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第3話【問題用務員と食育】

 きっかけは『秋は体重増加の危機。簡単ダイエット方法!!』などと謳われた雑誌である。



「馬鹿野郎!!!!」



 珍しく、非常に珍しくユフィーリアの口から怒号が放たれた。


 こんな雑誌を間に受けるとは純粋で可愛いものだが、一歩間違えれば危うく餓死である。ただでさえ痩せ型のリリアンティアには必要のない代物なのに、どうして挑戦しようと思ってしまったのか。

 怒鳴られたリリアンティアは、新緑色の瞳に涙を溜めて「ご、ごめんなひゃぃ……」と小声で謝罪する。自分でも悪いと思っている節はあるようだが、間違った減量方法を鵜呑みにしてしまうほど世俗の常識に疎い面は仕方がないと言えよう。だとしても説教の意思は変わらない。


 ユフィーリアはやたらキラキラした表紙の雑誌を氷漬けにし、



「こんな嘘っぱちな情報しか書いてねえ雑誌の内容を信じるぐらいならアイゼに相談しろ!! いつも言ってんだろうが、何かやりたいこととか挑戦したいことがある時は1回立ち止まって周りの大人に相談しろって!!」


「う、嘘なんですか!?」


「嘘に決まってんだろうが!!」



 雑誌の内容が嘘であることを指摘され、リリアンティアは本気で驚愕していた。


 内容を確認したユフィーリアが思うに、確かにまあ「痩せるだろうな」というような情報である。食事は野菜が中心、過食は控える、運動をするなど当たり前な情報しか書いていない。ただ、それらの情報が必ずしも正しいものであるとはどこにも書いていないのだ。

 野菜だけしか食べないのは逆に不健康のもとになるし、過食は控えるとは言っても世の中には魔法を使うたびに痩せていく『魔力痩せ』もある。痩せたくないのに痩せてしまう魔女や魔法使いのことを考慮していない書き方である。販売を制限したほうがいい雑誌だ。


 ため息を吐いたユフィーリアは、



「何で急に痩せたいだなんて思い始めたんだ?」


「そ、それは……」


「言ってごらん、怒るから」


「お、怒るんじゃないですかぁ……」



 リリアンティアは泣きそうになりながらも、減量の理由を口にする。



「ざ、雑誌もそうですが、秋は美味しいものがたくさんあって……その、ちょっと太っちゃったので……」


「神託の影響で一定量の体重増加はねえだろ、増えて何になるってんだ」


「見苦しいとは思われたくないのです……」


「お前のどこが見苦しいんだよ。痩せすぎて出汁を取るぐらいしか使い道がねえよ」



 ユフィーリアの辛辣な言葉に、リリアンティアは「ぴぃ……」と甲高い声で鳴くばかりだった。


 リリアンティアは神託の影響を受けている聖女なので、11歳から歳を取ることがない不老不死の存在だ。身体的な成長の部分は神託の影響を受けない範囲で増やすことは出来るが、一定量を超すことは出来ないので年齢に合わせた平均的な数値で止まってしまう。この部分は魔女の従僕契約で不老不死の存在となった従者たちにも言えることだ。

 だが逆に、下限はない。上限はあっても「減らしたい」と思えばどこまでも減量できてしまう。「神託の意味なんてないじゃねえか」と叫びたいところだが、そもそも神託の影響を受けている人間がリリアンティアぐらいなものなのでまだ解明されていない部分が多いのだ。


 ユフィーリアはエドワードへと振り返り、



「おい、エド。樟葉姐さんからもらった食材の中に果物とかあったよな」


「あったねぇ、林檎とか栗とかいっぱいあるよぉ」



 エドワードが「ほらぁ」と居住区画からもらってきたばかりの果物を見せてくる。

 艶々と輝く林檎に大粒の栗、芳醇な香りを漂わせる葡萄などその種類は多岐に渡る。これだけ秋の味覚が揃っていれば色々と美味しいおやつが作れそうである。作り手の腕前が試される種類だ。


