第6話【問題用務員と悪質宗教】
祭服を引っ剥がされた下着の伝道師集団を追いかけていったハルア以外、全員揃って仲良く往来で正座である。
「馬鹿なの?」
グローリアの底冷えのするような視線と、絶対零度の声がユフィーリアたち問題児どもに突き刺さる。
「宗教の勧誘をされたからって、何も祭服を引き剥がして金品まで巻き上げるとか強盗じゃないか。いつから転職したの?」
「転職した覚えはねえなァ」
「俺ちゃんたちは何も悪くないよぉ」
「こっちとしては頭を狂わせてもよかったのヨ♪」
「神は死んだ」
「反省してないね?」
正座はしているものの、反省する素振りなど全く見せない問題児どもはしれっと「自分たちは何も悪いことをしてませんけど?」と主張する。
こっちとしては悪質な宗教勧誘に困っていたところなのだ。特に神様も適当に祈っている程度の信心深い用務員ではないし、そもそも信心深い用務員だったら毎日のように問題行動なんて起こすはずがなかった。ユフィーリアたちが信心深い敬虔な信徒となるなど想像できない。
グローリアはジト目で睨みつけて、
「本格的にクビを検討した方がいいかな」
「おっと、そうなったらお前のことを闇討ちしなきゃいけなくなるな。暗殺者に鞍替えするか」
「本気で殺しかねないから止めて」
「クビにならねえなら命の保証はしてやるよ。ただし野放しにしたら副学院長とリリアを連れ去って七魔法王全員殺してやる。こっちにはハルがいるんだぞ」
最悪な脅しではあるが、事実その通りになりかねない。
ユフィーリアの配下には、七魔法王を殺害する為に生み出された人造人間のハルアがいる。今でこそユフィーリアの教育の甲斐あって純粋無垢で快活な阿呆の子に成長したが、果たしてユフィーリアが七魔法王殺害を言い渡せばどうなることやら。
グローリアは「ふーん」と言い、
「じゃあハルア君だけは雇っておこうかな」
「おいふざけんな、あいつはアタシの従僕だぞ」
「ハルア君なら本気で殺しに来ないからね。だったら手元に置いといて、残りはクビってことにしようかな」
グローリアがそう言った直後のことである。
「学院長、それ本当?」
「ぴえ」
グローリアの口から甲高い声が漏れた。
いつのまに帰ってきたのだろう、ハルアがグローリアの背後に音もなく立っていた。狂気的な笑顔はそのままに、彼の手には血に濡れたナイフが握られている。
ひたりと喉元にナイフを突きつけられ、グローリアの表情が引き攣る。この状況で堂々としていられるほど、グローリアも肝が据わっている訳ではなさそうである。
ハルアはコテンと首を傾げ、
「学院長」
「な、何かな?」
「こうなりたい?」
ゴトン、とハルアは何かを落とす。
それは頭部が凹んだおじさんの首である。濃い髭が生えており、目をかっ開いたまま動かない。頭髪は寂しいほど後退しており、しかし額の部分には凹みのようなものが確認できる。
あまりにも人間味のあるおじさんの首の登場に、グローリアの顔が青褪めた。本当に殺されるとでも思っているのだろう。血に濡れたナイフもその要因を後押ししていた。
「こうなりたい?」
ハルアがダメ押しで問いかける。
「な、なりたくないです」
「じゃあクビにしないでね。じゃないとオレ、殺したくないのに学院長のことを殺さなきゃいけなくなっちゃうから」
何度もグローリアが小刻みに首を振る様を確認してから、ハルアは地面に落としたおじさんの首をむんずと持ち上げる。
「ごめんね、ユーリ!! ヒトノミ落としちゃった!!」
「えあ」
「どうしたの!?」
ハルアの急な態度の変更に、ユフィーリアも呆気に取られた。それまでの冷たい空気は何だったのか。
しかもハルアが持ち込んだのは人間の生首ではなく、人間の生首っぽく作られる『ヒトノミ』と呼ばれる林檎の種類だ。普段はこのように頭髪が寂しくなったおじさんや老け顔のおばさんと言った見た目が多いのだが、丁寧に育てるとイケメンや美女に成長するらしい。根拠はリリアンティアである。
ハルアが追いかけていった伝道師の誰かを殺してきたのかとヒヤヒヤしていたユフィーリアは、その首の正体を知って胸を撫で下ろす。
「驚かせんなよ、お前!!」
「ハルちゃん、紛らわしいことしないでよぉ」
「本当に殺してきたのかと思っちゃったワ♪」
「今のハルさんに限ってそんな」
「…………」
