第10話【問題用務員と連れ攫われた花嫁】
続いては花嫁衣装での撮影である。
「これ本当に似合ってるか?」
「似合ってるわヨ♪」
鏡に映る自分の格好を眺めるユフィーリアは、アイゼルネにキッパリと断言されて「そうかぁ」と応じる。
ユフィーリアの格好は純白のウェディングドレスに着替えられていた。前後でスカートの長さが違い、ふわふわひらひらとした見た目は優雅な尾鰭を海中に漂わせる魚のようである。頭部を覆う薄布には青色の薔薇があしらわれており、どこか幻想的な美しさがあった。
一方でアイゼルネは細身のスカートが特徴的なウェディングドレス姿である。足元の部分だけ広がった独特な形のスカートはまるで人魚のような見た目をしていた。女性でも背の高いアイゼルネだからこそ似合うドレスである。
化粧道具を片付けるアイゼルネは、
「おねーさんがユーリに似合わないものを選ぶ訳がないワ♪」
「さすがお洒落番長」
ユフィーリアは堂々と放漫な胸を張るアイゼルネに苦笑する。さすが問題児のお洒落番長、かなりの自信があるようだ。
アイゼルネは、次に自分の化粧をし始めた。タキシードを身につけた際はそれに合わせた化粧を施していたが、やはりドレスに合わせて化粧も直すようである。これは少しばかり時間がかかりそうである。
手持ち無沙汰になってしまったユフィーリアが更衣室に視線を巡らせると、クイとドレスの裾が引かれた。まさか裾でも踏んだかと視線を下にやると炎腕がユフィーリアのドレスを引っ張っていた。
炎腕はユフィーリアの視線に気づくと、更衣室の扉を指差す。「外に出ろ」と告げているようだ。
「ショウ坊でもいるのか?」
ユフィーリアは首を傾げ、更衣室の扉を僅かに開けて顔を覗かせる。
扉の影にひっそりと立ち、更衣室の様子を覗かないように配慮された位置に立っていたのはドレス姿のショウである。ふわっと膨らんだスカートが人形のように愛らしく、肌が露出する鎖骨の部分や華奢な両肩などはレース細工によって覆い隠された非常に繊細で花嫁らしい衣装だった。
真っ赤な薔薇を飾った薄布まで装備して準備万端なショウは、ユフィーリアの存在に気づくなり「ぴゃあッ」と奇声を発する。何故か顔を真っ赤にして白い長手袋を嵌めた手で顔を覆い隠していた。
「どうした、ショウ坊」
「あ、あう……」
どこか恥ずかしそうに顔を赤らめるショウは、
「ユフィーリア、その、綺麗だ」
「おう、ありがとうよ。ショウ坊も綺麗だな、今にも膝から崩れ落ちて叫びたいぐらい」
「ちょっと叫ばないでもらえると嬉しいかな……」
苦笑するショウは居住まいを正すと、ユフィーリアを真っ直ぐに見据える。
「ユフィーリア、その、折り入って頼みがあるんだ」
「うん、どうした?」
「お姫様抱っこをさせてほしいんだ」
「……うん?」
ユフィーリアは瞳を瞬かせる。
お姫様抱っこを『してほしい』というお願いではなく、まさかの『させてほしい』ときたものである。普段は立場が逆だが、ショウも男の子なのでお姫様抱っこをする側に憧れでもあるのか。
ショウは力瘤を作ると、
「エドさんとハルさんとも一緒に頑張って鍛えているから、その、挑戦させてほしいんだ。ダメだろうか?」
「いいよ」
ユフィーリアはあっさりと肯定する。
多少の恥ずかしさはあるが、嫁の要求を受け入れてあげずに何が旦那様だろうか。彼の勇気ある行動は称賛されて然るべきである。
お姫様抱っこが許されたからか、ショウは明るい表情を見せた。心の底から嬉しそうである。
そんな彼の頬を撫でたユフィーリアは、
「せいぜい落としてくれるなよ、王子様」
「ああ、任せてくれ。俺のお姫様」
ちょっと照れ臭そうにしながらも、ショウは力いっぱい頷くのだった。
☆
そんな訳で、撮影である。
「ゲテモノばっかりか」
「何よぉ、こっちの方が似合うでしょぉ」
ユフィーリアの言葉に、エドワードはどこか自信ありげに言う。
