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第11話【異世界少年とたくさんの転入生】

 最愛の旦那様がアステラ島の学校に潜入してから、何故かヴァラール魔法学院の生徒たちが増えた気がする。



「何でだろうなぁ」


「賑やかだね!!」



 楽しい放課後を過ごす生徒たちを眺めながら、ショウとハルアは日課であるぷいぷいの散歩をしていた。


 ぷいぷいは相変わらず人気者で、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねて廊下を突き進んでいく姿で生徒たちを魅了する。特に魔法動物関連の授業を専攻している生徒はデレデレの表情で「ぷいちゃーん」「今日も可愛いね〜」などと声をかけてきた。

 一方で、ツキノウサギを変なものでも見るかのような目で遠巻きに眺める生徒もいる。ヴァラール魔法学院に在籍していればツキノウサギなど有名な魔法動物を知らない訳がなく、ああやって警戒することもない。おそらく警戒心を抱くのは転入生の連中だ。


 その遠巻きにぷいぷいを観察する転入生たちに、ショウは一瞥をくれるだけで留める。何もしてこないのであれば別にこちらから動く必要もない。



「何でこんなに生徒が転入してきたのだろうか。どこかの生徒たちを一時的に受け入れたとか?」


「そういえば、レストランとかも今日は改装工事とか言ってたね。放課後に使えなくなって悲しいな!!」


「夕方には終わるだろうから、明日からまた使えるとユフィーリアも言っていたぞ」



 ハルアは「そっか!!」と元気に頷く。


 生徒数が急に増えたことで、最近教職員もバタバタと慌てていたことは記憶に新しい。ユフィーリアも珍しく改築工事を手伝っており、それはそれはもう問題行動など出来ないぐらいに忙しそうだった。

 ユフィーリアが本当に――本当に仕事へ取り組んでいる姿を見たエドワードとアイゼルネは彼女の風邪を疑ったほどだ。額に手を当てて「休んだ方がいいんじゃないのぉ?」「学院長室でも爆破しましょうカ♪」などと問題行動を促す始末である。


 今朝の最愛の旦那様の様子を思い出すショウは、



「まあ、そういう気分だったんだろうな」


「ユーリは気分屋だもんね!!」



 ハルアも納得したように頷く。


 ユフィーリアは気分屋で自由奔放な魔女だ。だから今回も真面目に働いているのは気分で働きたくなったのだろう。いつもは気分ではないから働かないし、何だったら問題行動に勤しんでは怒られるのに、どうして今回に限っては真面目に働く気になったのか不明だ。

 とはいえ、彼女にも何か考えはあるのだろう。頭のいい魔女様のことだ、ショウでは考えつかないようなことを計画しているに違いない。そのうち学院長のグローリアが怒りながら廊下を駆け回ることだろう。


 すると、



「ショウさん、ハルアさん!!」


「あ、リタ!!」


「リタさん、こんにちは」



 廊下の奥から友人である女子生徒、リタ・アロットが羊皮紙の束を片手に駆け寄ってくる。授業終わりという雰囲気ではなさそうだ。

 彼女はショウたち用務員が飼っている兎のぷいぷいが目当てだ。ぷいぷいはツキノウサギと呼ばれる非常に珍しい魔法動物で、リタ曰く『絶滅危惧指定魔法動物』に分類されるらしい。その為、魔法動物の研究家になりたいリタはぷいぷいの観察日記をつけているのだ。


 息を切らせてやってきたリタは、満面の笑みで「こんにちは!!」とご挨拶してくる。



「ぷいぷいちゃんのお散歩ですか? ご一緒してもいいですか?」


「うん、いいよ!!」


「はい、一緒に行きましょう」


「ぷ」



 ハルアとショウもリタの同行を笑顔で受け入れる。ぷいぷいもまた「ぷ、ぷ」と鳴いてリタの足元でぴょんこぴょんこと飛び跳ねていた。喜んでいる様子である。

 毎日のように放課後の散歩へ同行するものだから、ぷいぷいもまた散歩には途中でリタが同行するものだと学んでしまったようだ。人間の指を食い千切るほどの凄まじい咬合力を発揮するものの、元来人懐っこいぷいぷいだからこうしてリタにも懐いているのだ。


