第10話【問題用務員とアニスタ教の行方】
「ようやく元に戻れた……」
「酷い……虐められた……」
真似飴の変身効果が解け、ユフィーリアはようやく元の姿に戻ることが出来た。
衣服までは元に戻らなかったので、現在はショウの姿を真似ていた時と同じ真っ黒な祭服を身につけた状態である。裾や袖の長さが合わないのでそれぞれ捲って対応した。どうせヴァラール魔法学院に戻れば礼装に着替える予定である。
一方でショウは、アイゼルネのマッサージに強制連行されたことでシクシクと涙を落としていた。天国が見えるほど気持ちいいマッサージを受けたことで彼もまた元の姿に戻っているものの、その表情な晴れない。先程からハルアに慰めてもらっていた。
凝りのなくなった肩をぐるっと回したユフィーリアは、
「じゃあとっとと帰ろうかな。面倒臭え気配しかねえし」
「もう、本当に呆気ないんだから」
「お前らが人の話を聞く余裕があったら別にここまで来なくてよかったんじゃねえの」
妙に疲れたような表情で言うグローリアに、ユフィーリアはとりあえず正論をブッ刺しておく。ユフィーリアからすればちゃんと説明役として問題児の仲間たちを残しておいたのだから、事情聴取なり何なりすれば問題がないことが発覚したのに。
グローリアは問題児筆頭から正論をブッ刺されるとは思っていなかったようで、何も言えなくなっていた。これからは行動が改善されることを祈るばかりである。
そんな会話を交わしながら石塔を出ると、朝を迎えたアニスタ教の本拠地が騒がしくなっていた。信者が次々と目の前を行き交い、その表情な誰も彼も引き攣っている。
「教祖様が死んだ」
「これからどうすれば」
「生きていけない……」
白い祭服の信者たちは、こぞって絶望したかのような口振りで言う。
どうやら高高度から自由落下した教祖のニーナは死亡したらしい。美少年を使って意味不明な儀式を完遂しようとした高名な魔女気取りの教祖など、この世から消えて然るべきだ。
ただ、残された信者たちはどうなるだろうか。アニスタ教は周りに迷惑をかけると有名だが、アニスタ教の考えに賛同して素直に戦神アドニスを信奉する信者たちは何も悪い訳ではない。ついて行く人間を間違えただけだ。
一晩だけだが内部情報を知っているユフィーリアは、アニスタ教がただ消されていくのは哀れだと感じた。全てが全て、頭のおかしな信者ではないのだ。
「どうしたー、信者ども。教祖様が死んだか?」
「こら、ユフィーリア!!」
グローリアの制止も聞かず、ユフィーリアは普通に軽い口調で集まってきたアニスタ教の信者たちに話しかけた。
信者たちの視線がユフィーリアに集中する。そのあまりの軽薄な口振りから、ユフィーリアが教祖であるニーナを殺したものだと自然と集まった視線の中に憎悪の感情が混ざる。
恨むなら勝手に恨めばいいが、ユフィーリアが放っておけば彼らは仲良く『頭のおかしい宗教に加担した犯罪者』として強制連行である。教祖がやらかした儀式や無理な宗教勧誘のことを知っているかどうか定かではないが、この後の対応で彼らの処遇は決まる。
こちらを睨みつけてくる信者どもを押し退け、ユフィーリアは地面に叩きつけられたそれをようやく認識する。雑に叩きつけられたせいで肉が弾け、骨がひしゃげ、悲惨な最期を迎えていた。
「あらまあ、酷いな。これだと死者蘇生魔法も適用外だな、教祖様は無事に冥府の法廷に立って然るべき裁きを受けるだろうな」
誰なのか判別できない死に様を晒すニーナの死体をケラケラと笑い飛ばすユフィーリアに、信者たちから低い声で非難の言葉が突き刺さる。
「お前が殺したのか」
「魔女め」
「よくも教祖様を」
「許すものか」
睨みつけてくる信者をぐるりと見渡すユフィーリアは、その美貌からついに笑顔を消した。
「何だ、頭のおかしな邪教ども。文句がある連中の片っ端から殺してやるからかかってこい」
言葉の端々に漲る殺意。その緊張感を察知した信者たちは息を呑む。
大多数を相手に戦うことをユフィーリアは躊躇わない。勝てる見込みがあるからだ。相手が武道に精通していようが魔法に精通していようが関係ない、知識と経験ならばユフィーリアの方が断然上だと自信がある故の態度である。
