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第4話【問題用務員とキノコ被害】

 翌朝である。



「ふあぁ、おはよう……」


「おはよぉ」


「おはようございます!!」


「今日も素敵な朝ネ♪」


「おはようございます」



 問題児はいつも通り、朝食の会場である大食堂に姿を見せた。


 眠たい目を擦り、大きな欠伸をしながら朝の挨拶をすると、早速とばかりに朝食が並べられた台座に移動する。本日も数え切れないほどの品数が揃えられているが、料理の大半は秋に旬を迎える食材が使われていて季節を感じることが出来る。

 ユフィーリアもいつものように龍国粥りゅうこくがゆにしようかと思ったのだが、粥の釜のすぐ近くに寸胴鍋がいくつか置かれていた。生徒がやたら「これ美味しい」とか「塩気がいいね」などと鍋を囲んで話しているので、ちょっと中身が気になった。


 生徒が捌けたところで、ユフィーリアは寸胴鍋の蓋を開く。深い鍋の中にはキノコを使ったホワイトシチューがあり、蓋を開けると湯気と共に貝類を使った出汁の香りが鼻孔をくすぐった。



「美味そう、今日これにしよう」


「あ、いいねぇ。パンも焼いちゃう?」


「シチューにパンを浸けて食べるのは至高だよね!! オレは学んだよ!!」


「いい学びじゃなイ♪」


「え、あ」



 ユフィーリアはスープ皿にキノコのホワイトシチューを盛り付け、さらに主食として硬めの棍棒パンを選ぶ。火に潜らせるのが面倒なので魔法で焼き目をつけた。

 棍棒パンとは、見た目が棍棒のようなパンのことである。表面が硬くてカリカリとしており、バターの風味がぞんぶんに感じられる素朴なパンだ。スープ類に浸して柔らかくして食べるか、輪切りにして具材を乗せて食べるのが最適だと言われている。ショウが言うには「フランスパンだ」らしいのだが、異世界にも同じものがあるようだ。


 同じくエドワード、ハルア、アイゼルネもまたキノコのホワイトシチューを盛り付け、種類の多いパンの山の中から白パンや黒パンなど自分の食べたいパンを選んでいた。エドワードやハルアはホワイトシチューとパンだけでは足りないようで、燻製肉やオムレツなどのおかずも手にしている。



「ショウ坊は? シチューいる?」


「いや、あの」



 ユフィーリアはショウにもホワイトシチューをお勧めするが、ショウはどこか戸惑っている様子だった。何かを言いたげにしているのだが、ホワイトシチューに対して思うことがあるのだろうか。


 欠伸をしながらユフィーリアは空いている座席を確保し、早速とばかりに焼き目をつけた棍棒パンをホワイトシチューに浸す。柔らかくなったところで口に運ぶと、バターの香りと一緒に濃厚なホワイトシチューの味が口いっぱいに広がった。

 キノコの肉厚な食感がまた美味しく、優しい塩気が身に染みる。これは大量に酒を飲んで二日酔いに悩んでいる時にも食べたい一品だ。吐くかもしれないが。



「美味え……優しい味がする……」


「今の時期ねぇ、朝とか肌寒いもんねぇ」


「濃厚で美味しい!!」


「お塩の利き方が絶妙だワ♪」


「…………」



 問題児の中で唯一ホワイトシチューを選ばず、極東味噌焼きおにぎりなるものを選んできたショウは何とも言えない表情でようやく口を開いた。



「そのホワイトシチュー、ユフィーリアが昨日何かを仕掛けていなかったか?」


「…………」



 ユフィーリア、エドワード、ハルア、アイゼルネはそれぞれ手元のホワイトシチューのスープ皿に視線を落とす。


 そういえば昨日、このホワイトシチューに得体の知れないキノコを混入しなかっただろうか。閲覧魔法でも名前だけの表示で、どんな効能があるかとか被害が起きたとか不明な『コノコノキノコ』なるものを微塵切りにしてホワイトシチューに紛れ込ませた記憶がある。

 このホワイトシチューにコノコノキノコの破片が混ざり込んでいる可能性もあるだろうが、まず謎キノコの出汁が存分に出ている気がする。あの謎キノコの出汁がどんな影響を及ぼすか分かったものではないが、とにかくヤベエものを口に含んでいることは間違いなかった。



「まずッ!?」



 まずい、と言おうとした矢先のこと、ユフィーリアは自分の身体に変化があったことに気付いた。





 ()()()()





