第1話【問題用務員と撮影】
ヴァラール魔法学院は、魔法祭の準備に向けて忙しくしていた。
「今年の来場者予想はどのくらいかな」
「後期の入学試験も控えておりますし、それなりの来場者は期待できそうですね。併せて学院説明会も開催予定です」
「僕って登壇した方がいい?」
「学院長ですから学院説明会にはご登壇いただかないと示しがつきません。ぜひ」
「分かったよ」
ヴァラール魔法学院の来年度入学希望者に向けた説明会を担当する教職員と、学院長であるグローリア・イーストエンドによる打ち合わせの会話が雑踏の中に混ざり込む。
今や、ヴァラール魔法学院全体は3日後に控えた魔法祭の準備に追われていた。生徒は魔法で各々が借りた教室を飾り付け、備品の確認や展示物の用意など忙しそうである。こうした賑やかさは学校らしさもあり、グローリアも思わず笑みがこぼれてしまう。
魔法祭とはヴァラール魔法学院の行事であり、生徒たちが授業で学んだ成果物を発表するのだ。ある生徒は自分が雛から育てた魔法動物をその生態を含めて発表したり、ある生徒は魔法で料理を作って来場者に提供したりなど発表の方法は様々だ。いわゆる学生たちが主体となって執り行うお祭りのようなものである。
賑やかな校内を見渡すグローリアは、
「魔法祭の準備も忙しそうだね」
「そうですね。創立から1000年が経過した記念に、今年度の魔法祭はかなり豪勢な催しがあるみたいで」
「え、そうなの? 知らなかったな」
「また知らない間に決済をしたんですか?」
「う、それを言われちゃうと何も言えなくなっちゃうな……」
打ち合わせ中だった教職員にジロリと睨まれ、グローリアは苦笑で誤魔化す。
実際、魔法祭の運営として積極的に動いているのは副学院長のスカイである。今日も今日とて来場者を驚かせるべく魔法兵器の開発に勤しんでおり、いよいよ大詰めという局面まで来たようだ。「今年はすっごいの用意したから!!」と鼻息荒く語っていたので、もう嫌な予感しかしない。
とはいえ、普段の学院長の仕事ばかりで魔法祭まで手が回らないグローリアの代わりに、副学院長のスカイが生徒たちを取り仕切ってくれているので助かっているのも事実だ。今回ばかりは多少のお馬鹿な行動も許そう。
副学院長のスカイへ密かに感謝していたグローリアだが、
「あー、いいよいいよ。目線こっち目線こっち」
何だか聞き覚えのある声が中庭から聞こえてきた。
別の意味で嫌な予感がしたので、グローリアは何とはなしに中庭へ視線を投げる。
穏やかな秋の日差しを落とす中庭は、機材とか小道具が散らばっていた。どうやら誰かの撮影会が執り行われているようで、先程からパシャパシャという転写機の起動する音が鳴り響く。小道具は購買部の黒猫シェイクのカップや花束など何に使うのか想像できない代物ばかりが揃えられていて、それらを眺めているだけで頭が痛くなる。
その小道具の持ち主は、巨大な筒を取り付けた転写機を片手に脚立を足場にして撮影会に勤しんでいた。
「そうそう、上目遣い上目遣い。上手い上手い」
そんな声をかけながら撮影に興じるのは、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルである。
また何か問題行動をしているのかと思いきや、彼女が転写機を向けている相手はグローリア本人であった。頭痛が加速したような気がした。
何故なら本物のグローリアは、彼らの問題行動を傍目で見ているのだ。なのにグローリアと同じ姿をした誰かが中庭の芝生にぺたんと座り込み、ユフィーリアが向けている転写機に視線を向けている。烏の濡れ羽色をした髪から紫色の瞳、中性的な顔立ちまで完全に瓜二つである。もはや変身魔法で誰かが変身したとしか思えない。
その偽物のグローリアは、真っ白いセーターと茶色い外套という秋らしいお洒落な服装をしていた。何だか自分ではあまりしない類のお洒落さである。普段からお洒落とは無縁な生活をしている本物のグローリアは、あそこにいる偽物の正体が分かったような気がした。
「はい次、珈琲を飲んでるところを」
「ユーリぃ、いい感じの落ち葉を拾ったよぉ」
「散らす!?」
「ほら、いい赤色だぞ」
「お、いいな。いい紅葉じゃねえか」
ユフィーリアが脚立から降りたところで、グローリアは「ねえ」と声をかけた。
「何してるの?」
「もうすぐ魔法祭だから、学院長の非公式写真集『ぼくのすべて〜デート編〜』を販売しようと思って」
ユフィーリアはそこまで語ったところで素早く転写機を転送魔法でどこかに送り、散らばっていた小道具も同様に転送魔法で消す。脚立を回収して逃げ出そうとしたところで、グローリアが放った拘束具『魔法トリモチ』によって拘束された。
それは他に小道具を用意していた問題児どもや、偽物のグローリアも同じである。特に偽物のグローリアは筋骨隆々とした問題児に抱えられて逃げようとしていたので、それだけで正体が誰なのか理解した。
逃げ遅れたこと、そして自分たちが計画していた非公式写真集の計画が本人にバレたことで顔を青褪めさせる問題児どもに、グローリアはいつもの台詞を叩きつけていた。
「ユフィーリア、君って魔女は!!」
「ちくしょう!!」
説教を悟ったユフィーリアは盛大に悪態を吐くのだった。
☆
魔法祭で学院長の非公式写真集を出そうとしたら全力で怒られた。
「僕が一切許可を出していないのにどうして僕の写真集を出そうだなんて考えるんだ、このお馬鹿たち!! 作るならせめて許可を取る気概ぐらい見せなよ!!」
「だってお前、絶対に許さないだろ」
「当たり前でしょ!?」
