第7話【問題用務員と芋掘り】
食事が終わると、キクガはお化け屋敷の脅かし役に戻ってしまった。
「もう1回行ってぇ、今度は誰が出てくるか見てみるぅ?」
「殺す気か?」
エドワードがふざけたことを言うので、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を片手に詰め寄る。
たとえ荷物のように運ばれていたとしても、お化け屋敷は二度と御免である。もう体験したくない恐怖だ。お化けが苦手なのに無理やりお化け屋敷に連れ込まれたら、今度こそ魔法を使ってドカンと吹き飛ばす自信がある。
本気の目をしたユフィーリアは、
「おう、アタシの苦手なものを知った上でふざけたことを抜かすならお前の乳首を露出させてやるからな。今ここで」
「そんなに怒んないでよぉ、冗談じゃんねぇ」
エドワードは肩を竦めて言う。
冗談には聞こえなかったが、まあ冗談ということにしておいてやろう。本当にお化け屋敷へ再び足を運ぶことになれば、今度こそ彼の野戦服に愉快な穴が開いたことだろう。主に乳首部分に。
せっかくのお祭りなんだから愉快にならなければ損である。羞恥心などクソ食らえだ。『他人を蹴落として自分が生き残る』というのがユフィーリアの信条である。
すると、
「保健室で芋掘り体験やってまーす、掘ったお芋は溶岩焼きに出来ますよー」
木製の看板を片手に、修道服姿の少女が通行人に呼びかけている。
学生が主体となった魔法祭で、芋掘り体験とは非常に珍しいことである。通行人も魔法学校で芋掘り体験という内容に首を傾げていた。
ただ、興味を示したのは子供たちである。一緒に連れられてきた両親の手を引き、甲高い声で「いもほりしたい」と口々に誘う。子供たちの場合、あまりお目にかかれない調理法である『溶岩焼き』に興味があるのだろう。
ユフィーリアは修道服姿の少女が掲げる看板を指差し、
「お前ら、芋掘りやろうぜ」
「芋掘りぃ?」
「汚れちゃうワ♪」
エドワードとアイゼルネの大人組は難色を示す一方で、ショウとハルアの未成年組は大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「お芋!!」
「芋掘りやりたい!!」
「お、未成年組は積極的だな。頭撫でちゃお」
芋掘りに興味を示したショウとハルアの頭を、ユフィーリアは遠慮のない手つきで撫でる。
これで行き先は決まったようなものである。お化け屋敷を回避できただけでもユフィーリアにとっては儲け物だ。
エドワードとアイゼルネに大胆不敵な笑みを見せたユフィーリアは、
「多数決なら芋掘りで勝ちだな、はい決定」
「こいつお化け屋敷に置いてくればよかったなぁ」
「おいエド、聞こえてるんだよ。そうなったら第七席【世界終焉】としてお化け屋敷は滅ぼしてやる」
お化け屋敷へ放置を企んできたエドワードを睨みつけ、ユフィーリアは芋掘り体験が開催されている場所を確認するのだった。
☆
芋掘り体験は、ヴァラール魔法学院の一角に作られた大規模な農場で開催されていた。
「お芋さんは多少乱暴にしても傷つかない『ダイヤモンドスイート』を使用しております。お持ち帰りしてもいいですし、溶岩もご用意がありますのでその場で召し上がることも可能ですよ」
「器具も貸し出しておりますので、お気軽にお申し付けください」
「汚れが不安な方は着替えもご用意しております」
大規模な農園には大勢の子供たちと、数名の修道女が芋掘り体験に勤しんでいた。保護者らしき大人たちは我が子が芋掘りをする姿を遠巻きに眺めており、また親子で芋掘り体験に参加している人たちも確認できる。
彼らが土から掘り起こした芋は、細長い形状をしていた。というか本当に芋なのかと問いたいぐらいに表面が水晶の如くゴツゴツとしている。陽の光に透かすと7色の光を放つ様は、まるで金剛石のようである。
希少な芋として有名な『ダイヤモンドスイート』と呼ばれる品種だ。非常に硬い芋であり、釘を打っても凹むことすらないと言われている。驚くかもしれないが、硬ければ硬いほど甘くて美味しいお芋なのだ。
「ダイヤモンドスイートを無料配布とか市場が狂わねえのか……?」
