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第2話【問題用務員と痩せすぎ】

 大量の食材が用務員室の前に積まれていた。



「いいんすか、樟葉くずのは姐さん」


「ええ、もちろん」



 銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、用務員室の前に積み上げられた品々を目の当たりにして「ほへえ」と声を漏らしてしまう。


 きっかけは植物園の管理人として勤務しているはずが余計なことしかしねえクソ狐、八雲夕凪やくもゆうなぎの妻である樟葉が来訪したことである。用務員室の扉が急に叩かれたものだから有給を使って嫁の実父が遊びにきたのかと思えば、扉の先には大量の食材と共に樟葉が毛並みのいいふさふさの尻尾を揺らして立っていたので驚いた。

 積み上げられた食材は米俵に肉に魚、質のいい野菜など多岐に渡る。中には酒樽も発見したので、これから飲むことに困ることはしばらくなさそうだ。これら全て樟葉が管轄している極東地域の原産品だろう。


 樟葉は朗らかに笑い、



「毎年食べきれないほどの量が我が社にも奉納されてくるんですよ。旦那様はあれでも豊穣神なので」


「これだけ実りを与えてやるなんて、立派な豊穣神だな」



 ユフィーリアは素直に感心する。


 普段こそ飲んだくれて、嫁や部下にいやらしい言葉を投げかけてくるエロ狐だが、曲がりなりにも豊穣神と呼ばれるだけの実力はあるようだ。奉納ということは実りを与えてくれた豊穣神に対するお礼の気持ちの表れなので、極東地域の人々も食うに困らない程度の食料は確保されているはずだ。

 しかもこれだけ質のいい肉や魚、米などが奉納されるとは極東地域の豊穣神は羨ましいことである。用務員室の前にも積まれた食材は用務員の5人で消費する食料の約3ヶ月分の量に相当するのだが、この量を「お裾分け」程度で持ってくるなら果たして総量はどれほどのものなのか。


 樟葉は「すみません」と申し訳なさそうに謝罪し、



「いきなりお持ちしてご迷惑でした?」


「いやいや、ちょうど食材もなくなってきたしどこで買うか相談してたところなんすよ」



 ユフィーリアは「逆に助かったわ」と笑顔で返す。


 実は用務員室の食材が今にも底を尽きそうだったので、どこかで調達するかと大人たちで相談していたところなのだ。幸いにも未成年組はお出かけ中なので難しい話をしても聞かれることはない。

 市場の相場と確認をし、多少の値引きをしてもらって色々とやりくりをしている訳である。「米はどこが安い」とか「小麦はあそこがお買い得だった」とか「今はこの商品が安い」とかの議論が白熱している時にこの申し出なので、非常にありがたい。


 樟葉は嬉しそうに破顔し、



「喜んでいただけて何よりです。これから他の皆様にもお届けしようかと思っておりまして、同じ量で大丈夫でしょうか?」


「他、え? 同じ量?」



 樟葉の発言に、ユフィーリアは目を丸くする。



「同じ量って、ここと?」


「はい」


「同じ量を?」


「同じ量をですが……」


「えっと、それってあげる相手は七魔法王セブンズ・マギアスの連中っすかね?」


「もちろんそうですが……」



 ユフィーリアの表情が曇っていくのを察知して、樟葉は「あの……」と不安げに返す。


 用務員室でこの大量の食材を全て消費するのに約3ヶ月ほどかかると試算されているのだ。大食漢であるエドワードがいれば1日で消費できることも吝かではないだろうが、それにしたって5人で消費するには多い食材の量である。

 まして、他の七魔法王セブンズ・マギアスは結婚もしていなければ家族もいない独り身である。嫁の実父は奥方に先立たれた男やもめだが、彼の場合は料理を苦手とする部類なので使いきれないほどの食材をもらっても持て余してしまうのは請け合いなしだ。


 少し考えてから、ユフィーリアは樟葉に提案する。



「これの半分の半分の半分ぐらいで大丈夫なんじゃないですかね」


「え、それは少なくないですか?」


「いや、あいつら料理を一切しねえからそれぐらいでちょうどいいんすよ。ああでもリリアのところの奴はこの量より少し多めの分を、エリオット教本部にあげてやったらいいじゃないっすかね」



 リリアンティアを教祖とするエリオット教に食材を渡せば、全国各地に点在する孤児院に寄付されることだろう。これで子供たちも食うに困ることはなくなるはずだ。

 樟葉も「それはいい考えですね!!」と表情を明るくさせていた。宙ぶらりんになった食材の行き場所も確保できて安心したようである。ユフィーリアもなかなかいい提案が出来たと自画自賛した。


