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第6話【永遠聖女とお昼ご飯】

 保健室からほんの少しだけ顔を出し、左右を要確認する。



「よし」



 リリアンティアは一度だけ頷くと、保健室の扉にかかった札を『外出中』という表記に変更してから急いで立ち去る。早くしないと問題児に捕獲されてしまう。


 あれから自分の食生活を見直すことを考え、今日は白パンに畑で採れたばかりのお野菜を挟んだサンドイッチを作ったのだ。ちなみにサンドイッチの量はリリアンティアの小さな両手に収まるほどに僅かな量なので、見つかったら見つかったで問題児にお昼ご飯へ強制連行されてしまう。

 いつまでも問題児の好意に甘える訳にはいかない。リリアンティアは自立した大人の淑女である。確かにユフィーリアもエドワードも料理上手で美味しい料理をリリアンティアに食べさせてくれるが、食育と称して甘えてばかりでは堕落してしまう。


 そんな訳でリリアンティアも自分の出来る限りでお昼ご飯を用意したのだが、



「あれ、リリアちゃん。そんなに急いでどうしたの?」


「ひゃうあッ!?」


「おっと、大丈夫?」



 唐突に声をかけられて、リリアンティアは飛び上がるほど驚いてしまった。


 声をかけてきたのはヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドである。紫色の瞳を瞬かせ、驚かせてしまったことに対して「ごめんね」と穏やかな声音で謝罪する。

 学院長のグローリアは常日頃から問題児の問題行動に苛まれていたはずである。彼ならばリリアンティアの事情を汲んで、匿ってくれるかもしれない。


 リリアンティアは「失礼しました」と居住まいを正し、



「これからお昼ご飯を食べようと思っていたのです」


「お昼ご飯って、君が今その手に持っている紙包みのこと?」


「サンドイッチを作りました。お手製です」



 未発達な胸を張るリリアンティアに、グローリアは「そっかぁ」と笑う。



「ところで、お昼ご飯はそのサンドイッチ1個だけ?」


「身共が用意できる範囲で作りました」


「足りなくない?」


「身共は聖職者です。贅沢をすることは許されませんので」


「そっかぁ、聖職者の鑑だね。質素倹約の心は僕も見習わなきゃなぁ」



 朗らかに笑うグローリアだが、その長衣の下から薄い板のようなものを取り出す。そういえば、リリアンティアにも配布されたが通信魔法専用の魔法兵器だと説明された気がした。

 ツイツイと指先で板切れに触れていき、そのままグローリアはどこかに通信魔法を飛ばす。呼び出し音が鳴り響くに連れて、嫌な予感がリリアンティアの背後から忍び寄った。


 その呼び出し音がプツリと途絶えた時、グローリアは笑顔を絶やさぬまま言う。



「あ、ショウ君? リリアちゃんが保健室から脱走したよ。中庭付近にいるよ」


『すぐに向かいます』



 板切れから聞こえてきた少年の声に、リリアンティアは顔を青褪めさせる。何ということだろう、学院長も問題児の問題行動に加担してしまうのか。



「ど、どうして言ってしまうのですか!?」


「リリアちゃんの質素倹約の精神には賛同できるけど、だからと言って痩せ細ってまで節約することがいいとは限らないんだよ。今の君に必要なものは贅沢による脂肪の蓄えだと僕は思うね」


「ふ、太りたくないのですが!!」


「君は太らなきゃダメだよ。今の状態はある意味で心配になるほどの不健康なんだ、健康と平和を世界中に説くエリオット教の教祖様がそんな不健康に痩せ細ってると示しがつかないんじゃないのかな」


「ううううう」



 学院長もまさかの問題児と似通った思考回路である。リリアンティアに「太れ」と宣う悪魔のような学院長だ。リリアンティアの乙女心を理解していない証左である。



「学院長様もお痩せになっているではないですか!!」


「僕は珍しくご飯を食べようと思ったし、大人だからね。朝ご飯とお昼ご飯を食べればいいかなって」


「ユフィーリア様の食育の対象にされますよ!?」


「たまに口へ無理やりご飯を捩じ込まれてるからもう遅いね」



 飄々と笑うグローリアに、リリアンティアは自分の説得が何の意味もなしていないことを理解する。これほど説得が無意味に終わるとは悲しい。

 とはいえ、学院長であるこの青年はちゃんとしっかりご飯を食べているのだ。リリアンティアのように「太りたくないから」という理由で質素なご飯を食べた結果、減量に繋がってスラッとした痩せ型を維持している訳ではない。ちゃんと食べた上で魔力痩せの影響を強く受けるから痩せるのだ。


