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第1話【問題用務員と大食い大会】

 正面玄関の掲示板に『大食い大会開催のお知らせ』とある。



「今年もやるのか」


「飽きないねぇ」



 その張り紙を眺める問題児たちは、どこか飽き飽きしたと言わんばかりの態度を見せる。


 大食い大会は学生主催の行事で、毎年開催されているのだ。巨大なハンバーガーだの巨大なハンバーグだの、果てには巨大なパンクックなど毎年のように手を変え品を変え挑戦者を苦しめる訳である。

 問題児も最初の頃は面白そうだからと参加していたが、今ではすっかり飽きて参加していない。エドワードなんか一瞬で食べ終わってしまうし、ただ他人が飯を食っている場面を眺めて何が楽しいのかと頭を抱えてしまう。


 銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、



「エド、お前は出ねえの?」


「ちょっと考えちゃうねぇ」



 ユフィーリアの隣に並ぶ筋骨隆々の男――エドワード・ヴォルスラムは悩むような素振りを見せる。

 まあ、確かに悩むだろう。問題児きっての大食漢、あればあれだけ食う大食いのエドワードが大会に出れば確実に優勝である。一瞬で食べ終わってしまう大食い大会なんて何の面白みもない。


 納得したように頷くユフィーリアは、



「まあ、そうだわな。お前なんて一瞬だし」


「ユーリ出ればぁ? 面白い食べ方しなよぉ」


「面白い食べ方って何? 鼻から食えってか?」


「それを実行した暁には俺ちゃんはお前さんを軽蔑するよぉ」


「軽蔑するなら想像できねえことを提案してくるんじゃねえ。混乱しちゃうだろ」



 とはいえ、面白い食べ方と言ったら調味料で味を変更するしかない。概要を確認すると今年の挑戦メニューは『巨大ハンバーガー』らしいので、いっそのことクリームとか蜂蜜とかジャムとか塗りたくってみるのもいいかもしれない。食べられなくはないが多分絶妙に合わない食材を組み合わせて出場するのもありか。

 そう言っても、巨大ハンバーガーなんて何度も食べたことのあるものだ。どれほど味を変更したって飽きが来てしまったら食べる気も起きなくなる。エドワードも「ハンバーガーねぇ、もう何千回も食べてるしねぇ」と呟く。


 ユフィーリアはツイと掲示板から視線を外し、



「ハル、お前はどうだ?」


「何が!?」


「大食い大会。出ねえか?」


「出ないよ!!」



 掲示板で今日のお昼ご飯は何を食べようかと後輩である女装メイド少年と協議していた少年――ハルア・アナスタシスは即答で「出ない」と宣言していた。

 用務員室でエドワードに次ぐ大食い野郎で、彼と同い年の生徒と見比べるとだいぶ食べる方だ。大食い大会が開催されるとユフィーリア、エドワードと一緒に参加していたのだが、やはり変わり映えのないメニューで飽きてきたのだろう。改めて大食い大会の概要を確認してから、彼はやはり「出ないよ!!」と告げた。


