表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

514/905

第5話【問題用務員と運営】

「はッ!!」



 アダムズ・ピュートルが目覚めたのは、大食い大会の表彰式の真っ最中のことだった。


 飛び起きた彼が見たものは、ショウが厳選した大食い大会の参加者が今にも吐きそうな表情で腹をさすり、優勝に輝いたエドワードにはあらかじめ用意されていただろう黄金のスプーンが取り付けられた優勝盾が授与されているところだった。全校生徒・全教職員が見守る中で優勝盾を手にしたエドワードに、万雷の喝采と歓声が送られる。その人気たるや、凄まじいものがあった。

 そしてエドワードに満面の笑みで優勝盾を渡したのは、生徒主催の大食い大会を乗っ取った最愛の嫁であるショウだ。「おめでとうございます」と綺麗な笑顔で称賛の言葉を口にする。


 表彰式の様子を唖然と眺めていたアダムズに、ユフィーリアは背後から声をかけてみた。



「よう、今年の大食い大会はうちの嫁が計画したんだぜ」


「ひいッ!? 問題児!?」


「何だよ、そんなに驚くことか?」



 ユフィーリアはそう言って、アダムズに器を差し出す。

 器に盛られていたのは、大食い大会用に準備されていた試食品だ。バターピラフに肉厚ハンバーグ、そして溶岩ピザと天空エビカツサンドという豪華な顔ぶれを前にアダムズの瞳が輝く。


 恐る恐るといったような雰囲気で器を受け取ったアダムズは、



「な、何のつもりだ?」


「別に何も。全校生徒と教職員に配られた試食品だ、大食い大会運営側のお前が食えねえなんて可哀想だろ」



 まあ受け取らないならばユフィーリアが責任を持って完食してやったのだが、アダムズは器に添えられていた小さなスプーンでバターピラフを頬張り始める。つぶらな瞳をクワッと見開くなり、彼は「う、美味い!?」とピラフの美味しさに感動していた。

 そのままアダムズは、エドワードに負けずとも劣らない速さで試食品を口の中に詰め込んでいく。小さな器に盛られた1人前の試食品はあっという間になくなってしまった。


 空っぽの器を前に「ふぅ」と満足げに息を吐いたアダムズは、



「これほど素晴らしい料理を企画できるとは、問題児の知識は侮れないな……」


「異世界人の知識だ」



 ユフィーリアは他の挑戦者にも笑顔で参加賞らしき封筒を差し出すショウを見やり、



「異世界には『デカ盛り』って言って、巨大な料理を出すところがあるんだとよ。まだまだ異世界には常識が通用しねえもんがたくさんあるな」


「……なるほど、そうか」



 ショウへと羨望の眼差しを向けていたアダムズは、



「問題児筆頭、すまんが頼みがある」


「おう、何だ」


「お前の嫁と話をさせてもらいたい」


「口説くつもりならその頭が弾け飛ぶぞ」


「まだ死にたくねえわ。そんな自殺行為など誰がするか」



 アダムズの真剣さを汲み取り、ユフィーリアは「まあ表彰式が終わってからでいいんじゃねえの」とだけ言っておいた。ハルアほどの第六感はないが、別に悪い予感はしないので彼の好きにさせておこう。



 ☆



 表彰式が終わった頃合いを見計らい、アダムズはショウに大股で歩み寄った。



「問題児の新人、素晴らしい大食い大会を計画したようだな」


「ふふん、異世界の知識に基づけばこの程度など朝飯前ですとも」



 上から目線のアダムズの台詞など意にも介さず、ショウは自慢げに胸を張って返していた。


 昨今の大食い大会の人気から鑑みれば、今回のショウが乗っ取った大食い大会はかなりの盛り上がりを見せたと言っていい。まあ全校生徒と全教職員を呼んだのはユフィーリアたち問題児が丁寧に脅したからなのだが、アダムズが計画していればここまでいかないだろう。

 この結果は本来運営側であるアダムズを自信喪失に追い込む原因となるだろうが、彼自身はとても清々しげな表情をしていた。実力差を見せつけられた人物とは思えない表情である。



