通りかかったらしい従業員たちの哀れむような会話が聞こえてくる。



「あそこを任せてもよかったの?」


「いいのよ、だってほら優秀な助っ人なんでしょう?」


「あそこって昨日、泥の神様が来た時にお通ししたお風呂場でしょう。汚くて誰も手をつけなかったって」


「だからお手伝いさんたちに手伝ってもらうのよ」



 きゃははははは、と甲高い笑い声が遠ざかっていく。


 現実に引き戻されたショウは、ようやく理解した。

 これは従業員たちに虐められているのだ。平和な職場かと思ったらクソみたいな環境だった。繁忙期による苛立ちをお手伝いと称してやってきたショウたちにぶつけて発散しているようである。ついでにショウたちが頑張った結果さえ横から掻っ攫うつもりか。


 ハルアは担いでいた掃除道具のモップを握りしめると、



「『コラ』ってしてきちゃダメかな?」


「ハルさん、殺意が隠しきれていないぞ」


「でもさ、ショウちゃん。性格の悪い神様はいない方がマシだよね?」


「凄いなぁ、ハルさんだと出来そうに見えるのだが今はしないでほしいなぁ」



 今にもショウたちを哀れむように笑い飛ばす従業員たちの殺害を目論むハルアを懸命に引き留め、ショウはそっとため息を吐く。

 全く、性格の悪い神様もいたものである。神癒の宿の開店時間はもうすぐそこまで迫っている。早急にこの泥を掃除しないとまずい。


 ショウはハルアと同じモップを構えると、



「とりあえず泥を落とそう。炎腕えんわん、手伝ってくれ」



 トンと床を踏むと、ワッサァ!! と大量の腕の形をした炎――炎腕が出現する。炎腕も泥だらけの風呂場の惨状に驚いているようで、5本の指を引き攣らせて驚きを露わにしていた。

 これだけの人手があれば泥だらけの風呂場の掃除もあっという間だろう。それぞれ掃除道具を装備した炎腕もやる気に満ち溢れていた。


 ハルアとアイゼルネも仕方なしとばかりに掃除道具をそれぞれ構える。ここで従業員をぶっ飛ばす労力を使うよりも、掃除をして営業時間に間に合わせることを選んだようだ。



「お水を汲んでこなきゃね!!」


「おねーさん出すかしラ♪」


「アイゼさんに出してもらったら魔力欠乏症を引き起こしてしまいますよ」



 アイゼルネは保有魔力量がそれほど多くないので、釜に水をいっぱいに満たすだけでも軽度の魔力欠乏症マギアロストを引き起こしやすいのだ。これだけ巨大なお風呂を綺麗に掃除する為の水を魔法で出せば、魔力欠乏症を引き起こすどころの騒ぎではなくなってしまう。アイゼルネの命に関わるような真似は避けた方がいい。

 これほど巨大な風呂場を綺麗に掃除することが出来るのは、ショウの愛する旦那様のユフィーリアぐらいだろう。星の数ほど存在する魔法を巧みに操り、風呂掃除さえも簡単に終わらせてしまうはずだが、彼女は別の持ち場があるので頼ることが出来ない。必然的にショウたちで何とかするしかないのだ。


 すると、ハルアが「いいのあるよ!!」と叫んだ。



「お水出せばいいんだよね!? いいのあるよ!!」


「本当か?」


「うん!!」



 ハルアはそう言って、従業員用の制服の衣嚢ポケットをまさぐる。その衣嚢にはあらかじめユフィーリアが魔法をかけており、ハルアの神造兵器をいくらか詰め込んでおいてくれたのだ。

 そんな彼が引っ張り出したものは、透き通った青い三叉の槍である。まるで水を槍の形に固めたかのような見た目をしており、近づくとほんのりと冷たさを感じる。氷みたいな冷たさではなく、自然の中を流れる小川に手を突っ込んだかの如き冷たさがある。


 薄青の槍を掲げたハルアは、



「これね、トライデントって言うの!!」


「何が出来るんだ?」


「水を出せるよ!!」


「おお」



 ショウは赤い瞳を瞬かせる。それは非常に便利だ。


 ハルアが三叉の槍を構えると、3つに分かれた槍の穂先に水の球が出現する。ぶわわわわ!! と一気に水の球が巨大化したと思えば、光線のように勢いよく水が射出された。

 射出された水は勢い余りすぎて風呂釜を貫通し、風呂場の壁を破壊する。巨大な風穴をぶち開けられた壁は轟音を立てて破壊されて、向こう側に今まさにお風呂掃除中である別の従業員の姿が確認できた。


 やはり神造兵器レジェンダリィは神造兵器だったらしい。



「何があったの!?」


「え、何これ!?」


「どうしたんだ!?」



 驚いたような従業員が音の発生源である風呂場に飛び込み、そして壁にぶち開けられた巨大な穴を目の当たりにしてポカンと立ち尽くしている。この悪夢のような光景を前に現実を受け入れられていない様子である。


 ショウはそっとハルアの手を取り、トライデントという神造兵器を衣嚢にしまい込ませた。これは掃除道具ではないので、使わない方がいいかもしれない。

 それにしても、掃除する箇所が増えてしまった。これは大変なことになりそうである。営業時間に間に合うのか心配だ。



「大人しく水を汲んでこよう。炎腕、手伝ってくれ」


「ごめん、ショウちゃん!!」


「掃除が大変そうだワ♪」



 泥だらけの桶を炎腕と一緒にありったけ抱えて、ショウは風呂場の掃除用に水を汲んでくるのだった。

《登場人物》


【ショウ】持ち前の身体能力で持ってしても廊下の雑巾掛けレースは先輩に勝てなかった。パズルとか好きなのでバラバラに本が詰まった本棚を綺麗に整理するのが大好き。

【ハルア】掃除はあまり得意ではないが、別の意味の掃除は得意。雑巾掛けレースは楽しかったので学院でも積極的にやりたい。

【アイゼルネ】掃除は割と得意。手先が器用なので拭き掃除とか調度品を磨くのが大好き。無心でやるからいつもピカピカ。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!!! 新作、楽しく読ませていただきました!! >「み゛ゃーッ!!」 >「に゛ゅーッ!!」 未成年組がすごく可愛いです。最初からこの二人の年相応のは…
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