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第7話【問題用務員と神々の花嫁】

 囚われていたヴァラール魔法学院の男子生徒どもに直したばかりの制服を着せ、転移魔法で学院に送り出してからようやく一息吐くことが出来た。



「つ、疲れた……」



 ユフィーリアは額に滲んだ汗を拭う。


 特に制服を直してやる作業が大変だった。ただ形を修復するだけではなく制服にかけられた魔法も修復しなければならないので、並行して作業をしなければならなかったのだ。それを3人分である。もう二度とやりたくない作業だ。

 ただでさえ衣服の修復――しかも礼装の修復は神経を使う。ヴァラール魔法学院の制服も礼装の1種ではあるので修復が大変なのかな関わらず、信者がひしめくアニスタ教本拠地で取りかかるという緊張感もあったので余計に疲労感は倍増だ。


 しかし、これで人質はいない。見たところ彼らだけがアニスタ教に捕まっていたようで、逃がした以上はアニスタ教も追いかけることはないだろう。ヴァラール魔法学院に信者がいた場合は不安もあるが、教職員の誰かしらが守ってくれるはずだ。



「あら? あの子は一体どこに行ったかしら?」


「あ」



 扉の向こうから聞こえてきた女性信者の声に、ユフィーリアは現状に気づく。

 そういえばユフィーリアは現在、真似飴によってショウの格好をしているのだった。その状態でアニスタ教の本拠地に信者希望を装って潜入し、どうせならぶっ壊してやろうかなと画策していたことをすっかり忘れていた。


 慌てて居住まいを正したユフィーリアは、



「あ、は、はい。ここにいます。すみません」


「あら、そんなところで何をしていたのかしら?」


「ちょっと、あの、何があるのかなって思っちゃって……あははは……」



 女性信者から怪しむような視線を寄越されたので、ユフィーリアは取り繕うように笑っておいた。これが問題児だったら絶対に許されていないが、今はアニスタ教好みの美少年ということもあって笑って誤魔化すことが出来た。


 女性信者は困ったように微笑むと「仕方がないわね」と言う。子供だからそのぐらいは興味があって然るべき、とでも考えているのだろう。美少年に対してこの宗教は一体どんな風に教えられているのか。

 彼女の手には真っ白な布の塊が握られていた。レースなどの細工はなく、ウェディングドレスの類ではないことが判断できる。アニスタ教の祭服だろうか。



「そちらの服が信者用の祭服でしょうか?」


「ええ、そうよ。仕立て直しもしなきゃいけないから、一度着てみてくれると嬉しいわ」


「はい、分かりました」



 祭服があれば本拠地の重要設備――建物の中央に聳え立つ石塔に侵入することも容易だろう。相手からわざわざ変装の為の衣装を与えてくれるとは喜ばしい限りだ。

 胸中で悪どい顔を見せるユフィーリアは、女性信者の案内に従って更衣室に向かうのだった。


 ちなみに祭服へ着替える際に湯浴みを迫られる羽目になったが、今日はちょっと体調が優れないということを主張したら回避できた。アニスタ教、チョロすぎやしないだろうか。美少年の詐欺師に騙されそうな宗教団体である。



 ☆



「あら、よくお似合いですよ」


「嬉しいです、ありがとうございます」



 更衣室で祭服に着替えたユフィーリアに、女性信者が手放しで絶賛してくれる。


 純白の衣服は趣味ではないのだが、ワンピースにケープがついたような真っ白い祭服には随所に金糸による刺繍も施されているので豪華な意匠となっている。祭服の裾は足元まで隠れるほどの丈があるので、下着などが見えてしまう心配もない。生地の肌触りもよく、着脱も簡単だったのでなかなか上等な衣類であることは理解した。

 鏡を覗き込むと、可憐な黒髪赤眼の少年が立っていた。相変わらず嫁の顔は可憐で可愛らしく、アニスタ教の真っ白な祭服も着こなしてしまうとは恐れ入る。ただ、やはりいつものメイド服の方が100倍可愛い。


 ニコニコの笑顔を見せる女性信者は、



「丈も問題ないみたいでよかったわ」


「服の生地も肌触りがいいので着心地がいいです。どちらの布をお使いですか?」


「業者に発注をかけているみたいなのよ。『アリアドネのまゆ』っていう卸問屋だったかしら? いい布が揃っているわよ」



 女性信者の懇切丁寧な説明を、ユフィーリアは真剣に「ほう」とか「そうなんですかぁ」と相槌を打ちながら聞いていた。

 今までショウの衣装を仕立てる時はヴァラール魔法学院の被服室の素材を勝手に使っていたし、着心地なども一応は見ていたはずだが、上には上がいると思い知らされた。やはり今後は着心地なども視野に入れ、生地の卸問屋なども確認するべきか。特に『アリアドネの繭』は要確認である。


