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第4話【問題用務員と腐豆】

 未成年組が副学院長をお説教するという珍しい事案が発生した。



「食えりゃいいってものじゃないんですよ、料理は見た目も重要なんですから」


「あの料理、見たことあるよ。オレが昔、施設にいた時によく食べさせられてた奴だよ。口の中に流し込まれるんだよ、あのご飯もどき」


「止めて止めて心がチクチクする」



 スカイは自分の作り出した魔法兵器エクスマキナが本当に悪魔の拷問器具とでも認識し始めているのか、せっかく作り出した自動調理の魔法兵器には見向きもしないでひたすら饅頭のように丸まっていた。


 数種類の携帯食料を撹拌かくはんしてペースト状にしたものなど食べ物とは言わない。ユフィーリアも当然そう思っているのだが、どうやら未成年組の方がご飯に関する沸点が低かった。「あんなものはご飯と呼ばん」と憤り、副学院長を正座させてお説教をし始めた時は立場がついに逆転したと天変地異の前触れを実感した。

 特にショウは、食に対して強いこだわりと飽くなき探究心を宿した異世界出身の人間である。曰く、「日本人の大和魂はソフトクリームにエビフライをぶっ刺し、白子をポン酢でいただくんですよ」などと言っていたが、異世界にはそんなゲテモノがあるのかと驚愕である。そしてちょっと面白そう。


 卵かけご飯を完食したグローリアは、



「生卵をご飯にかけて食べるということがあまりないから、珍しくはあるよね」


「だよな、最初は衝撃を受けたし」



 ユフィーリアもグローリアの言葉に納得したように頷く。


 生卵をご飯にぶっかけて食べ始めた時は驚いた。「え? 生卵を食べるのって身体を鍛える奴だけじゃねえの?」と首を捻ったものだ。エドワードがたまに生卵だけを硝子杯に入れて丸飲みしているので、身体を鍛えたい奴だけがやるような食育だと勘違いしていた。

 この調理方法は簡単だし、工夫を凝らせばさらに美味しくなることは間違いない。今から改造が楽しみである。


 その時、



「みょぎゃッ」


「おいどうした、エド。いきなり鼻を押さえて」


「臭いんだよぉ!!」



 唐突にエドワードが鼻を押さえ、悪臭を訴えてくる。


 ユフィーリアも試しに空気中の匂いを嗅いでみるも、エドワードが反応するような悪臭はしない。炊き立ての白米の匂いがするだけである。

 怪しいのはグローリアだ。彼は食べ物を放置して、たびたび消費期限や賞味期限を切らすことがあるのだ。エドワードが感じ取った悪臭は、もしかしてグローリアが食べ物を腐らせた臭いではないだろうか。


 ところが、



「そんな訳ないでしょ、最近はお菓子とかもらってないし」


「本当かよ」


「それに、この部屋に来てからだいぶ経つよね。もし腐った食べ物を置いてあったとしたら、最初からエドワード君が気づかないとおかしくない?」



 グローリアから至極真っ当な指摘を受けて、ユフィーリアは「それもそうか」と頷く。


 エドワードの嗅覚は非常に優れているので、強烈な臭いの放つものであれば遠くにいても感知できるほどだ。今回もおそらくその類のものだろう。

 ただ、悪臭を放つ食べ物は限られている。ユフィーリアもあまり臭さを発するような食べ物に巡り合ったことがないので何とも言えないが、エドワードが鼻を押さえて顔を顰めるのだからある程度は臭いのだろう。


 エドワードが悪臭を感じ取ってから数十秒後、真っ赤なものが学院長室に駆け込んできた。



「ごきげんようおえっぷ」


「ぎゃあッ!!」


「ぅおえッ!!」


「もげげげげげ!!」


「きゃッ♪」


「ん?」


「ふぎゅあッ!?」


「べふぉッ!?」



 学院長室の扉が開け放たれた途端、腐ったような悪臭が広がる。その臭いを嗅いだショウを除くほぼ全員が嗚咽を漏らし、悲鳴を上げ、スパイダーウォークまでし始めてしまう。


 悪臭を纏って駆け込んできたのは魔導書図書館の司書にして、どんな料理も猛毒に作り変えてしまう人間殺戮系料理人のルージュである。何やら陶器製の器に箸を突き立て、ねりねりと何かを掻き混ぜながらご登場したが明らかに顔色が悪い。

 というより、臭いの原因はまさにその陶器製の器からである。手のひらにすっぽりと収まる程度の小さな器だが、中身は何やら強烈な悪臭のするものでも入っているのか離れているのにも関わらず臭いを感じてしまう。


