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第5話【問題用務員と夕飯争奪戦】

 その日の夕飯である。



「ただいま!!」


「ただいまです」


「みゃー……」


「お帰り、お前ら。相変わらずリリアは抵抗したんだな」



 おやつが終わって、仕事がまだ残っていると訴えるリリアンティアを一時的に解放したのだが、全速力で逃亡を図ったので未成年組の監視を再びつけさせたのだ。問題児の足の速さから逃げたいのであれば転移魔法でも覚えた方が吉である。

 それから夕方までショウとハルアの未成年組がリリアンティアの仕事を手伝い、夕飯時になってまた宙吊りの状態で連行されてきた。だいぶ抵抗したのか、頭巾からこぼれる彼女の髪がボサボサに乱れている。その上、表情も何だか諦めの境地に達している様子だった。


 ユフィーリアはショウとハルアによって引きずられてきたリリアンティアの頬を両手で押さえ、



「観念しろって言っただろ」


「うう、太りたくないです……太りたくないんです……ユフィーリア様にはこの乙女心が分からないのですか……」


「太ったら太ったで、今度はエドによる筋トレ合宿だよ。まずは太れ、話はそれからだ」



 ユフィーリアは次いでショウとハルアの頭を撫でてやると、



「お前ら、よくやった。褒めて遣わす」


「ありがたき!!」


「ありがたき」


「ご褒美ってほどじゃねえけど、今日は樟葉くずのは姐さんからたっぷり食材をもらったから飯も豪勢にしてみた。手ぇ洗ったら食おうぜ」


「わあい!!」


「わあい」



 ショウとハルアは宙吊りにしたリリアンティアを抱え、居住区画の洗面所に駆け込んでいく。今日はしっかりリリアンティアの仕事の手伝いをしてきたから、食べ盛りの彼らはお腹が空いている頃合いだろう。


 未成年組とリリアンティアが洗面所に消えていく様を見送ったユフィーリアは、夕飯の準備の為に居住区画の台所に戻る。

 台所では、ちょうどエドワードが鍋の調子を確かめていた。団欒を楽しむ机の上にはすでにアイゼルネが配膳を整えてくれていて、真ん中には中心に大きな穴が開いた箱のようなものが置かれている。今回は豪勢な食材も手に入り、秋も深まって冷え込んできたので鍋料理だ。


 ユフィーリアは料理の準備中であるエドワードの手元を覗き込み、



「どんなものだ?」


「出来栄えはいい感じだよぉ」



 エドワードは小皿に鍋のスープをすくうと、ユフィーリアに小皿を渡してくる。



「どぉ?」


「ん、いい感じ」


「樟葉さん直伝だから美味しくない訳ないもんねぇ」


「だな」



 ユフィーリアとエドワードで互いに拳を突き合わせ、仕事を讃える。リリアンティアの食育に関してはエドワードの協力も不可欠である。


 そこへ、ハルアとショウが「ご飯!!」「今日は何だろうな」などと楽しそうに今晩の夕飯を予想しながら洗面所から戻ってきた。その後ろからシワシワの表情を浮かべたリリアンティアが続く。手を洗って萎んだようである。

 もはや逃げられないと悟ったリリアンティアは大人しくハルアとショウに挟まれるような形で椅子に座る。そこまで贅沢なご飯が嫌なのだろうか。だが心を鬼にして彼女に食事をさせないと、本当に痩せ細ってミイラになりかねない。


 未成年組が席についた頃合いを見計らい、エドワードが鍋を机の上の中心に置かれた箱に乗せる。グツグツと煮立つ鍋は茶色いスープと肉や野菜、極東でよく食べられる豆料理の『豆腐』が浮かんでおり甘辛い匂いが食欲を唆る。



「今日は樟葉姐さんからいい肉をもらったから、極東料理で有名な『すき焼き』にしたぞ。スープも樟葉姐さんから調理方法を教えてもらった」


「俺ちゃん自信作だからたくさん食べなねぇ」



 想定よりも豪華な夕飯に、ショウとハルアの瞳がキラキラと輝いた。彼らは一度、極東で本場の『すき焼き』を食べているから物足りないとは思うだろうが、味に関しては樟葉からしっかり調理方法を聞いてエドワードが出来る限り再現したものである。多少の味の変化はご愛嬌だ。

