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第1話【問題用務員と魔法動物飼育領域】

 秋である。



「はい、全員注目」



 集められた面々を見渡し、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは非常に面倒臭げな表情で言う。


 この場にいるのはもちろん、問題児と悪名高いヴァラール魔法学院の用務員の面々である。彼らもどこかユフィーリアと同じく面倒臭げな雰囲気が漂っており、今すぐにでも帰りたいと言わんばかりの態度でこの場に臨んでいる。

 そしてこの場というのが、ヴァラール魔法学院の敷地内にある森だ。赤く色づいた葉っぱが生い茂る秋の空気が清々しい森には大量の落ち葉と、それに紛れ込むようにして動物の糞らしきものがゴロゴロと転がっている。大小様々な糞は独特の臭気を放っており、出来ればこの場所から立ち去りたいという気分にさせてくる。


 このヴァラール魔法学院の敷地内にある森は、正式名称を『魔法動物飼育領域』と呼ばれている。授業の一環で保護された魔法動物が自然の中でのびのびと生活する姿を観察・研究する為に設けられた広大な森で、数多くの魔法動物が跋扈するとんでもねー森になっていた。



「えー、ルージュから『魔法動物飼育領域に生息する毒キノコがほしい』と言われてこの森に送り込まれましたが」



 ユフィーリアはとんでもなく嫌そうな表情で雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えると、



「死ぬほど嫌だし命の危機が迫っているような気がしないでもないので、魔法動物のウ○コを集めて爆弾を作ってあの舌馬鹿必殺料理人の顔面に叩きつけてやりたいと思います」


「異議なぁし」


「賛成!!」


「毒キノコで何をするつもりなのかしらネ♪」


「今度こそ死人を出すつもりでしょうね」



 ユフィーリアの提案するいつもの問題行動に、問題児の仲間たちは一斉に賛成を示した。


 この場所に来たのは別に仕事の為ではないし、かと言ってどんな料理でも劇物に作り変えることが出来る必殺舌馬鹿料理人のルージュのお願いを素直に聞き入れる訳でもない。この魔法動物飼育領域にやってきたのは、この場に転がっている魔法動物の糞を回収する為である。

 ルージュから「毒キノコを取ってきてほしいんですの〜」などと言われて無視していたら、お手製の紅茶を振る舞われかけたので逃げるようにこの魔法動物飼育領域までやってきたのだ。毒キノコをほしがるなら自分で取りに行けばいいのに、そうしないのは独特の臭気を放つ森に近づきたくないからだろう。


 問題児で最も嗅覚に優れた筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムは、



「とっとと集めようよぉ、本当に死にそう」


「そんな防護マスクを装着してても死にそうか?」


「死にそうだよぉ」



 エドワードの顔面は、溶接で使うような頑丈な防護マスクによって覆われていた。少しでも糞による臭気を緩和させる目的があるのだが、どうやら強烈な臭気は防護マスクを貫通してエドワードを苦しめているようである。

 それ以上となるとユフィーリアが嗅覚を魔法で奪わなければならないのだが、その方法は人体に悪影響を及ぼす危険性もあるので提案しないようにしている。相手がどうでもいい存在ならまだしも、悪影響が及ぼしそうな提案を身内にするのは最終手段だ。


 ユフィーリアは「我慢しろ」と言い、



「どうしても我慢できなかったら用務員室に帰ってろ」


「それルージュ先生と2人きりにならなぁい? 俺ちゃんの貞操とか平気そう?」


「いや、多分大丈夫じゃない」



 エドワードの質問に、ユフィーリアは首を横に振って答えた。多分、用務員室に帰ったら毒キノコの到着を待ち構えているルージュの手で入れられた毒の紅茶を振る舞われることだろう。気に入られればお茶菓子も出てくるかもしれないが、冥府の法廷に立つ羽目になることは間違いない。



「ユーリ!! 魔法動物がいないよ!!」


「魔法動物の飼育領域なのだろう? 魔法動物が1匹もいないのはおかしいような……」



 そんなことを発言するのは、用務員の未成年組であるハルア・アナスタシスとアズマ・ショウである。


 ハルアはいつもの無数の衣嚢ポケットが縫い付けられた黒いつなぎ、そしてショウは可愛らしく橙色と赤色のタータンチェック柄が特徴のメイド服を身につけている。可愛い新人用務員にして最愛の嫁を秋仕様に飾り、ユフィーリアもご満悦だ。

