第2話【問題用務員と超大型魔法兵器】
魔法祭で賑わう校舎内に、問題児の愚痴がこぼれる。
「クソ、説明会だったんじゃねえのかよ……」
「見込みが甘かったぁ」
「残念!!」
「おねーさん頑張ったのニ♪」
「次に学院長を見つけたらわっしょい祭りにしてやる……」
「わっしょい祭りって何だ?」
最愛の嫁が呟いた学院長に対する刑罰の内容が気になり、ユフィーリアは思わず問いかけていた。
だって『わっしょい祭り』である。まるで意味が分からない。想像できるものといえば胴上げぐらいだが、果たして刑罰に該当するのか。
ショウはキョトンとした表情で首を傾げ、
「胴上げをしながら廊下の天井に叩きつけることだが?」
「そんな『当たり前ですけど?』みたいに言われても」
ユフィーリアは困惑した。そして同時に、次に学院長を見つけた瞬間にそんな手酷い刑罰が待ち受けていると考えただけでワクワクしてしまう。彼の悲鳴を上げる様を眺めながら酒が飲めたらさぞ美味しいだろう。
しかしまあ、廊下の天井はかなり高い位置にあるので、わっしょい祭りとなったら絶対に凄い力で叩きつけられそうだ。下手をすれば学院長のミンチである。目も当てられないほどの挽肉状態にされたら、それを使ってハンバーグでも作ってやろう。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、
「それにしても、今年はいつにも増して賑やかだな」
「だねぇ」
賑やかな校舎内を見渡して、エドワードはユフィーリアの言葉に同調を示す。
今年の魔法祭はかなり賑やかだ。来場者も多く、展示品や生徒が作った作品たちを見て祭りの雰囲気を楽しんでいる。廊下も人の話し声がぶつかり合って騒がしく、少し声を張らないと会話が出来ないぐらいだ。
やはり1000回目の魔法祭という特別感が来場者どころか生徒や教職員も浮き足立っているのか、どこか楽しそうである。魔法祭の賑やかな空気感は面白いので、ユフィーリアは好きだ。
すると、
「お、ユフィーリアじゃないッスか。写真集の売れ行きは好調? もしかしてもう完売したッスか?」
「あ、副学院長」
どこか弾んだ足取りで、副学院長のスカイ・エルクラシスが人混みを掻き分けてやってきた。
鮮血のように毒々しい赤髪を適当に束ね、目隠しをしているにも関わらず整った目鼻立ちであることが分かる顔。普段は邪悪な魔法使いを想起させる真っ黒い長衣を身につけているが、今日は今まで作業をしていたのか油汚れがそこかしこに目立つ作業着姿である。ゴツゴツとしたブーツを履いているので、相当危険のある作業だったと予想できた。
スカイは清々しいほどの笑顔を見せ、
「いやぁ、今年の魔法祭は盛況ッスねぇ!!」
「副学院長、嬉しそうだね!!」
「何かあったんですか?」
未成年組のハルアとショウがスカイの楽しそうな雰囲気を察知して、何気ない質問を投げかけてみる。
副学院長のスカイは、その質問を待っていたとばかりに「ふふふ」と笑う。
それだけで嫌な予感がした。スカイは近頃、自分が得意とする魔法工学の分野で好き放題している傾向がある。いやまあ、それはそれで面白いからいいのだが、異世界知識が豊富なショウに助言をもらおうとするのだから飛び火が来るのが怖くて堪らない。
「実はショウ君の異世界知識によって、ついに完成したんスよ!!」
「へえ、何が?」
「超大型魔法兵器ッス!!」
スカイは自慢げに胸を張り、
「設計している時、そしてこれらを組み上げている時!! 何とも楽しかったッスねぇ!!」
「おいショウ坊、一体どんな助言をしたんだ」
「特別なことは何も。ただ、男の浪漫というものを知りたがっていたから、俺が持ちうる限りの『男の浪漫』は話したつもりだ」
ショウは「ただ、どういうものが作られたのか分からないのだが……」と困惑気味である。心当たりはありそうでなさそうな感じである。
これはもう、副学院長の『超大型魔法兵器』とやらを見てみなければ始まらない。何が男の浪漫なのか判断がつかないが、ショウの異世界知識が元になっているのであれば面白そうである。
ちょっと考えたあと、ユフィーリアは「そこまで言うなら」と口を開いた。
「見せてもらおうじゃねえか、副学院長渾身の魔法兵器っての」
「ぜひ!! 校庭に飾ったんで見に行ってほしいッスねえ!!」
