第3話【問題用務員とデカ盛り】
さて、問題の大食い大会の開催日となった。
「生徒主催の行事の為に大講堂を使うことになるとはね……」
「お、お前も来たのかグローリア」
「当然でしょ」
ヴァラール魔法学院の学院長である青年、グローリア・イーストエンドは強い語気で返す。
学院長だけではなく、ヴァラール魔法学院の全校生徒や教職員も大講堂に集められていた。生徒主催の大食い大会如きに集められる規模ではない。大講堂に犇めく生徒や教職員は不安げな眼差しを机だけが置かれた舞台上に投げかけており、これから何が始まるのかと怯えている様子である。
同じく生徒が中心となって運営する『闘技場』の行事とは違い、大食い大会はあくまで興味のある生徒や教職員が観戦する程度の行事だったのだ。好きに参加できるし、何なら飛び入り参加も認められる比較的緩やかな内容である。それが何故か『闘技場』の行事と同程度の観戦客がいるとは異常と呼んでもいい。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、
「いや、アタシもショウ坊に言われるがまま大講堂を借りたけどさ」
「君がやったことは『借りた』じゃないんだ」
グローリアはジト目でユフィーリアを睨みつけると、
「脅して大講堂を貸し切ることは『借りた』って言わないんだよ」
「ははは、何のことやら」
ユフィーリアは軽い調子で笑い飛ばし、グローリアから全力で視線を逸らした。
大講堂を使用するに際して、学院長であるグローリアの許可が必要だったのだ。大食い大会はいつも学院に併設された4つのレストランのどこかで開催されていたのだが、最愛の嫁であるショウが「大講堂を使いたいんだ、学院長をどうにか出来ないか?」とおねだりしてきたので、ユフィーリアが満面の笑みでプロレス技をグローリアに仕掛けてきたのだ。おかげで特に労力をかけずに大講堂を借りることが出来た。
全校生徒と全教職員を大食い大会の観戦客として招待したのも、ユフィーリアたち問題児の手腕である。学生寮と教員寮に『大食い大会に来なければ殺す』と丁寧に書いたお手紙を仕込んでおいたのだ。おかげで満員御礼である。
グローリアは肩を竦めると、
「まあ、ショウ君のやることだから異世界の知識が関係しているんだろうけど」
「何だ、異世界知識目当てで観戦に来たのか?」
「当然でしょ。異世界の知識は僕たちの常識が通用しないものばかりなんだから」
やや弾んだ声でグローリアは語る。
彼ならユフィーリアの脅しにも屈しないかと思いきや意外にも大講堂を訪れた理由は、最愛の嫁が披露する異世界知識が目当てのようだ。魔法が中心となった世界での生活に慣れたユフィーリアにとって、ショウが過ごしていた魔法のない世界が考えられない。常識外れなところをやってくれるのが異世界の知識である。
すると、
「うわッ、何だこの人数!?」
壇上にやってきたのは、パツパツに布地が張った太っちょの男子生徒――6学年のアダムズ・ピュートルである。
観戦客も疎らだろうと踏んで大講堂にやってきてみれば、予想外にも全校生徒と全教職員が勢揃いしているものだから驚いている様子だ。彼はつぶらな瞳を丸くして大講堂に集められた観戦客を眺め、それから小声で「ええ……」とドン引きしたように言う。
大勢の観戦客を前に狼狽えるアダムズは、
「こ、これどうすれば……いや、観戦客が減少傾向にある大食い大会を存続させる為にもここは……!!」
今までに見たことのない客入りで気合いを入れ直すアダムズだが、彼の背後から伸びてきた腕が丸太のように太い首を絞め上げる。
「ちょいさーッ!!」
「ぐえッ!?」
アダムズの抵抗も虚しく終わり、一瞬にして意識を刈り取られる。
膝から崩れ落ちたアダムズを見下ろしていたのは、問題児の暴走機関車野郎と名高いハルアだった。七魔法王を殺害する為に生み出された人造人間の少年にとって、一般人でしかも大した魔法も使えない生徒を気絶させることなど容易いのだろう。
ハルアがアダムズの首根っこを引っ掴み、ずるずると乱暴に引き摺りながら舞台袖に引っ込んでいく。遅れて大講堂全体の明かりがフッと落ち、生徒や教職員のざわめきが広い大講堂を満たしていく。
何が起きるのかと警戒していた矢先、舞台上の明かりが灯る。観戦客の視線が集中する舞台上に立っていたのは、雪の結晶が随所に刺繍されたメイド服を身につけた少年である。