 材料は樟葉からもらった高級な肉や新鮮な野菜をふんだんに使い、白滝しらたきと呼ばれる半透明でツルツルとした食感の食材はなかったので白麺しろめんで代用した。味のない白麺にも茶色いスープが染み込んでおり、美味しそうにグツグツと煮えている。


 次いで、ユフィーリアは釜からご飯をよそう。極東で食べた釜で炊いた米があまりにも美味しくて感動し、用務員室にも導入した訳である。おかげで用務員室でも美味しいご飯が炊けるのだ。



「ついでに栗ももらったから栗ご飯ってのを作ってみた。こっちはアタシの自信作な」


「うわ豪華!!」


「栗ご飯まで食べられるとは感動だ……!!」



 茶碗によそった栗ご飯は、大粒の栗を使用した自信作である。極東料理の料理本を研究した甲斐があったものだ。極東では秋の味覚をふんだんに使用した『栗ご飯』は代表的な主食とされていると料理本にも書いてあったので、リリアンティアの食育がてら導入してみたのだ。

 やはり極東は食の宝庫と呼ばれるだけある。彩り重視で栄養価の高い食事ばかりだ。幅広い国の料理を作ることが出来るユフィーリアでも、まだまだ学びが足りないと思ってしまう。


 栗ご飯が全員に行き渡ったところで、ユフィーリアは「さて」と号令をかける。



「全員、両手を合わせて」



 問題児どもとリリアンティアが両手を合わせる。



「いただきます」


「「「「いただきます!!」」」」


「い、いた、だき、ます」



 極東式の食事開始の合図に、ほぼ全員の箸がすき焼き鍋に殺到した。置いてけぼりになったのはリリアンティアだけである。



「お前ふざけんな、肉を多めに取りすぎだろうが!!」


「追加で入れればいいじゃんねぇ、まだ塊の肉が残ってるよぉ」


「こういうのは早い者勝ちだってオレは学んだよ!!」


「いらないところを学んでるんじゃないわヨ♪」


「みんな狡い、お肉ばっかり狙わないでほしいのだが!!」



 争奪戦が起きたのは目論見通り肉である。高級な肉は甘辛いスープの味が目一杯に染み込んでおり、口に入れた途端に解けて消えてしまうほど柔らかくて脂身が甘い。非常に美味しい肉である。

 肉好きのエドワードと食べ盛りのハルア、ショウによる肉争奪戦が起き、アイゼルネは味が染みた豆腐に舌鼓を打つ。ユフィーリアも自分の器に食べる分だけ確保して、早々にすき焼き戦線を離脱していた。


 ついていけていないのは、リリアンティアだけである。目の前で行われる争奪戦に唖然としている様子だった。



「リリア、食わねえのか? もしかしてスプーンとフォークだと食いにくい?」


「いえ、あの……」



 手付かずの食事を前に、リリアンティアは言い淀む。また「痩せたいから食べたくない」とでも言うかと思えば、ちょっと違っていた。



「皆様の勢いが凄くて……」


「ちゃんリリ先生、遠慮してたら死ぬよ!! ご飯は戦場だよ!!」


「そ、そうなのですか!?」


「ンな訳ねえだろ、お前だけだそう思ってんのは」



 ハルアから言われた物騒すぎる食事に対しての心得を本気で信じるリリアンティアに、ユフィーリアは「お前も信じるな」と呆れたように言う。



「ほら、お前も遠慮してんじゃねえ。これはお前の成長の為に必要なんだから」


「あ、あ、そんな多めに、多めに」



 鍋に残った肉や野菜、味が染みた白麺などをリリアンティア用に誂えた器へ多めに盛り付けて狼狽える聖女様に突き出してやる。

 初めてのすき焼きを前に、リリアンティアは困惑していた。痩せる為に贅沢はしたくない、だが目の前には自分が食べたことのない極東料理が待っているのだ。突き出されるままに器を受け取ってしまったリリアンティアは、どうしていいか分からずに助けを求めるような視線をユフィーリアに寄越してくる。


 ユフィーリアは栗ご飯を箸で器用に口へ運びながら、



「リリア、お前の今日の目標は2杯な。いきなり腹がはち切れるほど食ったら身体に悪いし」


「2杯……この量を……」


「お残しは許さねえからな」



 多めに盛られた器と睨めっこをするリリアンティアに、ユフィーリアは厳しめに告げる。


 もちろん、胃の許容量を考えて『目標は2杯』と言い渡したのだ。それでも胃の許容量には個人差があるし、リリアンティアがどうしても食べられなければハルアが残飯処理係になるだろう。あくまで目標である。

