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第9話【問題用務員と花婿衣装】

 そんな訳で、である。



「ちょっと胸がきついな」


「ネ♪」



 更衣室から出てきたユフィーリアとアイゼルネは、ちょっと窮屈な胸に顔を顰める。


 仕立てのよさそうな襯衣シャツとベストを身につけ、胸元を飾るのは青色の蝶ネクタイである。選んだタキシードは黒を基調としており、今回はあえて手袋を外して左手薬指に嵌まった青と黒色のグラデーションが特徴的な指輪を見せていた。ウエディングアート体験なのだから多少はお洒落をしたっていいだろう。

 アイゼルネはユフィーリアと対照的で、真っ白なタキシードと胸元に飾った赤い薔薇の造花が目を引く。写真を撮るということもあって南瓜のハリボテは脱いでおり、特殊な化粧で顔の傷も見事に隠して飛び抜けた美貌を晒していた。磨き抜かれた革靴も華麗に履きこなし、丁寧に梳った緑色の髪を手で払う。


 ただ、2人とも胸が窮屈だった。胸元のボタンがパツンパツンであり、下手に動けば弾け飛びそうである。ご立派な果実を無理やり襯衣に捩じ込めばそうなる。



「これもう少し大きいサイズなかったですか」


「女性用サイズですとそれが限界です」



 係員のお姉さんに笑顔で残酷なことを言われてしまう。撮影が終わるまで、ユフィーリアとアイゼルネは息苦しさを味わう羽目になってしまうのか。



「お待たせぇ」


「着たよ!!」


「ど、どうだろうか」



 遅れて問題児の男性陣が更衣室から出てくる。



「ぶふッ」


「あらマ♪」


「何か言いたいことがあるのぉ?」



 不機嫌そうなエドワードはタキシードを身につけていたのだが、身長があまりにも高すぎて袖や裾の丈が合っていない。ちんちくりんである。一応、最も大きなタキシードを選んでいたつもりだが、それでも身長に合っていなかったようでダッセェことになっていた。

 しかも、ユフィーリアやアイゼルネと同じように胸元が窮屈そうである。鍛えられた胸筋をここぞとばかりに発揮していた。無理やり釦を留めたようで、釦は今にも弾け飛びそうというか弾け飛ぶ寸前である。


 太い首に巻きつけた蝶ネクタイを弄るエドワードは、



「貸衣装なんて絶対大きさが合わないじゃんねぇ」


「見事につんつるてんじゃねえか、それ。似合わねえ!!」


「うるさいよぉ、ユーリぃ。殺すぞクソ魔女」


「おうやってみろ駄犬、一緒に死ぬことになるだろうがなァ!!」



 ユフィーリアとエドワードは互いに睨み合う。殺意を発揮したら従僕サーヴァント契約に囚われているエドワードも死ぬことになるのだが、それを分かっていないようだ。



「ショウちゃんとハルちゃんは平気そうネ♪」


「選び放題だった!!」


「小道具も選んだんですよ」



 アイゼルネに着ているタキシードの状態を確認されたショウとハルアは、少し誇らしげに胸を張る。


 エドワードと違って、ショウとハルアはどちらも灰色を基調としたタキシードを身につけていた。お揃いの黒い蝶ネクタイを首に巻きつけているが、装備している小道具で個性を出していた。

 ハルアは作り物の天使の羽根を背嚢リュックサックのように背負っており、薔薇の花束を抱えていた。頭頂部には針金を括り付けた煌々と輝く輪っかまで装備されており、何か馬鹿がやる天使みたいである。一方でショウは阿呆みたいな小道具は持っていないが、その手に握られているのはハートの形をした石が嵌め込まれた短い杖であった。子供が好きそうな杖の玩具を両手で握りしめた姿は、ちょっと可愛い。


 装備した杖を見せつけるショウは、



「俺は魔法少女マジカル☆ショウちゃんです」


「オレはオトモの撲殺天使トゥインクル☆ハルちゃんだよ!!」


「頭大丈夫か?」



 背中合わせで格好よくポーズまで決めるものだから、ユフィーリアは未成年組の頭の螺子の具合を心配した。いきなりメルヘンチック方面に舵切りをすれば頭の中身も疑いたくなる。



