第7話【問題用務員と情報共有】
「今から創設者会議をメイヴェ地区でやるから、ルージュ以外は全員集合」
そんな内容の通信魔法をグローリア、スカイ、八雲夕凪、リリアンティアに向けて発信したら割とすぐにやってきた。
「ルージュちゃんだけ仲間外れにするのはよくないんじゃないかな」
「じゃあお前がアリバイ作りに協力して学院に帰れ」
「君が呼び出したんでしょ。責任取ってよね」
天下の七魔法王が集合したのは、メイヴェ地区にある大衆居酒屋である。魚料理が有名で、今夜も数多くの魚料理が取り揃えられていた。生ステーキや煮付けは元より、魚を丸ごと投入したあっさりとした鍋料理『メイヴェ鍋』まである。メイヴェ鍋は魚が丸っと1匹入っていたりするので、魚の出汁がスープに染み込んで美味しいのだ。
先に集合して1杯飲んでいたユフィーリアたち問題児とキクガは、遅れて登場した4人を出迎える。まだ1杯しか飲んでいないのでへべれけの状態ではなく、未成年であるショウとハルアもいるので酒に酔っ払ってだらしない姿を見せるなど以ての外である。
グローリアは小さな椅子に座り、
「で、君たちの格好は何?」
「ステラ=レヴァーノ王立学院に潜入してきたんだよ」
「え、本当?」
清酒を猪口に注ぎながら言うユフィーリアに、グローリアが紫色の瞳を輝かせる。
「あそこにいい生徒いた? 魔法が浸透していないから、なかなか学校見学をさせてもらえないんだよね」
「お前でも難しいのかよ。いつもの口八丁手八丁で相手を手篭めにする学院長様はどうした」
「その口八丁手八丁も警戒されるんだよ」
グローリアはやれやれと肩を竦める。
説得が上手く、何より世界中の誰よりも信頼はありそうな七魔法王が第一席【世界創生】でも信用してくれないとは魔法の浸透率は最低である。よくもまあ人力でドネルト王国を発展させたものだ。
ハルアが差し出してきたメニューを眺めるリリアンティアも、
「あの王国では身共も活動が出来ないのです。回復魔法や治癒魔法などを警戒されてしまいまして」
「おかしなもんだな。リリアと同じような聖女様がいたってのに」
「え!!」
ユフィーリアの言葉に、リリアンティアは新緑色の瞳を瞬かせた。そして小さな身体で机から身を乗り出し、
「そ、それ、どういう意味ですか!?」
「言葉通りだよ。エリオス系統の天使様から神託を受けてる女の子が、回復魔法だの治癒魔法だのを無自覚に使ってんだ。おそらく一般人は使い倒すつもりだろうな」
それも、癒しの力がなくなるまで聖女――ミシェーラ・ダムフィールは使い倒されることだろう。天使の神託を受けている以上は教会で祈りを捧げた方が維持にも繋がるが、彼女はそんな素振りすらなかった。天使の神託が消えるのも時間の問題である。
その話を聞いたリリアンティアは「そんなの酷いです!!」と憤る。自分と同じ境遇を持っているからこそ、ミシェーラの状況に心を痛めることが出来るのだ。心優しい本物の聖女様である。
スカイはエドワードに勧められた生ステーキを摘み、
「じゃあどうすんスか。魔法が浸透していない以上、ボクらの名前は使えないッスよ」
「こっちには魔法使い一族がいたから魔法の存在はあったけど、ドネルト王国は魔法を奇跡の力とか認識しちゃうからなぁ」
グローリアもスカイも揃ってため息を吐く。
魔法の存在を広く世に伝えてきた身としては、魔法が浸透していないアステラ島にも普及してやりたいのだろう。いつまでも人力でやれば限界があるだろうし、魔法を学びたい人間だって存在するはずだ。いつまでも「自分たちでは魔法なんて使えない」なんて被害者ヅラをするのは止めてほしいところである。
それに、ミシェーラの存在を取り上げたところで第二、第三の犠牲者が出るだけだ。あそこの王太子殿下は聖女としての力が強い人間にすぐ心変わりしてしまうので、犠牲者は次々に現れてしまう。