 リタは膝を折り、ぷいぷいのふわふわな背中を撫でる。自己主張をするように飛び跳ねていたぷいぷいは、リタに撫でられたことで満足げに黄金色の瞳を細めていた。



「ぷいぷいちゃん、今朝は何か食べました?」


「食べたよ!!」


「リリア先生にもらった人参です。甘くて美味しかったですよ」


「なるほど!!」



 リタは「人参っと……」と羊皮紙の束にぷいぷいの食事事情を書き込んでいく。研究は順調の様子だ。



「そういえば、リタさんは生徒数が増えて平気ですか?」


「え?」


「何か虐められていたりとか、困っていることはないですか? こうしていきなり生徒数が増えたから、元々いるリタさんは困っていることがあるんじゃないかと思いまして」


「そんなことはないですよ」



 ショウの心配をよそに、リタは明るい笑顔で応じる。



「むしろお友達がたくさん出来ました。魔法動物に興味を持ってくれたようで、お昼休みとか図鑑で一緒にお勉強をしているんです」


「ならよかった!!」


「大切なお友達が虐められたりしちゃったらどうしようかと不安になりました。大丈夫なら問題ないですね」



 そんな会話を交わしていると、どこからか「あれ?」と声が聞こえてくる。



「ショウ君とハルア君じゃないか。リタちゃんもいるね。ぷいぷいちゃんのお散歩?」


「あ、学院長!!」


「こんにちは、学院長」


「こ、こんにちは!!」



 ちょうどそこに、授業終わりらしい学院長のグローリア・イーストエンドが通りかかる。グローリアもたまに散歩の途中で会ったら撫でてくれるので、ぷいぷいもナデナデに期待して「ぷ!!」と鳴いた。

 足元まで寄ってきたぷいぷいを抱き上げ、グローリアは優しい手つきでぷいぷいの頭を撫でる。頭を撫でられてご機嫌最高潮になったのか、嬉しそうに「ぷ」と鳴いていた。


 ひとしきりぷいぷいを撫でてから解放するグローリアは、



「そうだ、南瓜の種を取り寄せたからあとで学院長室まで取りにおいでよ。ツキノウサギって硬いものを食べないと歯が尖ってきちゃうって言うし」


「いいんですか?」


「ユフィーリアに『おつまみにしちゃダメだよ』ってちゃんと伝えておいてね。下手をするとぷいぷいちゃんのおやつなのにお酒のおつまみにしかねないから」



 普通の兎とは違い、さすが魔法動物と言うべきなのだろう。ぷいぷいは南瓜の種やナッツ類などを食べても平気で、むしろ硬いものを食べさせて歯を削らなければならないのだ。ツキノウサギは雑食で何でもよく食べる上に燃費が悪いので、栄養価の高いものを食べさせるのがいいのだと魔法動物博士であるリタが教えてくれた。

 牧草などは見向きもしなかった。ベッド代わりとでも思っているのか、用務員室の隅にある自分のクッションの上にせっせと詰め込んで寝転がるぐらいだ。予想を簡単に裏切るのが魔法動物の醍醐味である。


 和やかな会話を交わしていると、ハルアは何を思ったのか「学院長!!」と叫ぶ。



「転入生が多くやってきたけど、何で!?」


「ああ、ステラ=レヴァーノ王立学院を吸収したからね。生徒たちは全員、ヴァラール魔法学院に通うことになるよ」


「吸収?」



 ショウは素直に驚いた。



「吸収って、じゃあステラ=レヴァーノ王立学院はもうないんですか?」


「それだけじゃなくて、ドネルト王国に住んでいた国民も広い地域に振り分けたよ。今じゃ魔法の研究機関で働いているか、自分で店でも経営しているかな?」


「はわわ」



 グローリアのあっけらかんとした口調にショウ、ハルア、リタはあんぐりと口を開ける。


 実質、ドネルト王国の取り潰しである。一体何をしたらこうなってしまったのだろうか。ステラ=レヴァーノ王立学院の生徒たちは故郷がなくなってしまったことに該当するので、怯えて生活するのは無理もない。

 ステラ=レヴァーノ王立学院もまた悪い外観ではなかった。王立学院の名前に相応しい絢爛豪華な外観に煌びやかな内装、中庭まで綺麗な教育機関だったのだ。あの校舎は残して美術館にでもすればよかったのではないだろうか。


 いいや、それよりもドネルト王国の聖女様や王族はどうなったのか。彼らには婚約者という関係性があるものの、こうして国が取り潰されたら行き場所もないのではないだろうか?