 何か生えた感覚。



「ユーリぃ、頭にキノコが生えてるよぉ」


「エド、お前は鼻から何か出てるぞ」



 ユフィーリアの頭頂部から、紫色のかさと白い斑点模様が特徴的なキノコが生えていた。何の前触れもなく生えたのだ、もう恐怖を通り越して笑うしかない。

 同様に、エドワードの鼻の穴からも紫色のキノコが生えていた。ユフィーリアが頭から生えたのに、どうしてエドワードは鼻から生えるのか。鼻でホワイトシチューを吸い込んだのかと問いただしたくなるほど阿呆な生え方をしていた。


 キノコが生えたのはユフィーリアやエドワードだけではない。ホワイトシチューを口にした全員が、もれなくキノコを身体のどこかしらに生やす羽目になった。



「耳からキノコ!!」


「あらやダ♪ おっぱいの間からキノコが生えちゃったワ♪」



 ホワイトシチューを堪能していたハルアの右耳からキノコが生え、アイゼルネはあろうことか胸の谷間からキノコが顔を覗かせていた。ハルアならともなく、アイゼルネは歩く年齢規制になりかねない。

 他にも頭頂部からキノコを生やした生徒や教職員は大勢いて、全員して生えたキノコに対して驚いている様子だった。中には尻からキノコが生えちゃった生徒や教職員も存在し、椅子に座れないことを嘆いていた。嘆く箇所はそこではない気がする。


 まさに大食堂は阿鼻叫喚の地獄絵図――いいや、キノコ絵図となった訳である。冗談ではない。



「ショウ坊、何で言ってくれねえんだ!?」


「いや、あのぅ……」



 詰め寄るユフィーリアに、ショウはとても綺麗な笑顔で言う。



「てっきり『面白いから』という理由でキノコの被害に遭おうとしているのかと思ってしまったんだ。ごめんなさい」


「本音は?」


「止めない方が面白そうかなって」


「問題児としての情操教育は成功だなやったぜちくしょう!!」



 問題児としての意識改革は着実に進んでいるようで、ショウは自分が面白そうだと感じたからわざと言わなかったのだ。これぞ問題児である。勉強熱心で将来有望な問題児のお嫁様だ。

 ただ、願わくば身内に被害が生じる前に言ってほしかった。問題児は自ら起こした問題行動に、自分自身が巻き込まれるのは出来れば御免被りたいのだ。度々トチ狂って自分自身を巻き込んで自爆するような問題行動になったりするものだが、今回は言ってくれれば気付けたのに。


 すると、



「ユフィーリアぁー……?」


「よう、グローリア。頭からお洒落なキノコが生えてるな」


「ありがとう、ユフィーリア。君も間抜けなキノコが頭から生えてるよ」



 怒りの感情が言葉の端々に漲らせた学院長――グローリア・イーストエンドにユフィーリアは笑顔で応じる。どうやら彼もキノコのホワイトシチューを食べたようである。

 その証拠に、グローリアの後頭部から紫色のキノコが突き出ていた。キノコが後頭部を貫通したのかと疑いたくなるぐらいに垂直に生えていた。もはや彼が普段から使っている紫色の蜻蛉玉が特徴的なかんざしの代わりに髪をまとめてもいいだろう。


 同じくキノコ被害に遭ったユフィーリアたち問題児を睨みつけるグローリアは、



「ところでユフィーリア、ホワイトシチューに何かした?」


「別に何も」


「嘘吐け!! 目がバチャバチャ泳いでるんだよぉ!!」



 グローリアは「馬鹿じゃないの!?」と叫び、



「キノコなんて1番得体の知れないものを朝食に混ぜるんじゃないよ!!」


「やっぱりコノコノキノコなんて知らねえキノコを入れるんじゃなかったな。失敗失敗」


「コノコノキノコだって!?」



 ユフィーリアがヘラヘラと笑いながら明かしたコノコノキノコの存在に、グローリアが声をひっくり返す。



「コノコノキノコはキノコじゃないよ、新種の魔法植物だよ!! 最近発見されたばかりだから植物辞典の改訂をしているところで、摂取すると人体からキノコが生えてくるんだよ!!」