 とにかく今は逃げなければならない。また食育の餌食になる前に、



「捕まえた」


「捕まえた!!」


「みゃー!!」



 突如として地面から生えてきた腕の形をした炎――炎腕えんわんに吊り上げられ、リリアンティアは思わず叫んでしまう。宙ぶらりんの体勢になってもなおジタバタともがくが、炎腕はますますリリアンティアを強めに拘束してくるので逃げようがない。

 後ろからやってきたのは、ハルアとショウの問題児未成年組である。どうやらリリアンティアを食事に誘う為、保健室を訪れていたようだ。保健室方面から走ってやってきた彼らは「逃げちゃダメだよ!!」「ダメですよ」と注意してくる。


 炎腕で拘束されたリリアンティアを連れて、ショウとハルアは元きた道を引き返す。



「学院長、ご協力いただきありがとうございました」


「ありがとう、学院長!!」


「せいぜい健康的に太らせてあげてね。子供に栄養は必要不可欠なんだから」



 爽やかな笑みで学院長のグローリアから見送られ、リリアンティアは本日も問題児の手によってお昼ご飯に連行されていくのだった。



 ☆



 連行された先はレストランでも用務員室でもなく、リリアンティアの畑である。



「よう、リリア。脱走を企んでも昨日のうちに学院中へ根回し済みだから諦めろよ」


「早く言ってくださいぃ……」



 畑付近の土を魔法で掘っていたユフィーリアは、脱走に失敗したリリアンティアを笑いながら出迎える。


 何か植物でも埋めるのかと思ったが、彼女のすぐ側にあるのは縦に長い鉄製の窯である。どうやらその鉄製の窯がすっぽり入る深さに到達するまで土を掘っているようだ。

 畑には何の影響も及ぼさない位置を掘っているのでリリアンティアが気にするようなことはないが、どうしてリリアンティアの管理する畑のすぐ近くで穴掘りに勤しんでいるのか謎だ。縦に長いだけの窯の存在も意味不明である。


 エドワードに掘ったばかりの穴へ鉄製の窯を設置してもらいながら、ユフィーリアは「実はさ」と口を開く。



「購買部でいい溶岩を取り寄せたから、溶岩焼きピザでも作ろうかと思ったんだよ」


「溶岩を取り寄せることなんて出来るのですか!?」


「出来るよ、ほら」



 ユフィーリアが魔法で転送させてきたものは、瓶詰めにされた真っ赤な液体である。一抱えほどもある瓶が複数個ほど彼女の足元に転がり、その全てに赤く燃える液体が並々と注がれている。

 ボコボコと沸騰するそれは、どこからどう見ても溶岩である。その溶岩の熱に耐えられる瓶の存在にリリアンティアは驚愕した。普通は耐えきれずに溶解してもおかしくないのに、よくもまあ運んでこれたものである。


 軽い調子で笑い飛ばしたユフィーリアは、



「まあこれは調理用溶岩だから、本物の溶岩と比べるとだいぶ温度は低いぞ。本場の溶岩焼きは防衛魔法とか諸々が必要だしな」


「調理用溶岩なんてあるのですか……」


「あるんだな、これが。ちょっと専門店に取り寄せなきゃいけねえから時間かかるけど」



 掘ったばかりの穴へ調理用溶岩とやらを流し込みつつ、ユフィーリアは言う。「本物の溶岩は土に何らかの影響があるからな」と、リリアンティアの畑を気遣ってくれている素振りも見せた。



「それと、今日はお客様がいるぞ」


「お客様ですか?」


「おうよ、お客様」



 ユフィーリアが指差した方向には、慣れた手つきで鶏肉の下処理中の女子生徒がいた。赤いおさげ髪と緑色の瞳が特徴的な少女である。

 彼女の姿を認めると、ハルアとショウが口を揃えて「リタ!!」「リタさん」と名前を呼ぶ。そうだ、1学年のリタ・アロットである。保健室の名簿で何度か見かけたことのある名前だ。