 ポンと手を叩いた樟葉は、



「それでは皆様にあげる予定でした作物は用務員の皆様に」


「待って樟葉姐さん、追加は聞いてない」


「大丈夫です、用務員の皆様から食べられますから。美味しく料理してあげてください」


「ちょっと待って、待とう樟葉姐さん、量を減らせって言ったからか!?」



 狐の耳と尻尾が生えた人間が樟葉の呼び声に応じるようにして出現し、さらに大量の米や肉や魚が運ばれてくる。ユフィーリアが「もういい」と叫んでも食料の運搬は終わらなかった。

 どうしたものだろうか、用務員室の食費が3ヶ月分浮いたどころか半年ぐらいは浮いてしまう勢いで増やされた。本格的に収納場所を見直す必要がある。用務員室の食料保管庫に果たして入り切るだろうか。


 目的を終えたらしい樟葉は、運び終えた従者らしき人物を従えて頭を下げる。



「それでは突然の訪問、ご迷惑をおかけしました。今後とも旦那様をよろしくお願いいたします」


「ちょ、樟葉姐さん。アタシの話は聞いてたか?」


「また今度お茶でも飲みましょうね。ごめんくださいませ」


「待って、なあ、アタシの話は聞いてたか? なあ!?」



 朗らかな微笑みを浮かべたまま、樟葉は大勢の従者を引き連れて用務員室から去ってしまった。狐につままれたような、という気分を通り越して狐に思い切り平手打ちをぶちかまされたかのような気分になる。


 さて、問題の食材の山である。

 幸いにも用務員室には大食漢のエドワードがいるので、消費には困らない。むしろ食費が浮いた分お得である。ただ、これらの食材を収納する場所を考えなければならず、下手をすれば食料保管庫に拡張の魔法をかけて収納しなければならなくなる。


 正直に言っちゃおう、食料保管庫まで運搬が面倒臭えのだ。



「しばらく外食はしなくていいかな……」


「だねぇ」


「そうネ♪」



 樟葉とのやり取りに救援すら入らず、ただただ傍観して居たエドワードとアイゼルネをユフィーリアはギロリと睨みつける。後ろでワタワタと狼狽えている素振りは感じ取れたのだが助けに入る素振りを微塵も見せなかったので、その罪は重い。



「この薄情者、見てたなら助けろ」


「だって言っても聞かない雰囲気だったじゃんねぇ」



 エドワードは質の良さそうな肉の塊を手に取り、



「見てこれぇ、すっごい美味しそうだよぉ。ローストビーフにしちゃおうかなぁ」


「使い道を早速考えるなよ。まずはしまう場所を確保してからだ」



 ユフィーリアはとりあえず食材を転送魔法で、用務員室の隣に占拠した居住区画に移動させる。こういう時に魔法は非常に便利なものだ。

 大量に積まれていた食材の山が一瞬で消え失せ、代わりに居住区画の方からドサドサという音が聞こえてくる。転送魔法で移動させたらどうやら食材の山の一部が崩落したようだ。


 頭を抱えたユフィーリアは、



「食料保管庫に拡張の魔法をかけて、それから収納するか……」


「今日の夕ご飯はどうするのぉ? 食材は凍らせておけばいいじゃんねぇ」


「極東が原産のものならきっと何にお料理しても美味しいはずヨ♪」



 エドワードとアイゼルネは早速とばかりに調理内容の議論を交わして居た。やれ「あの料理を作ってみたい」だの「この料理はどうだ」とか色々と料理名が飛び交うものの、まずはしまう場所の確保が先決である。

 とはいえ、ユフィーリアも楽しみではない訳ではない。これほど良質な食材が大量に送られてきて、頭は抱えたものの今からどんな料理を作ろうかと楽しみになってしまう。


 その時だ。



「ユーリ!!」


「ユフィーリア!!」


「お」



 用務員室の扉を蹴飛ばさん勢いで開け放ち、リリアンティアの手伝いに出かけていた未成年組のショウとハルアが帰還を果たした。


 顔を上げたユフィーリアが見たものは、ショウとハルアに抱えられたリリアンティアの姿である。急に用務員室へ連れてこられたからか、彼女は新緑色の瞳をぐるぐると回してハルアにしがみついている。「はれぇ……」と現実すら認識できていないようだ。

 一方で、肩を切らせて用務員室に飛び込んできたショウとハルアは今にも泣き出しそうだった。リリアンティアを解放すると、2人は即座にユフィーリアへ飛びついてくる。何かあったのは態度で分かった。



