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第6話【学院長と誘拐その後】

「おじさん妖精召喚の儀は見たか? あれ一晩使って頑張ったんだよ、おじさん妖精と交渉するのも大変でさぁ」



 ショウの少女めいた顔立ちに晴れやかな笑みを乗せ、問題児筆頭――ユフィーリア・エイクトベルは「大変だったんだぞ」と語りながら平然と処刑台を降りてくる。

 外見こそショウだが、口調や立ち振る舞いは問題児筆頭そのものである。気弱なユフィーリア(中身はショウ)と言い、見た目と中身が伴っていないと頭がこんがらがってくる。


 グローリアたちを取り囲む甲冑姿の騎士を見上げたショウ(中身はユフィーリア)は、



「あ? 邪魔だボケ、とっとと退け」



 目の前に立っていた騎士の1人に、強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


 相手は重量のある甲冑で全身を固めていたにも関わらず、ショウの華奢な右足が鞭のように撓ったかと思えば呆気なく聖堂の端まで吹き飛ばされていた。ついでに言えば壁にもめり込んだ上でピクリとも動かなくなってしまった。死んだか、よくて気絶といった症状だろう。

 可憐な美少年が、中身が違うだけで暴君に様変わりである。普段のショウの人となりを知っているからこそ、中身が変わると酷く恐ろしく感じる。きっと中身が問題児筆頭だからだろう。


 ショウ(中身はユフィーリア)は大きく伸びをし、



「帰ろうぜ、腹減ったわ。あと真似飴の変身も解かなきゃいけねえし」


「ユフィーリア、でいいんだよね?」


「あん?」



 グローリアが問いかけると、紅玉にもよく似た色鮮やかな赤い瞳が真っ直ぐに射抜いてくる。数秒ほど見つめ合い、それからショウの方があからさまに顔をしかめた。



「げ、グローリア!? 何でお前がここにいるんだよ!?」


「ショウ君と生徒が連れ攫われたから助けに来たんだよ!!」



 あからさまに顔を顰め、それから「げ、グローリア!?」と言うタイミングまで完璧にユフィーリアそのものである。中身が確実に問題児筆頭であることは間違いない。

 どうやら今の今まで気がついていなかったようで、ショウ(の皮を被ったユフィーリア)はグローリアから素早く距離を取ると「今回はアタシ悪くねえからな!!」とすぐさま主張する。グローリアたち七魔法王セブンズ・マギアスがすでに真相を知っていることはまだ知らないらしい。


 ショウはエドワードを見上げ、



「おいエド、説明しとけって言ったろ。何で言ってねえんだよ」


「言える訳なくなぁい?」



 エドワードは銀灰色の瞳に若干の涙を溜めて、



「言おうかなって思ったら七魔法王セブンズ・マギアスが全員揃ってギスギスの空気の中で取っ組み合いの喧嘩をしてるんだよぉ!? そんな時に『真似飴でショウちゃんに化けたユーリが連れ攫われました』なんて言えば飛び火しかねないってぇ!!」


「オレが見てきた中で1番怖かったよ!!」


「ショウちゃんなんかあまりの怖さに泣いちゃってたんだからネ♪ この状況で本当のことを話したらお説教どころじゃ済まなくなるかもしれないっテ♪」


「みい……」


「ごめんショウ坊、本当にごめん!! 怖かったよな、用務員室に帰ったらいっぱいヨシヨシしてやるからな!!」



 またメソメソと泣き始めたユフィーリア(中身はショウ)に抱きつき、全力で慰めるショウ。丁寧に銀髪を撫でてやり、ぷにぷにと頬も押し潰し、抱っこも追加して涙腺が決壊寸前の嫁を目一杯にあやしていた。



「ところでユフィーリア、連れ攫われた生徒はどうしたんスか?」


「あ? うちの子を泣かせたことに対する謝罪よりも先に生徒の心配か?」



 スカイの質問に対してショウはガラ悪く睨みつけると、



「まあいい、話してやる。ちゃんと仕事はしたんだからな――」



 ぶつくさと文句は混じるものの、ショウは誘拐された直後のことを語り始めた。



 ほわんほわんもんだいじ〜。(回想に入る音)



