第1話【異世界少年とお弁当】
今日は仲良しである保健医のリリアンティア・ブリッツオールのお手伝いだ。
「おはようございます!!」
「おはようございます、リリア先生」
用務員の未成年組――ハルア・アナスタシスとアズマ・ショウが訪れたのは、ヴァラール魔法学院の一角に作られた農園である。
何度かお手伝いと称して訪れたことはあるのだが、個人が趣味でやる規模ではない広さの農園である。春夏秋冬の野菜が栽培され、最近では果樹園も作られたからか規模がますます拡大されたような気がする。
見渡すばかりの野菜畑と遠くに見える果実の樹々――それらを種蒔きから収穫、お手入れまでほぼ1人で管理しているものだから畑の管理人であるリリアンティアの努力は並大抵のものではない。たまに鴉などと格闘戦を繰り広げているし、彼女なりに目一杯の愛情を注いでいるのだろう。
ちょうど土を掘っていたらしい泥だらけの聖女様――リリアンティアは、手伝いとしてやってきたハルアとショウに振り返る。
「おはようございます。突然お手伝いを頼んでしまって申し訳ありません」
「全然平気!!」
「この規模をお1人で管理するのはさすがに厳しいと思いますよ」
「普段は1人で管理している訳ではないのですが、今日は聖女修行の修道女たちも本部に戻っていていませんので……」
リリアンティアは「お2人には助かっています」なんて笑う。
聖女を目指してヴァラール魔法学院にて修行中の修道女たちは現在、所属する宗教団体『エリオット教』の本部へ研修の真っ最中らしいのだ。月に二度は受けなければならない研修と定められているので、修道女が全員出払っているとリリアンティアが頑張らなければならない。
普段こそ数名の修道女と一緒に大規模な農園の管理をしているリリアンティアだが、さすがに1人では無理だと判断したのだろう。朝食が終わった頃にショウとハルアへ「農園をお手伝いしてほしいです」と申し訳なさそうに言われてしまうと、断る訳にはいかない。
純白の修道服に付着した土埃を払い落としたリリアンティアは、
「今日はオニキスポテトの収穫を手伝ってもらいたいです」
「オニキスポテト」
「これです」
首を傾げるショウにリリアンティアが見せてくれたものは、角の生えた黒いジャガイモである。見た目は手のひらに乗る程度の小ささしかない悪魔の生首かと思ったら、表面はジャガイモらしくゴツゴツとしているから『オニキスポテト』なのかと納得した。
確かに、名前を知ってから品物を確認すると鬼に見えなくもない。ピョコッと天に逆らうかのように突き出した真っ黒い小さな角は、毒性として有名なジャガイモの芽かと錯覚してしまうが、ここは魔法が一般的になった世界なのだから見た目が特殊なジャガイモがあってもいいだろう。
積み重ねられた木箱に採れたてのオニキスポテトをそっと詰めたリリアンティアは、足元の畑を指差して言う。
「こちらがオニキスポテトの畑です。今日中に採ってしまいたいのですが、お手伝いいただけますか?」
「分かった!!」
「分かりました、が」
ショウはふと畑を見渡す。
一面の緑、緑、緑の中でオニキスポテトなる真っ黒なジャガイモはどこからどこまでなのだろうか。手当たり次第に土を掘り返せば、余計なものまで発掘されそうな予感がある。
ハルアもハルアでやる気に満ちた返事をしていたが、キョロキョロと辺りを見回してオニキスポテトの埋まっている範囲を探しているようである。適当に畑をひっくり返してリリアンティアを悲しませたくないからこそ、彼も慎重になっている傾向だ。
言わんとしていることを理解したリリアンティアは、ポンと手を叩く。
「オニキスポテトが埋まっているのは、このくるんって曲がった葉っぱの下です。結構分かりやすいですよ」
「なるほど!!」
「これは確かに分かりやすいですね」