「ちゃんリリ先生が死んじゃう!!」


「助けてくれ、ユフィーリア!!」


「は?」



 急に余命宣告を聞いたユフィーリアは、



「おい何だ、一体どうしたってんだよ」


「ちゃんリリ先生、お昼ご飯が白パン1個だけだったんだよ!!」


「お弁当のおかずを分けたとしても絶対にお昼ご飯として成り立たないほど少量だったぞ!!」


「ええ?」



 ショウとハルアが口々に訴えてくるが、ユフィーリアは事の重大さにいまいちピンと来ない。エドワードとアイゼルネも首を傾げるばかりだ。


 世の中には少食の人間もいる。一般人以下の胃の許容量や、過去に何からの重篤な病気があった場合などは少食になる傾向も見られるので一概にそれが『悪いことだ』とは言い切れない。個人の差があるのだ。

 それがリリアンティアの場合、購買部で比較的安価に売られている白パンだけでお腹いっぱいになるほど少食なだけだろう。心配するほどのことではないのではないか。生真面目なリリアンティアが自分の体調の良し悪しに気が付かないほど愚かではない。


 ユフィーリアは「はいはい」と適当に応じ、



「リリアが少食なだけだろ。11歳から成長してねえんだし、元々は農夫の娘だ。飯が質素な状況に慣れてるんだよ」


「でも」


「あの」


「大体、問題児とは対極にいる真面目で常識人なリリアが自分の体調の悪さに気が付かない訳ねえだろ。これが普通で何百年と続いてる週間なら、今更その習慣を壊してやるのも」



 途中で、ユフィーリアの言葉が消えた。


 理由は簡単だ、床に座り込んだリリアンティアを抱き上げて違和感があったのだ。抱き上げられたリリアンティアはいつまでも床に下ろされないので「あの……?」と不安げにユフィーリアを見下ろしている。

 軽い、あまりにも軽すぎる。普段から少しばかり軽いから痩せ気味なのかと思ったが、今は輪をかけて軽いような気がする。


 リリアンティアを床に下ろしてやったユフィーリアは、



「リリア、お前んとこの宗教って断食とか絶食期間とか設けてるようなものじゃねえよな」


「はい、そうですが」


「食い物に困っていたりとか、食う為の金がないとかは」


「ありません。身共は節制しておりますので」


「じゃあ何でこんなに軽いんだ?」


「…………」



 ユフィーリアの質問に、リリアンティアはそっと視線を逸らしただけだった。



「リリア、ちょっとこっち向け。アタシの目を見ろ」


「やです、絶死ゼッシの魔眼で身共の体重を知るつもりでしょう!!」


「そのおつもりですよ観念しろ」


「みゃーッ!!」



 子猫のような悲鳴を上げて拒否してくるリリアンティアを捕まえて、ユフィーリアは絶死の魔眼を発動する。

 彼女を取り巻く糸を選定し、身体情報に関する糸だけを抜き取る。赤などの暖色系を中心とした糸に触れると身長と体重の情報が頭の中に流れ込んできた。


 身長に関しては142セメル(センチ)と平均的だが、



「18.6キル(キロ)?」


「あ、あう」



 身長に対する恐るべき体重が計測され、リリアンティアは泣きそうになっていた。


 これはいつ倒れてもおかしくない体重である。もはや摂食障害を起こしているとしか言いようがないものだ。

 リリアンティアは神託を受けた聖女であり成長が止まってしまっているが、ある程度までは身長も体重も増やすことが出来る。それは神託を与えた神が許す限りになるのだが、ここまで体重を落とされると神様側からも何も言われなかったのか。


 ユフィーリアは怯えたように身体を縮こまらせるリリアンティアを見据え、



「リリア」


「ひゃ、ひゃい……」


「正座」


「ぴぃ……」



 あろうことか問題児筆頭から正座を命じられ、リリアンティアは半泣きになりながらもそっとその場に正座をするのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】たくさんの食材をもらったので、どうやって料理しようか楽しみ。

【エドワード】質のいい肉が届いたので、思う存分に肉料理が作れるかもしれないとワクワク。

【アイゼルネ】お酒も届いたので晩酌が楽しみ。


【ハルア】お友達の聖女様があまりにも軽いので、自分の妹もちゃんと健康にしてくれた実績のある上司に相談した。

【ショウ】仲良くしている聖女様があまりにも軽かったので、自分の体質改善・食育をしてくれた最愛の旦那様に相談した。

【リリアンティア】ご飯が終わった後に無理やり連行された。真面目で常識人だが、純粋無垢で色々と鵜呑みにしやすい。

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