第3話【問題用務員と朝食用食材】
大量の動物の糞が集められた。
「これどうするのぉ?」
「凍らせる?」
「考えなしに集めたのかこの馬鹿」
「後先考えないのが問題児って奴だろ」
ユフィーリアとエドワードは目の前に積み上げられた大量の魔法動物の糞を前に、頭を悩ませる。
投げつける目的で集めたのはいいが、問題はその方法である。魔法動物の糞をどうやって投げつければいいのか。凍らせた上で「実はそれ魔法動物のウン○でした〜」と種明かしする方が楽しいだろうか。
とにかくルージュが悲鳴を上げ、生まれてきたことを後悔するぐらいの問題行動が出来るのであれば何でもいい。いや『生まれてきたことを後悔するぐらい』という表現はやりすぎな予感がするので『毒キノコ採集を問題児に頼んだことを後悔するぐらい』の表現に変更とする。
ユフィーリアは魔法動物飼育領域を見渡し、
「栗のイガにでも詰め込んでみるか?」
「やるなら1人でやってねぇ」
「おいふざけんな、裏切る気かこの薄情者」
「臭えんだよぉ、回避する為なら裏切るよぉ」
エドワードはユフィーリアから距離を取りながら、そんな薄情なことを吐き捨てる。
そんな奴に育てた覚えはないのだが、魔法動物の糞を大量に集める時までは頑張ってくれたので何も言えない。嗅覚が優れている中で防護マスクを装備して糞を集めた努力は認めよう。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、
「まあ、凍らせてから投げつけた方が痛みも合わさって2倍に嫌だよな。うん」
1人で納得し、ユフィーリアは集めた魔法動物の糞を氷漬けにする。真冬にも似た空気が肌を撫でると同時に、こんもりと山を築いていた魔法動物の糞が分厚い氷で覆われた。
ただ、凍らせたからと言って触りたくはない。このまま転送魔法でルージュの脳天から降らせるか、粉々に砕いてから栗のイガにでも詰め直して投げつけるかのどちらかを選ぶことになる。凍っていても素手で触れば何か臭そうではないか。
すると、
「ユーリ!!」
「ユフィーリア、ただいま」
「おう、お帰り。何か見つかったか?」
魔法動物飼育領域の奥地を目指して出かけていったショウとハルアが戻ってきた。何かいいものでも見つけたのか、その表情はどこか清々しげである。
ユフィーリアが投げかけた質問に対して「待っていました」とばかりの笑顔を見せたショウとハルアは、つなぎの衣嚢へ乱雑に手を突っ込む。衣嚢から取り出されたものは色とりどりのキノコだった。
赤色や青色、白色の斑点模様があるものまで多岐に渡るキノコ類を次々と衣嚢から取り出していくハルア。ショウも手伝って衣嚢に詰め込んだキノコ類を引っ張り出し、足元にキノコ類の山を築き上げていく。明らかに毒キノコと呼べるような見た目をしたものから普通に美味しそうな野生のキノコまで、かなりの種類を発見した様子である。
大量のキノコを運搬してきたショウとハルアは、
「大量のキノコだ」
「美味しそうでしょ!!」
「お、本当だな」
ユフィーリアはちょうど足元に転がってきた赤色のかさに真っ黒な斑点模様が浮かんだキノコを手に取り、
「こりゃ毒キノコだなぁ、食うと血を吐きながらぶっ倒れるぞ」
「本当!?」
「ハルは何でちょっと嬉しそうなんだよ」
ユフィーリアが毒キノコであることを伝えると、何故かハルアが琥珀色の瞳をキラキラと輝かせた。どうして喜ぶのだろうか、こんなものを食べたら長いこと苦しむ羽目になるのに。
頭のとち狂った暴走機関車野郎はさておき、ユフィーリアは彼らが集めたキノコたちを選別する。
