第2話【異世界少年と七魔法王】
「やっべえ遅刻!!」
絶望に満ちた悲鳴を上げたユフィーリアが愛用の煙管を振ると、一瞬にしてその姿が掻き消える。
おそらく転移魔法を発動させたのだろう。遅刻しそうになっても魔法があれば目的地に一瞬で到着できるとは、本当にこの世界には便利な技術があるものだ。
ショウが元の世界にいたら1番覚えたい魔法かもしれない。転移魔法があれば叔父夫婦に暴力を振るわれる瞬間から逃げ出せるし、彼らが到達できない場所まで瞬時に避難できる。
まあ今では神造兵器という心強い味方が出来た。拳を振り上げる叔父夫婦を見たら、真っ先に顔面へ火の矢をお見舞いしてやるのだ。
「それにしても、ユフィーリアは用務員なのに会議へ出席しなければならないのだな。主任だからか?」
「創設者会議ヨ♪」
「創設者会議?」
アイゼルネから聞いたことのない単語を耳にし、ショウは首を傾げる。
「ユーリはヴァラール魔法学院の創立に関わった古い魔女様だからねぇ。普通の職員会議には呼ばれないんだけどぉ、ああやって創設者会議には参加させられるんだよねぇ」
女体化したことで野生的な美女と化したエドワードが、笑いながら軽い口調で言う。
なるほど、それなら納得だ。彼女ほど優秀で博識な魔女が、人間と同じような年齢で収まる器ではないのだ。
名門魔法学校の創立に一役買っているのは至極当然と言えよう。普段の問題行動に目を瞑れば、ユフィーリア・エイクトベルは博識で魔法に関する実力も併せ持つ天才だ。学院の創立に関する知恵も借りたくなる。
すると、用務員室の扉が唐突に叩かれた。
「はい」
ショウが代わりに用務員室の扉を開けると、そこには誰もいなかった。
視線を少しだけ下にやれば、何か黒いものが2本の足で立っている。色鮮やかな黄色の双眸でショウを見上げて、肉球柄の万年筆と伝票と思しき羊皮紙を掲げていた。
2本に分かれた尻尾をゆらゆらと揺らすその正体は、購買部の店主である黒猫店長だ。猫妖精だからわざわざ用務員室まで配達してくれるとは、ご苦労なことである。
黒猫店長は「お届け物ですニャ」と言い、
「主任様はいらっしゃいますかニャ?」
「今は会議に出席していて留守です」
「そう言えば、今日は創設者会議でしたニャ」
黒猫店長に羊皮紙を差し出され、空欄に署名を求められる。同じく差し出された万年筆で羊皮紙の空欄に自分の名前を書き込むと、黒猫店長は慣れた手つきで回収した。
荷物は黒猫店長がわざわざ台車で運んできたらしい。黒猫店長に合わせて誂えられたらしい小さめの台車に乗せられて運ばれてきたのは、一抱えほどもある紙製の箱だった。箱の表面にはユフィーリアの名前が記載された伝票が貼り付けられている。
黒猫店長は「では失礼いたしましたのニャ」と言って、台車を引き摺りながら用務員室をあとにした。最後まで可愛かった。
「ユフィーリアはまた何かを頼んだのだろうか?」
「『アタシ宛の荷物は開封して机の上に乗せとけ』ってユーリに言われてるからそうしまショ♪」
意外と開封作業を面倒臭がって山積みにしてしまうユフィーリアなので、代わりにショウとアイゼルネで紙製の箱を開封する。彼女が購買部に注文するのは、せいぜい下着類か魔導書の類だろう。
下着類だと台車に乗せるほどの大きさにはならないので、おそらく魔導書の類で間違いない。箱を開ければ隙間なく本の背表紙が並んでいた。
箱の中に注文票もあり、箱の中身と注文票が一致するか確認する。
「えーと『扉式転移魔法のやり方、徹底解説』」
「あるワ♪」
「『魔法動物辞典〜小動物編〜』」
「あるわヨ♪」
「『水魔法の応用技〜これで掃除も便利に〜』」
「こっちネ♪」
