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第4話【問題用務員と完食】

「何だこれ美味え!?」


「肉が柔らかい……!!」


「あの人気の天空エビカツサンドがこんなに……幸せだ……!!」


「こんなに美味けりゃ完食できるな」



 舞台上で巨大料理に挑む参加者たちは、口々にそんなことを言う。


 巨大なスプーン、フォーク、そしてナイフを駆使して彼らは幸せそうな表情で巨大料理を堪能していた。様々な料理が皿の上に乗せられている夢のような料理なので食べ方も自由さを極めており、ハンバーグを攻める参加者や周囲に配置されたエビカツサンドを先に平らげようと試みる挑戦者など多岐に渡る。

 観戦客は、そんな美味しそうに食べる参加者に羨ましいとばかりの視線を寄越していた。「美味しい」とあれだけ絶賛していれば食べたくなるのも分かる。ユフィーリアも口の中に涎が溜まり、大洪水のような状態になっていた。


 中でも凄いのは、エドワードである。あればあるだけ食べる大食漢は、巨大料理にも怯まずに挑んでいた。



「美味しいですか?」


「最高だよぉ、ショウちゃん!!」



 司会進行を務めるショウが進捗状況を聞きにいけば、彼は満面の笑みで答える。


 天空エビカツサンドを一口で消費し、マリンスノウ・ラウンジで売りにされている溶岩ピザを筒状に巻いたと思えば一気に口へと詰め込んでいく。4分の1ほどの大きさに切ったハンバーグを、これまた大きな口いっぱいで頬張ってもぐもぐと幸せそうに咀嚼していた。

 エドワードの食べる速度は、他の参加者の誰よりも速い。すでに皿の3分の1の量は制覇されており、清々しいほどの食べっぷりが逆に気持ちいい。彼だけがあんな巨大料理に挑めるなど羨ましいことこの上ないが、ユフィーリアだったら果たして完食できたのかと首を傾げてしまう。多分、あそこまでの胃の許容量はないと思う。


 一通り参加者の皿の様子を確認したショウは、



「さて、ここでお料理の追加情報を発表しましょうか。厨房のアイゼさーん」



 ショウが舞台上から呼びかければ、すぐ側に設置された幕に再び映像が投影される。幕に映し出されたアイゼルネが『はぁイ♪』と弾んだ声で応答した。



「今回のこのお料理、一体どれほどの重量があるか発表をお願いします」


『お皿の重量を除いて4.2キル(キロ)になるワ♪』



 驚愕の数字が飛び出してきた。

 少なくとも、1人分の食事量ではないことは確かである。4キル以上も食べ物を胃の中に詰め込める人間はそれこそ化け物だ。


 しかし、この料理の考案者であるショウは「なるほど」と頷いた。その驚異的な数字に関して何の感情も抱かないようだ。



「もう少し盛ればよかったかな……」


「これ以上あるのぉ!?」


「お、エドさん喜びに打ち震えていますね。これを完食したら考えます」



 あろうことか、異世界出身のお嫁様は4キル以上もある巨大料理を「もっと盛ればよかったかな」と言い出した。さすがに4キルも食べればお腹いっぱいになるどころの騒ぎではなく、もはや気持ち悪さが込み上げてくるものがある。

 しかも、これは皿の重量を含めた記録ではない。料理のみの重量で4キル超えである。規格外の巨大料理にエドワードは歓喜する一方で、他の参加者たちは目を見開いて自分が今まさに挑んでいた巨大料理に驚いて食べる手を止めてしまう。その気持ちは大いに分かる。こんなの誰も喜べない。


 絶望したような表情で固まる参加者の面々を見渡すショウは、



「あれ、恐怖のあまり手が止まりましたね。ではここで燃料を投下しましょうか」



 そんなことを言うと、ショウはおもむろに咳払いをする。



「これらのデカ盛りは、俺が住んでいた元の世界――ここで言うところの異世界では普通のことでした。今回はまあ俺の知るデカ盛りの中でも割と大盛りに属しますね。これを食べ切る人物は早々いませんでした」