 頷いたユフィーリアは、



「じゃあ購買部に行って砂糖と小麦をありったけ買ってこい。コイツは太らせねえとダメだ」


「はいよぉ」


「おねーさんも行くワ♪」


「ふええッ!?」



 いきなりの太らせる宣言に目を剥いたリリアンティアは、



「そんな、身共が贅沢をする訳にはいきません!! 減量を止めてしっかり食べればいいのでしょう!?」


「じゃあ何を食べる予定か言ってごらん、怒るから」


「何言っても怒るじゃないですかぁ!!」



 半泣きのリリアンティアに、ユフィーリアは「あのな」と呆れ口調で言う。



「お前の質素な食生活が信者に知られたら真似するだろ。『教祖様があのように質素倹約な生活を送っているなら自分も』ってなったら、多くの人間が痩せ細って健康どころの話じゃなくなるっての」


「はぅあ……」



 痛いところを突かれてしまい、リリアンティアはとうとう地面に伏せて泣き出してしまった。


 別にユフィーリアだってリリアンティアを泣かせたくて泣かせている訳ではなく、虐めたいから虐めている訳でもない。彼女の健康と、彼女が目指す理想の世界を鑑みての厳しい意見だ。

 平均体重を大幅に下回っているリリアンティアは、いつぶっ倒れてもおかしくない状況だったのだ。普段から節制して質素な食生活を送り、贅沢をしないというのは美徳かもしれないが、栄養を補給するには自分の考えを改めて贅沢もよしとしなければならない。過ぎる贅沢は身体に毒だろうが、リリアンティアの現状から言えば足りなさすぎるのだから贅沢させなければダメだ。


 床に突っ伏してシクシクと泣くリリアンティアの肩を叩いたユフィーリアは、



「リリア、これからは用務員室で飯を食ってもらうからな。肉体改造しなきゃこの先倒れるぞ」


「贅沢させる気です……そんなの教祖として……聖職者として悪いことなのです……」


「ダメです、聞き入れません。何せアタシは問題児だからお前の事情など鑑みないのだ」


「ぴえええ」



 泣き落としも虚しく失敗し、リリアンティアに残された道は問題児による肉体改造計画に屈する他はない。

 大体、しっかり食事をしたところで多少の体重は戻るだろうが、やはり平均体重には届かないところが難点だ。ここは大人しく肉体改造計画を受け入れ、心身共に健康な教祖としての姿を見せるべきなのだ。質素倹約の精神もいいものだが、そんなことは言ってられない痩せ方なのだから文句を言われても無視である。


 リリアンティアは涙に濡れた緑色の瞳でユフィーリアを睨み、



「ゆ、ユフィーリア様は身共を堕落させるつもりなのです……この魔女め……!!」


「魔女だよ、生まれてから今までずっとな」



 当たり前のことを今更恨まれても屁の突っ張りでもないユフィーリアは、これから購買部に出かけようとするエドワードとアイゼルネを呼び止める。



「エド、アイゼ。ついでに箱で雪塩バニラのアイスクリームを買ってこい」


「いいけどぉ、何を作る予定なのぉ?」


「ヨクモフ・アップルケーキを作る。あれにアイスクリームを添えて食うと美味いんだよな」



 ユフィーリアが宣言したおやつの内容に、ヨクモフ・アップルケーキを知らないショウが不思議そうに首を傾げた。



「ヨクモフ・アップルケーキ? そんなものがあるのか?」


「北国で有名な焼き菓子で、ふわふわしたスポンジの中に甘く煮た林檎を入れたケーキだよ。出来立てで熱い横に冷たいアイスクリームを添えて食うと美味いぞ」


「おお」



 ショウの赤い瞳が輝く。甘党である嫁ならば絶対に気に入るとユフィーリアは確信していた。


 ヨクモフ・アップルケーキとは、北国で代表的な焼き菓子として今の時期に食べられる定番おやつだ。寒い地域では林檎の栽培が有名で、林檎を使ったお菓子がたくさんある中で最も人気のあるものがヨクモフ・アップルケーキである。

 昔は硬めに焼いた土台に甘く煮た林檎が入ったケーキだが、今ではふわふわなスポンジの土台に甘く煮た林檎を入れてアイスクリームを添えるのが主流になっている。随分と豪勢になったものだ。


 すると、



「ほえー……」



 見れば、リリアンティアがポカンとした表情でユフィーリアを見上げていた。新緑色の双眸を瞬かせ、半開きの口から僅かに涎が垂れる。

 リリアンティアもまた大の甘いもの好きであることはユフィーリアも知っていた。お子様だからお菓子やケーキといった甘いものに目がなく、減量前はたびたび用務員室のおやつを食べに来ていたぐらいである。その反応を見る限りだと、ヨクモフ・アップルケーキを食べたことはないようだ。


