第9話【問題用務員と真似飴の解除】
さて、無事にアニスタ教はどうにか出来るかもしれない。
「なーんで遊んでいたのかなぁ?」
「イダダダダダダダダダあだーッ!?」
ショウ(中身はユフィーリア)はグローリアから拷問を受けていた。
魔法トリモチによって全身を拘束されたと思えば、それを紐状に変形させた上で亀甲縛りの刑である。全身に魔法トリモチが食い込んで非常に痛いのだが、同時に何かに目覚めてしまいそうな感覚がある。最愛の嫁に変身した状態で変態に超覚醒など、もうまともに戻れないかもしれない。
どうして拷問を受けているのかというと、ショウ(中身はユフィーリア)がアニスタ教の本拠地でせっせと問題行動に勤しんでいたのが原因だ。さっさと帰ってくれば連れ攫われた生徒を助けるだけで済んだものの、自ら渦中に飛び込んでアニスタ教を玩具にして遊び始めたことが原因である。今回ばかりは可愛い部下も助けちゃくれなかった。
グローリアは「痛い?」と首を傾げ、
「今なら鞭打ちもついてるよ?」
「止めてくれない!? この状況でエドのように虐められるのが大好きな変態野郎に覚醒したくないんだよこっちは!!」
「君が目覚めようが目覚めまいがどうでもいいね」
どこからか刺々しい鞭まで取り出したグローリアだが、
「なるほど、学院長もわっしょい祭りがお望みですか? 今なら大気圏まで頑張りますよ?」
「ぎゃーッ!?」
足元から生えた炎腕が、グローリアを宙吊りの状態にしていた。
もちろんやったのはユフィーリア(中身はショウ)である。その青い瞳から音もなく光が消え、人形のような美貌には背筋が凍りつく薄笑いを浮かべている。自分自身の顔面なのに妙に怖い。
宙吊りにされたことで隙が作られ、ショウ(中身はユフィーリア)は即座に魔法トリモチを解除する。たとえ真似飴で姿が変わっていようが、中身は変わっていないので魔法トリモチの解除など朝飯前だ。
「確かにユフィーリア、何の連絡もしないでアニスタ教の本拠地で遊んでるのはまずいッスねぇ」
「こちらは心配した訳だが」
「ぴい」
ショウ(中身はユフィーリア)の口から甲高い悲鳴が漏れた。
グローリアに説教や拷問をされても恐怖心なんてなかったが、副学院長のスカイとキクガによる説教と拷問の気配を感じ取って悲鳴を上げざるを得なかった。この2人の説教と拷問は洒落にならない。
普段はマッド発明家で問題児の仲間の傾向が見られる副学院長も、まともに『副学院長』としての肩書きがあることは自覚しているのか怒る時はしっかり怒るのだ。そして滅多に怒ることはなく、むしろ問題行動を肯定してくれさえするど天然お父様のキクガも怒るとめちゃくちゃ怖い。土下座で許されるか心配になる。
なので、
「大変申し訳ございませんでした、以後は気をつけます。連絡します。なので拷問・説教等は今の姿でやるのだけは勘弁してください。元に戻ったら如何様にもしていいんで」
ショウ(中身はユフィーリア)は即座に土下座をした。
五体投地でもよかったのだが、五体投地が文化として根付いていない可能性も考慮して土下座である。問題児の土下座は購買部で大特価されている問題児が過去に作った呪いの眼鏡『一度つけたら外れない☆好きなあの子の全裸どころか骨まで見えちゃう眼鏡』ぐらいに安い。ちなみにあれは何故か15ルイゼで売られていた。
スカイとキクガは互いの顔を見合わせ、
「んもー、ちゃんと反省してるならいいッスけど。次は誰かしらに連絡ぐらいはするんスよ、リリアちゃんぐらいなら話を聞いてあげるから」
「すまない訳だが。別に説教をしようと考えていた訳ではなく、ただ本当に心配していた訳だが」
「よ、よかった……エロトラップダンジョンにぶち込まれて人間に戻れなくなるかと思った……」
