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第6話【問題用務員と新企画】

 大食い大会が開催された翌日、掲示板に新たな張り紙があった。



「激辛大会?」


「何だか辛そうな見た目だねぇ」


「全体的に真っ赤!!」


「見た目から辛さが伝わってきそうだワ♪」



 掲示板に張り出されたその紙を眺める問題児は、実際には感じていない辛味の幻覚に顔をしかめる。


 紙全体は赤色で統一され、白く縁取りされた太文字が大会名を示す。『激辛大会、参加者求む』と記載されたそれは、手作り感満載の張り紙だった。

 大食い大会とはまた違った趣があり、大会内容は『出された激辛料理を食べるだけ』とある。水はいくらでも飲んでもよし、途中棄権もあり、救護班もバッチリ手配済みという命の保証がされた大会は逆に不信感も際立つ。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、



「こんなの一体誰が考えるんだ……」


「俺だが」


「うおあッ!? びっくりしたあ!!」



 急にひょっこりと背後から現れたメイド服姿の最愛の嫁、ショウは驚くユフィーリアに声を押し殺して笑う。



「貴女の背中があまりにも無防備だったから、つい」


「悪戯っ子に成長したな、お前も」



 ユフィーリアは苦笑する。

 出会ってからだいぶ経つが、最初に出会ったばかりの頃とは違って悪戯っ子な性格に成長したようだ。確実に問題児の道を歩んで行っているので彼の父親に怒られそうなものだが、彼自身の父親もまた問題児気質なので引き継がれていると言ってもいい。


 ショウは掲示板に張り出された張り紙に視線をやり、



「見てくれたのか? あの張り紙、俺とハルさんで作ったんだ」


「ハルも手伝ったのかよ」


「何かよく分かんないけど『文字を書いてほしい』って言われたから」



 ハルアは溌剌はつらつとそんなことを言う。


 どんな大会内容か知らされることなく、ハルアは言われたまま張り紙の文字を書いたのだろう。彼は不思議そうに首を傾げて「何でだろ?」と言っている。

 大方、彼の手先の器用さをショウに見出されたからだろう。ハルアの絵の技術は問題児の中でも突出しており、特にイラスト調の格好よくて可愛い感じの絵を描くのだ。まさか文字を書くだけでも実力を発揮するとは想定外だが、ショウは「ハルさん、レタリングも上手いんだ」なんて称賛していたから褒めていることは間違いなさそうである。


 アイゼルネは真っ赤な張り紙を指差し、



「ショウちゃん、今回の激辛大会はどういう内容なのかしラ♪」


「文字通り、激辛の料理を食べてもらうんです」



 ショウはどこか自慢げに、



「この行事も元の世界では人気のある催しでした。辛いものを食べてヒィヒィ言う有名人の方は、申し訳ないですが面白かったですよ」


「で、それを再現しようって言うのぉ?」


「はい」



 エドワードの疑問に対して、ショウは意気揚々と頷く。



「いつでも参加者募集中ですよ」


「うーん……」



 ユフィーリアは難しそうな顔をする。


 想定されるのは、目玉が飛び出るほど巨大で真っ赤な料理だ。もちろん辛いものは好きな方だが、胃の許容量には自信がないので巨大な料理を平らげられるか不安だ。

 なおかつ辛さが持続するなら水をいくら飲んでも完食は厳しいだろう。たとえ味覚を終焉させるという小狡こずるいイカサマを使ったところで、舌の上に蓄積された辛味から来る痺れは誤魔化せない。


 エドワードもハルアもアイゼルネも難しげな表情を見せる中で、ショウは「あ、心配しないでください」と言う。



「出す量は1人前だ。胃の許容量的には問題と思うぞ」


「ああ、だったら――」


「ただし、物凄く辛いぞ」



 ショウは「俺の出せる知識を全て出したんだ」と満面の笑みで語る。


 異世界にとっての辛味があるものがどういうものか不明だが、ユフィーリアやエドワードは辛い料理を出すことで有名な東洋地区で食べ歩きをしていたぐらいだ。唐辛子など全体的に真っ赤な料理はお手のものである。

 ハルアもアイゼルネも「普通盛りなら頑張る!!」「辛いものは発汗がよさそうネ♪」と挑戦する気満々である。大盛りで出てこないならば完食できそうだと踏んだのだろう。


 少し驚いたような表情を見せたショウは、



「いいのか、ユフィーリア? 他の人も?」


「まあ、辛いものは平気だな。東洋の料理は真っ赤だし、結構好きなんだよ」


「大食いだし辛いものも平気だよぉ」


「オレも頑張る!!」


「いい汗を掻きたいワ♪」


「なるほど、覚悟は出来ていると」



 ユフィーリアと用務員の先輩たちの覚悟を受け止めたショウは、羊皮紙を人数分ほど配布する。


 内容を確認すると、それは誓約書だった。『どんなことがあっても主催側を訴えず、自己責任とする』と簡素な文章が並んでいる。

 誓約書を出してくるということは、相当に辛いものなのだ。その簡潔な文章は命の危機を示してくる。途端に嫌気が差してきたのは言うまでもない。


 誓約書を眺めて固まるユフィーリアたちに、ショウは笑顔で告げる。



「ちなみに試食を食べたルージュ先生は保健室に運ばれました」


「え」


「嘘でしょぉ!?」


「ルージュ先生が!?」


「あらマ♪」


「いやぁ、毒草をブレンドした紅茶を無傷で飲めるぐらいだから耐えられると思ったんですけどね。味覚は破壊されていても辛味には弱かったみたいです」



 飄々と笑うショウは「あ、じゃあ誓約書は書いたら俺に提出してくれ」と言い残してどこかに消えてしまった。これからまた挑戦希望者に誓約書を渡しにいくのだろう。


 それにしても、である。

 誓約書を取り出してくるぐらいに命の危険性があるものだということは理解できた。何せ1滴でも飲めば象すら殺せる毒草ブレンド紅茶を進んで振る舞うような馬鹿舌代表のルージュすら保健室送りにするほどの実力を秘めているのだ。これは紛れもなくとんでもないものになる。