リリアンティアに教えてもらい、ショウとハルアはオニキスポテトの葉を確認する。
地面からわさわさと生えた緑色の葉っぱは、先端がくるんっとひん曲がっていた。まるで性根の悪い人の性格みたいにくるんっと反抗している。「先端が曲がっているものほどいい状態なんですよ」とリリアンティアは嬉しそうに語った。
見れば、広範囲に渡って先端がくるんっとひん曲がった葉っぱが植えられている。これを今日中に全て収穫するのはなかなか骨が折れそうだ。
円匙を装備したショウとハルアは、
「頑張ろう、ショウちゃん!!」
「ああ。リリア先生、円匙はもっとありますか? 炎腕にも手伝ってもらいます」
「炎腕様にもお手伝いいただけるのであれば、さらに早く終わりそうですね!!」
リリアンティアは弾んだ声で言い、
「そうです、早く収穫が終わったら落ち葉を集めて焼き芋にしましょうか。今年のオニキスポテトもいい仕上がりになったので、孤児院に渡す前に味見しましょう」
「わーい!!」
「楽しみです!!」
仕事終わりに待ち受ける『オニキスポテトの味見』というご褒美に、ショウとハルアは気合を入れてオニキスポテトの収穫に臨むのだった。
☆
全てのオニキスポテトを収穫し終えると、遠くの方でがらーんごろーんと鐘の音が聞こえてきた。
「あ、お昼!!」
「お昼ご飯だな」
ショウは立派なオニキスポテトを土の中から掘り起こすと、付着した土を丁寧に払ってから木箱へ丁寧に入れる。
木箱には収穫したばかりのオニキスポテトが大量に詰め込まれており、大半はエリオット教管轄の孤児院に送られるらしい。孤児院の子供たちが飢えずに毎日ご飯を食べることが出来るのは、教祖であるリリアンティアがこうして丹精込めて野菜を作っているからか。
ハルアはちょうど作業を終えたらしいリリアンティアに振り返り、
「ちゃんリリ先生、お昼ご飯の時間だよ!!」
「そうですね、ではお昼ご飯にしましょうか」
リリアンティアは両手についた土を払い落としてから、
「お2人は校舎のレストランに行かれますか?」
「ううん、今日はお弁当!!」
「リリア先生の農作業を手伝うってことで、ユフィーリアがお弁当を持たせてくれたんです」
ハルアがおもむろに黒いつなぎの衣嚢へ両手を突っ込むと、小さな包みと大きめの包みをそれぞれ取り出した。小さめの包みがショウのお弁当である。
実はリリアンティアの農作業を手伝うということで、最愛の旦那様であるユフィーリアがお弁当を作って持たせてくれたのだ。「多めにおかずを入れたからリリアにも分けてやってくれ」のありがたいお言葉付きである。
リリアンティアは「素敵ですね」と笑い、
「ちょうどよかったです。身共も普段はお弁当なんですよ」
「そうなんだ!!」
「リリア先生もお料理できるんですね」
「簡単なものですけど、ちゃんと食べなきゃ午後もお仕事できませんから」
聖女らしい綺麗な笑顔で、齢11歳ながら素晴らしい姿勢を見せるリリアンティア。さすが世界最大の宗教団体を束ねる教祖様である。
それに比べて、普段から問題行動ばかり重ねる問題児は真逆の存在だ。ぶっちゃけた話、リリアンティアよりも年上なのに用務員らしい仕事をせずに悪戯三昧の日々なので『素晴らしい』も欠片もない。まあ、それが問題児なりの生き方であると開き直ることにする。
農園の片隅に作られた井戸から水を汲み上げ、冷たい水で手を洗う。もうそろそろ秋も本格的に始まり、気温も徐々に下がりつつある中で水は目が覚めるほど冷たかった。
「じゃあ手も洗いましたし、お昼にしましょう」
「敷物持ってきたよ!!」
「ハルさん、用意がいいな」
ハルアがつなぎの衣嚢から少し小さめの敷物を取り出し、地面に敷いて3人仲良く身を寄せ合って座る。少し狭いがご愛嬌だ。