 ショウはまるで昔話のように語る。



「ところがどっこい、この4キル以上のデカ盛りを完食した人物がいました。当然ですが俺の故郷には魔法のまの文字もないので、魔法による反則などは出来ません。文字通り、それはその人物の才能そのものでした」



 にっこりと笑ったショウは、



「ちなみにその方、綺麗な女性だったんですよ。貴方がたはそんな女の人に負けを喫するおつもりですか? なるほど、矜持きょうじは持ち合わせていないようですね。大食いなんて辞めたらいかがですか? 健康になりますよ?」



 滔々と彼の口から流れ出てくる煽りの台詞。それも女神のように綺麗な笑顔で言ってのけるものだから、別の性癖がが活かしてしまいそうだ。

 だが、大食いに挑んでいる参加者たちの燃料にはなった様子である。それはそうだ、参加者たちは全員男性である。なのに目の前にあるような巨大料理を完食したことのある人物が、自分とは真反対の女性と知れば「負けられん」となるだろう。止まっていた彼らの手が動き始め、覚悟を決めた表情で食事を口に詰め込んでいく。


 ショウは「動き出してよかったですねぇ」とのほほんとした口調で言い、



「あ、観戦客の皆さんにもこのヴァラール魔法学院スペシャルギガ盛り定食を味わってもらいたいので試食をご用意しております。こちらは1人前の量になりますので安心して食べてくださいね」



 ショウがそんなことを言うと、観客たちから一斉に歓声が上がった。あの巨大な料理を見て「食べてみたい」とは思うだろうが、何人前なのか不明な阿呆料理に挑む為の胃の許容量は持ち合わせていないだろう。誰もが躊躇するはずだ。

 そんな中での『試食』は素晴らしい手段である。これなら大食いに自信のない生徒や教職員でもその場の雰囲気を味わうことが出来るだろう。何と頭のいいことをするのだろうか、この嫁は。


 大講堂の隅を指差したショウは、



「あちらに全校生徒、全教職員分がご用意されています。順番に取っていってくださいね」



 彼が指差した方向には長机が用意されており、その上にエドワードたち大食い大会の参加者が挑んでいる巨大料理よりも遥かに小さな器に盛られた料理が待っていた。底に敷かれた薄黄色の米と大きく肉厚なハンバーグ、さらにマリンスノウ・ラウンジが売りにしている溶岩ピザやカフェ・ド・アンジュの人気商品である天空エビカツサンドまで揃えられている。簡素化されていたとしても、ちゃんと主要部分は再現されていた。

 案内を受けた瞬間、生徒が長机に殺到する。「順番を守らなかった人から炎腕で頚椎をへし折りますね、視力には自信があるので見張っていますよ」と舞台上に立つショウが脅しかけた甲斐もあって、指示に従って大人しく列を形成し始める。床から生えた炎腕が列整理まで行っており、生徒や教職員は順調にデカ盛り料理の試食を手にしていった。


 ユフィーリアは今にも列に飛び付きたそうにしているハルアの首根っこを掴み、



「順番だからな」


「あいあい!!」


「君たちが順番を守るなんて珍しいね」


「だってショウ坊に嫌われたくないからな」



 列の横入りをせずに大人しく順番待ちをする問題児に、グローリアはわざとらしく驚いて見せるのだった。



 ☆



 大食い大会も佳境である。



「さて、依然エドさんの独走状態ですね。その他は表情が苦しそうです」



 残りが10分ほどになったところで、他の挑戦者たちの表情が曇り始めた。苦しそうに腹をさすり、大きなスプーンを片手に項垂れている。

 最初から最後まで嬉しそうに巨大料理を消費しているのはエドワードただ1人だ。しかも速度は一定を保っており、手が止まる気配がまるでない。やはり大食い大会を制すのはこの男しかいなかったか。


 司会進行を務めるショウは、観客たちの顔を見渡す。



「そうだ、試食の方はどうでしたか? 皆さん美味しくいただけましたか?」



 そんな問いかけに対して、観客から「美味しかった!!」「ちょうどいい量だった!!」などと感想が飛んでくる。


 確かにあれは美味しかった。薄黄色の米はバターを絡めた濃厚なバターピラフとなっており、ハンバーグの肉汁とよく合ってご飯が進む。エビカツサンドも中身はふわふわで、パンはカリカリになるまで焼かれていたから何個でも食べることが出来そうだ。溶岩ピザも塩気があり、モチモチとした食感が最高の一言に尽きる。

