表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

546/907

第8話【学院長と戦神降臨】

「――てことがあって、ちょっと用意に一晩ほどかかっちゃったんだよ」



 ショウ(中身はユフィーリア)から事の顛末を聞き、グローリアは天井を振り仰いだ。


 それであの意味の分からない魔法陣を組み上げるのは凄いことだと思うが、おそらく今後一生あの魔法陣が日の目を見ることはないだろう。意味のない魔法陣である。おじさん妖精が踊りながら取り囲んでくるなど、もはや悪夢と呼ぶ以外に考えられない。

 何でそんなことをしちゃったのかと問おうかと思ったが、よく考えれば彼女は問題児筆頭である。意味の分からんことに全力を出すのがユフィーリアだ。だからおじさん妖精が踊りながら取り囲んでくる魔法陣を真剣に開発して重要な儀式の場に設置したのだろうし、結果的に助かっているのでよかったのかもしれないが。


 すると、



「ふふ、ふふふ……」



 アニスタ教の教祖であるニーナが笑っていた。折り曲げた身体を震わせ、顔を俯けさせた彼女は平坦な声でただ笑う。



「ふざけやがって……ふざけやがってえッ!!」



 笑っていたはずの彼女は、唐突に激昂する。跳ね上げた顔は怒りの表情に満ちており、琥珀色の瞳は血走っていた。

 そんな反応をするのも当然である。ユフィーリアはアニスタ教が大事にしていた儀式をぶっ壊したのだ。魔法陣を壊されると一般の魔法使いや魔女でも怒る。何せ魔法陣の設置は結構難しく、非常に面倒臭いのだ。


 鬼のような形相で叫ばれたにも関わらず、ショウ(中身はユフィーリア)は涼しげな表情で首を傾げていた。



「何だ、情緒不安定か? ウチのアイゼのマッサージでも受けとく?」


「ふざけんじゃないわよ、このッ、アバズレェ!!」



 ニーナは髪を振り乱しながら叫び、



「面白半分で大事な儀式を台無しにしやがって、あの魔法陣をどれほどの長い年月をかけて用意したと思ってるのよ!!」


「え、あれお前がやったの?」



 ショウ(中身はユフィーリア)はあからさまにドン引きしたような表情で「うわあ……」と言う。

 彼女がこういう反応を見せるのだから、相当酷かったに違いない。普段の行動はさておき、ユフィーリアの魔法に関する知識とその腕前は天才の領域である。そんな彼女がドン引きするのだからアレすぎる魔法陣だったのだろう。


 グローリアは音もなくショウ(中身はユフィーリア)に近寄り、



「どんな魔法陣だったの?」


「神下ろしの儀式と召喚魔法がごちゃごちゃになってて、何かあともう初心者用の魔法陣の教本にある魔法陣の要素を片っ端からつまみ食いして全部詰め込みましたって感じ」


「うわあ……」



 話を聞いたグローリアもドン引きしてしまった。そんな魔法陣など、ただのあっぱらぱーな魔法陣初心者がやるようなことだ。教祖様は頭の螺子を脳味噌に搭載していないらしい。



「どいつもこいつも馬鹿にしやがってぇ!!」



 ニーナは甲高い声で叫び、



「近衛騎士ども、この無礼者どもを粛清しなさい!!」



 ニーナの命令を受け、頑丈な鎧に身を包んだ騎士が一斉に武器を構える。槍や棍棒、剣などをグローリアたちに突きつけると殺意をひしひしと伝えてきていた。最初から周りを取り囲んでいた騎士だけではなく、唯一の出入り口となる螺旋階段方面からも甲冑を身につけた騎士が大量に押し寄せてくる。