ユフィーリアたちの言葉に、ハルアはニコッと笑っただけである。何も言わない様子に嫌な予感しかしなかった。
「え、おい……?」
「ハルちゃん?」
「何で何も言わないよかしラ♪」
「え、あの、ハルさんまさか……」
ハルアは、正座をするユフィーリアの前にしゃがみ込んだ。それから、数え切れないほど縫い付けられた黒いつなぎの衣嚢をおもむろに漁り始める。
衣嚢から引っ張り出されたのは一抱えほどもある瓶だった。透明な瓶の中身は赤紫色の液体がちゃぽちゃぽと揺れており、禍々しい雰囲気を感じる。瓶には蓋がされているから匂いは漏れていないものの、絶対に嫌な予感しかしない。
その赤紫色の液体が揺れる液体を、ハルアはユフィーリアに渡してくる。瓶から伝わってくる液体の感覚が妙に生温かく、嫌な予感しかしない。
「ユーリ、世の中には知らないことがいいこともあるんだよ!!」
「お前、殺ったな!? ナニでやった!?」
「黙秘!!」
「この野郎!!」
これはもう絶対に死者蘇生魔法が適用されない被害である。原型を留めていない時点でもうダメだ。時間を巻き戻して死体の原型をどうにかするという手法も考えられるが、果たして正当に生き返らせるだけの価値があるのか。
仕方がないので、これらは副学院長のスカイに押し付けることを決める。事情を話せばきっと魔法兵器の何かしらの部品に使ってくれることだろう。よくもまあ、こんな液体の状態から拾ってこれたが。
その時、グローリアが「うわ」という嫌悪感に満ちた声が漏れてくる。ユフィーリアに渡された赤紫色の元人間だった液体を見た訳ではなく、ユフィーリアがカツアゲしてきた白い祭服を広げていた。
「これ『アニスタ教』の祭服だよね。やだなぁ、アニスタ教がいるのかぁ」
「知ってるのぉ?」
「有名かしラ♪」
「君たち問題児はもう少し宗教にも詳しくなったらいいんじゃないの?」
グローリアは広げていた白い祭服を地面に叩きつけ、
「アニスタ教は戦神アドニスを主神とする宗教で、強引な勧誘とか話を聞かないと暴言を吐いたりとか色々と問題視されてるんだよ。中でも人攫いは有名な話さ」
「人攫いまでやるなんて、何でそんな宗教を潰さないんですか」
「ショウ君の意見には賛成なんだけどね、世の中には自由に神様を信仰したい人間もいるからさぁ」
ショウの正論に対して肩を竦めたグローリアは、
「イストラにもアニスタ教がいるのかな。調べて集会所とか辞めてもらわないと。うちの生徒に手を出されたら困るからね……」
何やら思い詰めた様子でぶつぶつと言葉を呟くグローリア。おそらく自分が取るべき手順を思い描いているのだろう。
逃げるなら今が好機である。この隙に逃げ出してしまえば、あとは写真集の撮影に専念できる。
――と、いう考えはお見通しだったようだ。
「あ、逃げるのは許さないからね」
そんな軽い調子の言葉と同時に、グローリアが逃げ出そうとした問題児に放ったのは魔法トリモチである。青色の液状生物みたいな見た目をした魔法兵器に囚われ、問題児は思わず悲鳴を上げる。
「はい帰るよ」
「待っておい引き摺るな頭が禿げる!!」
「顔がぁッ!!」
「助けて!!」
「あーれー♪」
「神は死んだ!!」
「ショウ君はさっきからそれが好きだね」
魔法トリモチによって拘束された問題児は、学院長の手によってイストラの街を引き摺り回されたあとにヴァラール魔法学院へ強制送還されるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】「あなたは神を信じますか?」の問いかけに対して「私が神だ」と言えちゃう人物。世界を終わらせる死神様ですから。
【エドワード】「あなたは神を信じますか?」の問いかけに対して「筋肉以上に信じるものはない」と言った人物。
【ハルア】「あなたは神を信じますか?」の問いかけに対して、どの神様だろうと疑問に思って片っ端から神造兵器を取り出していたら勧誘がどこかに行った。
【アイゼルネ】「あなたは神を信じますか?」の問いかけに対して「神はいなイ♪」と言い放った人物。
【ショウ】「あなたは神を信じますか?」の問いかけに対して「神は死んだ」と主張した人物。元ネタはクラスメイトから借りた漫画が影響。
【グローリア】「あなたは神を信じますか?」の問いかけに対して「神様はここにいるけど」と言った人物。神下ろしの成功体だし、七魔法王の第一席だからね。