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第1話【問題用務員と魔法祭】

 魔法祭が今年も無事に開催された。



「保護者の方は受付をお願いします」


「係員の指示に従ってください」


「小さなお子様から目を離さないようにお願いします。命の保証は出来ません」



 そんな案内の言葉が飛び交い、定期的にそんな内容の放送が校舎全体に魔法で流されるという厳戒態勢を敷く中での魔法祭である。一般公開されるヴァラール魔法学院の校舎内に足を踏み入れる保護者や関係者は緊張した面持ちで臨むかと思いきや、意外と笑顔が多い。

 魔法の文化や常識が危険と隣り合わせであることは理解されているのだ。展示物に触れれば爆発して指どころか半身が吹き飛ぶ事件があったり、魔法動物に頭を食い千切られたり、薬品に触れて皮膚が溶けたり、展示物を壊したことで高額な賠償金を請求されたりと多くの事件が過去に発生しているので、誰しも「余計なことはしない」と学んでいるのだろう。


 ただし、生徒は例外である。彼らは日頃から魔法を専門的に学ぶ学生であり、保護者や一般人より魔法の造詣に深い。自分たちで研究結果の資料や展示物を用意するのだから、そりゃ詳しくはなる。



「こちらダイヤモンドスネークが脱皮した際の殻です。ご覧ください、綺麗に剥けているでしょう?」


「あ、これは火花塗料と言いまして、魔法をかけると燃えるんですよ! 芸術的でしょう、最後まで燃え尽きる瞬間まで芸術的なんですよ!」


「人型の魔法兵器エクスマキナなんです、ちゃんと自立してお喋りもしてくれるんですよ。魔法兵器のお嫁さんでもいいじゃないですか、だって自分で可愛く作れるんですよ!?」


「調理用溶岩でパンを焼き上げました!! 硬いので気をつけてお食べくださいね、もし気に入らない人がいる方は頭にでも投げつければ脳震盪ぐらい引き起こせます!!」



 何つー文句で売り出しているものか不明だが、とにかくまあ全体的に頭の螺子ねじの所在を疑いたくなる内容が多かった。そんな危険極まる素材を扱っている生徒たちも生徒たちであるが、これが魔法を専門的に学ぶことが出来る魔法学校で得られる成果物だ。


 さて、そんな賑やかな魔法祭でも極めて人気の箇所がある。

 中庭を中心に長蛇の列を作っている出店だ。列を構成する客のほとんどが女性であり、何やら期待を込めたような視線が出店に向けられている。それらの販売を今か今かと待っている様子だ。


 出店の内容は、というと冊子の販売である。



「はい、予約された方ですか? 予約伝票はお持ちですか?」



 出店で受付対応をしていたのは、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルである。


 順番が回ってきたご婦人に対して綺麗な笑みで対応し、あらかじめ配っておいた予約伝票を受け取る。名前を確認してから、用意しておいた封筒を箱から抜き取った。

 封筒に詰め込まれていたのは分厚い冊子と数枚のカードである。予約されたものが『アクリルスタンド付き』ともなっていたので、透明な袋に詰め込まれた人型の物体も同じように封筒へ丁寧に入れた。



「こちら、ご予約の商品となります。ご自宅に帰ってから開封してくださいね」


「はい――あの」



 予約していた冊子などを受け取りにきたご婦人は、机の上に置かれた半透明な人型の物体を指差す。



「このあくりる? すたんど? ですか? どのような仕組みになっているのでしょうか?」


「強水晶と呼ばれる落としても割れない素材に、軽量化の魔法陣を小さく刻んでおります。中身の写真は固着化魔法をかけておりますので、逃げ出すことはありませんよ」



 客の疑問に対しても、ユフィーリアは立て板に水の如く説明を披露する。


 アクリルスタンドとは異世界知識である。噂によるとアクリルスタンドと呼ばれる代物に人間の写真を入れて持ち歩くことが流行しているとか何とか。

 実際、試しに予約販売分の方に向けて『アクリルスタンド付き』の予約方法を追加してみたら、あっという間に予約の部数が達成となってしまったのだ。これは商売の予感しかしない。