 リタはパッと顔を上げると、



「こんにちは、ハルアさんとショウさん。リリア先生も」


「その鶏肉はどうしたの!?」


「両親が仕送りと称して鶏肉を丸ごと送ってきたんです。10羽ぐらい」


「それはさすがにお1人で処理するのは厳しいですね……」



 どこか嬉しそうな笑顔を見せるリタは、



「ユフィーリアさんにお話をしたら、溶岩焼きピザを振舞ってくれるとのことでしたので下処理のお手伝い中です!!」


「リタ嬢、鶏肉の下処理の手際がいいな。親に習ったか?」


「父から教わりました!!」



 器用にまな板の上で鶏肉を処理していくリタ。その手際は確かに鮮やかなもので、まだ若いながらも正確に鶏肉の下処理が出来るのは凄いと思う。



「リリアには畑から野菜を分けてほしいんだよ。今の時期ならアメシストナスとかオニキスポテトとか育ててるだろ?」


「確かに育てておりますが……」



 そう聞いて、リリアンティアは畑の付近で溶岩焼きピザの準備に勤しむ問題児たちの目論見に気づいた。


 畑から新鮮な野菜を収穫して、ピザに乗せようということなのだろう。多数の野菜を収穫して持ち運ぶとなれば移動も大変だが、畑のすぐ近くで調理すれば足りなくなったら畑からまた取ってくればいいだけだ。

 溶岩焼きも、調理するなら屋内よりも屋外でやった方がいい。室内の設備では溶岩を流し込んで耐えられるような場所はないし、今の時期の気候であれば屋外で食事をするのにも最適である。


 リリアンティアは大きく頷き、



「分かりました、お野菜を収穫してきます」


「今が旬の野菜と、あとリリアが食べたい野菜を頼む。何でもいいぞ」


「はい!!」



 畑に足を踏み入れたリリアンティアは、



「ハルア様、ショウ様。お野菜の収穫のお手伝いをお願いします!!」


「あいあい!!」


「任せてください」



 人手としてショウとハルアにも野菜の収穫の手伝いを申し入れ、リリアンティアは弾んだ足取りで野菜収穫の為の道具を取りに向かう。

 昨日はただ食事面で甘えるだったので気が引けたが、今日は別だ。野菜を提供すれば美味しいピザが食べられるのであれば、喜んで手塩にかけた野菜を分けよう。ユフィーリアほどの腕前であれば美味しく調理してくれるという確信があった。


 ハルアとショウはリリアンティアの顔を覗き込み、



「ちゃんリリ先生、嬉しそうだね!!」


「何だかお母さんのお手伝いをする娘さんみたいです」


「お母さん……」



 リリアンティアはショウの言葉を反芻する。


 母親と過ごした記憶は、遥か昔のことで酷く朧げだ。リリアンティアが神託を受けて成長が止まる前も、こうして母親の手伝いをしていたのだろうか。

 その感覚は分からないが、誰かの役に立てるという喜びと褒めてもらえるかという期待感はある。「よくやったな、リリア」と言ってユフィーリアに頭を撫でてもらったら嬉しいかもしれない。



「どうなのでしょう、身共の母様は遥か昔に亡くなられてしまったのでよく分かりません」



 でもきっと、間違いではない感情である。



 ――ちなみにユフィーリアお手製の溶岩焼きピザだが、リリアンティアが興味本位で極北サツマイモと呼ばれる真っ白い芋を持ち込んだら、チーズと蜂蜜をぶっかけた溶岩焼きピザを焼いてくれたのでしっかり完食した。

《登場人物》


【リリアンティア】ただ甘えるだけなら気が引けるのだが、お手伝いをしたあとに食べるご飯は最高だな!


【ユフィーリア】古今東西、あらゆる料理の調理方法を学んだ。こだわり出すと止まらない。

【エドワード】肉料理を作らせたらユフィーリアさえ凌ぐ。得意な肉料理は燻製。冬場は備蓄とか必要な環境で幼少を過ごした影響である。

【ハルア】この前、お腹が空いたのでサンドイッチを作ったのだが、固定させる為の串がなくて代わりに包丁をブッ刺したらユフィーリアから引っ叩かれた。

【アイゼルネ】紅茶を入れるのであれば誰にも負けない。

【ショウ】まだ異世界には最愛の旦那様でさえ知らない料理が存在するのだ……!!



【グローリア】夜ご飯は忘れがちだが、朝と昼は比較的食べている。1日2食で生活。

【リタ】リリアンティアと同様、最近ちょっと太ったのでユフィーリアに相談してみたら「フィールドワークを増やせ」と言われたので実行したら痩せた。間食が原因だとは自覚している。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 学院長先生までもがリリアンティア先生が健康的な状態に回復するためにユフィーリアさんたちと協力をしてい…
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