「ユフィーリア、それは酷くないか。体験だから少しぐらいふざけ倒してもいいと言ったではないか」


「オレもユーリから『スパイダーウォークまでなら許してあげる』って言われたからそうするつもりだったよ!?」


「ハルの場合はそのままスパイダーウォークするのか? もう新種の虫なんだよ」



 未成年組は可愛いことに頬を膨らませて怒っていた。可愛いには可愛いのだが、ハルアに関してだけ言えば天使の羽根と輪っかを装備した状態で四足歩行をするなら化け物と断じられてもおかしくはない。



「あのー、そろそろ写真撮影の時間でよろしいですか?」


「あ、はいすんません」


「分かりましたぁ」


「はぁイ♪」


「ユーリ、虫って何?」


「魔法少女だぞ、ユフィーリア」


「はいはい」



 係員のお姉さんに案内されている合間も、未成年組の2人はなおもユフィーリアに詰め寄ってくる。もうここは適当にあしらうしかなかった。


 案内された先には薔薇のアーチが置かれており、さらに撮影機材を用意していた男性の係員もいた。おそらく彼が撮影者だろう。慣れた手つきで撮影機材の準備を着々と済ませている。

 係員のお姉さんは、ユフィーリアたち問題児を薔薇のアーチの下に立たせる。ニコニコの笑顔で「あとはお好きにしていただいて大丈夫ですよ」などと言い出すものだから、問題児相手にそれは自殺行為ではないかとちょっと感じてしまう。


 ユフィーリアは問題児の仲間たちに振り返り、



「どうする?」


「ユフィーリアは真ん中だろう」



 ショウに押し出されるようにして、ユフィーリアは真ん中に立たされる。



「出来れば両腕を組むような感じで」


「こう?」


「そうだ、ユフィーリア。格好いいぞ」



 さらに最愛の嫁からポーズの指定までされたユフィーリア。言われるがままに胸の下で両腕を組む。


 てっきり隣に並んでくれるのかと思いきや、ショウはユフィーリアの少し後ろに引っ込んでしまった。魔法少女とか訴えてきた際に頭の中身を疑ってしまったのをまだ根に持っているのだろうか。

 少し寂しさを感じていると、係員の男性から「撮りますよ」と声をかけられる。顔を上げれば布を被せた転写機のレンズがユフィーリアたちに向けられていた。もう撮影が始まってしまう。


 男性は転写機を構えて、



「はい、3、2、1!!」



 パシャッ、と音を立てて白い光が弾ける。


 男性の構えていた転写機から、み゛ぃーという音を奏でて写真が吐き出される。撮影した風景をすぐに写真として現像する高性能な転写機らしい。ウエディングアート体験なのに、なかなか撮影機材に金をかけている。

 転写機から吐き出された写真を確認した係員の男性が、次の瞬間、何故か膝から崩れ落ちた。口から奇声も発していた気がする。彼の身に何が起きたのか理解できなかった。


 ユフィーリアは男性が握りしめる写真を手に取り、



「そんなに変な風に写ってぼえぶふぁッ」



 ユフィーリアもまた吹き出してしまった。かろうじて膝から崩れ落ちることは堪えたが、笑い声だけは耐えられなかった。


 真ん中で両腕を組み、格好良く表情を作ったユフィーリア自身はまあ何も言うことはない。問題はその後ろである。

 ユフィーリアの左隣に控えるショウは凛々しい表情を大きく広げた自分の手のひらで覆い隠し、その後ろにいるエドワードはこれまたキメ顔でビシッと転写機を指差している。両足を肩幅以上に開いて腰を落としたハルアは天空を指差した格好が格好良さを通り越して阿呆っぽさを演出しており、最後の頼みであるアイゼルネまで両手を自分の輪郭に添えた彫像みたいなポーズで写真に映っていた。