「これだけ大量のダイヤモンドスイートの栽培に成功するとぉ、お芋の価値が崩落しそうだねぇ」
「あれって食べられるの!?」
「硬さを競う品評会すらあるほどヨ♪」
「さつまいもの種類だろうか……?」
芋掘り体験で掘り起こされる金剛石のような見た目をした芋を呆然と眺める問題児に、背後から「あ、母様!!」という明るい声が飛んできた。
振り返ると、真っ白な修道服を土で茶色く汚した永遠聖女様――リリアンティア・ブリッツオールが立っていた。小さな手で抱えているのは円匙が詰め込まれた木箱である。この芋掘り体験の際に貸し出すものとして用意していた円匙だろう。
農作業が好きで、幾度となく難しい野菜や果物の栽培を成功しているリリアンティアなら希少性の高いダイヤモンドスイートの量産など容易い。加えて彼女は全世界に無償で治癒魔法や回復魔法を提供する宗教団体の教祖様である、高い野菜だろうが無償提供しても特に惜しく思うことはないのだろう。
土塗れになることさえ厭わないリリアンティアは、足元に円匙の詰め込まれた木箱を置くとユフィーリアに駆け寄ってくる。
「いらっしゃっていたんですね。どうですか? お芋掘り体験をしていきませんか?」
「そのつもりで来たんだよ。ダイヤモンドスイートなんてよくこんな大量に作れたな」
「頑張りました!!」
リリアンティアは自信ありげに胸を張り、
「発育不良であまり育たなかったりしたのですが、2年の歳月を経てここまで立派に成長させることが出来ました!! 肥料やお水の量などを調節して、直射日光も当たらないようにと布を被せたりして頑張りました!!」
「2年も頑張った結果を大盤振る舞いしてもいいのか?」
「構いませんとも!! 身共の2年の歳月の結果を、皆様が喜んでくださるのであれば本望です!!」
さすが世界最大派閥の宗教団体をまとめ上げる教祖様である。人格ももはや『聖女』と呼んでも差し支えはない。
ならばその2年の歳月を経て立派に育て上げたダイヤモンドスイートの芋掘り体験に挑もうと思ったのだが、どこからか「やけなーい」「あきたー」などの子供特有の声が聞こえてくる。
見れば両手に金剛石のような芋を握りしめた子供たちが、用意されていた溶岩の前に長蛇の列を作っていた。あまりにも硬いダイヤモンドスイートを焼き芋にしようとしているようだが、掘られた穴に流し込まれた溶岩の温度がおかしいのか上手に焼けていない様子である。何度か挑戦しているうちに他の子供たちも掘り終えてしまい、順番待ちの列が出来ている状態だった。
ダイヤモンドスイートはあまりにも硬い芋なので、調理用の溶岩で焼いた方が美味しく食べられるのだ。ただ、溶岩焼きは難しい調理法なので修道女たちも戸惑っているようである。
「おかしいですね、母様が仰っていた調理用溶岩を購買部でお取り寄せしたのですが……」
「ダイヤモンドスイートを溶岩焼きにするのはいい判断だが、ちょっと焼き方が悪かったな」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、鉄製の大きな円匙を手元に転送する。まるで穴を掘る時に使われる円匙だが、これも立派な調理器具だ。
同じ形をした円匙をエドワード用に転送し、無言で押し付けてやる。円匙を押し付けられたエドワードは、仕方ないとばかりに肩を竦めた。
円匙を担いだユフィーリアとエドワードは、用意された溶岩の調子を確かめる修道女たちに歩み寄る。
「お嬢さんたち、ダイヤモンドスイートは直接溶岩にぶち込んだ方が早いぞ」
「調理用溶岩の上に翳してもねぇ、あんまり上手に焼けないんだよねぇ。焼き具合は俺ちゃんたちが見るからお姉さんたちは列整理してあげてぇ」
「え、ええ?」
修道女たちはユフィーリアとエドワードの申し出に驚いていたが、自分たちでは解決できない問題だと理解していたようであっさりと列整理の仕事に向かう。
さて、問題のダイヤモンドスイートである。
溶岩の温度は問題なさそうだ、相変わらずグツグツと煮えたぎっている。ただ、ダイヤモンドスイートは非常に硬い芋である。溶岩焼きにすると言っても溶岩の上に翳したところで意味はない。特に出来のいいものはさらに表皮の硬さが増すので、リリアンティアが育てたものは絶対に最高硬度を誇るだろう。