 ただ、どれもこれも味が濃いのだ。ユフィーリアやハルアはまだ平気だが、エドワードと同じデカ盛りを食べられるかと問われてしまうと悩んでしまう。これは完食が難しいかもしれない。


 ハルアは空っぽになった器に視線を落とし、



「もう2人前ぐらいなら食べられる!!」


「じゃあ、あのデカ盛りに挑戦するのは?」


「無理!!」



 即答だった。ハルアでもあの巨大料理を完食するのは難しいらしい。



「でもあれ、エドワード君は完食しそうだね。50分丸々使い切るぐらいだから彼でも厳しかったかな」


「いや、あれはただ遊んでるだけだと思うぞ。ゆっくり食いてえんだろ」



 舞台上で大食い大会に臨むエドワードは、余裕綽々の態度で残ったバターピラフを掻き込んでいる。肉汁がたっぷりと染み込んだ味の濃いピラフが気に入ったのか、最後まで彼は幸せそうな表情を崩さない。

 一方で他の挑戦者はもう満腹状態で米の1粒も胃に入らないのか、スプーンを片手にしたまま微動だにしない。天井を見上げて絶望している様子だった。


 そして、



「ご馳走様でしたぁ」



 エドワードが綺麗に完食した。見事に米の1粒も残っていない綺麗な皿を掲げ、満足そうに腹をさする。「まだいけるねぇ」などと4キル以上の食事を平らげておいて阿呆なことをほざいていた。



「お、エドさん完食です。ただいまの時間、48分50秒でした」


「え、じゃあもう終わりじゃんねぇ。まだ食べたかったぁ」


「惜しかったですね」



 ちょっとしょんぼりと肩を落とすエドワードに「残念ですが、ここまでですよ」とショウは無情にも告げる。あしらい方が上手である。



「はい、そして時間切れです。他の参加者の皆様は食器を置いてくださーい」



 ショウが時間切れを言い渡すと、参加者はようやく終わったとばかりにスプーンを手放す。彼らの量はせいぜい半分がいいところで、さながら虫食いのような状態で大皿に放置されていた。

 完食したのはエドワード1人だけだった。しかも他の参加者の残飯を狙うように皿へ視線を固定している。そういえばまだ食べ足りなかったと言っていたか。


 ショウは「では」と口を開き、



「残った方々は」


「ショウちゃん、あれ残すなら俺ちゃんが食べていい?」


「え、え?」



 エドワードからの申し出に、ショウは驚きを露わにする。

 それはそうだろう。何故なら4キル以上の料理を平らげておきながら、まだ半分も残る残飯を「食べていいか?」と聞いてきたら驚くに決まっている。どれほど食べれば気が済むのか。


 戸惑うように、ショウは「は、はい」と頷く。



「た、食べられるのでしたら……」


「わあい!!」


「狡ぃ、エド!! アタシにも寄越せ!!」


「オレもちょーだい!!」


「ユフィーリアとハルさんまで!?」



 残飯を食べてもいいと許可が出た途端、ユフィーリアとハルアも舞台上に駆け上がっていた。正直な話、試食だけでは足りなかったのだ。

 かくして残飯は問題児によって適切に処理され、お残しが出ることなく大食い大会は幕を閉じたのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】デカ盛りの極意を学べば作ることが出来そう。

【エドワード】完食余裕でした。

【ハルア】お腹が減っていればデカ盛りに挑みたいとは思うのだが、多分これ完食できないものだ。

【アイゼルネ】相変わらずアナウンサー役。4キル(キロ)以上のご飯なんて聞いたことがない。

【ショウ】今回の元凶。エドワードは絶対に完食できると信じているので、彼の後ろで応援していた。海外だと普通に4キル以上の重量があるデカ盛りがゴロゴロとしているので、もう少し盛ればよかったと後悔。


【グローリア】大食い大会なんてあまり興味はなかったが、デカ盛りはとても見応えがある。

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