 誓約書を片手に呆然と立ち尽くすユフィーリアに、たまたま通りかかった学院長のグローリアが「どうしたの?」と問う。



「何だか顔色が悪いみたいだけど」


「おう、グローリア。お前、激辛大会に出るか?」


「うん、一応」



 グローリアはキョトンとした表情で頷く。彼はどれほどの辛さが出てくるのか理解しているのだろうか。



「まあでも、途中棄権ありだって言うしね。辛いものも食べられなくはないし」


「それがルージュを保健室送りにしたものでも?」


「え?」



 グローリアは紫色の瞳を瞬かせる。やはり聞いていなかったようだ。



「う、嘘だよね。だってルージュちゃんの舌の阿呆さは有名だよ? どんな毒草でも毒物でも『美味しい』って言うんだよ!?」


「それが保健室送りにされたらしいな」


「ええ……」



 グローリアは愕然とした様子で言う。


 ユフィーリアはそんな学院長を横目に、静かに誓約書を折り畳んだ。

 嫁に「格好悪い」と言われるのは百も承知だが、命が惜しい。保健室送りにだけはされたくないのだ。グローリアの場合は説明不足だったのが仇となったが、誓約書を提出してしまった以上は頑張ってもらおう。


 ところが、



「ユフィーリア、君は出ないの?」


「出ねえよ、死にたくねえもん」


「お嫁さんにいいところを見せてあげなよ。ほらみんなも後輩にいいところを見せるチャンスだよ」


「あ、お前この野郎!!」



 無理やり羽根ペンを握らせるなり、グローリアはユフィーリアの腕を掴んで誓約書に署名させる。歪でガタガタな文字が並んだ。

 エドワード、ハルア、アイゼルネの3人はグローリアの横暴を察知して逃げ出そうと踵を返すも、転送魔法で3人の手から誓約書が強奪される。それから3枚にそれぞれの名前を書いて満足げに息を吐いた。


 まさかの暴行に、問題児から悲鳴が上がる。



「ふざけんなグローリア、これに至ってはお前の確認不足だろ!!」


「食い殺してやろうか学院長!!」


「死ぬなら1人で死になよ!!」


「こんなのあんまりだワ♪」


「これは君たちのお嫁さんと後輩が考えた企画なんだから、旦那様と先輩で処理しなよ!!」



 グローリアの暴挙に悲鳴を上げるユフィーリアたち問題児の手から、名前が書かされた誓約書を取り上げる人物がいた。いつのまにか誓約書が次々と抜き取られていく。



「あ、ちゃんと名前を書いてくれたか。よしよし、では当日はよろしく頼むぞ」


「あ」


「ゔぇ」


「こぽ」


「マ♪」



 誓約書を回収し終えたショウは、スキップしながらどこかに行ってしまう。


 誓約書が回収されてしまった以上、これは出るしか選択肢はなくなってしまった。あのルージュが保健室送りにされたという激辛料理が出てくる激辛大会に参加することになってしまった訳である。

 参加することになった以上、やらなければならない。生きるか死ぬかはその時の調子次第だ。


 死んだ魚の目でショウの背中を見送るユフィーリアたちは、そっと円陣を組んだ。



「お前ら、死ぬ時は一緒だぞ」


「死んだらキクガさんに言い訳しようねぇ」


「まだ生きたい!!」


「生き残りましょうネ♪」


「大袈裟だなぁ」



 そう言って笑う問題児を激辛地獄に送り込んだ張本人である学院長の顔面を、4人揃ってぶん殴っていた。



 ――ちなみにこのあとに開催された激辛大会で、見事に全員揃って臨死体験をする羽目になって嫁の実父である冥王第一補佐官を相手に土下座で蘇生をお願いすることになるのはまだ知らない。

《登場人物》


【ユフィーリア】辛いものは好き。辛さで有名な東洋地域の料理をたまに食べたくなって、唐突に転移魔法で弾丸旅行を決行するぐらいに好き。激辛は耐えられるかと思ったが、意外と無理だった。

【エドワード】大食いだし、辛いものも好き。チョコレート以外だったら何でも平気だが、激辛大会のものは耐えられなかった。

【ハルア】そこそこ食べるし、そこそこ辛いものにも耐えられるのだが、激辛大会の料理が辛すぎて何を食べたかも覚えていない。

【アイゼルネ】辛いものなら発汗のある料理として食べたりする。でも激辛大会のは無理だった。

【ショウ】激辛大会を開催した張本人。辛いと有名な香辛料を図鑑で調べ、料理人にも聞いて研究に研究を重ねた結果、ユフィーリアでさえ食べたら臨死体験する代物を作り上げてしまった。


【グローリア】知らずに激辛大会に参加してしまった犠牲者。一口食べて棄権した。

【ルージュ】試食を食べたら保健室送りにされた犠牲者。今回に限って言えば可哀想。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 激辛料理を全部食べられるかという番組は見たことがありますが、見ているだけでも辛さが伝わってくるような…
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