最新版まで読んだキノコ図鑑の知識と照らし合わせて毒キノコとそうではないキノコを選り分け、食べられそうなキノコは用務員室に持って帰ることにした。特に非常に珍しいキノコである『リンゴダケ』もあったので、これは乾燥させて紅茶にすると美味しいのだ。なかなかいい拾いものである。
順調にキノコの選別をしていたユフィーリアだが、
「あれ」
「どうしたんだ、ユフィーリア?」
声を上げたユフィーリアに、ショウが反応を示す。
未成年組が収穫してきたキノコ類の山からユフィーリアが発掘したのは、紫色のキノコである。色鮮やかな紫色のかさには白色の斑点模様が描かれており、一見すると毒キノコと判断できそうな見た目をしている。
ただ、毒キノコのような見た目をしているのだが、最新版のキノコ図鑑にも掲載されていないようなのだ。内容を暗記するまで繰り返しキノコ図鑑を読んだユフィーリアの脳味噌に入っていないキノコが出現してしまった。
紫色のキノコを摘み、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管で軽く叩く。胞子類が飛び出すようなことはなく、代わりに浮かび上がったのはユフィーリアが発動した閲覧魔法による薄青の光を放つ板である。
「コノコノキノコ? 聞いたことねえ名前だな」
「食べられるのぉ?」
「匂いをまず嗅いでみろ」
聞き覚えのない名前が閲覧魔法で判明したところで、ユフィーリアは防護マスクで完全防備状態のエドワードに紫色のキノコを突き出す。
防護マスクをほんの僅かに外し、ユフィーリアが突き出してきた紫色のキノコの匂いを嗅ぐエドワード。嗅覚の優れた彼ならキノコの持つ毒性も嗅ぎ分けられるかと思いきや、首を横に振るなり「何の匂いもしないねぇ」と言う。魔法動物の糞のせいで嗅覚が馬鹿になったかと思ったが、そうでもないようだ。
つまり、この紫色をした明らかに毒キノコに見えなくもないキノコは普通に食べられるものらしい。見た目が完全に美味しそうに見えないので出来れば遠慮したいが、人間が口に入れても平気なキノコであれば使い道がある。
ユフィーリアはニヤリと笑い、
「よし、これ食堂に置いてくるか」
いつもの問題行動である。
☆
ヴァラール魔法学院の大食堂は、主に朝食の会場として使われている。それ以外は閉鎖されているのだが、食堂の厨房では大食堂が閉鎖してもなお忙しそうな雰囲気が漂っていた。
厨房に詰める料理人たちが忙しそうにしているのは、明日の朝食用の料理を仕込んでいるからだ。ヴァラール魔法学院の朝食は品数が多い上にどの料理も食べ放題なので、今から準備をしなければならない。定番のおかずから旬の食材を用いたものまで幅広いので、それなりに準備が大変なのだ。
そんな料理人が忙しなく右に左に移動する厨房を覗き込む問題児は、
「あ、ほらあれ」
「キノコがたくさんあるねぇ」
「だね!!」
「明日の朝ご飯はキノコ祭りかしラ♪」
「美味しそうなキノコばっかりだ」
問題児が目をつけたのは、調理台に置かれた大量のキノコである。籠の中に詰め込まれたキノコはどれも肉厚で、とても美味しそうだ。
おそらく明日の朝食用として仕入れた代物だろう。キノコのバター焼きか、キノコのソテーが明日の朝食の場に並ぶのが目に浮かぶ。または細かく切り刻んでキノコのスープとして出てくるだろうか。キノコを使った料理を考えただけで色々と思いついてしまう。
ユフィーリアは足音を立てずに厨房へ侵入し、
「この山の中に紛れ込ませたらバレるよな?」
「じゃあ刻んでスープの中に入れちゃうのはどうかしラ♪」
紫色のキノコをすでに用意されている美味しそうなキノコたちに紛れ込ませようとするユフィーリアに、アイゼルネが厨房の隅に用意された大きな寸胴鍋を指差す。ついでに寸胴鍋の蓋も開けちゃって「いい匂いだワ♪」などと弾んだ声を上げた。