 頭の中でしっかりと店の名前を記録しておくと、女性信者が思い出したように「大変」と言った。何かあったか。



「私としたことが、祭服だけ持ってきて頭巾を持ってくるのを忘れてしまったわ」


「頭巾ですか?」


「ええ、そうよ。修行中の信者は頭に頭巾を被るの」



 女性信者が、今しがた通りかかった信者を指差して「ほら、あんなように」と示す。


 彼女が指差した方向には、建物内の清掃に従事する真っ白な祭服姿の信者の集団がいた。信者たちの頭部は真っ白な頭巾で覆われており、その姿はまるで修道女のようである。祭服の形式が違ったら、エリオット教の教祖であるリリアンティアとお揃いになっていたかもしれない。

 祭服に頭巾を合わせた修道女のような格好に、ユフィーリアは何かに気づく。ショウの姿で修道服――それもリリアンティアと同じような白い修道服は似合うのではないか? 完璧な美少年の嫁が、もっと完璧な存在になってしまうのではないだろうか?


 密かにワナワナと震えるユフィーリアは、



(今度修道服を仕立てようかな……こんな純白の感じで、ティーカップみたいに金糸で刺繍して……)


「あの、どうかしたかしら?」


「あ、いえ、何でもないです」



 頭の中で最愛の嫁に着せる予定の修道服の設計を組み上げていたユフィーリアは、女性信者に話しかけられて我に返る。この場でバレたら猫を被ってきた努力が水の泡だ。



「ちょっと待っていてちょうだい、頭巾を探してくるわ」


「あ、お気遣いなく」



 慌てた様子で更衣室を飛び出していく女性信者を見送り、ユフィーリアはニヤリと笑う。問題児を1人にしたのが運の尽きである。


 戻ってこないことを見計らい、ユフィーリアは転移魔法を発動させる。指を弾くと同時に世界が切り替わり、姿見が設置された更衣室から石塔が聳える開けた庭に移動する。

 空を貫かんばかりに高い石塔は出入り口となる扉がかんぬきによって閉ざされており、簡単に出入りが出来る状態ではない。石塔以外の建造物は見当たらず、隠れられるような場所がないのが気になるところである。


 ユフィーリアは石塔の扉を塞ぐ閂に手をかけ、



「なにしにきましたか」


「どちらさまですか」


「うおおッ!? どっから出てきやがったぁ!?」



 石塔の影から少年2人が音もなく飛び出してきたので、ユフィーリアは思わず美少年らしくもない悲鳴を上げてしまった。見た目がショウなので可愛くも何ともなくなってしまう。

 少年2人は、まるで人形のような見た目をしていた。フリル付きの襯衣シャツと膝丈の洋袴ズボン、高級な人形として販売されていてもおかしくない美貌。ショウの方が美人で可愛いとは思うのだが、彼らもまた同系統の美少年と言えよう。


 少年2人はジト目でユフィーリアを見上げ、



「しんじんさんだ」


「せいどうにはちかづいたらいけないんだ」


「お菓子あげよう、焼き菓子は好きか? クッキーでどう?」



 ユフィーリアは魔法で袋詰めされた巨大クッキーを手元に転送し、2人の少年に手渡してやる。手っ取り早い買収である。

 こんなもので釣られないかと思いきや、意外にも少年たちはクッキーに釣られて「わあい」「やったぁ」と喜ぶと石塔の影に戻っていった。やはり中身が子供だとお菓子などに目がない様子である。


 改めて石塔のかんぬきに手をかけ、ユフィーリアは塔の扉を開く。



「おお、階段。階段で上がるとか面倒臭えな」



 扉を開けた先に見つけた螺旋階段を前に、ユフィーリアは顔をしかめる。見るからに高い石塔だから、螺旋階段も必然的に長くなる。こんなものを上っていたら日が暮れそうである。



「面倒臭えから転移魔法を使っちゃお」



 螺旋階段を登る手間を省く為に、ユフィーリアは転移魔法を再び発動させる。


 視界が螺旋階段の下から、煌びやかな教会内に一瞬で移動する。

 ドーム状の天井に嵌め込まれた硝子絵図から極彩色の光が落ち、宗教画が壁に飾られている神聖な雰囲気漂う教会である。あの少年たちは聖堂と言っていたので、アニスタ教の重要施設のようだ。


