第3話【問題用務員とアニマル喫茶】
校舎内に戻ると、呼び込みの声があちこちから聞こえてきた。
「2学年有志で執事・メイド喫茶をやっています、ぜひお立ち寄りください!!」
「3階で4学年有志による占い喫茶は、占いが得意な生徒が揃っております。休憩ついでに占いはいかがですか?」
「お化け喫茶はいかがですか? 可愛いお化け、怖いお化けと勢揃いしてますよ!!」
「魔法兵器の給仕はお好きですか? 5学年の魔法工学を専攻している生徒が有志でロボッ娘カフェを運営中です!!」
魅力的な宣伝文句を声高に叫びながら、木製の立て看板を片手に廊下を練り歩く生徒が多数見受けられた。
魔法祭の出し物として有名なのが、この喫茶店である。生徒が有志で運営する喫茶店の類は趣味や特技を前面的に押し出したものが多く、提供される軽食や飲み物も趣味全開なので来場者からの人気も高い。また休憩場所としても最適なので、早々に座席が埋まることが多いのだ。
今年もまた様々な種類の喫茶店が運営されているようだ。有志で集まるということは、掲げた題材に詳しかったりその系統の授業を専攻していたりするので本気度が高い。ユフィーリアたち問題児も、毎年どこかしらの喫茶店に押しかけては軽食を食い漁るという馬鹿な行動に出たりしていた。
華やかな衣装を身につけた生徒たちの姿を前に、ショウは赤い瞳を瞬かせる。
「色々な喫茶店があるんだな」
「軽食を売る店は手っ取り早く稼げるんだよな」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、
「魔法なんて大して興味のない来場者からすれば、楽しみなところって生徒が作るお菓子だ何だっていう軽食ぐらいしかなくねえか?」
「そんな身も蓋もないことを……」
苦笑するショウだが、事実その通りだから仕方がない。
魔法祭の展示品は専門的なものも多く、魔法に興味のある来場者ぐらいしか見向きもしないものばかりだ。どこかの学会に所属している有名な魔女や魔法使いも展示品を見に訪れたりするが、大半は魔法の恩恵をありがたく受け取る一般人である。専門的な知識を必要とする展示品の詳細を語られてもちんぷんかんぷんだ。
そんな中、人気となるのが魔法を駆使して作られたお菓子や軽食である。これらは毎年飛ぶように売れるので、利益を出したいのであれば有志で生徒を集めて喫茶店を運営するか、軽食を売り歩くかすれば魔法祭終わりの打ち上げの代金を差し引いてもお釣りが出る。一般人向けの出し物といえば、やはり喫茶店は外せない。
そこかしこに乱立する喫茶店の立て看板を見渡すユフィーリアは、
「お、1学年の有志でアニマル喫茶だってよ」
「リタがいるところかな!?」
「それは分かんねえな。でも動物関連を題材にした喫茶店だから、きっといるだろ」
立て看板の群れの中に、動物の着ぐるみを身につけた生徒が「1学年でアニマル喫茶をやってまーす、可愛い動物がたくさんいますよー」と来場者に向けて呼び込みをかけていた。生徒が肩に担いだ看板には動物の絵が描かれており、可愛らしい字体で『アニマル喫茶』と並んでいる。
動物といえば、ハルアとショウの友人である1学年の女子生徒――リタ・アロットの存在が思い浮かぶ。彼女は今年度入学したばかりにも関わらず魔法動物の知識は大人顔負けの量を有しており、将来有望な動物博士だ。1学年の生徒が有志で運営しているのならば、きっと在籍しているはずだ。
友人の気配に反応を示したハルアは、ショウの手を取って「行こう!!」と誘う。
「リタに挨拶しに行かなきゃ!!」
「ハルさん、ちょ、いきなり走ったら危ない……!!」
「待てお前ら、せめて場所を確認しろ!!」
駆け出そうとするハルアの首根っこを掴んで阻止し、ユフィーリアはアニマル喫茶が運営されている場所を確認するのだった。
☆
アニマル喫茶が運営されているのは、校舎の2階らしい。
「あ、ここだな」
「人気だねぇ」
手製らしい看板に『アニマル喫茶』と掲げられた教室を訪れると、すでに待機列が出来ていた。入店を待ち望む来場者が長蛇の列を織りなしており、動物の着ぐるみを身につけた運営側の生徒が順番に客として教室に案内する。