「魔法植物だったのかよ、これ。入れなきゃよかったな」


「何てことをしてくれてるんだ君って魔女は!? 発見数も少ないのに!!」


「入れられたくなければ名前でも書いときゃよかっただろ」


「書けるもんなら書いておきたいぐらいだよ!!」



 ひとしきり怒鳴ったグローリアは「はあああぁぁ」と盛大にため息を吐いて膝から崩れ落ちた。発見数の少ない新種の魔法植物を採取した挙句、どんな効果があるのかちゃんと確かめもせずに朝食のホワイトシチューにぶち込む問題児に呆れているようだった。

 ユフィーリアももったいないことをしたと考えていた。新種の魔法植物であることが分かっていれば、グローリアに高値で売り渡したのにどうしてホワイトシチューに投入してしまったのか。可能であれば時間を戻したいところである。


 グローリアとユフィーリアによる口論を横で聞いていた問題児だが、とうとう退屈を覚えた暴走機関車野郎がとんでもねー行動に出てしまった。



「耳の邪魔!!」


「待ってハルア君、身体から生えたコノコノキノコを引き抜くと――!!」



 グローリアの制止も聞かず、ハルアは右耳から生えたキノコを引き抜く。


 ぶちぃ!! と容易く引き抜けたキノコ。特に神経が引き摺り出されるようなことはなく、キノコが生えていたハルアの右耳も問題はない。

 キノコが生えていた右耳を手の甲で擦り、それから生えちゃったキノコは着ている黒いつなぎに数え切れないほど縫い付けられた衣嚢の1つに収納する。何に使うつもりだろうか。





 ()()()()()()()()()()





 右耳のキノコを引き抜いたはずのハルアの頭頂部から、追加でキノコが3つほど生えた。



「生えた!?」


「無理に引き抜くとコノコノキノコが拒絶反応を起こしてまたキノコを生やしちゃうんだ。ちゃんと駆除剤を摂取しないと」



 追加でキノコが生えたことに驚くハルアにグローリアが懇切丁寧な説明をするのだが、



「そい」


「痛ッ」



 ショウがグローリアの後頭部から生えたキノコを、無理やり引き抜いた。


 ぶちぃッと引き抜かれるキノコ。ついでに毛根もいくらか持っていったようで、ショウが掴んでいるキノコに烏の濡れ羽色をした長い髪が絡まっていた。キノコが生えていたグローリアの後頭部には、間抜けにも円形の脱毛部分が作られてしまっている。

 紫色の瞳を見開いてキノコを無理やり引き抜いた下手人のショウを見据えるグローリアの頭から、追加でキノコがポコポコと生えてきた。頭頂部で仲良く揺れるキノコは、まるで触角のようである。


 ショウはそんな学院長の姿を笑い飛ばし、



「お洒落なキノコが増えましたね」


「ユフィーリア、お嫁さんの教育はちゃんとして!!」


「問題児としての才能が開花されて嬉しいな」


「喜んでるんじゃないよ!!」



 嫁の問題児としての成長っぷりを喜ぶユフィーリアの頭から、グローリアがキノコを引き抜く。拒絶反応とやらを引き起こして頭から追加のキノコが生えたユフィーリアは、見事にグローリアとお揃いになってしまった。円形の脱毛部位が出来てしまったところまでお揃いである、冗談ではない。



「何するんだグローリア、痛えだろ!?」


「お洒落なキノコが生えたじゃないか、ユフィーリア。間抜けだね!!」


「クソがよ、その頭に生えたキノコを全部抜き取ってさらに増やしてやろうか!!」


「出来るものならやってみな!!」



 売り言葉に買い言葉で学院長と問題児筆頭による喧嘩の火蓋が切って落とされ、大食堂はさらに賑やかさを増すのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】過去に毒キノコを興味本位で食ったら、他人が全員動物に見える幻覚が見えるようになったことがある。モフり倒そうとしたら大きな狼(の幻覚に見えたエドワード)からぶん殴られて正気に戻った。

【エドワード】毒の類は基本的に効かないので、毒キノコでも平気で食っていた。ユフィーリアから「お前何食ってんだ」と叱られて止めた。

【ハルア】毒のキノコを食おうとしたところで、ユフィーリアに折檻を受けたので止めた。

【アイゼルネ】娼婦時代、毒キノコを煎じて薬物にしたようなものが流行っていた影響で薬物耐性や幻覚の耐性はついた。

【ショウ】みんながコノコノキノコのホワイトシチューを食う様を止めなかったのは、単純にコノコノキノコがもたらす影響を見たかった。頭からキノコを生やしたユフィーリアは可愛いなぁ。


【グローリア】まだ発見の少ないコノコノキノコをホワイトシチューにぶち込むなんてどういうことだ!?

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