「偉い人は言いました――大きいものには夢があるんだ、と」
メイド服姿の少年は舞台俳優のように両腕を広げ、観戦客に語りかける。
「巨大なものに憧れ、目を輝かせ、歓喜する。それは食事でも同じことだとは思いませんか?」
少年は拳を天に突き上げ、
「今ここに、その夢の舞台の開幕を宣告しましょう。題して――『おっきいものは正義の証、デカ盛り大食いバトル』の開幕です!!」
女装メイド少年――アズマ・ショウに、万雷の喝采と歓声が送られる。何だか分からないけど面白そうだから歓声と拍手を送ったのだろう、観客たちは揃って雰囲気に飲まれていた。
今のショウの格好は、メイド服のようなウエイトレスような服装であった。橙色と白色の縦縞が特徴的な膝丈のワンピースにフリルがあしらわれたサロンエプロン、薄い胸元を飾るのは雪の結晶が刺繍された真っ赤なタイだ。頭にはヘッドドレスではなく、小さな帽子を被っている。
ワンピースの裾から伸びる華奢な足は真っ白い靴下と、編み上げブーツが合わせられている。活動的で活発なメイドさんといった雰囲気だ。大食い大会の料理を彼のように可憐なメイドさんに運んでもらえたら食欲など倍増すること間違いなしだ。
ショウはニッコリと微笑み、
「司会進行を務めるのはこの俺、用務員室の天使ことアズマ・ショウです。皆さん、よろしくお願いします」
観客たちから「ショウちゃーん!!」「可愛いよー!!」などと声が上がる。ユフィーリアは密かに、あとでシバきに行こうと心の中で決めた。
「さて皆さん、大食い大会に先立ちましてまずは大食いとはどのようなものでしょうか?」
ショウは壇上から質問を投げかけてくる。
哲学的な質問である。大食いの意味とは「食べ物をより多く食べることが出来る」と表現できるが、人それぞれの意味合いがありそうだ。
特にショウにとっての大食いとは、ユフィーリアたちが想定しているものとはまた違っているのだろう。ユフィーリアが常識として語った大食いの作法を、彼は何故か盛大に嘆いていたのだ。「大食いには絶望感が必要だ」とも言っていたような気がする。
ユフィーリアたちを含めて観客全員が返答に困っていると、それよりも先にショウが口を開いた。
「大食いとはつまり、大きなものを食べることこそが華のあるものです。大は小を兼ねると言いますし、何より同じ食べ物を延々と食べ続けるよりも色々な料理が盛られた夢のような大皿に挑んだ方が浪漫があるでしょう?」
ショウは舞台袖を差し、
「そんな夢の大舞台に挑んでくださる猛者をご紹介しましょう。俺が『多分いけるだろう』と願いを込めて選別させていただきました。今回、大食い大会に参加予定だった皆さんはごめんなさい」
ショウの呼びかけに応じて、4人ほどの生徒と見慣れた巨漢が舞台上に姿を見せた。壇上に並んだ席に向かう彼らは、どこか居心地悪そうにしている。
参加者はユフィーリアが収集した大食い大会の参加者の情報を元に、ショウが篩をかけた結果である。あればあるだけ食べるエドワードは確定として、大量の参加者の中で4人に選別するのは悩んだことだろう。
エドワードはイキイキと司会を務めるショウを見やり、
「ショウちゃん、俺ちゃん本当に参加してて大丈夫なのぉ?」
「エドさんが喜ぶご飯を用意していますので、食べ切らなきゃハルさんによるカンチョーの刑です」
「ええ……」
後輩から容赦のない刑罰を提示され、エドワードの困惑はさらに深まるばかりだった。可哀想である。
「ハル、お前ショウ坊と一緒にいたんだろ。何企んでるのか知らねえのか?」
「オレが一緒について行ったのは相手がお話を聞かなかった時の為だったんだって。でもみんなショウちゃんの話を真剣に聞いてたから、出番はなかったんだ」
ユフィーリアの質問に対して、ハルアは「何作ってるのかも分からないや」と答えた。彼はショウと一緒について回っていたが、脅しの手段として使われていたようである。先輩の使い方が上手になったようだ。
「さて、それではお料理を出す前に映像をご覧いただきましょうか。あちらをご覧ください」
ショウが示した舞台のすぐ下には、幕のようなものが設置されている。その幕の横には見慣れた背筋の曲がった魔法使い――副学院長のスカイが控えていて、全員の視線が集中したところで節くれだった指先を鳴らす。
その幕に、映像が投影された。遠隔の様子を壁などに投影する『遠隔地投影魔法』だろう。特に世界中どこでも覗き放題な現在視の魔眼を有するスカイならばより正確にその様子を映すことが出来る。
