第4話【学院長と語られる真実】
ボロボロと涙を流すユフィーリアの姿をした誰かは、悲痛な声で訴える。
「俺は、俺、ユフィーリアじゃないんです、ユフィーリアじゃないんです……!!」
まるで子供のように泣きじゃくるユフィーリアを、ハルアが優しく抱きしめる。後頭部を優しく撫でられて、ユフィーリアは嗚咽を漏らしながらハルアにしがみついていた。
もう何が何だか状況が読めない。唖然とするグローリアたちに、どうやら事情を知っているだろう問題児が互いの顔を見合わせていた。これ以上は隠すことなど出来ないと判断したのか、ハルアが代表で口を開いた。
彼の声に乗せられた言葉は、とんでもねー真実をなぞった。
「あのね、ショウちゃんなの」
「え?」
「こっちがショウちゃん。ユーリの見た目をしているけど、本当はショウちゃんなの」
グローリアたち七魔法王の視線が、ハルアに縋り付いて泣きじゃくるユフィーリアに移動する。
普段から大胆不敵で立場が上だろうが何だろうが平気でタメ口を利き、あまつさえ暴力行為に出るようなガサツ極まる見た目だけなら可憐な魔女がその可憐さをそのまま本領発揮しているのだ。深窓の令嬢よろしく楚々とした態度と誰にも絶対に見せない号泣する姿は、いつものユフィーリア・エイクトベルという魔女を知っているなら想像できない。
だが、中身が違うというのであれば話が変わってくる。調子が悪かった訳ではなくて、最初から中身が違っていれば普段のように問題行動はしないし最愛の嫁を助けようと躍起にならない。
ハルアの足りなさすぎる説明を補足するように、エドワードが口を開く。
「『真似飴』って知ってるぅ? 飴を舐めながら握手をした人間に変身するっていうジョークグッズなんだけどぉ」
「あ、うん、知ってるよ。本物の変身魔法と比べると精度が落ちるけれど、それなりに寄せた姿に変身できるってあれだよね」
グローリアはかろうじて頷いた。
真似飴とは、その飴を舐めながら握手をした人間に変身できるというジョークグッズだ。変身魔法と真似飴の使用者を見分ける方法は、その変身した姿の精度による。
変身魔法を使うと使用者の腕前によって精度に偏りが見受けられ、雑な姿に変身することもあれば本物と見紛うほど精度の高い変身を披露する人物もいる。アイゼルネは自我の希薄化という欠点が伴うものの、その変身魔法の腕前は誰にも真似できない最高精度を誇る。
一方で真似飴は、いわゆるジョークグッズなので変身魔法よりも効果は短い。その代わりにある程度まで変身した姿を寄せてくれるので、遊びに使う分には最適とされている。顔と声は似ているものの「よく見たら違うな?」という程度の変身となるので、変身魔法が下手な生徒なんかも練習の際に利用したりするものだ。
持続時間は最長でも丸1日が経過すれば自動的に解除される仕組みとなっており、もし早めの解除を望むのであれば真似飴の袋に記載された『解除方法』を実践する他にない。ジョークグッズなのに意外と効果が持続してくれるのがお得である。
つまり、ショウは真似飴を使ってユフィーリアに変身したという訳か。何故そんなことをしたのか理由が不明である。
「え、つまり攫われたのは」
「ショウちゃんの皮を被ったユーリだねぇ」
グローリアは眩暈を覚えた。これは絶対に十中八九、あの問題児筆頭が関わっているのではないか。
「何でそんなことしたの? 僕たちが慌てふためく様を見て陰で笑い者にしてたってこと?」
「そんな訳なくない? やるならもっと笑えるネタでやるよぉ」
「これには海よりも深い事情がありまして!!」
「怒らないでほしいワ♪」
「みぃ……」
「ショウちゃんも泣かないのぉ、大丈夫だからぁ」
さらにシクシクと泣き始めてしまったユフィーリア(の皮を被ったショウ)を慰めるエドワード。ここまでの反応を見ると、確かに事情がありそうだ。
「えーとねぇ、事情を説明すると長いようで短いんだけどぉ」
そんな言葉で話が切り出され、エドワードの事情説明が始まった。
ほわんほわんもんだいじ〜。(回想に入る音)
☆