信者もユフィーリアが手練れだと判断して、文句を言うことを躊躇っている様子だった。互いの顔を見合わせて「お前が言え」「あなたが言いなさいよ」と責任の押し付け合いをしている。愚かな連中である、逆に教祖様が可哀想だ。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を信者たちに突きつけ、
「お前らが世間一般から何て呼ばれてるか分かるか? 頭のおかしな宗教団体だ。他の宗派の信者を無理に勧誘する行為、青少年の誘拐、挙げ句の果てに処刑だ。お前らが積み重ねてきた罪状は果てしない、本来なら速攻で解体されてる組織なのにまだ宗教団体として運営できてるとはおかしいとは思わねえか?」
アニスタ教にはとうの昔から解散命令が出されており、それを無視してなお運営を続けている厚顔無恥と呼べる暴挙に出ている訳である。【世界法律】からも解散命令を出しているのにこの状況だ。
状況が改善されなければ、今度はユフィーリアが出ていく羽目になる。第七席【世界終焉】の出番となれば、アニスタ教はこの世から永遠に消滅するのだ。普通にアニスタ教を信仰している信者からすれば、そんな話など迷惑極まりないことである。
ところが、だ。
「誘拐……?」
「無理な勧誘? そんなことをしたか?」
「処刑って何の話?」
「頭のおかしな宗教って酷い……」
信者たちの反応は嘘を吐いているようには見えなかった。
本気で自分たちの行動の悪質さに気づいている様子はないし、ニーナが知っていた『神々の花嫁』なる儀式は一般の信者には知られていないらしい。誘拐されてきた青少年が石塔にて何をされたのか気づいていないのか。
ユフィーリアは「おいおい」と眉根を寄せ、
「攫ってきた美少年がギロチンで処刑されてたんだぞ。そのことを知らねえのか?」
「石塔に関しては幹部以外は近寄ることが出来なくて……」
「私たちがやっていたのは信者が連れてきた男の子たちに花嫁衣装を着せて、教祖様に引き渡すことだけだわ」
「そうすれば我々はまた強くなれると言われていたが……」
ユフィーリアは天を仰いだ。まさか『神々の花嫁』について儀式内容が信者にも明かされていないとは驚きである。知っていて誘拐をしているのかと思いきや、教祖に言われるがままだったとは。
「じゃあ無理な勧誘は」
「人類はみんな弱い生き物で、我々アニスタ教が守ってやらなければならないと教えられた」
「信者はともに強くなる為の仲間だと」
「信者を勧誘するのは、我々の同志を増やしてより多くの弱き存在を守れるようにと」
無理な勧誘をした自覚がないのは、アニスタ教信者以外の人間が全員弱い存在だから守らなければならないと教え込まれたことが原因か。苦難を『神がお与えになった試練』と宣ったのも頷ける。
話すたびに信者たちの顔色が悪くなっていく。ようやく自分たちがやってきたことが愚かであると自覚しつつあるらしい。特に秘匿されてきた『神々の花嫁』の儀式内容がトドメとなっているようだった、連れてきた青少年がまさか石塔で処刑されているとは夢にも思わなかったらしい。
グローリアは「ちょっと」とユフィーリアの肩を掴み、
「アニスタ教は解体すべきだ。彼らが今まで何をしてきたか分かってる? もしかしたら嘘を吐いている可能性だって考えられるんだよ?」
「分かってるよ。でも内部に潜入したからこそ、頭のおかしな連中は一部だけだってのを知ってるんだ」
ユフィーリアはグローリアを真っ向から見据え、
「アニスタ教の理念は『弱きを守れるほど強くあれ』だ。強くあることが正義で、本拠地にも武道場などが完備されてる。一部の頭おかしい連中を除けば強さを追い求める立派な宗教じゃねえか」
アニスタ教の本拠地を連れ回されたが、武道場や武道の授業などが揃えてあって驚いたものである。新参の信者を洗脳する宗教なのかと思いきや、強さに直向きでど根性を植え付けてくるような宗教団体だった。まあそういった考えを掲げるのも悪くはないだろうし、事実、強くなろうと考えた信者が集まっているのだから潰してやるのはもったいない。