 ユフィーリアはニヤリと悪い笑みを見せて、



「食べたそうだな?」


「はッ」



 リリアンティアは慌てて自分の口元を修道服の袖で拭う。



「そんなことは言ってません。贅沢は敵です、ケーキも食べないのです」


「おかしいな、減量前はよくおやつを食べに来てたのにな」


「身共は生まれ変わりましたのです」



 ツンとそっぽを向いて頑なに贅沢を敵視するリリアンティアに、ユフィーリアは「いいのか?」と問いかける。



「極東地域で育った林檎だから多分美味いぞ。これを甘く煮て食べたら美味しいだろうなぁ」


「う」


「それに言ったろ、お前が食わなきゃ信者が真似をするぞって。誰も贅沢しなくなって質素倹約する信者が増えれば、今度は餓死者が増えるんじゃねえか? 誰でも質素な飯なんて食って健康になれねえんだから」


「ううう」


「質素倹約をするのは今まで贅沢してきた人間だけでいいんだよ、リリア。お前は十分に努力して節約してきたんだろ、今まで我慢したんだから今度は『ちゃんとご飯食べてこんなに健康になりました』ってのを見せてやればいいんだよ」


「うにぃぃぃ」



 リリアンティアは歯を食いしばって自分自身の中の欲望と戦っている様子だった。


 何を悩む必要があるのか。贅沢が敵だと宣うのであれば、信者の為と割り切ればいいだけの話である。太っている人間が痩せる為にリリアンティアを見習って質素倹約を心がけるならばまだしも、元から痩せている人間や孤児を相手に質素倹約の姿を見せればますます痩せ細ること請け合いなしだ。

 世界中に健康と安らぎを届けたいのであれば、まずは自分自身が健康的な姿を見せるのが1番である。それが出来ないのであれば教祖として失格だ。


 そんな訳で、



「はい、リリアはこれから用務員室で肉体改造計画を受けることにします。これは決定です、文句は聞かねえ」


「そんな、身共にはお仕事が!?」


「おっと、そうだったそうだった。真面目で勤勉な聖女様を拘束する訳にはいかねえな、問題児じゃねえんだし」



 リリアンティアに肉体改造を施すことを決定したユフィーリアは、ショウとハルアに視線を向ける。



「ハルとショウ坊、リリアについて行って仕事を手伝ってこい。それで3時になったら仕事を中断して連れてこい」


「あいあい!!」


「了解した」


「ちょッ、ハルア様とショウ様!?」



 仲良くなったハルアとショウまで肉体改造計画に加担してしまったことに、リリアンティアは「そんな!?」と絶望した様子で叫ぶ。

 そうは言っても、これほどまで痩せ細ればさすがに味方は誰もいなくなる。彼女の部下である修道女も「食べた方がいいですよ」と言うに違いない。


 ユフィーリアはポンとリリアンティアの背中を叩き、



「はい、リリア。行ってらっしゃい」


「ま、待ってくださいユフィーリア様、身共はまだ屈した訳ではぁぁぁ」



 笑顔のユフィーリアに見送られ、リリアンティアはショウとハルアによって用務員室の外に連れ出されるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】自慢はエドワードをあそこまで成長させた実績があるので、他人の食育は得意。そういった資格も取得済み。

【エドワード】ユフィーリアに触発されて自らもそういった資格を取った。おそらく食育に関してはユフィーリアの方が得意だと思ってる。

【ハルア】人造人間なので食育の効果はないのだが、泥水みたいな食事から綺麗な食べ物で美味しいものだと理解したので結果的に食育が成功している。

【アイゼルネ】昔と違って肌艶もよくなったのは、おそらくユフィーリアの食育の効果だと思う。

【ショウ】胃袋も拡張され、鶏ガラみたいな身体がちゃんとしっかり肉付きも良くなってきた。旦那様のご飯が美味しいから食育の効果はある。


【リリアンティア】贅沢は敵だと頑なに豪勢な食事を拒否するのだが、本当は美味しいものを食べすぎて太っちゃったからが理由。贅沢をしないという理由を盾にして減量を企むが問題児に説教をされ、問題行動に強制的に巻き込まれることになる。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「ま、待ってくださいユフィーリア様、身共はまだ屈した訳ではぁぁぁ」 リリアンティア先生の必死な抵抗が可愛…
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