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第8話【問題用務員と創立記念パーティー】

 そして、ステラ=レヴァーノ王立学院の創立記念パーティーが開催される日付となった。



「全く、関係のない学院の創立記念パーティーには出席したくないんですの」



 ぶつくさと文句を言いながらヴァラール魔法学院の正面玄関に集合したルージュは、パーティーという場に相応しい煌びやかな格好をしていた。

 真っ赤な髪は緩く巻かれており、薔薇をあしらった髪飾りが目を引く。網膜に焼き付くほど鮮やかな赤いドレスは黒色のレースが随所に縫い付けられて魔女らしい雰囲気を出し、化粧も夜会用に少しばかり厚めにされている。文句を言いながらも出席する以上はだらけた格好で行くつもりはないのだろう。


 ルージュは真っ赤な髪を払うと、



「あのいけ好かないキール王太子殿下にお願いして7枚も招待状をもらいましたの。ユフィーリアさん、残念ですが今日はお嫁さんたちは連れて行けませんの」


「分かってるよ。それを承知で今回は用務員室で留守番を頼んだ」



 ルージュに言われ、ユフィーリアは肩を竦めて応じる。


 得られた招待状が7枚だけだったので、ユフィーリアの部下たちは用務員室でお留守番を言い渡したのだ。エドワードとアイゼルネの大人組は比較的すんなりと受け入れてくれたのだが、ショウとハルアの未成年組は納得している様子ではなかった。

 特にショウは夜空のような深い青色のドレスに身を包んだユフィーリアの姿を見て、他の男に言い寄られないか心配していた。言い寄られたとしても最初から最後までユフィーリアの心はショウだけのものである。それに、こんな見た目だけを取り繕って淑女の礼儀をゴミ箱に捨てたような魔女に言い寄る男がいるなら見てみたいものだ。


 不機嫌さを前面に押し出すルージュに、彼女を焚き付け――もとい説得した功労者であるグローリアが朗らかな笑みで口を開く。



「ごめんね、僕のお願いを聞いてもらっちゃって」


「優秀な魔女や魔法使いがいらっしゃるなら、その方々をヴァラール魔法学院に招くのは世界の発展を意味しますの。貢献できるのであれば協力は惜しみませんの」



 グローリアの言葉に、ルージュは至極真っ当な答えを返す。何故だろう、彼女らしくない。



「おいグローリア、ルージュをどうやって説得したんだよ」


「希少な毒草を融通するってことで決着しちゃった」


「は!?」



 グローリアの口からとんでもねー事実が語られ、ユフィーリアは思わず声を上げてしまう。


 ルージュに毒草を渡せば、どんなものが出来上がるか想像に難くない。紅茶として加工するか、調味料として加工するか、それともそのまま料理にするかのいずれかである。どの選択肢を取っても不味い結果しか生まないし、下手すれば死人が出る。

 これにはグローリアの説得に協力したスカイも頭を抱えていた。彼女にスカイの魅了魔法が通用しなかったのだろう。元怠惰の魔王にして、その身に色欲系統の悪魔の血まで流れており、どちらかと言えば堕落よりも魅了の魔法を得意とするスカイでさえもダメだったようだ。


 グローリアはユフィーリアの肩を掴み、



「本当にごめん、ユフィーリア。お願いだからこれが終わったらルージュちゃんに渡す毒草を全部枯らして。君の問題行動のせいってことにしておいて」


「おいふざけんな、割に合わねえだろうが。それで罰としてアイツの手製の紅茶を飲まされる羽目になったらどうしてくれんだ」


「減給を言い渡した君の給与を元に戻すついでに1割上乗せしておくから」


「任せろ、問題児の手腕を見せてやるぜ」



 グローリアから提示された条件に、ユフィーリアは即座に引き受けた。問題行動を起こして給与が元に戻る上に1割上乗せしてくれるのであれば安いものである。



「そろそろお時間ではありませんか?」


「おっと、そうだな」



 可愛らしい白色のドレスに身を包んだリリアンティアに言われ、ユフィーリアは正面玄関に飾られている飾り時計に視線をやった。

 飾り時計の時針は6と12を示そうとしており、もうすぐステラ=レヴァーノ王立学院の創立記念パーティーが開催する時刻が迫っていた。今回はメイヴェ地区から出る客船を使うことなく、転移魔法でサクッと移動することにしているからアステラ島にもすぐに到着する。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り、