誰も納得はしないだろうが、真っ当な宗教団体として再出発を決めるまたとない機会である。己の理念がどれほど通じるのか試してから玉砕しても遅くないだろう。
ユフィーリアは「アテがある」と言い、
「あそこは強さが正義みたいな弱肉強食の世界だからな。今度こそ真っ当に広めてみろよ」
☆
『第七席、素晴らしい宗教団体を紹介してくれて感謝するぞ!!』
「そいつはよかったな」
数日後、何やらご機嫌な様子の獣王国ビーストウッズ国王陛下様から通信魔法が飛ばされ、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら適当に応じる。
あれからアニスタ教の信者どもをグローリア、ルージュ、キクガと手分けをして精査して頭のおかしな連中は裁判所に叩き込み、残ったまともそうな信者はまとめて獣王国ビーストウッズに送り込んだのだ。『弱きを守れるほど強くあれ』と理念を掲げるのであれば、弱肉強食をよしとする獣王国なら通用すると判断したのだ。
多少の批判はあったものの、さすが七魔法王の第一席【世界創生】としての信頼と実績があるのか、グローリアが全面的に黙らせていた。あとから何かとんでもねー要求をされそうで怖いが、今のところは何もない。
無造作に置いたままの手鏡から獣王陛下――リオン・レオハルト・ビーストウッズは、高らかな笑い声を響かせる。
『アニスタ教とやらだったか。弱者を守るべく強くなろうと修行をするのは立派なことだ。オレも気に入ったぞ』
「他の国では頭のおかしな宗教とか呼ばれていたのに、場所が変わっただけでこれだよ」
『もうそんなことをやらかす連中はいないのだろう。それにアニスタ教は国教として取り扱うことになったから、王宮が管理することになったのだ。犯罪者など出さんさ』
リオンの言葉に、ユフィーリアは「そうかよ」と応じる。
どうやらアニスタ教は、立派に獣王国ビーストウッズで再出発を決めたらしい。管理を王国側がするのだから、もう好き勝手なことは出来ないだろう。信者たちも進んで強くなれるし、次に会う時は筋肉ムキムキの宗教にでもなっていそうだ。
彼らはこれでよかったのだ。自分の考えや信じるものは簡単に変えられない。それなら、多少の歩み寄りをしてやるのが上に立つ者としての務めである。
リオンは『ところで』と言葉を続け、
『ユフィーリア・エイクトベル、お前が何故か祭神として崇められてるんだがいいのか? アニスタ教の聖書とか宗教画になんか見覚えのある銀髪碧眼の魔女が民衆を導く絵があってだな』
「え?」
その言葉を聞いた瞬間である。
――パタン。
用務員室の扉が閉じる音を聞いた。
顔を上げると、今までそこにいた人物がいない。用務員室のアイドルであるツキノウサギのぷいぷいが用務員室の扉を見つめたまま首を傾げ、ちょうど筋トレの真っ最中だったエドワードが唖然とした表情を見せ、お茶の準備をしていたアイゼルネが「あらマ♪」と笑う。
部屋の隅で絵本を読んでいる最中だった未成年組とショウとハルアがいなくなっていた。嫌な予感しかしない。
ユフィーリアは「あー」と呻き、
「そっちにウチの嫁が行ったから、ちょっとお土産持たせて帰らせて」
『え?』
間抜けな声を漏らしたリオンは、ユフィーリアの言葉の意味が分からずにただ首を傾げるだけだった。
――数時間後、冥砲ルナ・フェルノで襲来した未成年組がアニスタ教が『聖典』と呼ぶ聖書と絵画を燃やしたとリオンから悲鳴じみた報告が入るのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】かつて自分を祭り上げた新興宗教があったし、今でも獣王国で祭られているのでうんざり。もう勘弁して。
【ショウ】ユフィーリア大好き教の教祖。最高の旦那様には愛しているし、信仰している。彼女に対する愛情が暴走してたまにおかしくなる。
【グローリア】アニスタ教は潰した方がいいのではないかと考えたが、獣王国に広めたことで納得した。あそこなら宗教の理念にも合致しているよね。
【リオン】ユフィーリアからアニスタ教について紹介されて、即受け入れた。弱い奴を守ろうとして授業をするのはいいな!