ご自慢の筋肉を純白のウェディングドレスへパンパンに詰め込んだその姿は、何だか悪夢に出てきそうな花嫁である。可愛らしく頭にも赤い薔薇を咲かせており、立派な胸筋が窮屈そうに白いドレスへ収まっていた。ドレスの方はありきたりな意匠なのだが、着ている人間が特殊な状況なので奇抜以外の何者でもない。
タキシードと同じくギッチギチに筋肉が詰め込まれているが、こちらの方がまだ息苦しさはないのか表情も晴れやかだ。ただ、桃色の花が中心となった花束が棍棒のように見えてきたが。
地獄のような花嫁衣装姿を披露するエドワードは、
「首の詰まるような衣装じゃないから楽だねぇ」
「悪夢に見そう」
「ユーリは馬子にも衣装ってアレじゃんねぇ」
「何だとこの野郎、普通に褒めろよ絶世の美女のご降臨だぞ」
ユフィーリアは軽くエドワードを蹴飛ばす。蹴飛ばされてもエドワードは痛がる素振りを見せなかった。
「ユーリとアイゼ、綺麗だよ!!」
「あら、嬉しいワ♪」
「お、ハルはちゃんと女の子を褒めることを覚えたな。偉い偉い」
エドワードとは対照的に普通に褒めてきたハルアは、ユフィーリアとアイゼルネから頭を撫でられていた。
ちなみに彼が身につけているのもやはりウェディングドレスであり、短めのスカートがふんわりと膨らんだ可愛らしい意匠となっている。丸みを帯びた形のスカートから伸びる彼の両足は、細くもあるがしっかり筋肉のついた男らしいものだった。真っ白な長靴下で覆われているものの、浮き彫りになった筋肉は隠せていない。
こちらもまあ、地獄のような様相ではあるものの、若さでどうにか出来ているのでエドワードより失敗具合は小さめである。やはり年齢って大切なんだと実感した。
そして最後に、
「あの、お待たせしました……」
更衣室からひょこひょこと姿を見せたショウは、少し恥ずかしそうに「どうですか?」とドレスを見せる。
肌の露出部分は繊細なレース細工で覆われており、華奢な体躯を強調する純白の花嫁衣装は可憐の一言に尽きた。この世にとんでもなく綺麗な花嫁さんが爆誕してしまった。
薄く化粧もしてあるのか、艶やかな桜色の唇と色づいた頬の血色がドレスの色味とよく似合う。瞬きだけで旋風でも起こせそうな長い睫毛にもキラキラとした銀色の粉が乗せられており、彼自身の赤い瞳の美しさをより強調させる。
着替えている様を見ていた野郎どもは「綺麗だねぇ」「お洒落したね!!」などと評価していたが、ドレス姿を初めて見る女性陣――特にユフィーリアはそれどころではなかった。
「結婚してください!?」
「えぁ、え、あと3年待ってほしいのだが!?」
「ちくしょう!!」
思わず最愛の嫁の前に跪き、大公開プロポーズをするユフィーリアにショウが容赦なく現実を突きつけてきた。そうだった、彼と本当の意味で夫婦となるには18歳まで待たなければならないのだ。
事実を知って、ユフィーリアは本気で悔しがった。3年はあっという間に見えて意外と長い年月である。魔法でどうにかしてやろうか。
すると、
「お待たせしました。撮影準備が出来たので、移動をお願いします」
「わ、分かりました」
「はぁい」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「おう分かった」
係員のお姉さんに促され、問題児はドレス姿のままゾロゾロと移動する。
用意されていたのは、新郎の衣装で撮影した際に見かけた薔薇のアーチである。先程の撮影時にユフィーリアたちが吹き飛ばした釦は片付けられ、撮影者である係員のお兄さんも額に包帯を巻いて復活を果たしていた。
薔薇のアーチの下に集まり、撮影の体勢をどうするかと確認する問題児。エドワード、ハルア、アイゼルネは適当にポーズを決めるつもりだったようだが、ユフィーリアとショウだけは違っていた。
「ユフィーリア、失礼するぞ」
「お」
ショウがユフィーリアをヒョイと抱き上げ、華麗にお姫様抱っこをしてみせたのだ。華奢な両腕からでは考えられないほど軽々しく、それでいて安定感はある。