 ☆



「ユフィーリアァ!!」



 ショウの悲鳴が荒れ果てたエテルニタ教会に響き渡る。


 それからすぐに、問題児は正気に戻った。

 連れ攫われたのは問題児筆頭として名門魔法学校をお騒がせするユフィーリアである。外見こそ美少年と呼べるショウにそっくりだが、中身は全然美少年でも何でもない。ただの問題児である。


 残った4人は互いの顔を見合わせると、



「自力で戻ってくるよねぇ?」


「戻ってくるよ!!」


「だってユーリだもノ♪」


「そうだ、問題児筆頭を俺と間違えて攫うなんて愚かなことだったな」


「そうだそうだ、アタシを攫うなんて100億光年早いぞ」



 何か声が増えていた。



「ユーリぃ、いつのまに帰ってきたのぉ?」


「攫われてから3秒で帰るよ、転移魔法を使えば簡単だな」



 アニスタ教に連れ攫われたユフィーリアは、3秒で荒れ果てたエテルニタ教会に帰還を果たしていた。転移魔法を使えば簡単に抜け出せるのだ。別に気絶させられた訳でも、魔法を封じられた訳でもないので脱出は容易だった。

 驚いたような表情を見せるエドワードの脇腹を小突き、ユフィーリアは「何で驚いてんだよ」と笑い飛ばす。こんなこと魔法の天才と謳われるユフィーリアにとっては朝飯前である。


 それにしても、だ。



「あの野郎、中身がアタシだからよかったものの本物のショウ坊を攫ったら世界が滅ぶだけじゃ済まねえからな」



 ユフィーリアは苛立っていた。


 連れ攫われたのはショウの外見をしたユフィーリアだったからよかったものの、これが本物のショウだったら絶対に許さなかった。勢いで世界を終わらせてしまうかもしれない。

 ただ、アニスタ教が今後もショウを狙わないとは限らない。元の姿に戻った時を見計らって誘拐を企てることも予想できた。最悪の展開に至る前に、早めに潰しておいた方が身の為かもしれない。



「よしお前ら、アタシはこれからアニスタ教の本拠地をあれやこれやしてくるからグローリアたちに説明しておいてくれ。『攫われたのは問題児だから別に来なくてもいいぞ』ってな」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「気をつけてくれ、ユフィーリア」



 信頼における部下と最愛の嫁に送り出され、ユフィーリアは転移魔法を発動させる。


 アニスタ教の本拠地に関しては情報収集済みである。というのも、本拠地が公開されているのだからいつ潰すか秒読みといったところだったのだ。この機会を逃す訳にはいかない。

 指を弾くと同時に視界が切り替わり、荒れたエテルニタ教会から鬱蒼と木々が生い茂る森の中に移動する。花嫁衣装らしいドレスの裾を引きずり、真っ白な靴で土を踏み締めたユフィーリアの前には石造りの建物が鎮座していた。少しだけ視線を持ち上げると、青い空を貫かんばかりの石塔がそびえ立っている。建物がぐるりと石塔を取り囲んでいるようだ。


 ピタリと閉ざされた両開き式の扉には、槍と盾を装備した上半身裸の男の紋章が飾られている。あれがアニスタ教の崇拝している戦神アドニスを象徴しているのか。



「どうしたものかな、まずは正面突破できるかな」



 ユフィーリアは「あ、あー」と声の調子を確かめてから、正面玄関を軽く叩く。


 コンコン、という乾いた音が森の中に落ちると、扉が内側から開かれた。

 顔を覗かせたのは真っ白な祭服を身につけた女性である。ふわふわとした栗色の髪と琥珀色の瞳でユフィーリアを見上げ、頭のてっぺんから爪先まで観察したあとに「綺麗……」と呟いた。

 これは手応えありである。信者を装って宗教内に潜入し、内側から引っ掻き回すのは宗教を終わらせる際の常套手段だ。特に今のユフィーリアは、アニスタ教好みの可憐な美少年と認定されたショウの姿に変身しているので騙しやすい。


 ユフィーリアはショウの口調を思い出しつつ、努めて笑顔で応じる。



「突然のご訪問、大変申し訳ございません。ここはアニスタ教の総本山でしょうか?」


「え、ええ、そうです」


「よかった。森の中にあるので、少し迷ってしまいました」



 ユフィーリアはショウの声と言葉を借りて、



「実は俺、アニスタ教の考えに賛同しておりまして、信者になるべくここまで来ました。どうか俺も仲間に入れてもらえませんか?」


「ええ、ええ!! 喜んで!!」



 信者の女性は弾んだ声を上げる。よかった、簡単に騙されてくれた。


 女性はユフィーリアを建物内に招き入れる。正面玄関の扉を潜ると薄暗い廊下のような場所に通され、正面玄関の扉の反対側に同じような扉があった。天井は異様に高いので、おそらく真ん中に位置する石塔へ向かう為の廊下か何かだろう。