 出入り口さえ塞がれて万事休すかと思うだろうが、不思議とグローリアの心には余裕があった。自暴自棄になったとか、そういった状況ではない。


 この場には、最も強い魔女がいるのだ。



「おう、何だ? こんななまくらで殺そうってか?」



 大量の甲冑を身につけた騎士を前に、ショウ(中身はユフィーリア)は余裕綽々の表情で見やる。

 突き出された右手に、アイゼルネがすかさず乗せたのは雪の結晶が刻まれた煙管だ。彼女が愛用するそれを握りしめ、一振りするだけでたちまち身の丈ほどの巨大なはさみと化す。銀色の刃が雪の結晶の形をした螺子で留められており、神聖な雰囲気が漂う。


 銀色の巨大な鋏を担いだショウ(中身はユフィーリア)は、口の端を吊り上げて大胆不敵に笑う。



「や っ て み ろ よ」



 宣戦布告をすると同時、ショウ(中身はユフィーリア)は担いだ銀色の鋏を薙ぎ払った。


 その細腕のどこからそんな力が出てくるのかと問いたくなるほどの勢いで振り回された銀色の鋏は、数名の騎士をまとめて吹き飛ばす。聖堂の床を転がる騎士の1人を踏みつけ、ショウは長い髪と真っ黒な祭服を翻して高く舞う。

 宙返りをしながら鋏を両手で持つと、2枚の刃を繋ぎ合わせる雪の結晶の形をした螺子ねじがパッと弾けて消えた。分離した鋏は双刀のようになり、ショウは慣れたようにそれらを構える。


 怯む騎士に肉薄したショウは、



「どうしたウスノロ、一太刀でも入れることが出来りゃ褒めてやるよ!!」



 右手で握りしめた鋏の刃を袈裟に薙ぐ。


 頑丈な鎧を身につけている騎士にも関わらず、銀製の鋏は凄まじい切れ味を発揮して甲冑ごと騎士の上半身を切断する。脇腹から肩にかけて切り捨てられた上半身は重力に従って滑り落ち、綺麗な断面から鮮血と臓腑がこぼれ落ちる。

 仲間の鉄錆の臭いに嗚咽く騎士の首を刎ね、戦意喪失した騎士の心臓を一突きで殺す。なすすべなく騎士の集団は次々と屠られていき、転がる死体を蹴飛ばして中心で踊る真っ黒な祭服を着た少年は楽しげに笑う。殺戮を心の底から楽しむように。


 その死神の如き姿に恐れをなした騎士は、



「敵わない、こんなの誰が勝てるんだ!!」


「死にたくない!!」


「嫌だ嫌だ嫌だあ!!」



 情けない悲鳴を上げ、出入り口である螺旋階段に殺到する。


 ツイと赤い瞳を逃げ惑う騎士の集団に投げかけたショウ(中身はユフィーリア)は、人差し指を音もなく一振りした。それだけである。

 真冬にも似た空気が聖堂内に流れたと思えば、次の瞬間、螺旋階段に殺到する騎士たちの足元から巨大な氷柱が何本も飛び出した。まるで剣山のように出現した氷柱は騎士たちの身体をいとも容易く貫通し、昆虫の標本よろしく縫い留める。ピクリとも動かない騎士の身体から、氷柱を伝って真っ赤な血が伝い落ちていった。