スカイは興奮気味に校庭方面の道のりを示して、
「圧巻することは間違いないッスよ!!」
☆
校庭に出てみると、超巨大な金属製の人型魔法兵器が直立不動の状態で立っていた。
その姿は、まるで純白の鎧を身につけた騎士のようである。兜に該当する頭部には差し色として真っ赤な部品が使われており、隙間から覗く魔石で作られた眼球が見物客を睥睨する。
見上げるほど巨大な人型魔法兵器を前に、見物客――中でも男性陣は興奮していた。魔法工学を専攻しているらしい生徒からもらった冊子を熱心に読み込み、あまりの大きさに感動している気配すら見て取れる。これが魔法兵器とか正気の沙汰ではない。
巨大な人形の魔法兵器を前に立ち尽くす問題児に、スカイは清々しいほどの笑顔で言う。
「どうッスか、この圧倒的な大きさ!! 原寸大に戻ったロザリアよりも大きいッスよ!!」
「副学院長、これ何て名前の魔法兵器なんだ?」
「ああ、ショウ君が言うにはガ……何とかって言ってたっけな。モビ……どうとかも言ったっけ。よく覚えてないッスね」
ショウの異世界知識を意識半分で聞いていたらしい副学院長は、
「まあ、そんなことより!! ボクの設計・開発したこの超大型魔法兵器は『機械仕掛けの巨神兵』として、今度の学外の展示会にも出す予定ッスよ。これがあれば国防にもなりますし、何より立派な観光地扱いも出来るじゃないッスか。絶対に儲かると思うんスよねぇ、そうしたらもう1機ぐらいは作れちゃうかも」
「そうだな」
ユフィーリアは副学院長に振り返り、
「副学院長、あれ乗れるのか!?」
「乗ってみたいんだけどぉ」
「乗りたい乗りたい!!」
「ぜひ乗ってみたいワ♪」
「異世界知識を提供したんですから乗せてくれますよね?」
「お、積極性があっていいッスねぇ」
問題児は興奮していた、他の見物客と同じように興奮していた。
だってこれほど巨大な魔法兵器など見たことがない。操作できるのであれば操作してみたいし、何なら搭乗できるのであれば搭乗したい。男の浪漫はどこに散りばめられているのか分からないが、でっかいことには興奮するのが問題児だ。
問題児の要求を最初から分かっていたらしい副学院長は、本当に軽い調子で「いいッスよ」などと言う。本当に乗れるのか、あの超巨大な人型魔法兵器に。
「ただし動かすのはボクッスよ。まだ動作確認してないんスから。それが約束できないならエロトラップダンジョンに突き落とすんで」
「分かってるって」
「約束を破る訳ないじゃんねぇ」
「問題児だけどそんなことしないよ!!」
「後ろから作業が見れるなんて素敵だワ♪」
「やったぁ」
ユフィーリアたち問題児は喜びを露わにした。余計なことをすれば副学院長なら確実にエロトラップダンジョンへ突き落としてくる危険性があるので、絶対にやらないと心に決める。
誰でも目の前の超大型魔法兵器を壊そうだなんて企む人間はいない。適当なことをすれば、副学院長がどれほど時間と労力を割いて準備したか不明な魔法兵器がお釈迦になってしまう。それはさすがに可哀想である、そして命の保証が出来ない。
スカイは「んじゃ」と右手を上げ、
「超大型魔法兵器の中にワープ」
「転移魔法って言えよ」
「気分が上がるでしょ、その方が」
右手を軽く振った副学院長が転移魔法を発動させ、超大型魔法兵器の内部に一瞬で移動する。
目の前の景色が切り替わり、計器やらボタンやらレバーが多数取り付けられた部屋に移動する。1人分の座席にギュッと様々な機械が寄せ集められており、何だかごちゃごちゃした印象だ。
ただ、そのごちゃごちゃさがイイのだ。これぞ魔法兵器を操縦する側から言えば醍醐味である。レバーにボタンにピカピカ輝く計器など、魔法工学を専門的に扱う生徒や教職員でなくても大はしゃぎである。
見たことのない機械の群れを前に、問題児たちは揃って感嘆の声を上げた。
「おお、凄え!!」
「これで操るのぉ?」
「副学院長、超カッコいいね!!」
「素敵♪」
「実現できるだけでも凄いのに、本当に動かせちゃうんですか?」
「のほほほほ、褒められると気持ちいいッスねぇ!!」
スカイは調子に乗った声を上げると、
「んじゃ、動かしてみようッスかね」
そう言って、スカイは1人用の座席に腰を落とす。