 ユフィーリアは人型の物体の下に取り付けた台座を示し、



「人型の部分を付属しております台座に差し込んでください。安定すると思いますよ」


「あ、ありがとうございます」


「この度はご予約いただき、ありがとうございました」



 ご婦人は大事そうに封筒を胸に抱えてその場から立ち去る。表情もどこか緩んでおり、嬉しそうな雰囲気が漂っていた。

 予約は好調だし、急遽増刷分も飛ぶように売れている。物品販売も好調で大きな利益を生み出しそうだ。


 ユフィーリアは箱に積まれた冊子を見やり、



「学院長の非公式写真集、受け渡しはこちらでーす」


「順番に対応しておりますので並んでお待ちくださぁい」


「買ってくれてありがとう!!」


「大事に繰り返し読んでほしいワ♪」


「たくさんのご予約ありがとうございました」



 ユフィーリアたち用務員は、長蛇の列を形成するご婦人たちに向けて笑顔でお礼を言う。


 そう、学院長であるグローリア・イーストエンドの非公式写真集を販売していたのだ。以前から撮影していたデート風の写真を冊子としてまとめ、152ページという大規模な冊子として充実した内容をお届けしていた。

 撮影自体は学院長からお説教を受けたりして中断になりかけたものの、気合と根性と執念で撮影再開に踏み切り、レティシア王国やイストラの街などで撮影を敢行した。見つかるたびに逃げ出したが、何とか写真集としてお届けできるほどには撮影できたので、こうして販売することになった訳である。


 出店費用としていくらか持っていかれたとしても手元には大量の利益が残るので、ユフィーリアとしても嬉しい限りである。苦労して写真集を作った甲斐があった。



「はい、お次の人どうぞ」



 ユフィーリアが笑顔で長蛇の列に並ぶご婦人に声をかけたが、



「やあ、ユフィーリア」



 次の順番が回ってきたのは、ご婦人ではなく青年である。


 烏の濡れ羽色をした長い髪と紫水晶アメシストを想起させる瞳、中性的な顔立ちには爽やかな笑顔を浮かべている。全身から漂う雰囲気は全然爽やかさの欠片もなく、ひしひしと押し潰す勢いの圧迫感が伝わってくる。

 長蛇の列を形成するご婦人たちの視線に熱がこもり、黄色い声援が投げかけられるが、青年はこれら全て無視している。それ以上に目の前で展開されている出店に怒りの感情をぶつけていた。


 全てを悟ったユフィーリアは、



「撤収!!」


「させるかぁ!!」


「ぎゃあああああ魔法トリモチィィィィ!!」



 足元から湧き出てきた魔法トリモチによって、問題児は仲良く捕まった。



 ☆



 さて、魔法祭が開催されていてもお説教の時間は迎えるのだ。



「えー、この度はぁ」


「大変!!」


「申し訳ありませんでしタ♪」


「お許しください金ヅ、じゃなかった学院長殿」


「需要があったのに空気が読めない学院長ですね」


「反省してないな?」



 写真集の購入待機列は一時的に解散という運びになり、中庭にて問題児は並んで正座で説教を受ける。


 仁王立ちする学院長のグローリアは底冷えのするような眼差しを向けてくるものの、怒られ慣れている問題児からすれば屁の突っ張りでもない。これが怒られ慣れていない一般人であれば通用しただろう。

 そしてもはや反省する気もサラサラないのか、顎をしゃくって変顔の状態での謝罪である。問題児、精一杯の煽りである。完全に相手を舐めていた。


 グローリアは深々とため息を吐くと、



「本当に学ばないね。何度も言ってるでしょ、僕で写真集を発売するなって」


「でも売り上げはいいんだよ!!」



 問題児の暴走機関車野郎ことハルア・アナスタシスが、わざわざ挙手をして主張する。



「凄く売れたんだよ!!」


「予約分もあっという間に売れちゃったからさぁ、これでも増刷して対応してたんだよぉ」



 ハルアの主張を補足するように、エドワード・ヴォルスラムも言葉を続けた。


 実際、予約の発表をするとご婦人方からの問い合わせの手紙が殺到したのだ。予定していた部数を大幅に上回る予約数を記録し、増刷分が発表されるたびに問い合わせの手紙が大量に寄越される。これほど需要があるならもう、ご婦人方の期待に応えるしかないではないか。