説教と拷問の気配が立ち去って、ショウ(中身はユフィーリア)は安堵の息を吐く。無事に生きた心地がした。
「ところで、元の姿に戻らなくてもよろしいんですの?」
「真似飴の変身解除は条件を達成するか、1日経過しないといけないんでしたっけ。条件を達成してしまえば元の姿にお戻りになられるのでは?」
ルージュとリリアンティアが、真似飴の変身を解くように促してきた。
真似飴はジョークグッズなので、真似飴の袋に記載されていた『元に戻る条件』を達成すれば簡単に戻れる他に1日経過すれば自然と魔法が解ける便利仕様になっている。放っておいても元の姿に戻るので、急いでいない場合はそのまま放置する使用者も多い。
まあ、急いで元に戻る必要はないのだが、いつまでも問題児筆頭が可憐な美少年に変身していたらショウへの風評被害が酷いことになってしまう。それだけは回避してやりたい。問題児のせいで彼の可愛さの評判が地に落ちたら、それはそれで腹立たしい。
八雲夕凪が首を傾げると、
「して、その条件とは何だったんじゃ?」
「ああ、確か『気持ちよくなること』だったかな」
ショウ(中身はユフィーリア)はあっけらかんと答える。
その回答を受けた七魔法王の面々はざわついた。何故ざわつくのかショウ(中身はユフィーリア)は不思議に思うしかなかった。
だって簡単な条件なのだ。これが難しい条件だったらさすがのショウ(中身はユフィーリア)も頭を抱えていたかもしれない。いや、そうなったら絶死の魔眼でチョチョイのチョイなのだが。
ルージュはどこか楽しそうな目を向けてくると、
「あらやだ、真似飴のせいにしてあんなことやこんなことをしようとしてるんですの?」
「は、は、破廉恥です!! 母様、ご禁制ですよ!?」
「おやまあ、儂らはお邪魔じゃったかのぅ」
「まさかの展開だったッスね。まあショウ君は望んでるからいいのか……」
スカイ、ルージュ、八雲夕凪はあからさまにキャッキャとはしゃぎだし、リリアンティアは顔を真っ赤にして警告してくる。何でそんな反応を見せるのかショウ(中身はユフィーリア)には理解できなかった。
首を傾げるショウ(中身はユフィーリア)に、キクガがポンと肩を叩いてくる。その瞳はやけに真剣で、説教を受ける前のような緊張感を与えてきた。加えて肩を叩いてきた彼の指先が、めりめりと肩に食い込んでくるのが痛い。
過去で最も怖い現状に立たされていると悟った。何だか知らないけど恐怖でしかない。この反応を受けるなら正座で説教を受けた方がマシだと思うぐらいである。
「ショウ、ではなかったか。ユフィーリア君」
「は、はひ……?」
「きちんと衛生面は考えなさい。それと、無理強いはしないように」
「?」
本当に分からなかった、相手は本気で何かいいことを伝えたと思っているようだが何も分からなかった。一体何を伝えたかったのか不明で、ショウ(中身はユフィーリア)はただ首を傾げるしかない。
確かに衛生面は気をつけるべきだろう。屋外でやるようなことではないし、設備も限られている。無理強いもしないつもりだが、この部分に関してはちょっと仕方がないところがあるので諦めてほしい。
とりあえずショウ(中身はユフィーリア)は「分かった」と頷き、
「ショウ坊、ショウ坊や」
「どうした、ユフィーリア? 何かあったか?」
宙吊りにしたグローリアをわっしょいわっしょいと胴上げしていたユフィーリア(中身はショウ)は、それはそれはもう綺麗な笑顔で振り返る。
自分の美女としての部分を余すところなく使われている気がした。
ショウ(中身はユフィーリア)は、そんな彼を優しく抱きしめた。今はショウ(中身はユフィーリア)の方が身長が高いので、小柄な彼がすっぽりと腕の中に収まる。少し下に視線をやると、キョトンとした表情で見上げてくるユフィーリア(中身はショウ)と目が合った。