 その廊下の両脇に、小さな扉がひっそりと構えられていた。信者の女性は「さあ、入って」とその扉を開ける。薄暗い通路とは違い、扉の向こうは光で溢れていた。



「わあ、普通に建物みたいですね」


「ええ、そうなの。ここで新人の信者は修行をして、アニスタ教を世界に広めていくのよ」



 小さな扉を潜ると、その先に広がっていたのは光が溢れる廊下である。見た目はヴァラール魔法学院の内装を少しばかり質素にしたような雰囲気だが、廊下に面した窓から陽の光が差し込んで建物内に明るさを取り入れている。

 等間隔に並んだ扉から人の話し声が聞こえるので、新人の信者の教育中なのだろう。共同生活を送っているのか、リネン類を籠に詰め込んで慌ただしい足取りで部屋に駆け込んでいく信者や同年代らしい信者で歓談する姿まで見受けることが出来た。誰も彼も嫌々修行に取り組んでいる雰囲気はない。


 ユフィーリアを案内してくれた信者はポンと手を叩き、



「そうだわ、ここで待っていてちょうだい。信者の祭服を持ってくるわ」


「あ、はい。お手数をおかけします」



 信者の女性はユフィーリアに向けて笑いかけると、パタパタと足音を立てて走り去った。こうも上手く事が運ぶとは、さすが嫁の美貌は素晴らしい。


 祭服の到着を待つユフィーリアは、どこかでガタンという音を聞く。音の発生源は割と近い。音を立てるような信者はいないので、必然的に部屋から聞こえてきたものになる。

 周囲を見渡すと、目の前の扉からまたガタンという音が聞こえてきた。部屋で誰かが暴れているような音だ。それが立て続けに3度ほど聞こえてきたので、さらに怪しさは増す。


 ユフィーリアは眉根を寄せ、



「おいおい、まさか他に連れ攫われた奴がいるのか?」



 それはあり得る、何せアニスタ教は美少年の誘拐事件を過去に何度も引き起こしてきたのだ。世界中から集めた美少年が閉じ込められていることも考えられる。

 ユフィーリアは異音が聞こえてきた扉を開ける。ギィ、と蝶番が軋み、容易く扉は開いた。


 その隙間から、少年のものらしい声が漏れる。



「キエエエエエ!!」


「誰が着るかそんなものおおおおお!!」


「不細工になればええんか!? 不細工になればええんかぁ!?」



 扉を開けると、信者らしい男性たちが下着姿の少年3人を追いかけ回していた。


 信者の男性たちは白い布のようなものを持っている。よく見ればそれは花嫁が着る為のウェディングドレスだ。どれも可愛らしい意匠だが安っぽさが目立つ代物である。

 そして下着姿の少年3人だが、系統は違えど顔は整っていると言えよう。全体的に華奢で儚げな印象があり、肌の白い美少年だ。どこかで見覚えのある顔だと思えば、3人揃ってヴァラール魔法学院の生徒ではなかっただろうか。


