第5話【異世界少年とお茶漬け】
卵かけご飯の騒動から翌日である。
「…………」
「ぐー、すかー」
お膝の上でお昼寝中のハルアの髪の毛を毛繕いしていたショウは、空腹を訴えるお腹をさする。
お昼ご飯の時間はとうに過ぎ去り、今やおやつの時間である。お昼ご飯はちゃんと食べたはずなのにどうしてかお腹が減ってしまった。どうやら最近、ちゃんと食欲が出てきたようである。秋は美味しいものがいっぱいあるものだから仕方がない。
ユフィーリアやエドワード、アイゼルネの大人組は何やら学院長に呼び出しを受けて出かけてしまった。「何でアタシらが」「面倒くさいねぇ」「困っちゃうワ♪」などと最後まで文句タラタラであった。
ショウは膝の上で眠るハルアを起こさないように退かし、極めて静かに居住区画の台所に移動する。
「お茶漬け食べたいな……」
またまた異世界料理の時間である。今度は卵かけご飯ではなく、ショウもよくお世話になったお茶漬けだ。
食料保管庫から冷やご飯を保管している鉄製の箱を取り出し、ついでに炎腕に陶器製の丼を持ってきてもらう。冷やご飯を丼に少しだけ移して温めてもらっている最中に、ショウが手に取ったものは紅茶の薬缶である。
陶器製の薬缶に紅茶の茶葉を投入し、水と一緒に小石をぽちょんと落とす。これは『沸騰魔石』と呼ばれるもので、水に浸けるとお湯になるまで温めてくれる不思議な魔石だ。
すると、
「温めてくれたか?」
ショウの着ていたメイド服のスカートが引かれる。
振り返ると、炎腕がわさわさと揺れながら預かった丼をショウに返却していた。冷やご飯は見事にホカホカの状態で温められており、このままでも十分に美味しくいただけそうではある。
温められたご飯を盛った丼を受け取り、ショウは紅茶の薬缶の様子を確認する。茶葉がお湯に染み出していくが、お茶汲みの達人であるアイゼルネが入れるものより少しばかり薄くしたところで丼の中に紅茶を注ぐ。
そう、紅茶のお茶漬けである。クラスメイトからの知識だが、ダージリンやセイロンなどはお茶漬けのお茶としても活用できるようである。この世界に来てからお茶漬けは食べたことはないのだが、別に不味くても自分だけが食べるのだからこれでいいだろう。
「あとは何があったかな……」
追加で食料保管庫を漁るショウ。
食材がたくさん詰め込まれているものの、お茶漬けに適した具材は見当たらない。ここはショウにとっての異世界なのでなくて当然である。
仕方がないので紅茶のお茶漬けを具材なしで食べようかと思ったその時、素晴らしいものが食料保管庫の奥にしまい込まれていた。
「梅干しだ、これをいただこう」
瓶に詰め込まれた真っ赤な実――梅干しを発見してホクホク顔のショウは早速とばかりに梅干しの瓶を開封する。
ふわりと香る梅の酸っぱい匂い。酸味のある香りがまた食欲を唆る。
この世界にも梅干しの存在があってよかった。梅干しは極東地域でしか作られないと言っていたが、おそらく八雲夕凪の妻である樟葉が手ずから作ってお裾分けをしてくれたのだろう。彼女の気遣いに感謝である。
梅干しを1粒ちょうだいしたショウは、紅茶に浸ったご飯の上に落とす。紅茶のお茶漬けには梅干しが合うとこの食べ方を教えてくれたクラスメイトも言っていた。
「よし、いただきま――」
紅茶のお茶漬けが完成したところで、ショウは気づいてしまった。
居住区画から用務員室に戻る際の扉から、ハルアが覗き込んでいた。しかも紅茶に白米をぶっかけたところから見ていたのか、その表情は引き攣っている。
これはどこかで見覚えのある展開だ。主に卵かけご飯の時と同じような衝撃を先輩に与えてしまったのかもしれない。
「ショウちゃん……何食べてるの……?」
衝撃と好奇心に満ちた声で問いかけてくるハルアに、ショウはまたいつものように誘う。
「食べるか?」
こうしてまた異世界料理が広まっていくのを、ショウはどこかで嬉しく感じていた。
《登場人物》
【ショウ】紅茶のお茶漬けの話を聞いて実践。お茶漬けは元の世界でもお世話になった。お茶漬けは梅が1番好き。
【ハルア】このあとお茶漬けの美味しさを知り、ショウを連れて学院長室に乗り込み、学院長の口に熱々のお茶漬けを流し込んで正座で怒られる羽目になる。