「ああ、安心して。聖女様はリリアちゃんのところで修行をしてるよ」


「じゃあ王子様の方は?」


「知らない」



 グローリアは朗らかな笑顔で、



「リリアちゃんへ即座に鞍替えするような浮気野郎なんて知らないなぁ。キクガ君が連れて行ったんじゃないかな?」


「父さん……」



 思わぬ場所で父の名前が出てきてしまい、ショウはどう反応すればいいのか困る。まあ、11歳であるリリアンティアに求婚をするとはその男もなかなかな変態さんだ。

 なるほど、ならばいっそ死んでもらって冥府で拷問を受けてもらえば万事解決である。阿呆な奴にくれてやる慈悲はない。


 ハルア、ショウ、そしてリタも大きく頷き、



「ちゃんリリ先生に求婚するなんて死んでも文句はないね」


「逆に気持ち悪いですね」


「すぐに求婚する相手を鞍替えするのは浮気性ですね。女の敵です」


「未成年にそんなことを言われるぐらいだからもう終わりだね」



 グローリアはやれやれと肩を竦め、



「まあ、こっちとしてもステラ=レヴァーノ王立学院の運営資金がごっそり入ってきたから学院のお財布も潤ってるしね。学院の施設を新しくしたり、授業内容を充実させるのにいいかも」


「学生寮とか大丈夫なんですか?」


「ユフィーリアが増築作業をしてるよ。普段からこうやって真面目に働いてくれれば、僕だって減給を言い渡さないで済むんだけどな」



 ひらっと右手を振ったグローリアは、



「じゃあね。あとで南瓜の種を取りに来るのを忘れないでよ」


「あいあい!!」


「わざわざありがとうございます」



 グローリアは足早に立ち去り、あっという間に人混みへ溶け込んでいく。


 ドネルト王国は取り潰しになったが、ユフィーリアが終焉を与えた訳ではないようだ。現にリタの記憶からドネルト王国やステラ=レヴァーノ王立学院の情報が消えていないので、七魔法王セブンズ・マギアスを怒らせたことによる1つの国が滅ぼされた結果だ。

 それにしても、ユフィーリアが楽しそうに仕事をしていた理由が分かったかもしれない。ステラ=レヴァーノ王立学院に所属していた生徒たちの部屋に何かを仕掛けているか、それとも手っ取り早くヴァラール魔法学院から逃がさないようにする為か。彼女のやろうとしていることが想像できない。


 ショウはハルア、リタと顔を見合わせ、



「南瓜の種を取りに行こうか、ハルさん」


「これ以上は首を突っ込まない方がいいね!!」


「可哀想なので元の学校の話題を出すのは止めましょうか……」



 ステラ=レヴァーノ王立学院とドネルト王国の話題は禁忌とし、ショウたち3人は南瓜の種をもらう為に学院長室へ向かうのだった。

《登場人物》


【ショウ】日課のぷいぷいの散歩は、お昼と放課後の2回行く。転入生がたくさんやってきた理由は知らないが、後日ぷいぷいを可愛がってくれる転入生も増えたので嬉しい。

【ハルア】友達が増えるのはいいけど、元々いる友達が虐められるのは嫌いなので守る所存。このあと異世界スポーツ教室の生徒が増えるので嬉しい。


【リタ】転入生が増えて友達も増えた。魔法動物を一緒に専攻してくれている生徒とは、毎日図鑑で魔法動物の勉強をしている。

【グローリア】王立学院から将来有望な生徒を吸収できたし、運営資金も奪えてウハウハ。とりあえずレストランの改築として座席の数を増やすのが最優先。

【ユフィーリア】今回出番はないが真面目に働くと仕事が出来る魔女である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ショウ君とハルア君、そしてリタさんの未成年組と新たに加わったぷいぷいちゃんのやり取りに心が癒されまし…
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