開け放たれた扉から教室内を確認すると、猫や犬などといった生徒の使い魔が我が物顔で闊歩しており、利用客は可愛らしい使い魔たちにデレデレとした表情を見せていた。どうやらおやつもあげることが出来るようで、入り口に『使い魔用のおやつは店員までお問い合わせください』とある。
ちゃんと喫茶店として軽食や飲み物も提供しているらしく、動物の着ぐるみ装備の従業員がお盆片手に忙しなく行き来していた。使い魔で癒され、腹も満たすことが出来るとはなかなか考えられた出し物だ。
「これだけ行列が出来ていたら入るのにも苦労しそうだなぁ」
「入り口の前でウロウロしてたら、リタ気づいてくれるかな!?」
友人の所在が気になる未成年組がアニマル喫茶の前でウロウロと歩き回っていると、彼らの頭頂部にエドワードが手刀を優しく振り下ろした。
「リタちゃんの迷惑になるじゃんねぇ、ちゃんと並びなぁ」
「あいあい!!」
「分かりました」
「はい、いいお返事ぃ」
同性の年上として、エドワードもちゃんといいお兄ちゃんをやれている様子である。頭を叩かれたことに対してショウもハルアも腹を立てることなく、言われるがままに長蛇の列の最後尾に並び始めた。
ユフィーリアとアイゼルネは、互いの顔を見合わせる。
同僚というか、まるで仲良し兄弟のようである。たびたび3人で出かけることもあるし、これはいい傾向ではないか。ユフィーリアとアイゼルネの2人で温かい眼差しを向けると、何故かユフィーリアだけがエドワードに引っ叩かれた。
その時である。
「止めてください!! 従業員に触らないでください!!」
聞き覚えのある声が、怒りの感情を孕んで教室方面から響く。
「リタ!?」
「リタさん!?」
その声を聞いたショウとハルアは、並んでいた列を放棄してアニマル喫茶の様子を見に行ってしまう。
生徒による絶叫を聞きつけたことで、列を構成していた来場者たちが揃って不安そうな顔で教室方面に注目している。動物の着ぐるみを身につけた生徒が数名ほど教室から飛び出していき、どこか焦ったように「早く先生を!!」「探さなきゃ!!」などという声が聞こえてきた。
ユフィーリアは顔を顰め、
「厄介な客に遭遇したかな」
「助けに行った方がいいよねぇ?」
「助けどころの話じゃないわヨ♪」
アイゼルネはアニマル喫茶が運営されている教室を指差し、
「ハルちゃんとショウちゃんが突撃しちゃったわヨ♪ その厄介なお客様を葬りかねないワ♪」
「生徒の前で大問題だろそれ!?」
「減給どころか友達もいなくなるじゃんねぇ!?」
想定し得る最悪の未来を頭の中で描き、ユフィーリア、エドワード、アイゼルネも列から外れると急いでアニマル喫茶が運営されている教室に飛び込んだ。
利用客の全てが、教室の一点を集中していた。視線の集まる中心にいたのは、ハルアと目つきの悪い中年の男である。ハルアが背中で庇うようにして守るのは三毛猫の着ぐるみで全身を飾った友人の生徒、リタだ。ハルアとショウの登場により、彼女の表情に安堵が滲んでいた。
どこかに向けて伸ばされたらしい男の手をハルアが掴んで制し、ショウがリタと今にも泣きそうな女子生徒を中年の男から引き剥がす。先程の怒声と言い、何があったのか明白だった。
「ッてえな、何だクソガキ。邪魔してんじゃねえ!!」
中年の男が怒鳴りつけてくるも、ハルアは怯む様子を見せない。琥珀色の双眸に鋭い眼光を宿し、相手を睨みつける。
「触ろうとしたでしょ」
「あ? 違えよ、手が当たっただけで」
「どんな理由があったとしても」
男の言葉を遮り、ハルアは淡々とした口調で言う。
「この子に触んないで。怒るよ」
言葉の端々に漲る敵意――下手をすれば殺意にまで昇華するその寸前で、ハルアはリタの手前だから何とか保てている様子であった。
さすがにハルアの本気度を察知したのか、中年の男は舌打ちをする。ハルアの手を乱暴に振り払うと、手近にあった椅子を苛立たしげに蹴飛ばした。
けたたましい音を奏でて教室の隅に吹っ飛んでいく椅子。利用客どころか床をウロウロと歩き回っていた使い魔の犬や猫まで悲鳴を上げて距離を取る。苛立ちを周囲に振り撒くとは悪い男である。
中年の男は「あーあ」と大声で、
「クッソつまんねえ!! よく見りゃブスばっかりだしよ、来なきゃよかったこんな場所!!」