寸胴鍋を並々と満たしているのは、キノコがたっぷりと入ったホワイトシチューのようである。すでにいくらかキノコは浮かんでいるのだが、ここに追加で紛れ込ませて煮れば分からなくなるだろう。
ユフィーリアは転送魔法で包丁を手元に呼び出すと、
「味で分かるとまずいから、追加で調味料も足しちゃえ」
「勝手に味付けを変えちゃっていいのぉ?」
「いいんだよ、アタシの料理の腕前を信じろ」
細かく刻んだ紫色のキノコを寸胴鍋の中でグツグツと煮えるホワイトシチューにぶち込んだあと、ユフィーリアは追加で塩や牛乳などを投入して得体の知れないキノコを目立たなくさせる。味見は面倒なのでしなかったが、匂いは悪いものではないので大丈夫だろう。
ショウとハルアは味見をしたそうに寸胴鍋の中身を覗き込んでいたが、エドワードに首根っこを掴まれて鍋から引き剥がされていた。得体の知れないキノコを投入したのだ、人体にどんな影響を及ぼすか分からない。結果は明日の朝食の時のお楽しみである。
その時、
「問題児、何している!!」
「おっと、いるのがバレちまったか」
厨房を忙しなく動き回っていた料理人の1人が、ユフィーリアたち問題児の姿を見つけて警戒心を剥き出しにする。問題児を相手に警戒心を出すとはいい心がけである。
「いやァ、実は野生のキノコが大量に取れたからお裾分けしようかなって思って」
「そうでぇす」
「摘み食いなんかしてないよ!!」
「本当ヨ♪」
「こちら証拠品です」
ユフィーリアが雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすると、警戒する料理人の前にキノコが大量に出現する。
当然だが、食べられるキノコである。こんなところで得体の知れないキノコを寸胴鍋のホワイトシチューに混入したことがバレてしまったら面白くない。囮として本物のキノコを差し出すことで寸胴鍋から意識を逸らす作戦だ。
料理人は問題児が摘んできたキノコを一瞥し、
「り、リンゴダケがある!?」
「生えてたんだよ、魔法動物飼育領域で」
「これがあれば何品か増やせるな!! 問題児もたまにはいいことをするじゃないか!!」
「おい、たまにはって言葉は余計だよ」
料理人は普通のキノコ類に紛れていた希少なキノコに目を輝かせ、大量のキノコを抱えて厨房に戻ってしまった。どうやら寸胴鍋に仕掛けた悪戯には気付いていないようである。
こうも簡単に悪戯が済んでしまうとは拍子抜けである。まあ、バレなかったのは幸いなことだ。
ユフィーリアは取り繕うように笑みを見せ、
「じゃあお邪魔しました〜」
「今度は摘み食いに来るねぇ」
「美味しい朝食を期待してるね!!」
「せっかく摘んできたキノコを大事に活用してほしいワ♪」
「明日の朝が楽しみです」
「摘み食いには来るな!!」
厨房の料理人一同から摘み食いを拒否するような言葉を背中で受け、ユフィーリアたち問題児は厨房から逃げるように立ち去るのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】朝食は主に作るのが面倒なので、食堂を利用しがち。作ろうと思えば作れるが、頭が働いていないので作りたくない。
【エドワード】食堂が休止中だった時、大体は朝食担当になりがち。朝起きるのが早いからである。早起きして筋トレとランニングしているから。
【ハルア】台所立ち入り禁止令を言い渡されているので朝食を作るどころではない。朝ご飯は元気の源!
【アイゼルネ】あまり料理はしないがスムージーとかジュースなら作ってくれる。ただその前に起きられない。
【ショウ】寝起きが悪いので朝食を作る時間帯に起きられない。いつもはハルアがかなり時間をかけて起こしてくれる。