 ルージュは嗚咽を漏らしながら「助けてくださいですの」と助けを求め、



「八雲のお爺さんから『腐豆ふとう』を取り寄せたんですの。お紅茶の材料集めによろしいかと思いましてえええ」


「ふざけんなそれめちゃくちゃ臭え豆だろうが!?」


「しかも発酵してるだとか言って、端的に言えば腐ってる食べ物じゃないか!!」



 ユフィーリアとグローリアがほぼ同時に叫ぶ。


 腐豆とは、極東地域ではまあまあ食べられるものだ。好き嫌いが分かれる代物らしく、極東地域でもごく僅かな人間しか食べることのない腐った豆だ。腐豆を練ることで粘り気が増し、その状態で食べるのが非常に美味しいらしい。

 ただ、臭いが本当に強烈なのだ。何やら腐ったような独特の悪臭がするものだから、極東地域以外では食べられることはない。ユフィーリアも食わず嫌いはしたくないが、まずもって臭いが無理なので食べられない。


 そんなものを取り寄せるなど、本当に頭の螺子の謝罪を疑いたくなることをするものだ。一体何がしたいのか。



「帰ってルージュちゃん、本当にお願いだから!! 学院長室に臭いがついちゃうでしょ!?」


「だって取り寄せてしまったんですの、誰かに押し付けたいんですの!!」


「ふざけんなよ、何でそんな臭えゲテモノを誰かに押し付けようだなんて考えるんだ!?」



 強烈な臭いを放つ腐豆ふとうをねりねりと練りながら突撃してくるルージュから、ユフィーリアたちは悲鳴を上げながら逃げ回る。学院長室が大騒ぎのお祭り状態に陥るのだが、この場所はヴァラール魔法学院の最上階にあるのでどれほど騒いでも誰も気づかない。



「ルージュ先生、それって何か加えていませんか? マンドラゴラとか、コカトリスとか、そう言った毒物系は何も入れていませんか?」


「こんな臭気の酷いものにわたくしの好きなものを入れる訳がねえんですの!!」


「そうですか、では何も入れていないまま掻き混ぜているだけなんですね」



 逃げ回るユフィーリアたちと追いかけるルージュのやり取りをぼんやり見ていたショウが、ふとそんな調子で問いかける。「何も入れていない」と解釈すると、最愛の嫁はあろうことかルージュから陶器製の器を強奪した。

 突き刺さったままの状態だった箸を素早く動かして、ショウは腐豆を勢いよく掻き混ぜる。時折、その粘り気を確認する為に箸で豆を摘んでびよーんと伸ばしてみたりしていたが、ネバネバ感がさらに増したような気がした。


 ポカンとするルージュをよそに、ショウはしっかりと掻き混ぜた腐豆を脇に置いて釜から白米を丼によそう。まだホカホカと湯気が立つ白米を丼に盛り付けると、腐豆を白米の上に落とした。



「さらにここへ生卵を落とす」


「ショウちゃん何してるの!?」


「ハルさん、止めないでくれ。今から俺は悪い子になるんだ!!」



 そんな宣言をしないでも十分すぎるほどに問題児なのだが、ショウはハルアの制止を振り切って腐豆の上へさらに生卵を割って落とす。

 これで丼の中身は白米、腐豆ふとう、生卵という混沌とした状態になってしまった。何と言うことだろうか、これはもうせっかくの卵かけご飯を台無しにする悪魔の所業である。


 ただ、ショウは決して食べ物で遊んだ訳ではなさそうだ。その表情はどこか期待に満ちており、発酵黒油はっこうこくゆを垂らす彼は楽しそうである。



「完成」



 たっぷりと発酵黒油を垂らしたところで完成を宣言したショウは、腐豆を練る際に用いた箸を使って丼に落とした生卵の黄身を破る。ドロリとした黄色い液体が白米と腐豆に浸透していったところで、粘り気と黄色い液体を纏わせた混沌料理を掻き込む。

 食ったのだ。あの独特の臭気を放ち、ネバネバとした感覚も好まれていない腐豆を生卵と白米と一緒に食べ始めてしまったのだ。痩せ我慢で食べているのかと思いきやそうではなく、ショウはとてつもなく幸せそうである。