――あろうことか、その汚え口から吐き出した言葉は、火に油を注ぐ最悪のものだった。
「まずいよユーリぃ、ハルちゃん本気で殺しかねないよぉ」
「お目目がもう絶対零度ヨ♪」
エドワードとアイゼルネが、凄惨な殺人現場が出来上がる様を懸念する。
見れば、ハルアの瞳からゆっくりと光が消えていく。振り払われた手を握りしめて目の前の男に対する殺意は堪えられているものの、いつ飛びかかるか分かったものではない。
この状況に於いて中年の男を殺せば終わり、というのは愚の骨頂である。性根を叩き直すには恐怖を与えて然るべきだ。
ユフィーリアは煙管を一振りすると、少しだけ格好を変えた。
「よし、ちょっくら注意してくるかな」
「え、ユーリぃ?」
「その姿♪」
驚くエドワードとアイゼルネを横目に、ユフィーリアはどすどすと足音を立ててアニマル喫茶の教室から去ろうとする中年の男の前に躍り出る。
誰も彼もが息を呑んだ。今まで散々強気な態度を見せていた男さえも、ユフィーリアの姿を見て怯えたような眼差しを寄越してくる。
ユフィーリアは現在、問題児としての姿で男の前に立っている訳ではない。七魔法王が第七席【世界終焉】の姿で立っていた。
お気に召さなかったご様子で。
性別、容貌、何もかもが謎に包まれた【世界終焉】として、ユフィーリアは魔法で男に言葉を叩き込む。頭の中に文章が浮かんできたのだから驚いたのだろう、彼は硬い床に尻餅をついていた。
お前がこの学院を貶めるより先に、お前をこの世から消した方が早いとは思わないか?
簡単だ。
3秒数えれば――。
尻餅をついた男の前に膝をつき、ユフィーリアは手袋で覆われた指先で脂汗に塗れた男の鼻を弾く。
お前は、世界から、忘れ去られる。
死神の脅し文句は効いたのか、男は屁っ放り腰になりながら教室を飛び出した。情けない悲鳴のおまけ付きである。
目深に被ったフードの下で鼻を鳴らし、ユフィーリアはそっと肩を竦める。絶対的な強者の前では実に呆気ないものだ。
誰もが【世界終焉】の一挙手一投足に注目する中で、ユフィーリアは殺意を耐えたハルアを称賛するように頭を撫でてやる。ぐりぐりと頭を撫でられたハルアはされるがままだ。
どこか納得していない様子のハルアに、ユフィーリアはそっと耳打ちをする。
「人目のつかないところに引き摺り込んで、バレねえように処理してこい。言い訳はどうとでもなる」
「…………」
きょとり、と琥珀色の双眸でユフィーリアを見つめるハルアは、
「いいの?」
「5分で戻ってこい。それ以上かかったら無能扱いだからな」
「1分で終わらせてくる」
ハルアはそう言い残すと、男が走り去った方面に姿を消していく。優秀な彼のことだ、期待以上の成果を上げてくるに違いない。
さて。
今まで怖い思いをしたリタを見やると、ショウに支えられたまま、何故か彼女はぽやーとしていた。まるで恋する乙女のような。
「あれ、リタ嬢?」
「ぽやー……」
「ちょ、おい、リタ嬢? おーい?」
今の格好が性別不詳・年齢不詳・容貌も一切合切不詳という設定の【世界終焉】であるということすら忘れて、ユフィーリアはぼんやりしたリタを正気に戻すのに必死に呼びかけるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】猫がいっぱいのカフェに行き、ほくほく顔で帰ってきたらエドワードの手によって速攻で風呂に叩き込まれた。
【エドワード】犬を散歩させるカフェに行き、ほとんどの犬を引き連れて散歩に行ってしばらく帰ってこなくてユフィーリアに連絡が来た。犬の散歩が楽しくなっちゃったみたい。
【ハルア】ショウと一緒にフクロウカフェに行き、身体中にフクロウを張り付かせて楽しんだ。楽しい!
【アイゼルネ】ユフィーリアを引き連れて爬虫類カフェで蛇と共に戯れていた。虫は嫌だが蛇は割と平気。
【ショウ】ユフィーリアと一緒に兎カフェにデートしに行ったのだが、帰ってきたらぷいぷいからいじけられた。
【リタ】ショウとハルアの友人であるヴァラール魔法学院の1学年。今回の魔法祭で動物を題材に扱ったカフェを運営。人一倍度胸はあるし、友人に頭を撫でるなどのセクハラを働いたおじさんに怒ったが、ハルアに助けられて本人はそれどころだと思わなかった。