 そんな先輩の頑なな姿勢に疑問を持った後輩の女装メイド少年にしてユフィーリアの愛する嫁――アズマ・ショウは、



「大食い大会なんてあるのか?」


「有志の生徒が企画するのヨ♪」



 ショウの疑問を補足するように南瓜頭の美女――アイゼルネが「懐かしいワ♪」と言う。



「ユーリたちで上位を独占していたのヨ♪」


「え、凄い」



 ショウから尊敬の眼差しを寄せられ、ユフィーリアはどう反応していいものか悩む。どこがどう凄いのか疑問だが、最愛の嫁に褒められるのは悪い気分ではない。

 エドワードもハルアも、ショウの素直な称賛の言葉にどこか照れ臭そうだった。先輩として後輩に羨望の眼差しを向けられるのはやっぱりどこか照れがあるのだろう。


 夕焼け空のような赤い瞳を輝かせたショウは、



「エドさんが大食いなのは知っていたが、ユフィーリアやハルさんも食べるんだな。そんな才能があるとは思わなかった」


「大食いが才能って変な感じだな」


「変な感じではないぞ、ユフィーリア。まさに大食いは才能がなければ成し得ないことなんだ」



 ショウはどこか期待するように、



「元の世界でも巨大メニューに挑戦する人がいたなぁ。そう言った人たちは気持ちのいい食べっぷりを見せてくれるから好きなんだ」


「お前に『好き』だなんて言われると嫉妬しちまうな」



 ユフィーリアは「よし」と頷く。


 ここまで期待されて「でも出ない」と言うのは、旦那様として情けない話である。嫁の期待に応えてこその最高の旦那様だろう。

 どうせ何度も勝ったことのある大会内容だ。今回も優勝は無理だとしても、上位に入賞して惚れ直してもらおうではないか。


 エドワードとハルアも顔を見合わせ、



「ユーリぃ、まさか出るのぉ?」


「乗り気になったね!!」


「当たり前だろ、嫁に格好いいところ見せないで何が旦那だってんだ」



 ユフィーリアはエドワードとハルアの腕を掴み、



「だからお前らも道連れな」


「巻き込まれたぁ」


「いいよ!! ショウちゃんにいいとこ見せなきゃね!!」


「ハルちゃんも乗り気じゃんねぇ」



 エドワードは「分かったよぉ」と頷き、大食い大会に出場を決める。

 久しぶりの大食い大会である。参加しなくなって数十年近くは経過しているが、まだまだ胃袋の方は衰えていないと言っていい。空白期間があるから今からでも鍛え直しておいた方がいいだろうか。


 すると、



「ふはーははははは!!」



 正面玄関に高らかな笑い声が響き渡る。


 弾かれたように振り返ると、そこにはやけに大柄な男がのっしのっしと歩いてくる。学生用の長衣と洋袴を身につけ、足元は履き古した革靴を合わせた生徒と同じような格好をしている。ただし布地はパツパツに張り、全体的に丸々と太っているものだから視界に入れるだけで圧迫感がある。

 太った胴体の上にチョコンと乗った頭部は丸く、それでいて金髪のカツラでも被っているかのように変な髪型をしていた。肉に埋もれた小さな眼球がユフィーリアを睥睨しており、荒々しい呼気まで聞こえてくる。


 明らかに生徒には見えないその男子生徒は、太く短い両腕を腰に当ててユフィーリアを挑発する。



「問題児筆頭ともあろう御仁が、自分の胃の許容量を見誤るとは笑えるな。その細い身体で何が出来ると言うんだ?」


「ああ゛?」


「ユフィーリアを馬鹿にしましたか?」



 ユフィーリアが反応するより先にショウが大柄な男子生徒に詰め寄る。



「大体、名乗りもせずにいきなり喧嘩を売ってくるとはいい度胸です。その贅肉を全部削いで学院内で『人間ケバブサンド』と称して売り捌いてもいいんですよ。さぞ売り甲斐はありそうですね」


「イデデデデデデ腹の肉を掴むな腹の肉を!?」


「ショウ坊、待て待て待て。暴力はいけない暴力は」



 男子生徒の腹の肉を鷲掴みにして暴言を吐き散らかす嫁を引き剥がしたユフィーリアは、



「突っかかってくるってことは、大食い大会の主催側か」


「いかにも。主催者の6学年、アダムズ・ピュートルだ」



 男子生徒――アダムズ・ピュートルが自信満々に名乗る。大食い大会の張り紙を確認すると、隅には『出場は6学年のアダムズ・ピュートルまでお問い合わせください』とあるので間違いなさそうだ。



「おいおい、舐められちゃ困るな。こちとら大食い大会じゃ何回も優勝したり上位独占したりしてんだぞ」


「舐めないでくれるぅ?」


「逆に負かしてやんよ!!」


「おねーさんたちに喧嘩を売ったことを後悔させてあげるワ♪」


「人間ケバブサンド」


「ショウ坊は怖いこと言うの止めな。人肉は食えねえんだよ」



 嫁の瞳から光が消え、意地でもアダムズの贅肉を削ぎ落としたいようなので、ユフィーリアはショウが飛びかからないように押さえ込む。どうして人間ケバブサンドにこだわるのか。



「ふん、舐めているのはそっちだろう。お前たち問題児が大食い大会に出場しなくなってから、我々は大食いの研究を重ねて進化を遂げているのだ。食べきれずに吐くかもなぁ!!」


「ンだとこの贅肉野郎、こっちはショウ坊を解き放ってもいいんだぞ」


「狂気と化した嫁を自由の身にするのは止めてくれないか。そろそろ本気で『人間ケバブサンド』とやらになりかねない」



 アダムズが「煽ったことについては悪かった」と謝罪したので、ユフィーリアに押さえつけられていたショウもジタバタと暴れることはなくなった。また変なことを言えば人間ケバブサンドの刑が待っていそうな気配がある。