 何とか氷柱の攻撃から逃げおおせた数少ない騎士だが、



「あらやだ、逃げちゃやーよ」


「ごふッ!?」



 騎士の身体から槍や剣などの武器が生える。内側から突き出た槍や剣に喉笛を引き裂かれ、内臓を串刺しにされ、残り僅かとなっていた生き残りもまた屠られた。

 おそらく、武器に転送魔法を仕掛けて相手の体内に出現するようにしたのだろう。何と言う恐ろしいことをする魔女だろうか。


 あっという間に大量の騎士を葬ったショウ(中身はユフィーリア)は、処刑台の上で佇むニーナを見やる。



「おやおかしいな、粛清だ何だと意気込んじゃいたけどあっという間に終わったなァ」



 ショウ(中身はユフィーリア)は軽い調子で笑い飛ばし、



「で、残りはお前だけ?」



 コテンと首を傾げるショウ。中身はユフィーリアなので、可愛らしい美少年が堪らなく狂気的に感じる。

 やっていることは間違いなく英雄と呼ばれてもおかしくない。ただ、やり方が悪かった。一方的な殺戮はただの虐殺と捉えられてしまう。


 グローリアはコソコソとエドワードに耳打ちし、



「ちょっと、ユフィーリアを止めなよ。あの状態だと間違いなく悪役だって」


「無理に決まってるじゃんねぇ」



 エドワードはグローリアの言葉を一蹴し、



七魔法王セブンズ・マギアスを殺す為に生まれたハルちゃんでさえ、ユーリと戦って1分間もたないんだよぉ。神造兵器レジェンダリィを持っていたって敵わないんだよぉ」


「君はよくユフィーリアに暴力を振るってるじゃないか」


「あれは対等な時に出来るだけであってぇ、ユーリに反撃されたら俺ちゃんが死んじゃうってのぉ」



 やはり最強の死神と呼ばれるだけあるのか、問題児の誰も敵わないらしい。ハルアに至ってはあの状態のユフィーリアに対して心的外傷でもあるのか、ユフィーリア(中身はショウ)に抱きついてガタガタと震えていた。


 あのまま教祖であるニーナまで殺してしまうのか、とグローリアはどこか緊張気味に行く末を見守る。

 ニーナ率いるアニスタ教は滅ぶべきかもしれない。けれど、自分のやった罪の重さを知らずに殺される一方なのはどうだろうか。きちんと反省をした上でまずは更生を促すか、あるいは裁判での判決を受け入れるべきだろう。


 ショウ(中身はユフィーリア)は、ゆったりとした足取りで処刑台に上がった。幾人もの騎士を葬り去った鋏を、座り込んでしまったニーナに突きつけた。



「さあ、覚悟はいいか」



 その赤い瞳に、じわじわと極光色の輝きが侵食していく。絶死ゼッシの魔眼で諸共消し飛ばすつもりだろうか。


 降り注ぐ極彩色の光を一身に受け、残虐な死神がゆっくりと鋏を持ち上げる。切っ先が鈍色の輝きを放つが、その刃が振り下ろされることはなかった。

 何と、ニーナはショウ(中身はユフィーリア)の前に跪いたのだ。まるで神様に祈りを捧げる聖女のようにその場で膝をつき、彼女は恍惚とした表情で両手を組む。その視線は何かこう、まるで崇拝する相手を見つけたかのような熱がこもっていた。



「ああ――何と言うことでしょう」



 ニーナは唇を震わせ、



「アドニス様の生き写しのようです……アドニス様がご降臨なされました……!!」


「は?」



 ショウ(中身はユフィーリア)は毒気を抜かれた声を漏らす。


 確かに彼女の戦い方は、さながら戦神アドニスのようだと言っても過言ではない。勇ましく、立ち向かってくる敵を千切っては投げ千切っては投げを繰り返す様は神々しさすらあった。

 その戦いっぷりが、戦神アドニスを信奉するアニスタ教にとって『戦神アドニスの生まれ変わり』のように見えてしまったのだ。強すぎるというのも難点だったようだ。


 ニーナはショウ(中身はユフィーリア)の手を取ると、



「ああ、アドニス様。我らは貴方様の下僕、何なりとお申し付けください。そして迷える我らをお導きください」


「ちょ、アドニスと違うんですけど。何言ってんだお前!?」


「我々にご神託を、アドニス様。贄がほしければいくらでもご用意いたしましょう、美酒に美食も取り揃えましょう」


「だから話を聞けよ!?」



 暴走気味の教祖様に、ショウ(中身はユフィーリア)は困惑している様子だった。振り下ろそうとした鋏を彷徨わせ、何とかニーナの手を振り解こうと躍起になっている。

 しかし、ニーナはさらに強く彼女の手を握った。ショウ(中身はユフィーリア)に熱い視線を送り、うっとりとした声色で「ああ、アドニス様」と連呼する。状況は悪化の一途を辿った。