落ちないようにとユフィーリアはショウの首に手を回すも、すぐ近くに迫った最愛のお嫁さんの綺麗な顔立ちにドキリと心臓が高鳴る。ツンと高い鼻筋と薄い桜色の唇、細い顎の線と顔立ちそのものは少女めいてはいるが、ドレスに隠された彼の体躯はちゃんとしっかりしている。
ドレス越しに感じる男の子の身体に緊張するユフィーリアへ、ショウが夕焼け空を溶かし込んだかのような視線をやる。それから恥ずかしそうに笑み、
「あの、あんまり見られると恥ずかしいのだが……」
「穴が開くほど見てやる」
「止めてほしい」
ショウも緊張しているのか、ユフィーリアから視線を逸らす。平気そうには見えているものの、彼もまたユフィーリアをお姫様抱っこしているから緊張気味の様子だ。
係員のお兄さんが「撮りますよ」と声をかけてくれる。「3、2」と数えられていくうちに、ユフィーリアはふとした悪戯を思いついてしまった。
どうせなら少しだけ照れさせてやろう。お姫様抱っこで撮影するのだから、せめてそれぐらいの意趣返し的なものはあってもいいはずだ。
「1!!」
転写機で撮影される寸前、ユフィーリアはグッと上体を起こしてショウの頬に唇を触れさせた。
ショウの真っ赤な瞳が驚きで見開かれたのも束の間、すぐに白い光が弾けて今の様子が撮影される。み゛ぃーという音と共に写真が吐き出されて、係員のお兄さんが笑顔でユフィーリアに出来上がったばかりの写真を差し出してきた。
写真に映っていたのは、頬にキスをされて驚くショウのちょっと間抜けな表情と、ユフィーリアの悪戯に驚くエドワード、ハルア、アイゼルネの3人だ。ユフィーリアは最愛のお嫁さんの頬にキスをしているので転写機に視線は投げていないが、狙い通りの写真が撮れた。
悪戯めいた笑みを見せたユフィーリアは、
「あんまり格好いいことするからこうなるんだよ」
「ゆ、ユフィーリア……」
キスをされた頬を押さえて、ショウは顔を赤らめる。その赤い瞳を潤ませた表情がまた可愛らしい。
「――――見つけた」
不意に声がした。
「え?」
問題児が顔を跳ね上げると、唐突にエテルニタ教会の天井が吹き飛んだ。
ガラガラと音を立てて崩れる天井。唖然とする問題児の前に現れたのは、真っ白な祭服を身につけた見覚えのある集団だった。浮遊魔法を駆使する男性や箒に乗った女性が数百人単位で確認できる。
戦神アドニスを主神とするアニスタ教の信者たちである。ウエディングアート体験の撮影に協力していた係員のお兄さんやお姉さんもまた、状況を読み込めずに立ち尽くす問題児を取り囲んできた。まさか、係員も全員揃ってアニスタ教の信者か。
集団を束ねる統率者らしい中年の男性が、配下の信者たちに向けて冷酷に告げる。
「そこの花嫁を捕らえよ!!」
アニスタ教の信者が飛びついたのは、ショウだった。
いきなり白い祭服を身につけたアニスタ教信者たちに拘束されたショウは、抵抗さえも封じられて複数人の手によって空に連れ攫われる。ジタバタと暴れるもすでに彼の身体は空飛ぶ信者たちの手によって高高度に運ばれていく。
ああ、何ということだろう。花嫁が連れ攫われてしまった!
「ショウ坊!!」
問題児の悲鳴が虚しく荒れたエテルニタ教会に響く。
「ユフィーリアァ!!」
抵抗虚しく花嫁は連れ攫われ、その姿は蒼穹の果てに消えていった。
《登場人物》
【ユフィーリア】お姫様抱っこはされる方よりもする方が多い。華奢に見えて意外と力持ち。
【エドワード】お姫様抱っこは圧倒的にする方が多い。「出来るものならやってみろ」と言ったらキクガにお姫様抱っこされて女の子にされかけた。
【ハルア】お姫様抱っこはされるよりする方が多い。体育祭の際にリタをお姫様抱っこした時が1番格好良く出来たんじゃないかと思う。
【アイゼルネ】お姫様抱っこは圧倒的にされる方。残念ながら非力なのでする方には永遠になれない。
【ショウ】お姫様抱っこは圧倒的にされる方。ユフィーリアとエドワードのお姫様抱っこは安定するので平気だが、ハルアには申し訳ないんだけどお姫様抱っこをしてほしくない。そのまま走り出すから。