最愛の旦那様であるユフィーリアが作ってくれた弁当を開くと、楕円形の小さなお弁当箱には肉巻きおにぎりや卵焼きなどショウが好きなものばかりが詰め込まれていた。キノコのバターソテー、トマトの中身をくり抜いてサラダを詰め込んだもの、焼き茄子など彩豊かなおかずが勢揃いしている。元の世界では叔父夫婦に手製のお弁当なんて用意されたことなどなかったから、こうして愛する旦那様の手製のお弁当があるなんて幸せなことだ。
ハルアの弁当にはショウと同じようなおかずが詰め込まれているが、弁当箱が大きい分、おかずも多めに詰められていた。ユフィーリアが言っていたリリアンティアに分けるものはハルアの弁当箱に詰め込まれているらしい。
弁当箱の蓋をお皿の代わりにし、ハルアは多いおかずを取り分ける。
「はい、ちゃんリリ先生!!」
「いいのですか?」
「うん!! ユーリも『分けてやれ』って多めに持たせてくれたからね!!」
「ありがとうございます。いただきますね」
リリアンティアはお弁当のおかずを分けてくれたハルアにお礼を告げると、懐から白い紙包を取り出す。ガサガサと紙をかき分けて取り出されたものは白くて丸いパンだった。
どこかで見覚えがあると思えば、購買部で比較的安く買えるパンである。見たところパンには何も挟まっておらず、ハルアがおかずを与えなかったらその白パンだけを食べる羽目になっていたかもしれない。
白パンを膝の上に置いて食べ物の恵みに感謝するように祈りを捧げたリリアンティアは、小さな口で白パンに齧り付く。
「リリア先生は白パンの他に何か食べるんですか?」
「白パンだけですが」
「え」
「え!?」
ショウの何気ない質問に対してさも当然とばかりに答えたリリアンティアに、用務員の未成年組は驚きで返す。
白パンだけ? 白パンだけだと?
確かにパンは炭水化物だから栄養はあると思うが、その小さな白パンだけではお腹は満たされない。特にリリアンティアのようなお子様ならばなおさら栄養のあるご飯を食べないといけないのではないか。
「え、もしかして用意できなかったとか……?」
「いえ、普段からこのような昼食ですが」
「しゅ、宗教的な理由がありますか? 断食期間とか、食べてはいけないものとか……」
「そのようなものは設けておりませんが……」
キョトンとした表情で答えてくれるリリアンティア。
つまり、彼女は普段からお昼はこの白パンだけしか食べていない生活をしているのだ。リリアンティア本人はあまり気にしている風ではないのだが、傍目からすれば大問題である。
こんな食事をしていれば、リリアンティアは痩せ細っていくばかりだ。実際、彼女の運動量は凄まじい。食事量に対する運動量が釣り合っていない。
ハルアとショウは互いの顔を見合わせ、
「ちゃんリリ先生」
「リリア先生」
「はい?」
もぐもぐと白パンを頬張るリリアンティアに、ショウとハルアは真剣な表情で言う。
「用務員室に連行するね!!」
「大人しくしててくださいね」
リリアンティアの「何故ですか!?」という絶叫が静かな農園に轟くことになったのだが、仲良しな先生が栄養失調で死亡なんて縁起でもないことに立ち会いたくないので、早々に問題児筆頭へ相談することを決めるハルアとショウだった。
《登場人物》
【ショウ】かつては1人前すら食べられなかった少食ではあったが、今では最愛の旦那様の食育の効果があって2人前ぐらいは食べられるようになった。体重も順調に取り戻し中だが、なかなか太らないのが悩み。
【ハルア】人造人間なので食べても飲んでも身長が伸びないのが悩み。でもご飯が美味しいのでガッツリ食べる。
【リリアンティア】ヴァラール魔法学院の保健医にしてエリオット教の教祖様。食事量は普通だし、別に大人の1人前ぐらいなら食べられるし、何なら甘いものなら余計に食べる。