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第4話【問題用務員と古本市】

 従業員を助けたお礼として、可愛い動物クレープをもらった。



「美味え!!」


「甘くて美味しい」


「よかったな」



 ハルアとショウは満面の笑みで、もらったばかりのクレープを消費している。


 小麦色のクレープ生地には猫の肉球の焼印が施されており、さらに上に盛られたクリームの塊には猫の絵まで描いてあるどこからどう見ても猫仕様である。クリームに突き刺さった三角のビスケットは猫の耳を模しており、学生が作るにはあまりにも器用すぎる商品だった。

 何でも、従業員のリタが言うには「キッチンを担当する生徒の中に、ケーキ屋の娘がいる」とのことである。魔法動物系の授業を専攻している訳ではないのだが、将来的には動物系のケーキを販売する店を経営したいとのことで協力してもらっているらしい。この見た目であれば絶対に売れる。


 焦茶色のチョコレートクリームに細長い板チョコを突き刺し、兎さんを表現したクレープに齧り付くハルアは「んー♪」と嬉しそうである。



「チョコ美味しい!!」


「口元が汚れてしまってるぞ、ハルさん」


「むぐぐぐぐぐ」



 ショウは手巾でハルアの口元を拭いてやる。これではどちらが年上か分からない。

 ちなみに言うが、ショウの手には食べかけの猫さんクレープが握られていた。盛られたクリームにはハチワレ猫の絵が描かれており、ちょっとだけ齧られた痕跡がある。これも食べ物として生まれてしまったが定めである。


 動物クレープをあっという間に消費してしまったエドワードは、



「次はどこ行くぅ? 写真集の販売場所でも探すぅ?」


「まあ、それが1番だよな。予約されたものもまだ引き渡せてねえし」



 ユフィーリアは猫の肉球柄のクレープ生地に齧り付く。モチモチとした食感のクレープが美味しい。



「でもどこで販売してもまた嗅ぎつけられそうなんだよな」


「それならいい場所があったわヨ♪」


「いい場所?」



 学院長の襲撃を恐れるユフィーリアに、アイゼルネは壁の張り紙を指差した。


 廊下には魔法祭の展示品についてのお知らせや喫茶店などの宣伝を目的とした張り紙が張り出されており、それはひっそりと端の方に追いやられていた。お手製らしい張り紙には綺麗な文字で『古本市の開催のお知らせ』とある。

 なるほど、すでに書籍が売られている場所に紛れ込めば自然と写真集の予約分を引き渡すことが出来るだろう。これ以上なく素晴らしい隠れ蓑である。



「いいな、ここ。古本市に紛れるか」


「いいねぇ」


「賛成!!」


「素敵だワ♪」


「何故かとても嫌な予感がするのだが、貴女の判断を信じよう」


「何でだ?」



 第六感が冴え渡ったハルアみたいなことを言う最愛の嫁に、ユフィーリアは首を傾げながらも古本市の会場に向かうのだった。



 ☆



 古本市の会場は魔導書図書館だった。


 普段は都市の形式に魔導書が雑に散らばったような見た目をした特殊な図書館だが、今日は外部のお客様が訪れることもあって図書館のような――というか本屋のような見た目をしていた。

 乱立する本棚には種類分けされた魔導書が題名順に詰め込まれており、比較的新しい魔導書から年季を感じさせる魔導書まで多岐に渡る商品が販売されている。見たところ危険な魔導書は表に出ている気配はなく、来場者は気軽に本棚を眺めて商品を手に取っていた。


 ユフィーリアたち問題児は、あまりにも普通な古本市の会場に「ほう」と感嘆の声を上げる。



「何か意外と普通だな」


「そうだねぇ、普通だねぇ」


「普通!!」


「普通だワ♪」


「拍子抜けだな」



 問題児がつまらなくなるほど普通の雰囲気なので「普通だな」と素直な評価を下すと、この古本市を運営している魔女が本棚の裏から不機嫌そうに姿を見せる。



「普通って何ですの」


「よう、ルージュ。儲かってる?」


「知ってて普通って連呼してましたの? 性格が悪いんですの」



 古本市を運営する魔女――魔導書図書館の司書であるルージュは、ジト目でユフィーリアを睨みつける。



「冷やかしならお帰り願うんですの」


「だって驚きだろ、お前がただの古本市を開催するなんて」



 ユフィーリアは軽い調子で笑い飛ばし、



「毎年、筋肉大博覧会と評した筋肉馬鹿ばっかり集めた喫茶店を運営してたのに」


「筋肉祭りとか言ってコンテストとかもやってたねぇ」


「あれ何がしたかったの!?」


「ルージュ先生の趣味が押し出された出し物だったのよネ♪」


「黙らっしゃい」



 笑い飛ばす問題児たちに、ルージュはピシャリと言い放つ。


 毎年、ルージュは筋肉を題材にした出し物を運営していたのだ。ここのところしばらく筋肉馬鹿ばかりを集めた『マッスルカフェ』なる出し物を運営しており、ご婦人から金を巻き上げて荒稼ぎしていたのに、今年になってから古本市というあまりにも普通すぎる出し物で驚いたものだ。上半身裸でピッチピチの洋袴ズボンのみを身につけた従業員が筋肉を見せつけながら歩く様は、何かもう見ているだけで圧迫感を覚えたものである。