 もう何だか置いていかれた感じである。何で全員、後ろでおかしなことになっているのか。



「裏切りやがった……こんな面白いの、何で教えてくれねえんだよ……」


「魔法少女の魔法『オイテケボーリ』だ。思い知ったか、ユフィーリア」


「思い知りました、謝ります」



 どうやら徹頭徹尾ショウによる異世界知識だったようだ。魔法少女を侮った罰である。


 ユフィーリアは羨ましくて仕方がなかった。

 だって他の連中はこんな面白いポーズをしているのに、ユフィーリアだけ仲間外れは嫌である。せめて面白いポーズで撮影し直したい。



「ショウ坊、アタシにも面白いポーズを教えてくれよ」


「仕方ないな」



 ショウは本当に仕方がないとでも言うように、



「では『見下しすぎて逆に見上げているポーズ』を伝授しよう」


「何それ? 哲学?」


「簡単だ。両足を肩幅に開いて腰を手に当て、右指を前に差して」



 ショウからの指示を忠実に守るユフィーリア。両足を肩幅に開き、腰に手を当てて、さらに右手で撮影準備をし始めている係員の男性を指差す。



「その状態で背筋を限界まで反らす」


「え、きつ」


「これぞまさに『見下しすぎて逆に見上げているポーズ』だ」



 笑顔のショウに「さあ、ユフィーリア」と促され、言われた通りに背筋を反らす。


 グッと背中を反らした瞬間、胸を留めていた釦がついに弾け飛んだ。無理な体勢を取ったものだから当たり前である。おかげでユフィーリアの豊満な胸元が襯衣の間から垣間見えてしまうことになり、面白さよりもセクスィーさに全振りされていた。

 さて、ユフィーリアのご立派な果実を何とかギリギリのところで繋ぎ止めていたはずの襯衣の釦だが、勢いよく襯衣の布地からぶっ飛ばされると転写機の準備中だった係員の男性の眉間に突き刺さった。男性の口からくぐもった声を漏らし、まるで遠くから魔法で攻撃されたかのような勢いで背中からぶっ倒れる。


 何と言うことでしょう、弾け飛んだ釦が係員のお兄さんを仕留めてしまった。



「あーはははははははは!! ユーリがとうとうやったねぇ、ボタンを吹き飛ばし」



 ぶちぃッという音が響いた。


 胸の圧力に耐えられず釦を吹き飛ばしたユフィーリアを指さして笑っていたエドワードだが、彼もまたとうとう襯衣にトドメを刺すことになった。勢いよくすっ飛んだ釦が、ハルアの頬に突き刺さる。

 釦の襲撃に遭ったハルアは、痛む頬を押さえてエドワードを呆然と見上げている。一方で釦を吹き飛ばした張本人であるエドワードは、立派な胸筋がチラッと見える状態に早変わりした襯衣を見下ろしてあんぐりと口を開けていた。



「あらやだワ♪ エドもユーリも自分のおっぱいの大きさに」



 ぶつッという音が聞こえてきた。


 無理に押し込めていたアイゼルネの胸元もまた、ユフィーリアと同じように解放されてしまった。吹き飛ばされた釦はあらぬ方向に飛んでいき、たまたま通りかかった係員のお姉さんの側頭部をぶん殴る。

 釦の衝撃に耐えられなかった係員のお姉さんは吹き飛ばされ、白目を剥いたまま気絶していた。これで被害拡大である。胸元をセクスィーに晒す羽目になってしまったアイゼルネは「あらマ♪」と特に恥ずかしがることも驚くこともしなかった。


 ユフィーリアきっかけで起きてしまったこの惨状を、ショウはケラケラと笑いながら言う。



「大惨事」


「こらショウ坊、笑うな。意外と気にしてるんだから」



 楽しそうに笑う最愛の嫁の頬をびよーんびよーんと引っ張るユフィーリアは、ちょっとだけ厳しい口調で注意するのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】1人だけ置いてけぼりを食らった。悲しい気持ち。

【エドワード】後輩から教えてもらったポーズって面白いねぇ。

【ハルア】後輩から教えてもらったポーズで格好よく決めたよ!

【アイゼルネ】後輩から教えてもらったポーズが意外と気に入った。

【ショウ】全員で○ョ○ョ立ちを教えたら様になっていたので教えて良かったなぁと実感した。

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