 さらに魔法祭当日に発表した物販の売れ行きも好調で、あっという間に完売となった商品もあったぐらいだ。素晴らしい商材である。


 ユフィーリアはグッと親指を立て、



「あ、モデル料がほしいなら払うつもりだぞ。ちゃんとイロつけてな」


「あ、それはちゃんともらうつもりだよ。――じゃなくてね!!」



 しっかりモデル料をもらうつもりでいたグローリアは、ハッと我に返ると「今はその話をしてるんじゃないから!!」と叫ぶ。



「僕を商品化して荒稼ぎするなって言ってんの!!」


「でも学院長のシーツやクッションがあっという間に完売したのヨ♪」


「何でシーツ!?」



 南瓜頭の美女――アイゼルネから明かされた商品の情報に、グローリアは目を剥いていた。


 こればかりは謎だが、グローリアと添い寝するように印刷したシーツやら抱き枕やらクッションが瞬時に完売してしまうほど人気だったのだ。ユフィーリアも最初にこの商品を用意した時は「誰が買うんだよ」と笑ったものだが、ご婦人方に需要があったことに驚いた。

 シーツだのクッションだのと阿呆な商品が売れている事実を突きつけられ、グローリアは静かに天を振り仰いでいた。どうしたらいいのか分からなくなっている証拠である。安心してほしい、ユフィーリアも「売れてラッキー」以外の感情はない。



「ちなみにアクリルスタンドは結構いい出来栄えなんですよ。俺の異世界知識が役立ちました。ちなみにシーツとクッションなどの物販系も俺の提案です」


「奇抜な商品を用意するとは思っていたけど、やっぱり君の仕業だったんだね」



 グローリアがジト目で睨みつけてきても、可憐な女装メイド少年――アズマ・ショウはどこか知らんぷりである。

 今日も可憐なメイド服姿にユフィーリアの心臓がおかしくなりそうだが、頭頂部で揺れる猫耳と腰から生えた猫の尻尾が可愛くてどうにかなりそうだった。魔法祭を訪れたらしい小さなお子様からも大人気で、甲高い声で「ねこちゃん!!」「にゃんにゃん!!」と指差されている。


 これだけ注目が集まってしまうと、写真集の販売場所を変えざるを得ない。グローリアが邪魔をして予約分の写真集が引き渡させないとなると、返金騒ぎとなってしまう。そうなれば大赤字だ。



「予約分のお引き渡しは別の場所でやります」


「それまで魔法祭をお楽しみくださぁい」


「じゃあね!!」


「また会いましょウ♪」


「すみません、邪魔が入ったものでして」


「あ、こら逃げるな!!」



 背後から「ユフィーリア、君って魔女は!!」というグローリアのいつもの怒声が叩きつけられたが、ユフィーリアたち問題児は制止の声を振り切って逃げ出すのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】写真集を執念で販売に踏み切った。最愛の嫁が持ち出してきた異世界知識の『あくりるすたんど』とやらは材質からこだわったが、果たしてこれに何の意味があるのか分かっていない。そういや自分の写真を使ったものが嫁の枕元にいたような?

【エドワード】後輩の異世界知識が楽しいが、アクリルスタンドについては使い道が分かっていないので何で売れるのか疑問である。

【ハルア】後輩がシーツとか枕とかのグッズ販売を提案したのは何でだろう? まあ売れるからいっか!

【アイゼルネ】全てのグッズ・写真集などの被写体として頑張った。ちゃんとお給料はもらうつもりだし、もらったら化粧品を秋用に新調するつもり。

【ショウ】今回も元凶。愛するユフィーリアの為に、お金を稼げるだろう手段を提示した。異世界知識が役に立ってくれて嬉しいなぁ。


【グローリア】知らず知らずのうちに写真集として販売されているのが嫌すぎる。でもモデル料を渡せば許してくれそう。

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