事の発端はショウがユフィーリアのことをお姫様抱っこしたいと申し出たことから始まった。
「よし、じゃあ持ち上げてみろ」
「え?」
「予行演習だよ、ショウ坊。ほら持ち上げてみな?」
ユフィーリアは両腕を広げてショウに言う。
もちろん、お姫様抱っこをさせる為である。ショウは「お姫様抱っこに挑戦したい」と言っていたが、本番でいきなりお姫様抱っこなんてして転倒なんていう無様な未来だけは回避しなければならない。
だからこその予行演習だ。予行演習で問題なく持ち上げられることが出来ればユフィーリアも安心してショウに身を任せられるし、もし不可能であれば対策を考えなければならない。
ショウは視線を彷徨わせたが、覚悟を決めたように「失礼します」とユフィーリアを抱き寄せる。
「…………ッ!!」
「しょーうぼーう」
「ちょッ……何も言わないでくれユフィーリア……!!」
「まだ何も言ってねえんだわ」
まず抱き上げる時点で無理だった。必死にショウもユフィーリアを持ち上げようとしているのだが、持ち上げることが出来ない。細い腕はぷるぷると震え、頬を真っ赤にしてもなおショウはユフィーリアを抱き上げることは叶わなかった。
よく考えてほしい。
ユフィーリアは華奢なように見えて、実は女性から見れば鍛えられている方である。さらに胸元を押し上げる豊かな双丘という余計な贅肉があるせいで体重も倍増していた。結果的に見れば、ショウよりも体重はある。
そんな訳で、ユフィーリアは最初から分かりきっている結果だったが、嫁の意思を尊重する為に許可を出したのだ。
「ユフィーリア、見た目は軽そうなのに……!!」
「ごめんな、おっぱいが大きくて」
「そんなところも素敵だけれども!!」
膝をついて己の力のなさを恨むショウは、小声で「ちくしょう」と呻く。可哀想だが、これが現実だ。
「あー、もしよかったら浮遊魔法を使えば」
「それは何だか負けた気がするんだ、ユフィーリア」
「いやでも、ショウ坊。よく考えてくれ、持ち上がらない時点でお姫様抱っこも出来やしないんだよ」
「大丈夫、俺はやれば出来る子だから」
「何で今日はそんなに頑固なの?」
本日はどうにも諦めの悪い嫁に、ユフィーリアは天井を振り仰いだ。持ち上げられないなら浮遊魔法で誤魔化そうと思ったのに、どうやらそれはショウにとって「何か負けた気がする」らしい。
いや、その気持ちは分からないでもない。大好きな異性だったら何が何でも自力で持ち上げたい気持ちはあるだろうが、それにしたって限度はある。今の状態では無理なのだ、ショウがユフィーリアをお姫様抱っこをするなんて。
すると、
「どうしたのぉ?」
「ショウちゃんがいきなり飛び出して行ったよ!?」
「何かあったのかしラ♪」
男性用更衣室からエドワードとハルア、女性用更衣室からアイゼルネがそれぞれ顔を覗かせる。どうやら着替えと化粧まで終わっていたようで、アイゼルネはともかくとしてエドワードとハルアの花嫁姿はゲテモノのようであった。この世の地獄か。
「うわ地獄絵図」
「ちょっと顔がいいからって調子に乗ってんじゃないよぉ」
「何でだよ!?」
素直な感想を告げたところ、エドワードから拳で脅される羽目になったユフィーリアは「ごめんって」と軽い調子で謝罪しておいた。せっかくのウエディングアート体験で顔が埋没した状態で撮影をしたくない。
ガックリと項垂れるショウを元気付けていたのは、先輩用務員のハルアだ。しかも小声で「ダメだった?」「ダメだった……」と会話を交わしているところを見ると、どうやらハルアがショウにお姫様抱っこを提案したようだ。
落ち込む後輩の肩を叩いたハルアは、
「そうだ、ショウちゃん!! オレはいいことを閃いたよ!!」
「今すぐ俺に筋肉をくれる方法か?」
「ショウちゃん、現実を見ようか。それで筋肉ムキムキになれば、オレは身長が伸びるはずなんだよ」
トチ狂ったことを言い出す後輩をやんわりと叱責し、ハルアは「待ってて!!」と更衣室に駆け込んだ。
ややあって、更衣室から飛び出してきたハルアが握っていたのは飴の袋である。やたらカラフルな飴玉が個包装の状態で詰め込まれており、いくらか食べた痕跡が見受けられる。