 その出し物には当然、問題児の筋肉担当であるエドワードも勧誘されていた。それはもう熱烈な勧誘を受けたものだ。連日連夜のように勧誘を受け、ルージュを用務員室に接近禁止を言い渡すまで続いたのだ。


 ショウは冷ややかな目線をルージュに突き刺し、



「筋肉特化の奴隷商人か、変態の巣窟を校舎内に作るとは何事ですか。公序良俗に反しますよ」


「止めるんですの。実際に『筋肉奴隷商人』と呼ばれ始めたから、今回は大人しく古本市を開催することにしたんですの」


「本当に呼ばれていたとは驚きだ。しかも自覚はあったんですね」



 すでに『筋肉奴隷商人』なる不名誉なあだ名がついて回ることに対して、ルージュは苦々しげな表情を見せる。本人も不本意のあだ名なのだろう。誰が呼び出したあだ名か不明だが、なかなか本質を捉えた名前である。

 ユフィーリアとアイゼルネは笑いを堪えるように咳払いをし、エドワードは苦々しげな表情を浮かべる。ハルアは何が何だか分からず首を傾げていたのだが、頼れる先輩が狙われていることを察知するとエドワードをルージュから守るように立ち塞がる。


 ルージュは「それで」と無理やり話題を変えると、



「何かご用ですの?」


「グローリアの写真集を作ったから古本市で売り捌こうかと思って」


「またですの? 怒られるようなことを、よくもまあ懲りずにやるんですの」



 ユフィーリアの言葉にルージュは呆れた様子を見せるが、



「まあいいんですの、ちゃんと出店料を払えば場所をお貸ししますの」


「あれ? その口振りだと他にもいる?」


「いらっしゃいますの。生徒や教職員の皆様がいらっしゃいますのよ」



 ルージュは「こちらですの」と本棚の向こうを案内する。


 乱立する本棚の群れを越えると、開けた場所に出てくる。等間隔に配置された長机には薄い冊子が積まれており、生徒や教職員が売り子となって何かを販売していた。

 どうやら自分で作った小説や漫画のようだ。生徒の中には小説を書いたり、漫画を描いたりなどの趣味や特技を持つ者もいる。自分で作り出した物語を冊子にして販売する機会に魔法祭は最適だろう。今も多くの来場者が、生徒や教職員が心血を込めて作り上げた物語を読み込んでいる。


 ただ、問題はその中身だった。



「『学院長の分からせプレイ本』……?」



 すぐ近くにあった長机に積まれている冊子に目をやると、見覚えのある黒髪紫眼の青年が涙目でこちらを見つめている絵が表紙に採用されていた。しかも半裸に脱がされていた。これはもはや年齢制限が必要な類のものである。

 他の生徒が販売している冊子も、何故か似たようなものが多い。肌色がやたら多めだし、どこかで見たような雰囲気のある人間が題材になっているし、あと表紙に掲げられた題名から判断して仄暗いものが大半だ。


 ルージュはのほほんと笑いながら、



「何故か多いんですの、有名な魔法使いや魔女を題材にした小説や漫画が。想像力があって素晴らしいですの」


「同人誌ではないか」



 ショウはルージュに詰め寄り、



「誰が許したんですか、こんな企画。今すぐ止めないと全て燃やしますが」


「他人の創造物を破壊するなんて邪道ですの。貴方は鬼ですの?」


「ほう、この俺がこれらを見て許すと思いますか?」



 ショウが示した長机には、また別の冊子が販売されていた。


 表紙に採用されているのは、銀髪碧眼で黒装束を身につけた魔女である。これまた複数人から取り押さえられているアレな現場だし、魔女は涙目で恥ずかしそうにしているし、おまけにちょっと脱がされていた。読者への視覚的サービスだろうが、この絵を見たユフィーリアは果たしてどんな顔をすればいいのか。