「お前に折り入って頼みがある」


「何ですか。お付き合いの申し出なら引っ叩きますよ」


「何でお前ら夫婦揃ってそんな阿呆なことを言い出すんだ。そうじゃない」



 アダムズは咳払いをし、



「アズマ・ショウ、お前が大食い大会を運営してくれ」


「え」


「お前ならば素質がある。これほど盛り上げることが出来たんだ、いずれこの大食い大会も有志の生徒が集まって開催するチャチな規模ではなくなるだろう」



 寂しそうな表情を見せたアダムズは、



「残念ながら、俺には運営の才能はなかったようだ。先代から引き継いだ運営権だが、柄にもないことはするものじゃないな」


「…………」


「年々廃れていくし、俺も今年度で卒業する。誰を後継にするかと悩んだが、用務員として学院に勤務するお前であれば長く運営できるだろう。お前ならば安心して任せられよう」



 アダムズの真摯なお願いに、ショウは「分かりました」と即答する。



「そう言うことでしたら、大食い大会の運営権を引き継がせていただきます」


「感謝する!!」



 アダムズは安堵したような笑顔を見せた。


 運営権がショウに移行したことにより、廃れていくだけだった大食い大会も復活の兆しを見せることになった。あれだけの盛り上がりを見せたのだ、きっと来年以降も大食い大会は凄まじい盛り上がりを見せるはずである。

 つまり、大食い大会という生徒主催の一大行事は問題児主催というとんでもねー事態になった。これはユフィーリアも運営側に回り、面白おかしく盛り上げろと言う思し召しである。


 大食い大会の運営を引き継ぐという話もまとまったところで、ユフィーリアはスススとショウに音もなく近寄る。



「なあ、ショウ坊。面白そうな話をしてるな、よかったらアタシも運営側に」


「やだ」


「何でえ!?」



 まさかの拒否である。しかも可愛らしい嫁の笑顔付きだ。



「ユフィーリア、よく考えてくれ」


「断られたことがショックすぎるんだけど、何を?」


「俺の考えた大食い大会に参加したくないか?」



 そう問われ、ユフィーリアは運営側に回るという手段を思いとどまってしまう。


 確かに今日の大食い大会は面白そうだった。参加してもいいし、観戦しても楽しめる。異世界知識を導入した大食い大会は過去最高に面白かった。

 運営側に回るならば、大会そのものに参加することが出来なくなってしまう。今後永久にショウが大食い大会を運営していくのだとすれば、彼は様々な部門での大会を企画するだろう。その中にはユフィーリアでも参加できるものがあるかもしれない。


 悩んだ末に、ユフィーリアは結論を出す。



「止めとく……アタシも参加したい……」


「ああ、とっておきの大会を計画しているからぜひ参加してくれ」



 ショウは「ところで」とアダムズに振り返り、



「食事系の行事とは大食い大会以外にないのか?」


「ないな。聞いたことがない」


「他の誰もやっていないか?」


「他の誰もやっていないが、何をするんだ?」



 疑問に満ちた様子でアダムズは首を傾げる。

 大食い大会以外で食べ物を扱う行事は聞いたことがない。他の生徒が隠れて開催しているのかもしれないが、それでも見かけたことがなかった。問題児の面白センサーでも反応がなかったのだから、大食い大会以外にないと言っていいだろう。


 ショウは清々しいほどの笑顔を見せると、



「いえ、大食い以外にも食べ物で楽しめる行事ってあるので。今から計画するのが楽しみだなぁ」



 嫁がそんなことを言うので、何故かユフィーリアの背筋に冷たいものが伝い落ちていった。『面白そう』という気持ちと『危険だ』という気持ちがせめぎ合っているのだが、僅かに『面白そう』という気持ちが勝ってしまったので何も言えなかった。

《登場人物》


【ユフィーリア】大食い大会の運営権を委譲されたから関われるかと思ったら出来なかった。ちょっと悲しい。でも嫁が考えた企画に参加してみたい。

【アダムズ】大食い大会の運営権を先輩から引き継いだが、あまり上手く運営できずに廃れていく大食い大会の行く末を嘆いていた。この度、いい委譲先が見つかってよかった。

【ショウ】大食い大会の未来を担う問題児。次はどうしようかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング登録中です。よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >【アダムズ】大食い大会の運営権を先輩から引き継いだが、あまり上手く運営できずに廃れていく大食い大会の行く…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