透明な袋に貼られたラベルには『真似飴』とあった。飴を食べた状態で握手をすると、握手した人間に変身できるというジョークグッズだ。その変身の精度も「大まかなところと声は似ているけれど、よく見ると別人だよな」という程度になるのでジョークグッズと呼ばれる所以である。
ハルアは真似飴の袋を掲げ、
「ショウちゃんがユーリに変身しよう!!」
「え?」
首を傾げるショウだが、ユフィーリアはハルアの言わんとしていることを分かってしまった。なるほど、それなら見た目だけなら誤魔化せる。
「アタシがショウ坊に変身して、お姫様抱っこをすりゃいいのか」
「あー、それはいい案だねぇ。写真を撮るだけだしぃ」
「それは素敵な提案だワ♪」
ハルアの提案にエドワード、アイゼルネも賛同するが、肝心のショウだけは納得している様子がなかった。
「それは格好が違うだけで、いつもと同じではないか?」
「ショウちゃん、筋肉は1日で成らずって言うでしょ。今の状態でユーリをお姫様抱っこなんて無理です」
「むう……」
信頼している先輩から厳しく一蹴され、ショウは唇を尖らせて口を噤んだ。
だが、お姫様抱っこを実現させるにはこれが最適だ。見た目だけなら誤魔化せるので、写真上ではショウがユフィーリアをお姫様抱っこしたように撮影できるはずだ。変身の精度も少しばかり距離を置くので、本人がお姫様抱っこをしている風に見えるだろう。
その事実をショウも分かっているようで、不承不承と言うように頷いていた。何も今すぐ実現しなくてはいけない代物ではないのだ。
ユフィーリアはショウの肩を叩き、
「本番までには間に合わせてくれよ」
「……本番では、必ず成功してみせる」
「おう、期待してる」
ユフィーリアはハルアから真似飴を受け取る。透明な包み紙を破ってカラフルな飴玉を口に放り入れると、砂糖の甘さが口いっぱいに広がった。
同じく、ショウもハルアから真似飴を受け取っていた。紫色の飴玉を口の中に放り入れると、ユフィーリアに右手を突き出してくる。真似飴での変身に必要な行為だ。
突き出された最愛の嫁の右手を掴んだユフィーリアは、
「じゃあ変身したら化粧のし直しだな」
「ああ。自分の姿だからって落とさないでくれ、ユフィーリア」
「ショウ坊こそ、自分にお姫様抱っこされたからって暴れないでくれよ」
そんな軽口の応酬を交わすと同時に、ユフィーリアはショウの姿に、ショウはユフィーリアの姿へそれぞれ変身を遂げるのだった。
――これが、真相である。
《登場人物》
【グローリア】あんまりにも疲れた時、ユフィーリアに真似飴を無理やり食わせて自分に変身させて授業に立たせたことがある。普通に自習を言い渡されて逃げられた。
【スカイ】真似飴でハルアとショウから自分に変身され、姿勢がいい状態のまま校舎内を歩き回られたのでしばらくグローリアから「姿勢が悪いね」と小言を言われた。
【ルージュ】興味本位で真似飴を使用してアイゼルネに変身してからエドワードに近づいたら、秒でバレた。
【キクガ】世の中には面白いものが多いなと思うと同時に、ユフィーリアがもし息子だったら相当怖い姿を見せたのでは……?
【八雲夕凪】真似飴など使わなくても変化の術でどうにか出来るが、本性に戻る以外は全てにおいて狐の耳が出てくる。
【リリアンティア】この前、用務員室を訪れたらユフィーリアが2人いたことを思い出した。(その時は真似飴で変身したエドワードが原因)
【ユフィーリア】お姫様抱っこと聞いて不安を覚えたので、ちょっと挑戦させてみたら案の定。見た目だけ誤魔化すなら自分がショウに変身した方がいいと判断し、真似飴を使用する。
【エドワード】ショウとハルアの筋トレコーチ。ショウの細マッチョ化計画はまだまだ遠い。
【ハルア】意外と厳しいことを言う先輩。後輩には現実を見せてあげる。
【アイゼルネ】変身した2人の化粧などを担当した。オドオドした調子のユフィーリア(中身はショウ)が珍しくて楽しい。
【ショウ】大好きな人に変身したので、鏡を見るたびにドキドキ。