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第2話【問題用務員と異世界料理】

 創設者会議からようやく解放された帰り道、見知った背中を見かけた。



「ようエド、アイゼ。買い物帰りか?」


「ユーリも創設者会議は終わったのぉ? また抜け出したんじゃなくてぇ?」


「失礼だな、今回はちゃんと最初から最後まで参加してたっての」



 購買部で買い物をしていたエドワードとアイゼルネに遭遇し、ユフィーリアは一緒に用務員室に戻ることにする。どうせ帰り道は同じなのだ。


 本日の創設者会議は、何か収穫祭ハロウィンの話をしていた気がする。月の終わりに収穫祭と呼ばれる祭りを開催する予定だからあれしろこれしろとか議論が交わされていたが、ユフィーリアが学院長から言い渡されたことは「余計なことをするな問題行動をするな息も止めてろ」と理不尽な命令だった。酷いものである。

 そんなことを言われてしまったら余計なことをせざるを得ないではないか。収穫祭は毎年楽しみにしている一大行事である。仮装をしてお菓子をせびるだけのお祭りだが、問題は仮装だ。今年はどのような格好がいいだろうか。



「やっぱり無難にさぁ、シーツを被って『お化けです』って名乗った方がいいと思うんだよなぁ」


「それって面白い?」


「シーツに【世界終焉セカイシュウエン】の正装である『面隠しの薄布』の効果を持たせたら面白いだろ。中身が誰だか分からないお化け集団になる」


「それは面白そうだワ♪」



 アイゼルネは弾んだ声で返し、



「おねーさん、収穫祭ハロウィン大好きなのよネ♪ 驚かせるのは楽しいことだワ♪」


「毎年お前はイキイキしながら悪戯を仕掛けてるよな、主に男子生徒に」


「合法的に悪戯が許されるお祭りじゃないノ♪」



 アイゼルネは毎年、収穫祭の際にはここぞとばかりに男子生徒を狙って悪戯を仕掛けて楽しんでいるのだ。尻を狙うのは当たり前、髪の毛を爆発させたり虫の幻覚を見せたりと悪戯の内容は多岐に渡る。男性嫌いも極まったかと思うだろうが、ここまで来るとただのいじめっ子だ。

 とはいえ、アイゼルネが男性嫌いになるのも無理はない。連中は収穫祭にかこつけて女の子とアレコレしたいと企んでいるものだから、アイゼルネの身体を狙っている輩も多いのだ。そんな相手は悪戯されて然るべきである。むしろスープみたいに溶かした方が世の為人の為、そして問題児の為ではなかろうか。


 邪悪に笑う南瓜のハリボテを被ったお姉さんは、



「お化けの仮装をするならちょうどいいワ♪ もっと怖いお化けの幻覚を見せてあげル♪」


「収穫祭を別側面で楽しんでるんだけど、あいつ」


「いいんじゃないのぉ? 楽しみ方は人それぞれでしょぉ」



 エドワードは「俺ちゃんはお菓子しか興味ないもんねぇ」とそんなことを言う。あればあるだけ食う大食漢にとって、収穫祭は無限にお菓子が食べられる日と認識しているようだ。

 そんな会話を交わしていると、いつのまにか用務員室に戻ってきた。用務員室では未成年組がお留守番をしているはずなので、大人しくしてくれていることを願うばかりだ。たまに2人だけで何やら楽しいことをしたりするので、問題児筆頭からすれば「ちょっと狡いな」と思うぐらいである。


 ユフィーリアは用務員室の扉を開け、



「ただいま」


「ただいまぁ」


「ただいマ♪」



 その声に反応はない。


 用務員室には誰もいなかった。創設者会議で学院長から無理やり連れ出された時は確かに用務員室で絵本を読んでいたはずだが、未成年組の姿が忽然と消えていた。

 ただ、扉は施錠魔法を解除せずに開いたので用務員室にはいる様子である。用務員室の扉は部屋の中に誰もいなくなると自動的に鍵がかかる仕組みになっているので、最低でも1人は用務員室にいれば自由に出入りが可能だ。