――そうだった、王太子殿下である。問題はそこだ。
「そうだそうだ、いつまでも本題に入らねえのはおかしいな」
「儂らを呼び出した上に、るーじゅ殿は仲間外れじゃろ。何か意味があるんかえ?」
「爺さんの割に鋭いな」
八雲夕凪が心外なとばかりに「儂だってたまには冴えるのじゃ」と訴えてくるが、白狐のことなど無視してユフィーリアは話を進める。
「実はルージュに求婚したって噂の王太子殿下に会ってきたんだよ」
「へえ、どうだったんスか?」
「その王太子殿下と、さっき話題にした聖女様が婚約者同士だったんだよ」
ユフィーリアが特大級の爆弾を投下した途端、遅れて集合したのは七魔法王の面々が一斉に吹き出した。
その反応をするのも分かる。ユフィーリアも同じ反応をしてしまったぐらいである。「アイツ婚約者がいるのかよ」と頭を抱えた。
こんな情報をルージュに知られれば最後、怒り狂ってアステラ島を吹き飛ばしかねない。かつて婚約中の男に浮気をされ、一族郎党皆殺しにしたほどの『浮気』『婚約破棄』などといった言葉が嫌いなルージュのことである。今度は国家を滅ぼしかねないのだ。
だが、逆にこれは面白い状況であることは確かだ。
「そんな訳で、ルージュを焚き付けてステラ=レヴァーノ王立学院の創立記念パーティーに潜り込めねえかなって」
「いい考えだね」
「最高じゃないッスか」
「絶対やるのじゃ」
「やりましょう」
「あれれ?」
ユフィーリアが満面の笑みで告げた提案に、まさかの全員が即答で乗ってきてしまった。あの生真面目なリリアンティアまでやる気に満ち溢れる始末である。
問題行動であることには間違いないのだが、普段は問題行動を諌める立場である学院長のグローリアも首を縦に振ったのだ。どれだけルージュは恨まれていたのだろうか。他人の事情などお構いなしに殺人的なお紅茶を笑顔で振る舞っていたのが仇となったのか。
その光景に首を傾げたキクガが、
「全員、あの真っ赤なクソアバズレに恨みでもあったのかね?」
「そういう訳じゃないんだけどね」
グローリアは真っ先にルージュへの恨みを否定し、
「ルージュちゃんがドネルト王国の王太子殿下と結婚すれば魔法を浸透させることも簡単だろうし、求婚を断るにしてもその聖女様ってのを引っ張り込めればいいしね。ルージュちゃんがいれば簡単に潜り込むことが出来るなら使わない手はないよ」
「本音は?」
「付随して、ルージュちゃんが口汚く王太子殿下に暴言を吐くところが見たいんだよね。前の婚約破棄現場もさ、ルージュちゃんの独壇場で結構楽しませてもらったし」
明らかに本音の方が目的である。グローリアも澄ました顔でとんでもねーことを言うものだ。
スカイや八雲夕凪もグローリアの本音の方に同意のようで、首を縦に振っていた。「見たいッスよね」「あれは面白いからのぅ」と不純な動機が次々と出てくる。
一方でリリアンティアだけは協力の理由が違っていた。
「身共は聖女が使い倒されるという現状が許せませんので」
「本音は?」
「夏にダメにされた巨人スイカの恨みはまだありますので……身共は許しませんので……」
本音の方に呪詛が混ざっているような気配さえもあるが、やはり引きずっているのは夏休み終盤で企画した花火大会で手塩にかけて育てた巨人スイカをダメにされたことだった。もうすでに時は経っているのだが、リリアンティアはまだルージュに対して瑕疵があるようである。
まさに女神の化身と呼んでも過言ではないリリアンティアにここまで恨まれるとは、ルージュも罪な女である。同情はもちろんしない。天罰が与えられたとしても鼻で笑う自信がある。
グローリアは手を叩いて、