学院長の金切り声が、キンとユフィーリアたち問題児の鼓膜に突き刺さる。
夏の星屑祭りでも同様の写真集を出したら馬鹿みたいに売れて小銭を稼ぐことが出来たので、ユフィーリアたち問題児は星屑祭りよりも来場者が見込める魔法祭で写真集の第2弾を用意していたらこれである。「今回はあられもない姿は封印して一人称目線のデート風景を撮影しよう」という最愛の嫁のショウから提案してもらい、変身魔法が得意なアイゼルネにも協力してもらって撮影に臨んだのだ。
ちなみに、機材や小道具は副学院長のスカイから借り受けた。また写真集制作の撮影者として協力してもらおうかと思ったら、どうやら魔法祭の運営と自分の研究成果を発表する準備に追われているようで、ものすごーく悔しそうな表情で辞退を申し入れてきた。これで魔法祭の運営に追われていなかったら協力していたのか。
ユフィーリアは頬を膨らませ、
「何だよ、儲かるからいいだろ。出店料は払うんだし」
「僕を商売道具にするなって言ってるの」
グローリアは苛立った様子で、
「大体さ、デート目線って何なの? どこにそんな需要がある訳?」
「舐めないでください、発案者は俺です」
「だと思った。ユフィーリアが考えると大体エロ路線に行くのに、そっち方面に行かないから誰か黒幕がいると思ったら君だったね」
発案者であるショウが自信満々に胸を張ると、グローリアが呆れた口調で返す。物凄く深いため息までおまけ付きだ。
「学院長にはご存知ないかもしれませんが、世の中には学院長とデートをする妄想に耽るご婦人もいらっしゃるんですよ。そう言った方々を『夢女子』と呼びます」
「また異世界知識? 僕とデートに行く妄想してるぐらいなら誘い文句の1つでも考えなよ」
「刺さるようなことを言わないでください。世の中には誘いたくても次元の壁やら何やらかんやらで誘えない場合が多いんですよ」
ショウは不服そうにグローリアへ意見するのだが、事実、ユフィーリアもグローリアの言葉には大いに賛成である。妄想をするぐらいならちょっと勇気を出して自分から誘うのが吉ではなかろうか。
ただまあ、相手は名門魔法学校の学院長で多忙を極める存在だ。デートなどに誘っても十中八九断られるだろう。ならば妄想して気を紛らわせるぐらいしか出来そうにない。
グローリアは「とにかく」と言い、
「僕を題材にした写真集は発売も制作も禁止だよ。さっきの転写機も出してよね」
「え、やだ。あれ副学院長から借りたし」
「やっぱりスカイが絡んでいたんだね、予想できていたけれど!! もしかしてヴァラール魔法学院の創立1000年を記念した豪華な催しってこれのことか!?」
「何言ってんだ、お前」
グローリアが頭を抱え始めてしまったので、ユフィーリアは本気で彼の頭の中身を心配した。先程から読めない話ばかりをされている。
確かに今回で魔法祭も1000回目という記念すべき時になったが、学院長の非公式写真集を販売しようと計画したのは用務員の面々である。何か副学院長に手柄を横取りされたような気分になる。
ユフィーリアは何やら騒ぎ始めた学院長を無視すると、
「撮影再開するか。まだ写真集できるほど撮ってねえし」
「次どうするのぉ? 俺ちゃん的には足踏みつけてほしいけどぉ」
「お前の願望を反映させると売れなくなるだろ。お前にしか需要はねえだろ」
「いっそ学院長非公式写真集の第3弾として『お説教編』みたいなの作ったら、エドみたいな変態が釣れるんじゃないの!?」
「おい誰だ、ハルに頭のいいことを仕込んだのは」
「ショウちゃんじゃないのぉ?」
「俺ではないですが、エドさんみたいに痛めつけられるのは好きな人種は総じて変態さんだぞとは教えた」
「ショウちゃん、俺ちゃんのこと嫌い?」
「尊敬できる先輩ですね」
「ショウちゃんってばどんどん遠慮がなくなってきているわネ♪」
「はい、待って待って。どこに行こうとしてるの」
グローリアに呼び止められ、ユフィーリアたち問題児は不思議そうに首を傾げる。
それもそのはず、10秒前ぐらいに写真集の発売や制作を禁止するように言い渡されたはずなのに、平然と写真集制作の為に撮影再開しようとしていたのだ。「止めろ」と言われたはずなのに、普通に再開しようとしていた。怒られるのも止むなしである。
ユフィーリアは心底面倒臭げな表情を見せた。写真集は儲かるから何としてでも販売したいのだが、当の本人が邪魔である。
ここはひとまず、
「よし、校外で撮影するか」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「ああ」
「あ、こら待て!! 写真集なんか作るな!!」
グローリアの制止など聞かず、ユフィーリアたち問題児は転移魔法で逃げ出すのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】魔法祭でかつて軽食のロシアンサンドイッチを作って爆売れさせたが、あまりの不味さに病人が出たらしい。外れはルージュに作らせた。
【エドワード】魔法祭でかつて肉焼いて売ったらバカ売れした。あの時の屋台を生徒から切望されている。
【ハルア】魔法祭で闇闘技場が開催されていた時に飛び入り参戦して荒稼ぎした経験がある。お小遣い稼げたな!
【アイゼルネ】魔法祭で売られる写真集の為に変身魔法を使用して撮影に臨んだ今回の頑張り屋さん。この日の為に衣装を選び、靴やら化粧も学んだ。楽しかった。
【ショウ】全ての元凶。星屑祭りで売れた写真集の第2弾を計画。
【グローリア】また非公式の写真集の被害者になりかけた。