「だが、出場をお勧めしないのは本当だ。何せ昨年はあまりに大きすぎて食べきれない挑戦者が続出したぐらいだからなぁ!!」


「どの程度の大きさですか?」


「え?」


「どの程度の大きさかと伺っておりますが」



 ショウがコテンと首を傾げ、



「まさか答えられないという訳ではないですよね。どの程度の大きさですか?」


「ふ、ふん、聞いて驚くなよ!!」



 アダムズは腹の肉を揺らして胸を張ると、



「分厚い肉を3枚も重ねた30セメル(センチ)の巨大ハンバーガーだ!!」


「直径が30セメル……それはなかなかだな……」


「いや、高さがだぞ?」



 ショウの少し難しそうな表情での呟きに、アダムズが即座に訂正を入れてくる。

 確かに30セメ(センチ)の高さともなれば、完食できるのはエドワードぐらいのものではないか。ハルアも調子がよければ食べ切れるだろうが、ユフィーリアではおそらく無理かもしれない。昔は20セメルだったのが、10セメルも大きくなっているとは想定外だ。


 エドワードとハルア、そしてアイゼルネも30セメルという脅威的な数字を聞いて難しげな表情を見せる。



「30だと一般人はきついんじゃないのぉ? 俺ちゃんは平気だけどぉ」


「25だったらいけたかもしれない!!」


「30は一般人にはきついんじゃないのかしラ♪」


「だよなぁ」


「…………」



 アダムズの言葉に、ショウも何も言えなくなってしまった。想定外の大きさが出てきたらそんな反応にもなる。

 それまでの威勢の良さを見ていたアダムズは、また高らかに笑い声を響かせた。よほど食べ切れる自信があるようだ。


 アダムズは明らかに舐めている反応で、



「まあ、食べ切れる自信があるなら出場を受け付けてやらんでもない。食べれられるのであればなあ!!」


「あ、じゃあ俺ちゃんは参加しまぁす」


「え、本当か? 本当に参加するのか?」


「参加するよぉ」



 エドワードだけが参加の意向を示し、ユフィーリアとハルアは何も言えなかった。真っ先に飛びつくということが出来なかった。

 食べられなかったら格好悪いところを見せてしまうし、さすがに食事を残すという行為は問題児の流儀に反する。いくら何でも30セメル(センチ)のハンバーガーは無理があった。


 アダムズは仕方がないとばかりにエドワードの出場手続だけを済ませると、のっしのっしとその場から立ち去った。何しにきたのか、あの贅肉野郎。



「ショウ坊、エドは出るみたいだから応援しような」


「ショウちゃんが応援してくれれば勝てるよぉ」


「一緒に団扇を作ろうね!!」


「ショウちゃんは初めてだから楽しみネ♪」


「…………」



 口を閉ざしていたショウは、くるりとユフィーリアへと振り返る。どこかその瞳には暗い光が宿っていた。



「ユフィーリア」


「お、おう」


「大食い大会のご飯はお代わり自由な形式か?」


「え、そうだったような気がするけど……」


「そうか……」



 質問の意図がよく分からずに答えたが、ショウが壊れたように笑い出してしまったのでユフィーリアたち問題児は慌てて彼を連れて用務員室に帰るのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】こんな細くて美人でも割と食べる方だとは自負してる。大食いかと問われると微妙な気持ち。

【エドワード】問題児随一の大食漢。あればあるほど食べるのでどんなものが出てきても恐れない。チョコレート以外。

【ハルア】エドワードに次ぐ胃袋の持ち主。無限には食べれないがおかわりはしっかりする方。

【アイゼルネ】ショウと1位、2位を争うぐらいの少食。ダイエットではなく胃の許容量がそんなにないだけ。

【ショウ】異世界転移当初は一人前すら食べられなかったのに、今ではすっかりユフィーリアの食育が功を奏して二人前を余裕で完食できるようになった。おかわりも出来るようになった。


【アダムズ】ヴァラール魔法学院の6学年。大食い大会の主催者。歴代の大食い大会の運営部から引き継ぎ、大会を切り盛りする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 大食い大会、すごく楽しみです!!エドワードさんが大活躍しそうな話になるのかと思えば、ユフィーリアさん…
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