なので、調理方法は簡単だ。
「おら、お子様ども。ダイヤモンドスイートを全部溶岩の中に放り入れろ。食べ頃になったら引き上げてやるから」
「えー、とけちゃわない?」
「だってようがんだよー?」
「そんなに硬いんだから直接ぶち込んだ方が早く焼けるんだよ。騙されたと思って放り入れてみろ」
怪訝な表情を見せる子供たちだったが、手にした金剛石のような輝きを持つ芋を次々と調理用溶岩の中に放り込んでいく。
どぽん、どぼんとダイヤモンドスイートが溶岩の中に沈んでいく。すかさずエドワードが鉄製の円匙を使って溶岩を掻き回し、最高硬度を誇る芋を煮ていく。
ぐらぐらと煮えたぎる調理用溶岩でダイヤモンドスイートを煮込むこと30秒、円匙によって掬い上げられたダイヤモンドスイートの表面はまるで溶けた飴のようにトロトロと蕩けていた。
「このままだと熱いから、耐熱魔法紙に包んで渡すからな。何個入れたか自己申告しろよ」
ユフィーリアは焼き芋の出来上がりを待機する子供たちに、真っ白い紙で溶岩焼きにされたダイヤモンドスイートを手渡してやる。溶岩によって表面が溶け、蜜がたっぷりと含まれた芋に子供たちは満面の笑みで齧り付いていた。
耐熱魔法紙とは、熱されたものに対して高い耐熱性を発揮する魔法の紙である。溶岩焼きにされた料理どころか、調理用溶岩を掬っても燃えないほど耐久性がある。
順調に調理用溶岩から引き上げられるダイヤモンドスイートを耐熱魔法紙によって包んで提供していると、子供たちの中から別の声が上がる。
「たるとにしてほしい」
「ぱいがいいな」
「おねえさん、つくってよ」
何と、贅沢なことにダイヤモンドスイートをお菓子に加工することをお望みの様子である。
さすがにそれは面倒臭い。簡単に言ってくれちゃっているのだが、お菓子作りとは意外と手間暇がかかるのだ。それを子供の我儘でどうにかしちゃったら割に合わない。
ユフィーリアは顔を顰め、
「我儘っ子ども、お菓子に加工してほしけりゃ有料だ。最低でも500ルイゼ出せ」
金銭を要求するユフィーリアに差し出されたのは、1000ルイゼ紙幣であった。
お金を出したのは我儘を言った子供たちではなく、子供たちの保護者だった。しかも子供たちに強請られた訳ではなく、自らの意思で代金を提示していた。希少な芋であるダイヤモンドスイートのお菓子などそう食べられるものではないからか、彼らの視線から本気度を感じ取った。
ユフィーリアはフッと笑い、
「アイゼ、悪いがメニュー表を作ってくれ。ハルはエドと一緒にダイヤモンドスイートの引き上げ作業、ショウ坊は注文を取ってくれ」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「ああ、了解した」
そんな訳で急遽ダイヤモンドスイートを専門に取り扱ったお菓子を販売する羽目になってしまい、ユフィーリアは金銭を要求したことを早くも後悔するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】本場溶岩焼き(本当の溶岩で防護服着用の上でやる調理法)を経験して蒸しかけた。二度とやらないと決めた調理法。その時もダイヤモンドスイートを溶岩にぶち込んで溶岩焼き芋にした。
【エドワード】本場溶岩焼きを経験した。ユフィーリアよりもまだ耐えられた。ダイヤモンドスイートは揚げて食べた方が好き。
【ハルア】ダイヤモンドスイートのソフトクリームが食べたくて、ユフィーリアの背中に張り付いて朝な夕なおねだりし続けたら奢ってもらえた。執念の勝利。
【アイゼルネ】食物繊維たっぷりのダイヤモンドスイートは生涯で3回しか食べたことのない高級品。焼き芋の状態にシナモンをぶっかけて食べたのが美味しかった。
【ショウ】ダイヤモンドスイートなんて綺麗なお芋はあるんだなぁ、知らなかった。
【リリアンティア】永遠聖女の名前を冠する少女。どんなに難しい野菜でも果物でも最高品質で育てるのが得意。農場には芋が多めなのは、自分がお芋好きだから。