「そうと決まればルージュちゃんを焚き付けるのは僕の方で何とかするよ。スカイも出来れば協力してほしいかな」
「創立記念パーティーっていつッスか? それまでには間に合わせるッスよ」
「親父さんが調べてくれたけど明後日だってよ。招待状が必要らしい」
「最低でも7枚は必要じゃのう。怪しまれるようじゃったら、儂がちょっくら学院の生徒を騙すかのぅ」
「冥府の刑場でドネルト王国の王宮関係者が刑罰を受けていたはずだが。あれを王太子の夢枕に立たせる訳だが」
「身共はその聖女様を受け入れる準備をしなければなりませんね。初めての場所で緊張されては聖女としての修行にも身が入らないでしょうし」
着実に手順を決めていく七魔法王は、それはそれは楽しそうに会話を交わしていた。
はしゃいだ様子でルージュの求婚お断り大作戦(仮称)について会議をする七魔法王の面々に、大衆居酒屋を利用する客たちは戦々恐々としていた。何せ神々の如く崇められている七魔法王が一般人が利用するような大衆居酒屋の一角に集まり、楽しそうに「やっぱり普通に誘った方が」とか「いや魅了魔法で誘うッスか」とか語っているのだ。
世界に魔法を浸透させ、一般人の生活も豊かにするべく一躍買った偉大な魔女・魔法使いたちが、何やら怪しげな会議を繰り広げていれば恐怖も覚える。ついでに「どうしてこんな場末の居酒屋に?」などと疑問に感じるだろう。実際、七魔法王と崇められてようが何だろうが、少し外れればただの魔女と魔法使いである。
そんな七魔法王の人となりについて知っているエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人は、
「楽しそうだなぁ、ユフィーリアも父さんも」
「七魔法王が本気で問題行動に乗り出すと怖いね!!」
「それよりも、もっと頼みまショ♪」
「すいませーん、麦酒を大瓶でくださーい。あと蛸と海藻の酢の物とぉ、魚介の串焼きを20本お願いしまーす」
楽しそうな七魔法王たちを横目に、ショウたち4人はメイヴェ地区で獲れたばかりの魚介類に舌鼓を打つ。これだけ食べても平気でいられるのは、お財布として機能するだろう大人たちがいてくれるからだ。
ねじり鉢巻を巻いた店主が震えた声で「あいよ」と応じ、慌てて料理と飲み物の準備に入る。きっと七魔法王だから粗相をすれば殺されるとでも勘違いしているだろうが、それほど怖い存在ではないのだ。
第三席【世界法律】の魔女を差し置いて、七魔法王による会議はどんどん進んでいく。
《登場人物》
【ユフィーリア】以前、ルージュが婚活していた時代を知っている。浮気の末に婚約破棄を申し入れた婚約者が一家心中を決め込むまで指差して笑いながら見ているだけだった。
【グローリア】ルージュが婚活をしていた時代を知っている。浮気の末に婚約破棄を申し入れたルージュの元婚約者がボロクソに罵られているところを眺めて普通にケーキ食ってた。
【スカイ】以前、ルージュが婚活していた時代を知っているには知っているのだが、創設者会議で毒草の紅茶を飲まされそうになったことに対して恨みがある。
【キクガ】ルージュを騙す為に七魔法王が一致団結するのは素晴らしいなぁ。
【八雲夕凪】ルージュが婚活をしていた時代を知っている。恨みはないのだが、面白そうだから乗っかった。
【リリアンティア】ルージュが婚活をしていた時代を知らない。巨人スイカをダメにされた恨みがあるので協力する。
【エドワード】七魔法王を敵に回すと怖いなぁと思っている。
【ハルア】七魔法王を殺害する為に生み出された人造人間だが、頭の良さは群を抜いている彼らにはやっぱり敵わないと思っている。
【アイゼルネ】悪いことを考えているのに妙にイキイキしている七魔法王が怖すぎる。
【ショウ】ユフィーリア、楽しそうだなぁ。