 そして極彩色の光を浴びるのは、アニスタ教が崇拝する戦神アドニスではなく昔の処刑道具として有名なギロチンである。処刑台に乗せられたギロチンはよく手入れがされているようで、錆などは見当たらない。



「凄えな、ギロチンなんてあんまり見ねえぞ」



 今でこそ色々と処刑方法も増え、ギロチンを用いる処刑方法など廃れてきた。このアニスタ教は随分と昔の技術にこだわる宗教団体らしい。


 あまりにも珍しいので、ユフィーリアは思わずギロチンに歩み寄った。処刑台に上り、用意されたギロチンを観察する。

 木製の首枷を装着させた上に、上部に設置した刃を落とす方式のようだ。魔法的な要素は何もなく、典型的なギロチンであることが窺える。


 ギロチンを観察するユフィーリアは、処刑台そのものに刻み込まれた魔法陣の存在に気づく。



「これは――」



 魔法陣を観察し、ユフィーリアは眉根を寄せた。


 確かに魔法陣ではあるものの、魔法そのものとして成立していない。誰かが死ぬことで何かを召喚しようとしているようだが、何を召喚しようとしているのか定義されていないので魔法陣が破綻している。色々な魔法をちゃんぽんしすぎなのだ。

 この魔法陣を書いた奴は「魔法陣はこうあるべき」と断じて碌に勉強しないまま使ってみた素人に違いない。魔法陣は確かに格好いいものだが、成立しない魔法陣は格好悪いだけだ。自分に酔っていると言ってもいい。


 ユフィーリアは処刑台に刻まれた魔法陣の側にしゃがみ込み、



「どうせなら改造してやるかな。何がいいかな……」



 転送魔法で手元に召喚した白墨を弄びながら、ユフィーリアは何の魔法陣に書き換えてやろうかと視線を巡らせる。


 すると、視界の端――ギロチンのすぐ側で何かを見かけた。肌色の何かである。一瞬だけアニスタ教の関係者かと思えば、その身長は親指程度しかない。

 寂しくなった頭髪と着古した肌着、縦縞が特徴の下着姿という簡素を通り越して「何でそんな格好で外出するの?」と聞きたくなる服装。口の周りにある青髭が何よりの証拠となった。


 おじさん妖精の降臨である。吉兆の証の登場に、ユフィーリアは笑ってしまった。



「よっしゃ、おじさん妖精を買収しよう」



 おじさん妖精を買収する為の方法は知っている。最近どこかの魔導書で読んだとかではなく、自分の経験上だ。

 ユフィーリアは転送魔法で、手元に酒瓶を転送する。用務員室にある中でなかなか上等な大吟醸だ。おじさん妖精を釣るには酒が1番である。


 酒瓶を掲げたユフィーリアは、



「妖精さん、ちょっと協力してくれねえか?」



 そしてユフィーリアはおじさん妖精と共謀し、おじさん妖精を等身大のおじさんにして召喚する魔法陣を組み上げて、ついでに壮大な音楽も流れ出すように仕込むのだった。

 魔法陣にこだわりすぎて仕込むのに一晩を要してしまい、用務員室に戻るのをうっかり忘れていたのだ。問題児、全力の失態である。


 ちなみに祭服を真っ黒に染めたのは、魔法陣を改造しているうちに汚れてしまったので汚れが目立たないようにする為に黒くしただけである。

《登場人物》


【ユフィーリア】外面はショウ、中身はいつもの問題児。嫁の美貌を余す所なく使って猫を被り、アニスタ教本拠地に潜入。重要施設らしい石塔に侵入し、魔法陣に改造を施す悪戯を一晩かけて仕込んだ。楽しくなっちゃったから帰るのを忘れていただけで、魔法が発動されたら帰るつもりだった。


【信者】普通にアニスタ教の考えに賛同して信者になった。(アニスタ教の考えは『強くしたたかに、弱きを守れる強き者になれ』である。積極的に武道の訓練などをしている様子)

【子供】石塔の門番を務める。攫われた訳ではなく、信者の子供。碌に社会を経験せずに成長したので、ショウと同い年の15歳ながら子供っぽい。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >楽しくなっちゃったから帰るのを忘れていただけで、魔法が発動されたら帰るつもりだった。 まさかその…
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