ショウ(中身はユフィーリア)は優しく微笑むと、
「ショウ坊、一緒に気持ちよくなろうか」
「ふえッ!?」
直球な誘い文句に、ユフィーリア(中身はショウ)の頬が赤く染まる。
「え、あの、ユフィーリア、その、あうあう」
「大丈夫だ、ショウ坊。何も怖いことはねえよ、ただ気持ちよくなるだけだからな」
ショウ(中身はユフィーリア)はユフィーリア(中身はショウ)の身体を強く抱きしめると、
「アイゼ、一思いにやってくれ!!」
「2名様ご案内かしラ♪」
アイゼルネはワキワキと両手の指を動かし、弾んだ声で応じる。
気持ちいいこと――それはアイゼルネのマッサージだ。天国が見えるほど気持ちいいことではあるが、それ以上に身体が動かなくなる悪魔の整体である。ユフィーリアは何度もこの『気持ちよさ』を体験して悲鳴を上げているし、ショウだって経験はあるはずだ。
ユフィーリア(中身はショウ)は、明らかに絶望したような表情を見せていた。何だか期待していた展開とは違う、と言わんばかりの顔である。
「ユフィーリア……? 騙したのか……?」
「騙しただなんて人聞きの悪いことを言わないでくれ、ショウ坊」
「じゃあこの腕は一体……?」
「逃げないようにする為だよ。決まってるだろ?」
ショウ(中身はユフィーリア)は清々しげに笑い、
「さ、ショウ坊。覚悟を決めろよ。一緒に地獄のような天国を見ような」
「こ、こんな気持ちよさは求めていないぞユフィーリア!! 酷いではないか!!」
「他の連中もそうだったけど、何を期待していたんだよ。残念ですけど強制連行です」
「きゃーッ!! やだーッ!!」
「暴れない暴れない」
ジタバタと暴れるユフィーリア(中身はショウ)を軽々と抱えたショウ(中身はユフィーリア)は、アイゼルネによる地獄のような天国のマッサージを受けるべく大人しく連行するのだった。
当然だが、ユフィーリアは全員が言わんとしていることをしっかり理解していた。つまるところ年齢制限のあるアレやコレで真似飴の変身効果の解除を実践するのだ、と勘違いしたようである。
この状況で一線を越える訳にはいかないのだ。ユフィーリアも鼻血を噴き出して幽体離脱ののち臨死体験など御免である。
このあと、アニスタ教の聖堂に2人分の絶叫が響き渡り、マッサージから逃れた七魔法王と問題児たちはそっと視線を逸らすのだった。アイゼルネのマッサージを受けたくない、という意思が行動に表れていた。
《登場人物》
【ユフィーリア】このあと足ツボマッサージで沈んだが無事に元に戻った。嫁に大人の階段を上らせるのはまだ早い、自分の心がまだ準備できていない。
【ショウ】このあとハンドマッサージと指先のケアまでされて元に戻った。ユフィーリアと大人の階段を上れるかと思ったらお預けくらっていじけることになる。
【アイゼルネ】2人ほど悲鳴を上げてくれて嬉しいワ♪
【エドワード】見なかったことにしよう。
【ハルア】後輩は大事だが、今回は仕方がない。
【グローリア】宙ぶらりんの状態にされたままユフィーリアと一緒にショウがマッサージを受けに行ってしまったので、炎腕が自主的に降ろしてくれた。
【スカイ】ショウ君なら即OKしてくれると思ったらまさかの展開。そうだよね……そうなるよね……。
【ルージュ】大胆なことをするのかと思いきやまさかのマッサージオチでがっかり。
【キクガ】息子の幸せと身体的負担を天秤にかけて、幸せな為にユフィーリアを諭してみたらマッサージで安心した。
【八雲夕凪】ゆり殿も隅に置けないのぅ、とか思っていたらまさかの展開だった。
【リリアンティア】最近、ユフィーリアとアイゼルネ仕込みの一般的な性知識の影響で立派な大人のレディにはなったつもりだが、まさか教えられたものを実践するつもりかと注意した。実際はマッサージだったので全力で目を逸らした。