レバーを掴むと、スカイの魔力を検知した魔法兵器が動き出す。僅かな振動のあとに計器が次々と動き出して明かりが灯り、さながらそれは夜空を瞬く星のようである。
全ての計器に明かりが灯ると、スカイの目の前に半透明の画面が浮かび上がった。画面に表示されているのは、超大型魔法兵器を介して見える外の世界である。起動を察知した見物客からの歓声が次々と上がる。
「まずはっと」
スカイは掴んだレバーを前に押し倒す。
超大型魔法兵器は、レバーの動きに合わせて鋼鉄の足を踏み出した。ずしん、という地響きが魔法兵器の内部にいても伝わってくる。
自立型の魔法兵器は歩行部分で躓くものだ、と副学院長が嘆いていることを思い出した。外側から魔法で操り人形みたいに操作すればまだ簡単だが、自力で歩行するのは魔法兵器の身だと非常に難しい。それほど人間の身体というのは複雑に出来ている。
その『難しい』とされている分厚い壁を、この天才的な魔法兵器の開発者は乗り越えた。また魔法工学の世界が発展したとも言える偉業だ。
「さすがだな、副学院長!! 凄えよこれ、やっぱり魔法兵器を開発させたら右に出る奴はいねえな!!」
「褒められても次の見せ場しか出ないッスよ〜」
「あとで髪の毛引き千切りますね」
「ショウ君に敵意を向けられた!? 怖ッ!?」
ユフィーリアが褒めたことでショウの嫉妬心に火を灯すことになってしまい、スカイは「褒められるぐらい許してくださいッスよ」と唇を尖らせる。旦那様であるユフィーリアぞっこんラブなショウにとっては地雷だと言えよう。
「それよりも見てほしいッスね、これぞボクが考えた究極の見せ場――!!」
スカイはそう言って、手元のボタンをいくつか押す。
大きく振動したと思えば、平坦な女性の音声で『大口径魔導砲の展開を開始します』と流れた。
胸部装甲が割れ、内側から飛び出してきたのはあまりにも巨大な砲塔である。鈍色をしたそれが向かった先はヴァラール魔法学院の校舎だ。
唖然としたのも束の間のこと、興奮状態で周りのことがよく見えていないスカイは赤いボタンを親指で押し込んだ。
「撃てえ!!」
次の瞬間。
――ちゅどーんッ!!
砲塔から放たれた紫色の光線が、ヴァラール魔法学院の校舎の一角を吹っ飛ばした。やたら高い位置にあったので校舎内にいる生徒や来訪者は無事だろうが、あの部屋の持ち主は今後を野宿でもしなければならなくなる。
そういえば、あの位置にあったのは学院長室ではなかったか。学院長である青年が知ったら怒りそうである。
と、思った矢先のことだ。スカイの通信魔法専用端末『魔フォーン』が鳴る。
「……はいッス」
『やあ、スカイ。素晴らしい魔法兵器だね?』
魔フォーンから流れ出た青年の声は、非常に穏やかだ。穏やか故に、圧が凄まじい。
『魔法工学の予算、減らしておくね。学院長室の修繕の補填にするよ』
「そんなッ!?」
『君に減給の2文字は通用しなさそうだから、最も効果的な罰則にしておくね。あとで反省文を持ってきて』
そう厳しく言い残して、通信魔法は途絶える。
可哀想に、魔法工学の分野の予算が削られてしまうとは何とも言えない。魔法工学と言えば部品に魔石にとなかなかお金が必要になってくる分野なのに、予算が削られてしまうと頭を抱える他はない。
ユフィーリアはポンと副学院長の肩を叩き、
「今回ばかりは問題児の責任じゃねえから」
「見捨てられたぁ!!」
「見捨ててねえよ、最初からお前を庇うだけの可愛さはねえだけだ副学院長」
嘆き悲しむスカイを捨て置き、問題児どもはユフィーリアの発動した転移魔法でとっとと超大型魔法兵器から離脱するのだった。今回ばかりは自己責任である。
《登場人物》
【ユフィーリア】副学院長の魔法兵器の腕前は認めているし、素直に凄いとは思うのだが、その分巻き込まれたくない。実験台になりたくない。
【エドワード】恵まれた体格と頑丈な身体のせいで実験台になりかける。やめてほしい。
【ハルア】今度は自分で操縦してみたいな、あの魔法兵器。でっかいものには憧れがある。
【アイゼルネ】これはどこで開発をしていたのかという疑問が浮かんできてしまった。
【ショウ】次はエ……何たらの方を提案してみようかな。
【スカイ】魔法工学の世界では知らない者はいないほどの天才発明家。常識人ぶっているが、頭の螺子が軽くすっ飛んでいるような気がする。問題児と並んで最近警戒されている。