 腐豆、生卵、白米を合わせたトンデモ料理を頬張るショウは、



「美味しい……夜中に叔母さんの目を盗んで食べた記憶が蘇る……」


「それ蘇らせていい記憶か?」


「納豆と卵の組み合わせはいいんだぞ、ユフィーリア。最高の組み合わせなんだ」



 ショウはユフィーリアに食べかけの腐豆入り卵かけご飯を差し出し、



「ユフィーリアもどうだ? 美味しいぞ?」


「え」



 何と、ご指名である。


 確かに生卵と発酵黒油を使用したことで悪臭は若干弱まったものの、やはり臭気は感じる。卵かけご飯の美味しさは身をもって知っているが、そこにほとんどの人類の敵とも呼べる腐豆は果たして合うのか。

 ユフィーリアは怖気付いていた。最愛の嫁が「美味しい」と言うのだから確かに美味しいのだろう。その言葉を信じてやりたいのは山々なのだが、どうしてか踏み切ることが出来ない。


 どう返答するか迷うユフィーリアの横をすり抜け、ハルアが意を決してショウが差し出す丼を受け取った。



「ハル!?」


「ハルア君、何を!?」



 驚愕するユフィーリアとグローリアをよそに、ハルアは覚悟を決めたような表情で言う。



「オレ、ショウちゃんの先輩だから。後輩の責任は先輩が取るものだよね、オレは学んだよ」



 何やら格好いいことを言いながら、ハルアは腐豆入り卵かけご飯を勢いよく掻き込む。

 リスのように頬いっぱいに詰め込んで、もぎゅもぎゅと咀嚼。咀嚼していくうちに彼の蜂蜜色をした瞳が見開かれ、そしてショウと丼の2つへ交互に視線をやる。


 頬に詰め込んだ腐豆ふとう入り卵かけご飯を飲み込んだハルアは、しみじみと呟いた。



「美味しい……!!」


「だろう?」


「腐豆って食べたことないんだけど、この食べ方は癖になるね!!」


「ここに色々とネバネバしたものを足すとさらに美味しくなるんだ、ハルさん」


「そうなんだ!!」



 そんなやり取りをしていた未成年組の視線が、くるりとユフィーリアたちに向けられる。

 明らかに標的とされていた。しかも不幸なことに、ショウだけではなく問題児の暴走機関車野郎と名高いハルアも加わってしまった。逃げ切れる確率が格段に下がった。


 腐豆入り卵かけご飯の丼を掲げた未成年組は、綺麗な笑顔でユフィーリアたちを追いかけてくる。



「ユーリこれ食べて食べて食べて!!」


「絶対に美味しいから!! 後悔させないから!!!!」


「分かったからそれを置け心の準備ぐらいさせろ!!」


「臭いよぉ!!」


「卵かけご飯が悪魔の食べ物になっちゃったワ♪」


「どうしてご飯に対してそこまで挑戦的な行動をしちゃうんだよぉ!!」


「これならペーストご飯の方がマシでは!?」


腐豆ふとうなんて取り寄せなきゃよかったんですの!!」



 腐豆入り卵かけご飯の丼を掲げた未成年組から逃げ回り、また学院長室が俄かに騒がしくなるのだった。



 そしてこのあと、アイゼルネ、ユフィーリア、エドワードの順番で腐豆入り卵かけご飯の美味しさに陥落した問題児の手によって腐豆入り卵かけご飯を巡った追いかけっこはヴァラール魔法学院全土に及ぶのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】食わず嫌いをしたくはないが、腐豆の独特な匂いがあまり好きではない。でも卵かけご飯のおかげで匂いが緩和されたので食べれそう。

【エドワード】嗅覚が優れているので腐豆の匂いは遠くにあっても感じ取る。卵かけご飯に入れた時の美味しさに感動。

【ハルア】今まで腐豆は匂いで敬遠していたが、後輩を1人で犠牲にする訳にはいかんと食べてみたら美味しかった。

【アイゼルネ】美容や健康にいいとは聞いていたが、匂いのおかげで遠ざけていた。食べ方が分かれば克服も出来そう。

【ショウ】この世界に納豆もあるのかと感動。納豆ではなくて腐豆という名前なので驚いたが、納豆があるならネバネバ卵かけご飯の夢も叶えられそう。


【グローリア】腐豆はネバネバした感覚があまり好きではないが、卵かけご飯にぶち込んで食べたらまあまあ美味しく食べられた。

【スカイ】腐豆のネバネバさと匂いがダメだったが、卵かけご飯にぶち込んだことで革命が起きた。これなら食べられそう。

【ルージュ】学院内でも特に食べる人物のいない腐豆を取り寄せて紅茶に加工しようとしたが、普通に美味しい食材になったので拍子抜け。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!!! 新作、楽しく読ませていただきました!! 納豆を混ぜた卵かけご飯、さっそく試してみたらとても美味しかったです!! >「だって取り寄せてしまったんで…
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