 ユフィーリアが乱入したことで、ウェディングドレスを装備した信者と少年たちによる追いかけっこが中断した。誰もが注目する中で、ユフィーリアは一言だけ告げる。



「お邪魔しました」



 扉を閉じようとすると、追いかけ回されていた少年たちが「待ってえ!!」と叫んだ。



「問題児、助けて!! いや助けてください!!」


「ウェディングドレスなんて着たくないです!!」


「こいつら本当に気持ち悪いんですよ!!」


「いや面白そうなので放置します、似合うと思うよ」



 ユフィーリアが少年たちを見捨てるような発言をするが、信者たちの狙いはすでに少年たち3人からユフィーリアに移っていた。



「お美しい!!」


「貴方こそ花嫁に相応しい!!」


「理想の花嫁だ!!」


「お」



 信者は手放しでユフィーリアを褒めてくる。「理想の花嫁だ」「御髪おぐしが美しい」「顔立ちも人形のようだ」と熱烈な言葉を浴びせてくるものだから調子に乗ってしまう。

 髪を手で払えば信者たちが歓声を上げ、試しにウインクをしてみれば信者から拍手が送られる。まるで偶像になったような気分である。


 自慢げに胸を張るユフィーリアは、



「美しいだなんて当たり前だろ、この完全無欠で完璧な――」



 そこまで言って、ユフィーリアは自分の姿に気づく。


 現在、ユフィーリアはショウに変身をしている最中なのだ。その美貌は誘拐を企てられるほどであり、褒められているのはショウの容姿である。

 何故だろう、一気に嫌悪感が出てきた。最愛の嫁の容姿を安売りするのは旦那様としていただけない。



「何見てんだコラァ、ショウ坊の可愛さが半減するだろうが!!」



 ユフィーリアが指先を弾くと、真冬にも似た空気が部屋に流れ込んでくる。

 その空気に触れると、信者たちがまとめて氷漬けとなった。不格好な氷像としての最期を晒す羽目になった訳である。どうか冥府で嫁の実父に言い訳でもするといい。


 理不尽な物言いで信者を屠ったユフィーリアは、唖然と立ち尽くす少年たちに視線を向ける。



「連れ攫われたのはお前らだけか? 他には?」


「え、あ」



 少年のうちの1人がユフィーリアを指差し、



「も、もしかして問題児は問題児でも、問題児筆頭か?」


「おう、そうだよ。諸事情あって今は嫁の姿をしてるけど」



 ユフィーリアは3人を部屋の奥に押し込み、



「ほれ、ここは大人に任せてお前らはとっとと着替えて逃げろ」


「そ、それが……」



 少年たちは泣きそうになりながら口を開く。



「実は、制服が爆破されて……粉微塵に弾け飛んで……」


「それで、あの、着替えるものもないと言うか……」


「本当、申し訳ないです……」


「…………」



 何と言うことをしてくれやがったのでしょう。


 ユフィーリアは天井を振り仰ぐ。

 ヴァラール魔法学院の学生服は魔法に対する耐久が高く、閲覧魔法による個人情報の漏洩もきちんと対策済みだ。その為、意外とお値段が高い訳である。制服だって無料ではないのに、アニスタ教の信者どもは少年たちを裸にひん剥く為に制服を爆破する根性は凄いものだ。褒められたものではないが。


 とうとう涙まで出始めた少年たちに「泣くんじゃねえ!!」と一喝したユフィーリアは、



「制服は直してやるし、学院まで転移魔法を使ってやるから泣くんじゃねえよ!!」


「うう、姉御……」


「命の恩人だぁ……」


「一生ついていきます……」


「ついてくるな、お前らはお前らの道を貫け!! 問題児になるんじゃねえぞ!! 親御さんが泣くからな!!」



 トチ狂ったことを言い出す少年たちを叱りつけ、ユフィーリアは彼らが身につけていた制服を魔法で直してやるのだった。

《登場人物》


【グローリア】攫われた生徒は脱出したようでよかった。問題児も子供や年下が危ない目に遭っている時は真面目になるよね。

【スカイ】悪どい顔のショウを眺めて血筋を感じた。

【ルージュ】あの朴念仁と似ているんですの。

【キクガ】ショウを演じることが出来たユフィーリアに感動。息子のことをよく見ているな。

【八雲夕凪】あまり出番がないのぅ。

【リリアンティア】ショウ様が母様のように振る舞われているので頭がまだ混乱している。


【ユフィーリア】現在はショウに変身中。天才的な魔法の才能を有する魔女で問題児筆頭。猫を被るのはやろうと思えば出来る。子供や生徒が自分たちのように問題児になるのはいただけない。

【エドワード】上司が子供に懐かれるのは知っているのだが、問題児にはなってほしくないと言うのであれば何故に自分は巻き込まれたのか。

【ハルア】ユーリって他の人にはまともなのに、何でかオレやエドは巻き込むよね。

【アイゼルネ】エドワードやハルアは進んで問題行動に巻き込むのに、割と安全地帯でショウと一緒に疎外感を食らう。大事にされてるのよ。

【ショウ】現在、外面はユフィーリア。ハルアと一緒なら進んで問題行動を起こす。

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[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「ショウちゃんなんかあまりの怖さに泣いちゃってたんだからネ♪ この状況で本当のことを話したらお説教どころ…
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