伝票を順番に読み上げていくショウに応じて、アイゼルネが箱から魔導書を出していく。どれもこれも分厚い魔導書ばかりで、用務員室の本棚には入らない。先日設けた書斎の方に置くのだろうか。
「最後です。『七魔法王伝説』」
「あら懐かしいワ♪」
アイゼルネが最後に取り出したものは、魔導書ではなかった。
大人が読むにはあまりにも薄い書籍――絵本である。表紙に描かれたのは6人の魔女・魔法使いの絵だが、題名にはしっかりと『七魔法王』という7の文字が使われている。
アイゼルネは「子供の頃に読んだのヨ♪」と笑い、
「世界を形作り、今でも強い影響力を持つ7人の魔女・魔法使い様ヨ♪」
「でも絵本の表紙には6人しかいませんが」
「本当は7人なのヨ♪ 7番目の人だけは一切の情報がないから、何をやったのかもみんな知らないのよネ♪」
ユフィーリアが注文した魔導書の山に絵本を積み重ね、アイゼルネは代わりに用務員室の本棚から1冊の書籍を引き抜く。
何度も読み込まれた影響か、背表紙はボロボロだし頁は黄ばみが目立った。題名を確認すると『七魔法王とは?〜第一席から第七席まで徹底解説〜』」とあった。
書籍を受け取ったショウは、
「これを読んだ方がいいんですか?」
「興味はないかしラ♪」
「いえ、ありますが」
七魔法王に対する興味は尽きないのだが、どうしても絵本の内容が気になってしまう。いや、あれはユフィーリアが注文したものなので勝手に読むのは気が引けるのだが。
「ショウちゃんならその本が合っているワ♪」
南瓜のハリボテ越しに微笑むアイゼルネは、
「お茶を淹れてあげるから、ショウちゃんは遠慮なく読書をしててちょうだイ♪」
「……分かりました、ありがとうございます」
ショウはボロボロになった本を抱えて、用務員室の隅に置かれた長椅子に腰を下ろす。
ユフィーリアが何度も読み込んだのか不明だが、表紙が本体から今にも千切れてしまいそうなほどボロボロだ。発行年数が表紙を開いた瞬間に出てきて、今から数えると大体800年ぐらい前の本になる。
ハルアも内容に興味があるようで、ショウの隣にドスンと腰掛けてきた。「一緒に読も!!」と言ってきたので、首肯で応じる。
(七魔法王……一体どんな人たちなのだろうか)
期待に胸を膨らませながら、ショウは頁を開いた。
☆
『世界創造の根幹となる7人の魔女・魔法使い――偉大なる彼らを七魔法王と呼称する。
世界を形作ったとされる七魔法王は現在でも世界に対する絶対的な発言力と権力を有し、魔女・魔法使いから神々よりも崇拝される存在である』
『七魔法王の役割は次の通りである。
第一席【世界創生】は世界を作り出した始まりを司る魔法使い。
第二席【世界監視】は第一席が作り出した世界が正常に動くことを監視する魔法使い。
第三席【世界法律】は第一席が作り出した世界に、秩序を齎す為の規律を制定する魔女。
第四席【世界抑止】は第三席が敷いた規律に異議を唱える暴徒を抑え込む魔法使い。
第五席【世界防衛】は第一席が作り出した世界を、未曾有の危機から防衛する役割を担う魔法使い。
第六席【世界治癒】は第一席が作り出した世界が深く損傷した場合、それを治癒する役目を負う魔女。
最後の第七席【世界終焉】は、規律に異議を唱える暴徒で溢れ、世界の損傷が深すぎて手に負えないと他の七魔法王が判断した場合、第一席が作り出した世界に終わりを与える無貌の死神である』
黄ばんだ頁には七魔法王の役割が簡潔に記されており、その詳細については他の頁に記されているようだ。
目次を参照にして第一席【世界創生】から詳細を読み込んでいくが、他の七魔法王はどんな魔女や魔法使いであり、その性格や嗜好など実際に本人から聞いたのかとばかりに記載がある。
なのに、最後の第七席【世界終焉】だけは記述がほとんどない。黄ばんだ頁に並んだ文章は、ひどく曖昧だ。