その幕に映し出された光景は、厨房だった。
『大食い大会の参加者さん、こんにちハ♪ 用務員室の美人お茶汲み係、アイゼルネでース♪』
そしてその映像に映り込んできたのは、まさかのアイゼルネである。この場にいないと思ったらショウにこんな形で協力していたのか。
『現在、厨房では最終の仕上げに入ってるワ♪ とっても美味しそうヨ♪』
アイゼルネがそう言って示したものは、巨大な皿である。楕円を描くその皿にはまだ何の料理も乗っていないが、大規模な厨房を行き交うコック服姿の料理人たちが忙しそうにしていた。アイゼルネの声に混ざって『おい、そっちの鍋どうだ!?』『焼き上がりました、盛り付けお願いします!!』という指示も飛んでくる。
あれだけ大量の料理人が行き交っている上に、目玉が飛び出るほど巨大な皿が用意されていたら不安にもなる。一体どんな料理が出てくるのか。
ショウは「ありがとうございまーす」と言い、
「そんな料理人の努力の結晶がこちらです。炎腕、運んでくれ」
ショウが二度ほど足を踏み鳴らすと、腕の形をした炎――炎腕が巨大な皿を大食い大会参加者の前に置く。
映像でも顕著だった楕円形の皿には、様々な料理が山のように積み重なっていた。1番下に盛られた薄黄色い米と、その上には皿の半分を埋め尽くすほど巨大なハンバーグが3枚も積み重ねられている。皿のもう半分には焦げ目がついたピザが何枚も広げて盛られており、ハンバーグとの架け橋としてエビフライが5本ほど乗せられていた。
仕上げに楕円形の皿を取り囲むように、縁には一口大のカツサンドが敷き詰められている。見るからに炭水化物や揚げ物、そしてカロリーの高いもので埋め尽くされていた。まさに夢ように巨大な料理である。
その巨大料理を前に、参加者はあんぐりと口を開けている。あまりにも大きな料理だからエドワードも、そして観客であるユフィーリアたちも唖然としていた。
「こちら、ヴァラール魔法学院のレストラン総出で作りました。題して『夢のコラボレーション、ヴァラール魔法学院スペシャルギガ盛り定食』です」
なるほど、とユフィーリアは納得した。
揚げ物として置かれたエビフライや下に盛られた米は、おそらくダイニング・ビーステッドの提供品か。そして周りを固めるカツサンドはカフェ・ド・アンジュの人気商品である『天空エビカツサンド』だろう。
ピザの部分はマリンスノウ・ラウンジ、そして巨大なハンバーグはノーマンズダイナーが協力したのか。4つの店舗が協力して1つの料理を作り上げるとは、まさに感動だ。
その巨大な料理を前にしたエドワードは、震えた声で言う。
「ショウちゃん」
「はい?」
「これ食べていいのぉ? 本当にぃ?」
エドワードの声が震えていたのは、嬉しくて仕方がないからだ。こんなに巨大な料理など彼も見たことがないのだろう。
「はい、エドさんなら勝てると信じていますよ」
ショウは満面の笑みで答えると、
「それでは制限時間は50分間です。心ゆくまで、そして腹がはち切れても完食を目指してくださいね!!」
よーいスタート、の合図と共に参加者は揃って巨大料理に挑むのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】訳も分からず嫁にねだられるまま大食い大会の参加者の情報を入手し、ついでに大講堂も貸し切ってきた。ついでに全校生徒にお手紙を書いて集客もした。
【エドワード】大食い大会が開催されるまで戦々恐々としていたが、いざ出てきた料理が思ったよりも普通に美味しそうだったので嬉しい。てっきり苦手なチョコレートでも使われるのかと思っていた。
【ハルア】ショウと一緒に行動はしていたが、実を言うとショウの企みには関わっていない。相手が真剣に話を聞かなかった時のための脅し役員。
【アイゼルネ】ショウに頼まれてアナウンサーというものを演じた。初めて見たデカ盛りに驚愕。
【ショウ】今回の元凶。海外方式の大食い大会では味気がないので、やはりここは元の世界伝統のデカ盛りで驚かせたかったので今まで黙っていた。頑張ってメニューを開発するのに東奔西走した。
【グローリア】大講堂を貸すように脅されたので何に使われるのかと心配で様子見。でも実は異世界知識が目当て。
【スカイ】ショウに「幕みたいなものを作ってほしい」と頼まれたから作った。何だか面白そうなことをしているなぁ。