 ちなみにタータンチェック柄のワンピースの上からフリルをふんだんにあしらったエプロンドレス、足元を飾る焦茶色の編み上げブーツが秋らしくてよく似合う。お下げに結んだ黒髪に赤いリボンが映え、頭頂部に輝くホワイトブリムの王冠は目に眩しい。今日も可愛い、ありがとう世界。


 紅葉が色鮮やかな森に降り立った秋の妖精さんは、キョロキョロと森の中を見渡しながら首を傾げる。



「これだけ糞が確認できるなら可愛い動物がいてもおかしくないと思うのだが」


「今は飯の時間だから森の奥深くをうろついてるんだろ」



 ユフィーリアは赤く色づいた木々を見上げて、



「あと、フクロリスとかダンガンモモンガとかなら樹上にいるぞ」


「わ、本当だ」


「可愛い!!」



 ショウとハルアは、樹上に生息する魔法動物を見上げて瞳を輝かせる。


 木の空から顔を覗かせているのは、焦茶色の毛皮が可愛らしいリスである。ふかふかな尻尾を揺らし、ツンと尖った鼻を鳴らして木の空から世界を見下ろすリスはユフィーリアたちの存在に気づくと驚きの行動に出る。

 何と、尻尾を膨らませて威嚇してきたのだ。ふかふかの尻尾が風船ように膨らむと、ぷかぷかと浮かび始める。木の空から風船のように膨らんだ尻尾を掴んで飛び立ったリスは、別の木に飛びつくとチョロチョロと地面に降りてきた。


 その様はちょっと癒されるのだが、あのフクロリスと呼ばれる種類の魔法動物は凶暴だ。指を食い千切られる恐れがあるし、下手に人間の食べ物を与えてしまうと集団で襲われて肉を食い尽くされるとさえ噂されているのだ。



「危ないから近づかないようにな」


「可愛いのに!!」


「お前が骨だけになってもいいんなら捕まえてこい。ぷいぷいと喧嘩するかもな」


「じゃあ止めた!!」



 ハルアは即座に止めることを宣言していた。用務員室の隅でお昼寝の真っ只中であるツキノウサギのぷいぷいを可愛がっているので、他の魔法動物にはあまり目移りしないようにしているのだ。



「用事があるのは魔法動物の糞だけだ。詳しく話を聞きたけりゃリタ嬢にでも聞きな」


「ユーリよりもリタの方が詳しいもんね!!」


「リタさんなら分かるな」



 ショウとハルアも納得したように頷いた。


 彼らの友人であるヴァラール魔法学院の1学年、リタ・アロットは魔法動物に詳しい女子生徒だ。将来は両親と同じように魔法動物の研究は保護活動がしたいようで、魔法動物に関連した授業に精を出しているのだ。

 魔法動物に関連する授業の大半を時間割に組み込んでいるのだとすれば、この魔法動物飼育領域で授業もしているはずだ。もしかしたらフィールドワークと称して魔法動物飼育領域内を一緒にお散歩しているかもしれない。ショウとハルアも魔法動物が学べるし、友人と一緒に遊べるしで一石二鳥だ。


 南瓜頭の美人なおねーさん――アイゼルネは、頭部を覆い隠す橙色の南瓜のハリボテを撫でて言う。



「臭いがついちゃうワ♪ 早くお風呂に入りたいかモ♪」


「アイゼは飼育領域の外で待ってていいぞ」


「ねえ、俺ちゃんと扱いが違くなぁい?」



 独特な臭気がつくことを気にするアイゼルネにユフィーリアが魔法動物飼育領域の外で待つように言い渡すと、エドワードが不満げな視線を寄越してくる。



「何で俺ちゃんは巻き込む気満々なのにぃ、アイゼは飼育領域の外で待たせる訳ぇ?」


「ふぇ?」


「引っ叩くよぉ」


「宣言してから殴るんじゃねえよクソがよ!!」



 エドワードが「引っ叩くよぉ」と宣言した途端に頭頂部に平手が叩き込まれ、ユフィーリアはあまりの痛さに涙を滲ませた。何で殴られなきゃいけないのか。

 何故アイゼルネとエドワードの扱いが違うのかなど、答えは決まっている。エドワードとの付き合いはもうヴァラール魔法学院の創立当初から長いのだ。多少の無茶にもついてきてくれるように調教した最高の右腕である、そんな彼を巻き込まないでどうするのか。