『第七席【世界終焉】はあらゆる情報が欠落している。かろうじて得た情報のみを、ここに記しておく。
喪失された未来を表現するかの如き黒衣に全身を包み、頭巾を被っているので顔の判別すら不可能。世界のみならず人間・文明・国・歴史など万物に等しく終わりという「死」を与える存在であることから、無貌の死神と恐れられる。
他の七魔法王でも死神相手では敵わず、第七席は実質、最強とも呼べる存在である。誰も無貌の死神が相手では敵わない。
唯一、その頭巾から垣間見えたのは。
――極光色の輝きのみ』
肝心の第七席【世界終焉】の説明文は、そんな詩的な終わり方をしていた。これでいいのか、と本当に思ってしまう。
無貌の死神――顔のない死神。
世界のみならず、人間や文明などに『終わり』という名の死を与える存在だから死神と表現されていた。無貌ということは、顔がないという意味で合っているだろうか。
文章が少しばかり難しすぎたのか、ハルアは疑問に満ちた表情のまま首を捻っていた。
「何か文章がいっぱいあって分かんね!!」
「ハルさんには少し厳しすぎたか」
「ショウちゃんは分かった!?」
「まあ……何となくは」
七魔法王はこの世界の神様よりも全人類から等しく崇拝されているにも関わらず、7番目に値する第七席【世界終焉】だけはあらゆる情報が欠落している。
誰も彼もが褒められるような役割を請け負っているのに、第七席【世界終焉】は人類から嫌われるような重たい役割を押し付けられていた。世界を終わらせるなんて、そんなの1人で背追い込むなんて酷すぎる。
ショウは他の七魔法王よりも、第七席【世界終焉】のことが気になった。
何故【世界終焉】だけ、記述が少ないのだろうか。意図的に文章を書かなかったのか、それとも本気で第七席【世界終焉】が表に出るような存在ではないからか。
正体を露わにせず、世界の終わりを今か今かと待ち続ける無貌の死神。どれほど人類が世界の終わりに抗おうとも、七魔法王が手に負えないと判断するほどの事件が起これば【世界終焉】の出番だ。
それは、何というか――とても格好いい存在ではないか?
「俺にも厨二病的なアレはあったのか……」
「チューニビョー!? ショウちゃん病気なの!?」
「いや病気ではないのだが」
ハルアに全力で心配されるショウは、
「ハルさんは第七席のことをどう思う?」
「どれ!?」
「【世界終焉】だ」
「あ、それね!! カッケェよね!!」
女体化した影響でどこか女性的な顔立ちとはなったものの、ニカッと快活な笑みはハルアらしくあった。
「死神って表現が好き!!」
「俺もだ。最終兵器みたいな感じで格好いい」
「めっちゃ強いんだって!!」
「どれほど強いのか気になるな」
それからショウとハルアは、アイゼルネがお茶を淹れてくれるまで第七席【世界終焉】についての話題に花を咲かせるのだった。
博識なユフィーリアは、果たして第七席【世界終焉】について何か知っているだろうか?
もし知っているのならば、会議が終わってから教えてもらおう。きっと本に記載されている内容よりも詳しいはずだ。
《登場人物》
【ショウ】厨二病的なアレの再発を確認した少年。第七席の無貌の死神という表現が格好いい。
【ハルア】頼れる先輩。話が難しくてわからないので、このあと絵本を読んでもらった。
【アイゼルネ】七魔法王伝説の本は擦り切れるまで読んだことがあるので内容を覚えている。このあとハルアの為に絵本を読んだ。
【エドワード】七魔法王のことは知ってるし、何ならユフィーリアに教えてもらった。でも絵本は読んだことないのでアイゼルネの読み聞かせを大人しく聞いてた。
【ユフィーリア】現在、会議に出席中の魔女。