「居住区画か?」


「お昼寝でもしてるかねぇ」


「まだお昼を食べてない時間帯なのニ♪」



 お留守番をしていてくれた未成年組の姿を探してユフィーリア、エドワード、アイゼルネは用務員室の隣に設けられた居住区画を覗き込む。



「いただきまーす!!」


「召し上がれー」



 居住区画に未成年組のショウとハルアはいた。


 彼らの手には、丼が抱えられている。丼の中身は何やら黄色く染まった米が盛られており、机には白米を保管する為の鉄製の箱が放置されていた。蓋が開けられているので保管してあった冷やご飯を自分たちで温めて食べているのだろう。冷やご飯を温めることが出来たのは、ショウの手下である炎腕えんわんが原因か。

 そして、何故か机の上には卵の殻まで放置されていた。そこから推察されるのは生卵を白米の上にぶっかけて食べるという謎の行動である。身体を鍛える目的で生卵をかっ喰らうエドワードの姿を見たことはあるが、まさか未成年組も身体を鍛えたいが為に生卵を白米と共に食らうつもりか。


 何かもう予想がつかない居住区画の状況を前に、ユフィーリアたち3人は思わず口を開いていた。



「お前ら、何食おうとしてんだ?」


「生卵をご飯の上にかけてどうしたのぉ?」


「身体でも鍛えたいのかしラ♪」



 生卵をぶっかけた白米を口に運ぶ未成年組の動きが止まる。何やら摘み食いがバレたと言わんばかりの態度である。

 いや、別に冷やご飯に関しては余り物だから自由に使ってくれて問題はない。気になるべきはその食べ方だ。生卵をぶっかけて食べるという意味の分からない行動が気になる。


 ショウとハルアは互いの顔を見合わせ、



「「卵かけご飯」」



 何かけご飯だって?



 ☆



 どうやら正体はショウによる異世界料理らしい。



「異世界料理って言うと、この前作った『餃子』みたいなあれと同じか?」


「餃子の手間と卵かけご飯の手間を比べてしまうと世の中のお母様方を怒らせてしまうが、異世界の料理と言われればそうだな」



 黄色いご飯――卵かけご飯を頬張りながら、ショウは言う。


 以前、ショウから教えてもらった異世界料理『餃子』なるものは素晴らしいものだった。油をたっぷり使って焼いた餃子は酒に合い、麦酒ビールで口の中に残った油を流し込む快感は筆舌に尽くし難い。小粒の餃子は箸がよく進んだし、人海戦術で大量に作った餃子があっという間になくなってしまったのは非常に残念で仕方がない。

 餃子に比べると、卵かけご飯は些か単純な料理方法だとは思う。白米の上に生卵を落とし、さらに上から発酵黒油はっこうこくゆを垂らすだけという簡単な調理方法だ。卵を割ることが出来れば誰でも作れる1品料理である。火も使わず、包丁も使用しない簡単な調理方法は素晴らしい。


 丼いっぱいに作った卵かけご飯を掻き込むハルアは「これ美味え!!」と米を散らしながら言う。



「簡単だったよ!! オレでも作れちゃったもん!!」


「ハルはよく卵を割れたな」


「頑張った!!」



 ハルアが自慢げに言う横で、ショウがしみじみと「うん、頑張ったな……」と呟く。おそらく卵を割る作業を苦労しながら支えたのだろう、最愛の嫁に心の中で敬礼を送っておく。



「えー、俺ちゃんも食べてみたぁい」


「やだ!!」


「エドさんは1口の量が多いからご自分で作ってください」


「ええー」



 卵かけご飯の味見を求めたエドワードだが、1口の大きさに文句をつけた未成年組が却下を出してきた。これは仕方がないと思う。

 自分でも思うところはあるようで、エドワードは食料保管庫を漁って鉄製の箱を引っ張り出す。冷やご飯を補完する箱は食料保管庫にもいくつかあるので1つ減ろうが2つ減ろうが問題はない。


 いそいそとショウとハルアを見習って卵かけご飯とやらを作るエドワードは、



「本当にこれ卵だけぇ?」


「卵だけですよ」


「足りるかねぇ」


「え?」



 ショウは首を傾げ、



「丼を使うのではないんですか?」


「箱ごとやろうかと思ってぇ」


「よくねえ馬鹿野郎、何人前あると思ってんだ」



 ユフィーリアはすかさずエドワードの背中をぶっ叩く。


 鉄製の箱は一抱えほどもある大きさで、それなりに量は多い。中に隙間なく詰め込まれている白米は明らかに1人前の量ではないので、たった1人で消費するのは難しいだろう。

 ところが、エドワードならそれが可能である。一抱えほどもある大きめの箱を器にして卵かけご飯を作ろうとしたら、卵がいくつあっても足りない。分け与えるという精神がないのか。