 そして、ここに現状を歓迎しないお嫁様が1人。



「ユフィーリアにベタベタと触るそこの教祖様には『スーパー☆わっしょい祭り』の刑に処します。天まで届け、わっしょい!!」


「きゃあああああああああ!?!!」



 ニーナの足元から腕の形をした炎――炎腕が大量に生えたと思えば、彼女の身体を拘束する。ジタバタと暴れるのも束の間のこと、炎腕によってニーナは放り投げられてしまった。

 放り投げられた教祖様はドーム状の天井に嵌め込まれた硝子絵図ステンドグラスを突き破り、外の世界へと落ちていく。悲鳴が遠くなっていくので、おそらく石塔から突き落とされたのだろう。空を貫かんばかりの石塔から突き落とされれば、さすがの教祖様でも無事では済まない。


 わっしょい祭りだとか言うふざけた内容でアニスタ教の教祖様を屠ったユフィーリア(中身はショウ)は、清々しいほどの笑顔で言う。



「ユフィーリアを崇め奉り、愛していいのは嫁である俺だけですが?」


「うん、君は通常運転だね」



 旦那様が絡んだことで暴走のスイッチが入ったお嫁様の言い分に、グローリアは苦笑するしかなかった。

《登場人物》


【グローリア】ユフィーリアに身体能力で敵う訳がない。この前、呪具の解除の研究に付き合ってもらおうかと思って用務員室を訪れたらショウとイチャイチャしている真っ最中だったようで、邪魔されたことで怒ったユフィーリアから3秒でボコボコにされた。

【スカイ】頑丈なエドワードと身体能力の高いユフィーリアはよく魔法兵器の実験台にする。この前、ショウから唆されてロケットブースターのついたローラースケートを開発してユフィーリアに履かせたら、校舎内一周RTAをし始めて驚いた。使いこなしてやがる。

【ルージュ】柔軟が出来るユフィーリアに、官能小説のネタとして緊縛の練習に付き合ってもらっていたらショウに見つかって危うく全裸にひん剥かれる寸前になった。

【キクガ】冥府の獄卒の人手が足りなくて、ダメ元で頼んでみたら普通の獄卒よりも仕事をしてくれた問題児に感謝。

【八雲夕凪】酔っ払っていれば勝てると踏んでしこたま酒を飲ませて酔わせたが、いざ襲ってみたらあっさり投げ飛ばされた。ショウ曰く「酔拳使いみたいだった」らしい。

【リリアンティア】ユフィーリアは武道の師範。よくメイスの使い方を練習している。


【ユフィーリア】言わずと知れた最強の魔女。身体能力どころか戦いながら魔法も叩き込み、あらゆる魔法すら攻撃転用する生粋の戦闘センス持ち。

【エドワード】いつもの暴力は対等な状況だから出来ることであって、ユフィーリアが怒っている時に暴力を振ったら腕折られたことがある。

【ハルア】ヴァラール魔法学院にやってきた当初、ユフィーリアに手合わせをお願いしたら目玉を抉られるわ血管を凍らせられるわ何度も死にかけたので、もう二度と手合わせはお願いしない。

【アイゼルネ】手合わせをお願いしたら人差し指と中指だけでボコボコにされた。何で指2本で負けるのか。

【ショウ】言葉でならユフィーリアに勝てる自信はあるだろうが、それより先にユフィーリア相手に暴言を吐けるかが問題。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、楽しく読ませていただきました! 双剣を巧みに操り、無双しまくるユフィーリアさんの暴れっぷりにさらに磨きがかかり、気分爽快なバトルシーンに感動しました!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