 リリアンティアは観念したように息を吐き、それからフォークを手に取る。まだ箸に不慣れな彼女に、いきなり箸を使わせるのもあれである。まずは慣れた食器を使わせるのが1番だ。


 フォークで器に盛られた肉をブッ刺し、リリアンティアは修道服を汚さないように気をつけながら口に運ぶ。そして、



「――――――――ッ!!」



 声にならない悲鳴を上げた。


 痛みや不味さなどではなく、クワッと瞳が見開かれた直後に彼女の表情が蕩ける。もきゅもきゅと口の中に入れた肉の旨みを味わうように咀嚼し、次の肉をフォークで順調に口へ詰め込んでいく。

 どうやらリリアンティアの舌に、極東料理は合致したようである。とても幸せそうな表情ですき焼きを頬張るものだから、見ているユフィーリアたちまで表情が緩んでしまいそうになる。



「美味いか、リリア」


「はい、とても美味しいです!!」



 満面の笑みで言うリリアンティアは、



「お肉も口の中に入れた途端に解けちゃいました!!」


「口に合ったようで何よりだ」



 ユフィーリアは密かに安堵する。味が濃すぎたり、口に合わなかったらどうしようかと思っていたところだが、リリアンティアの味覚にすき焼きの味は美味しく受け取ってもらえたようだ。



「でもリリア、のんびり食ってるとなくなっちまうぞ」


「はぅあッ!?」



 リリアンティアは目を剥く。


 鍋にあったすき焼きは僅かなものになっていた。いつのまにかエドワード、ハルア、ショウの問題児男衆3人組が片付けてしまう勢いで口に運んでいた。

 文字通り、食事は問題児にとっての戦場である。特にこの大皿料理や鍋料理などは火種になりかねない。お客様であるリリアンティアがいたとしてもお構いなしだ。


 肉を口に詰め込むハルアは、



「言ったでしょ、ちゃんリリ先生!! ご飯は戦争だよ!!」


「狡いです、身共の分も取っておいてください!!」


「味わって食べるのは2杯目からですよ、リリア先生」



 ショウにも厳しい助言を受け、リリアンティアは負けじと鍋に残った具材をかき集める。それでも2杯目として数えるにはあまりにも少なすぎる量だ。食育の効果がまるでない。



「リリアがまだ食えそうなら具材を追加するか」


「肉多めねぇ」


「オレもお肉ほしい!!」


「おねーさん、豆腐がもっと食べたいワ♪」


「出来れば白麺の割合を増やしてほしい」


「身共もお肉がほしいです、ユフィーリア様!!」


「分かったから落ち着け、興奮するな」



 あっという間になくなったすき焼きに苦笑しつつ、ユフィーリアは具材の追加を準備する。「贅沢品は食べない」と意固地になっていた聖女様はどこへやら、今はユフィーリアが炊いた栗ご飯を頬張って幸せそうに頬を緩ませていた。

 それからリリアンティアは目標である『おかわり2杯』を超えて3杯も平らげ、満足げな表情で自分の部屋に帰っていった。

《登場人物》


【ユフィーリア】大勢で大皿を突き合う料理では他人がいても容赦はないし、よくエドワードと争奪戦を起こす。

【エドワード】幼い頃からユフィーリアに教育された結果、大皿料理は争奪戦が起きることを想定して素早く獲物を狙うようになった。相手が上司だろうがお構いなしである。

【ハルア】大皿料理は戦争だ、といういらんことを学んだ人造人間。ユフィーリアとエドワードというこの世で最も理不尽な連中を相手にしていたからである。

【アイゼルネ】大皿料理の争奪戦に挑むものの、結局はお腹いっぱいになってハルアに横流しする。

【ショウ】争奪戦をするような賑やかな食卓を囲むことはなかったので、最初の頃は遠慮がちで取れなかったことが多い。今ではすっかり図太い神経の持ち主になったので奪い合いにも遠慮がない。


【リリアンティア】最初は遠慮していたけれど、最終的には末っ子根性で未成年組とやり合うようになった。このあとお土産として栗ご飯のおにぎりをもらった。でも部屋に帰って贅沢をしてしまったと頭を抱えて反省することになる。

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