 ユフィーリアは3人分の陶器製の丼を用意し、



「お前、アタシらにも分けろよ。ご飯温めてやらねえぞ」


「ちぇ」


「ちぇ、じゃねえんだよふざけんな。自分だけ味わおうとしてんじゃねえぞ」



 不満げに唇を尖らせるエドワードは、冷やご飯を陶器製の器に移す。鉄製の箱に詰め込まれた冷やご飯をしっかり3等分していた。独り占めしたかったようだが、そうは問屋が卸さない。


 丼に冷やご飯を移したところを見計らい、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしてご飯を温める。ご飯を温めながら食料保管庫から卵を人数分だけ取り出して、しっかり温まったところで生卵を白米の山に落とした。

 ショウが言うにはこれだけで『卵かけご飯』の完成らしい。あとはお好みで発酵黒油を垂らし、卵と白米をよく混ぜ合わせて食べるのが美味しいとか。ちょっと見た目はよろしくはない。


 最後にユフィーリアはショウの言う通りに発酵黒油を丼の中に垂らして、



「完成」


「本当に簡単だねぇ」


「あっという間だったワ♪」



 その簡素な調理方法に、エドワードとアイゼルネも感心する。


 さて、問題はその味である。どれほど簡単に作られたとしても味がよくなければ話にならない。

 ユフィーリアはスプーンを白米の上に乗せられた卵黄に突き立てる。薄い膜を突き破ってドロリとした黄色い液体が白米に染み込んでいき、発酵黒油と絡み合う。白米と卵黄が絡み合うように掻き混ぜてやると、丼を満たす白米が黄色く染め上げられた。


 卵と白米がよく馴染んだところで、ユフィーリアはスプーンで卵かけご飯を山盛りにすくう。卵白のドロッとした部分は残っているものの、意を決して口に運んだ。



「ん、美味ッ」


「美味しいねぇ」


「卵と発酵黒油はっこうこくゆの相性が抜群だワ♪」



 卵かけご飯の美味しさに、ユフィーリアは驚愕する。


 生卵を食べるなんてと警戒していたものだが、食べてみると卵の濃厚さと発酵黒油のしょっぱさの相性が抜群である。手軽な料理なのであっという間に掻き込むことが出来るし、調理手順も複雑ではないので作るのも簡単だ。何という反則的な料理だろうか。

 これは誰でも作ることが出来るだろう。ものぐさな人物だって、食べる暇が確保できない忙しい人だって、簡単に用意することが出来る。



「これいいな、グローリアに食わせるか」


「何で学院長の名前が出てくるんだ?」



 不思議そうに首を傾げるショウに、ユフィーリアは真剣な表情で言う。



「またあいつ、飯を抜いてるからな。3分とかからずに飯が食えるならそれに越したことはねえ」

《登場人物》


【ユフィーリア】異世界料理で教えてもらった餃子は気に入ったので定期的に作りたいが、大食漢と食いしん坊がいるので作る時は人海戦術を使う必要がある。

【エドワード】そういえばシュラスコも異世界料理だったような……? 出来れば肉系の異世界料理を学びたい。

【アイゼルネ】異世界料理といえば可愛い見た目のアフタヌーンが気に入っている。季節ごとにショウがアドバイスをしているのでその度に行きたくなるし、体重計と向き合って頭を抱える。


【ショウ】自分の欲望を異世界で叶えつつある女装メイド少年。卵かけご飯が意外と好評なので、アレンジを期待しちゃおうかな。

【ハルア】初めて自力で卵を割れた。お粥みたいにお腹にたまらないかなと思いきや、卵かけご飯の美味しさにびっくり。

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[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 卵かけご飯をここまで美味しそうに食べる描写が描けるやましゅーさんの表現力がすごいと思いました。卵かけご飯の…
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 卵かけご飯をここまで美味しそうに食べる描写が描けるやましゅーさんの表現力がすごいと思いました。卵かけご飯の…
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