「じゃあ転移魔法を使うけどいいか?」


「あい分かった」


「うおッ」



 いきなり腰を抱かれ、ユフィーリアは変な声を上げてしまう。


 腰に手を回してきたのは白髪の青年である。長い髪をオールバックに整え、薄紅色の瞳がユフィーリアを真っ直ぐに射抜く。端正な顔立ちは世の中の女性を魅了するほど綺麗なものだが、ユフィーリアの心には何にも響かない。

 今回は珍しく洋装の格好をした八雲夕凪である。人型の姿で「お待たせなのじゃ〜」と言いながら現れた時は我が目を疑った。ステラ=レヴァーノ王立学院という自分の威光が届かない場所に向かうから、人の姿の方が警戒されないという八雲夕凪なりの配慮らしい。


 ニコニコ笑顔でユフィーリアをエスコートする気分になっているクソジジイに拳を握りしめたのだが、ぶん殴るより前に彼の横っ面へ拳が突き刺さった。



「へぶうッ!?」


「義娘に何をするのかね」



 ぶん殴ったのはキクガである。頭に髑髏どくろのお面は乗せているものの、きちんとタキシードを身につけて創立記念パーティーに適した服装をしていた。艶やかな黒髪も整髪剤で固めているのか、額を出していつもとは違う雰囲気である。

 殴られた八雲夕凪は、横回転してから地面に叩きつけられるという非常に痛々しい最後を迎えた。そのお綺麗な顔面から正面玄関の床に飛び込んだ白髪の青年は、そのままピクリとも動かなくなってしまう。可哀想とも何とも思わない。


 キクガはユフィーリアとリリアンティアを側に引き寄せ、



「2人は私がエスコートをする訳だが。あのハクビシンに任せて置けない」


「た、頼もしいです。身共もえっちぃ目に遭ったらどうしようかと……」


「助かるわ、ショウ坊から『変な男に言い寄られたらどうしよう』って心配されてたんだよ」



 リリアンティアは安堵に胸を撫で下ろし、ユフィーリアもまた最愛の嫁に心労をかけるような真似をしなくて済むと安心した。キクガであれば真面目だし、ショウに余計な心配をかけずに済む。

 ぶん殴られた影響で気絶を果たした八雲夕凪は、グローリアとスカイの2人がかりで支えていた。「馬鹿だね」「そッスねぇ」と呆れている様子である。


 ツンと澄ました顔をキクガに向けるルージュは、



「あら、わたくしは?」


「君はキール王太子殿下がいる訳だが」


「あんなの趣味ではありませんの」


「彼から恨みを買っても嫌だからエスコートは拒否する訳だが。あと単純に真っ赤なケバケバ野郎をエスコートしたくない」


「それが本音ですの!?」


「ああもうほら行こう行こうってば僕が転移魔法を使うから!!」



 睨み合いを始めるルージュとキクガを宥め、グローリアが代表して転移魔法を使うのだった。



 ☆



「招待状を確認しました。ようこそ、ステラ=レヴァーノ王立学院へ」



 衛兵に招待状を提示して、賑やかな王立学院の敷地内に足を踏み入れる。


 紺碧の空に散らばる白銀の星々の明かりを掻き消さん勢いで煌めく校舎から、優雅な音楽が聴こえてきた。管弦楽によって創立記念パーティーとやらは盛り上げられ、生徒や招待状を得て招かれた外部の人間によるはしゃいだ声がぶつかり合う。

 会場となっている『大ホール』と銘打たれた部屋は、まさに舞踏会でも開くのに相応しい規模があった。太い柱が何本も支える高い天井に等間隔で配置された照明器具が眩いばかりの光を落としており、大理石の床をさらに輝かせる。さすが金持ちが通う学校なだけあって、参加者は全員して煌びやかなドレスや仕立てのよさそうなタキシードを身につけていた。


 その賑やかなパーティーの様子に目を瞬かせるユフィーリアたちは、



「凄えや」


「レティシア王国の舞踏会にも匹敵するんじゃないかな。お金かけてるね」


「それだけこの学院に入るのが大変なんスよ。魔法を使わないでこれだけの規模の設備やら行事を運営するにはやっぱり金が必要なんスよね」


「自国がとても金銭的に潤っているのであれば、魔法を使えばさらに繁栄するんですの」


「贅の限りが尽くされている訳だが」


「これはこれは、なかなか豪勢なぱーてぃーじゃのぅ」


「こ、こんなに贅沢をしてもいいのでしょうか……?」



 絢爛豪華なパーティーに、七魔法王ともあろう偉大な魔女・魔法使いたちは呆気に取られていた。各国のパーティーに参加したことはあれど、学生の規模でここまで豪勢なパーティーは見かけたことがないので気圧されてしまう。