 ユフィーリアは「うるせえ!!」と叫び、



「お前はアタシと一緒に地獄を見るんだよ!!」


「俺ちゃんは地獄を見たくないんだよぉ、死ぬなら1人で死になぁ!!」


「はい残念でした従僕サーヴァント契約のおかげでアタシが死ねばお前も死にます、馬鹿がよ!!」


「お前さんの顔面にウ○コを叩きつけてやろうかぁ!?」


「やってみろよ魔法でお前の頭上からウン○の雨を降らせてやろうか!?」



 エドワードと取っ組み合いの喧嘩を繰り広げるユフィーリア。まるで子供のようだと捉えられてもおかしくはない。



「ショウちゃん、あれ見てどう思う?」


「旦那様と仲良くしてる先輩を見て嫉妬とか抱かないのかしラ♪」


「仲違いしてくれたらユフィーリアの1番は俺になるだろうなぁと考えてしまうのだが、エドさんとユフィーリアの喧嘩を見るの実はちょっと楽しいから仲直りしてくれないかなって」


「エド、アタシらの喧嘩が娯楽になってやがるぜ」


「何か思考回路が極東寄りになってなぁい? あ、ショウちゃんって異世界の極東地域出身だったっけぇ」



 喧嘩が娯楽になりつつある気配を察知して、ユフィーリアとエドワードは互いの胸倉から手を離した。喧嘩をするたびに娯楽扱いされるのは癪である。



「ユーリ、奥に行ってきていい!?」


「いいけど、ちゃんと帰ってこいよ」


「善処する!!」


「ショウ坊、頼んだぞ。ハルが好き勝手な方向に行こうとしたら首根っこを引っ掴んででも連れ帰ってきてくれ」


「ああ、了解した」



 早速、魔法動物飼育領域の奥地に突き進もうとする先輩用務員の手を取り、ショウは「危ないから手を繋ごう」と提案する。ショウの提案を笑顔で受け入れたハルアはしっかりと手を繋いで、陽気に歌いながら魔法動物飼育領域の奥に進んでいった。

 ショウは頭もいいし、空を飛ぶ加護を与えてくれる神造兵器レジェンダリィ『冥砲ルナ・フェルノ』がある。いざとなれば飛んで帰ってきてくれれば迷うことはない。ハルアの暴走も彼なら抑えてくれるだろう。


 森の奥に消えていく未成年組の姿を見送ったユフィーリアたち大人組は、



「さて、糞を拾うか」


「俺ちゃんもアイゼと一緒に魔法動物の飼育領域の外で待ってていい?」


「ふざけんな☆」


「クソがぁ☆」



 逃げようとするエドワードの耳を引っ掴み、ユフィーリアは地面に落ちている魔法動物の糞をスコップとバケツで拾い始めた。

《登場人物》


【ユフィーリア】魔法動物飼育領域に居着いてしまった一角獣を手懐けたことはあるが、同時に未経験であることが知られてしまったことがある。何で懐くんだよ。

【エドワード】魔法動物飼育領域にて居着いた牡鹿や熊を捕まえて食ったことがあるのだが、それが他の魔法動物にも伝わってしばらく避けられた。

【ハルア】リタと一緒に魔法動物飼育領域でフィールドワークをしていたことがあるので、まだ内情は知っている方。

【アイゼルネ】あまりこう言った魔法動物とか動物が多いところは来たことがないので、出来れば今後は避けたいなと思った。

【ショウ】リタやハルアと一緒に魔法動物飼育領域をフィールドワークしているので楽しいし、いい運動になる。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「死ぬほど嫌だし命の危機が迫っているような気がしないでもないので、魔法動物のウ○コを集めて爆弾を作…
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