 しかも題名は『問題児筆頭快楽堕ち』である。もう誰かなんて明白だった。


 右手を掲げたショウは、



炎腕えんわん、燃やしてくれ」


「ぎゃーッ!!」



 自分の創作物である冊子を残さず腕の形をした炎――炎腕に燃やされ、店主の生徒は悲鳴を上げる。可哀想である。



「ユフィーリアを題材に使うのは万死に値します。同担拒否です。事務所は全面的にNGを掲げます」


「ちくしょう、嫁の方に見つかったぞ!!」


「燃やされる前に隠せ!!」


「逃げろ、全裸にひん剥かれるぞ!!」


「何を言ってるんだすべからく燃やすに決まっているだろう全員ひれ伏せ愚民どもがぁ!!」



 ついに歪んだ三日月のような形をした白い魔弓――冥砲ルナ・フェルノを召喚し、ショウは生徒や教職員が販売していた薄い本を片っ端から燃やしていく。冊子を購入したらしい来場者も衣服ごと燃やすという暴行にまで及んだ。

 もはや阿鼻叫喚の地獄絵図である。作品は燃やされるし、売り手だった生徒や教職員は衣服を燃やされてほぼ全裸にひん剥かれるし、ついでに来場者もほぼ全裸のような見た目にひん剥かれていたし、散々な結末である。扱っちまった題材が悪かった。


 嫁による暴走を眺めるユフィーリアは、悠々と煙管を燻らせながら言う。



「アタシはまだ分かるけど、自分の父親が性欲の捌け口の対象にされてたら息子として複雑だよな」


「複雑どころの騒ぎじゃないと思うけどねぇ」


「ちゃんリリ先生によく似た女の子もいたような……?」


「ハルちゃんにはまだ早いわヨ♪ お目目を塞いでおきなさイ♪」



 燃やされていく冊子の中にはショウの実父が半裸にされていたり、あの永遠聖女様がこれまたちょっぴり脱げていたりとアラレもない姿にされたものも散見されたが、ショウによる浄化の炎で全てが消し飛んだから世に出回ることはなくなった。これはさすがに世界を敵に回しそうである。



「ん?」



 逃げ惑う生徒や教職員に紛れ、まだ無事な冊子を大事そうに抱える女子生徒を発見した。暴れ回るショウの存在を気にしながら、彼女は気配を殺してその場から離脱を図る。

 ユフィーリアが注目したのは、彼女が抱えている冊子である。表紙に描かれているのは銀髪碧眼で黒装束を身につけた魔女と、そんな彼女を拘束する黒髪赤眼の女装メイド少年だ。ベッドに縫い止められた魔女に馬乗りとなり、女装メイドの方が挑発的な視線を読者に寄越してくる。


 題名は『主従逆転☆男の娘メイド快楽調教〜可愛いあのコに堕とされる〜』である。なるほど。



「お嬢さん、ちょっといいか?」


「ひゃッ、ふぁッ!?」



 ユフィーリアの姿を認識すると、屁っ放り腰になりながらも逃げようとしていた女子生徒は上擦った声を漏らす。目の前に自分の妄想の化身の片割れがいればそうなる。



「それ売ってくれねえか?」


「え、こ、これですか?」


「いくら?」


「は、800ルイゼで、すが」


「じゃあ1000ルイゼ出すから、釣り銭は取っとけ。無事に逃げろよ」



 女子生徒が後生大事そうに抱えていた自分の作品を1000ルイゼで買い取り、ユフィーリアは収納魔法を用いて懐にしまう。まさか問題児を相手に売れるとは思ってもいなかったらしい女子生徒は「あ、ありがとうごにゃいました!!」と若干噛みながらもお礼を言い、お金を握りしめて走り去った。

 これは読むのが楽しみである。ショウが寝静まった時にじっくりと楽しもう。


 一連の流れを見ていたエドワード、ハルア、アイゼルネは、



「ショウちゃんに見つかるよぉ」


「見つかったら実践されちゃうよ!!」


「命知らずネ♪」


「お前ら黙っておけよ、喋ったら一生性転換する呪いをかけてやるからな」



 上司の本気度合いを知った部下たちは、そっと口を閉ざして黙り込むのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】購入したブツはしっかり防衛魔法を使った上で保管した。たまにはこういうのもいいかもね、たまには。

【エドワード】自分が題材になってる薄い本もあったのだが、頭身がおかしくないかなって思えるものばかりだった。肩幅とか、筋肉の盛り方とかおかしくない?

【ハルア】自分が題材になった薄い本があったのだが、何か猟奇的殺人をしてる奴ばっかりだった。そんなに怖いことしてないやい。

【アイゼルネ】自分を題材にした薄い本を作った作者は見つけ次第、ケツに針を突き刺してやる。

【ショウ】ユフィーリア同担拒否、強火勢のお嫁様。薄い本は以ての外だし、妄想すら許さない所存なのであとで見つけて中庭に埋めておいた。


【ルージュ】古本市を開催。魔導書図書館で借りられなくなった本を販売していたが、同時に小説や漫画の創作者を集めて薄い冊子を販売する即売会の場を設ける。面倒なので検閲をしていなかったら、無秩序となった。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! 七魔法王や問題児たちをネタに、薄い本を作って販売するとは、魔法学院の生徒や教師達もかなりの命知らずというか、問題…
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