 ヴァラール魔法学院にも創立記念パーティーはあるのだが、外部の人間は招かないで生徒や教職員で執り行うささやかなものだ。こうした場面に金銭を使うよりも授業内容を充実させたり、設備を刷新して生徒や教職員の学院生活をよりよく改善させたりした方が有意義である。


 すると、



「ああ、真紅の君!!」


「え?」


「は?」



 人混みを掻き分け、王子様のような見目麗しい青年がルージュの前に立つ。整った顔立ちには心底嬉しそうな笑みを乗せており、息を切らせて「お会いしたかったです!!」と言う。

 その青年の姿を認識すると、ルージュの美貌が歪んだ。こちらは心底嫌そうな表情である。愉快な表情に、ユフィーリアは胸中で笑い転げた。


 王子様のような見た目をした青年――ドネルト王国の王太子であるキールはルージュの手を取る。



「さあ、こちらに。私がエスコートをしましょう!!」


「いえ、あの」


「さあ!!」



 キールは問答無用でルージュを攫っていってしまった。淑女の扱いがなっていない男である、あれが王族とは国の行末が心配になるものだ。

 人混みに消えていくルージュは何度か助けを求めるような視線を投げかけてきたが、ユフィーリアたちは笑顔で送り出した。他人の恋路に踏み込んで余計な恨みを買いたくない。


 さて、ルージュが離れた今、別の目的を果たそう。



「ユフィーリア、その聖女様っていうのはパーティーに参加してる?」


「してるしてる。ほら、あの会場の隅にいる女の子」



 ユフィーリアが会場の隅を指差すと、そこには白金色の髪を持つ少女の姿があった。薄青のドレスに身を包んだ少女は、どこか沈んだ表情で会場に溶け込めずにいる。飲み物や軽食を楽しむのではなく、ただ楽しそうにはしゃぐ自分と同い年の少年少女の様子をぼんやりと眺めているだけだ。

 彼女の婚約者は、年上の魔性の女に夢中である。誰も周囲にいない今が絶好の機会だ。


 ユフィーリアはグローリアと顔を見合わせ、



「リリアを預かるぞ、聖女様の勧誘は任せろ」


「じゃあ僕たちは手分けして将来有望そうな生徒たちを探すね」


「これが引き抜きって訳ッスね、腕が鳴るッスよ」


「我々は父兄を当たろうではないか」


「うむ、任せるのじゃ。魔法学院を宣伝してくるぞい」


「身共も頑張ります!!」



 気合を入れ、6人の偉大な魔女・魔法使いは散り散りに行動を開始する。全ては若者の明るく、そして自由ある未来の為にである。

《登場人物》


【ユフィーリア】七魔法王が第七席【世界終焉】の名を冠する魔女。ヴァラール魔法学院の創立記念パーティーでは八雲夕凪から酒を捲き上げて浴びるほどかっくらって吐いた記憶しかない。


【グローリア】七魔法王が第一席【世界創生】の名を冠する魔法使い。ヴァラール魔法学院の創立記念パーティーは基本的に顔を出すのみで参加はしない。仕事があるからである。

【スカイ】七魔法王が第二席【世界監視】の名を冠する魔法使い。創立記念パーティーで7色に輝く照明器具を用意したらグローリアから怒られた。ショウが言うに、ミラーボール。

【ルージュ】七魔法王が第三席【世界法律】の名を冠する魔女。創立記念パーティーでは筋肉質な生徒を舐めるように観察していた。

【キクガ】七魔法王が第四席【世界抑止】の名を冠する男。冥府の役人で冥王第一補佐官。パーティーなどの出席経験はあまりないが、参加すればそれなりに楽しむ。

【八雲夕凪】七魔法王が第五席【世界防衛】の名を冠する豊穣神。毎年ユフィーリアたち問題児から酒をカツアゲされる。

【リリアンティア】七魔法王が第六席【世界治癒】の名を冠する聖女。創立記念パーティーではケーキばかり食べている。

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