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第6話【問題用務員と白金の聖女】

「どこに行った、あの不届者は!?」


「探せ、何としてでも見つけ出せ!!」


「首を刎ねてやらなければ!!」



 そこかしこから怒りに満ちた声が聞こえてくる。


 ユフィーリアたち問題児とキクガは、中庭の生垣に隠れていた。背の高い生垣は隠れるのに最適で、陰からこっそり様子を窺うと鬼のような形相をした生徒たちが右に左に駆け回っている。王太子殿下をぶん殴った下手人であるユフィーリアを探しているのだろう。

 ただ、ユフィーリアはそれどころではなかった。王太子殿下に触れられたショウの手を懸命に擦っている。あの王太子殿下の手から付着した垢を擦り取ろうとしていた。


 手をナデナデされまくるショウは、真剣な表情をしたユフィーリアの顔を覗き込む。



「ユフィーリア?」


「ごめん、ショウ坊。ちょっと今は手が離せねえ」


「うん、確かにそうだな。一生懸命に手を擦ってるもんな」



 ショウは困惑気味に頷き、それ以上は何も言わなくなった。


 許せないのは、あのスカした顔の王太子殿下である。彼はルージュに一目惚れして求婚したはずなのに、赤い瞳を持つという要素だけで最愛の嫁であるショウに見惚れるとは何ということだろうか。この島に七魔法王セブンズ・マギアスの異名が届いていないことに苛立ちを覚える。

 これで七魔法王が第七席【世界終焉セカイシュウエン】であると知っていた暁には、このアステラ島を終焉に導いてやる所存だ。ユフィーリアであればこんな小さな島に終わりをくれてやることなど容易い。


 ユフィーリアはショウの手を擦り終え、



「絶対にあの野郎、痛い目を見せてやるからな……」


「もう十分に痛い目を見たのでは……?」



 ショウはユフィーリアの怨念を込めた言葉に、ただ苦笑をする他はなかった。


 ぶん殴っただけでは、当然ながら『痛い目を見せる』に該当はしない。やるなら徹底的にやってやらなければ気が済まない。

 そう考えると、果たして何が有効打となるだろうか。やはりここはルージュに面と向かって「結婚などしない」と断ってもらった方が効果的なのかもしれない。そもそもとして彼はルージュの好みに合っていないので、球根を受け入れるという未来はないだろう。


 すると、



「ユーリ!!」


「何だよ、ハル。何か見つけたか?」


「さっきの聖女様がいるよ!!」



 ハルアが生垣の向こう側を指差す。


 彼が指差したその先には、生徒から『聖女様』と呼ばれていた少女である。艶やかな白金色の髪を揺らし、心配そうな眼差しを騒がしい校舎に投げかけている。状況を見に行こうと足を踏み出すのだが、何を思ったのかその場に留まって顔を俯けさせる。それから迷うようにその場でウロウロと歩き回り、ため息を吐いてから東屋に戻る。

 心配するような素振りを見せておきながら、あのように助けにいかないとは何か理由があると判断できよう。聖女と周囲に称賛されるぐらいなのだから、心優しい少女に違いない。きっと生徒たちを心配しているが、行動できない何らかの鎖があるのだ。


 生垣の影から飛び出したハルアは、



「ねえねえ、何してるの!?」


「ひゃッ!?」



 度胸が天元突破しているハルアは、あろうことか聖女様と呼ばれている少女に話しかけに行ってしまった。



「ちょ、おい馬鹿ハル!!」


「ハルちゃん何してんのぉ!?」


「でもおねーさん、何か様子がおかしかったから!!」



 遅れて生垣から飛び出してきたユフィーリアとエドワードはハルアの後頭部を引っ叩く。殴られたことでハルアは「痛い!!」と痛みを訴えてきた。

 いきなり現れた問題児に、少女は怯えたような視線を寄越してくる。それはそうだ、いきなり見覚えのない生徒が目の前に現れれば警戒心ぐらい抱く。


 ユフィーリアは怯えた表情を見せる少女に笑いかけ、



「大丈夫だぞ、ただちょっと聞きたいことがあってだな」


「な、何でしょうか……」



 少女は桜色の唇から鈴を転がすような声で問いかける。



「いや、これだけ校舎が騒がしいのに何で見に行かねえのかなって」


「…………」



 ユフィーリアの質問に対して、少女は瞳を伏せた。それからフイとユフィーリアたちから視線を逸らす。

 言えぬ事情があるのだろう。誰にだってそんなことはあるのだが、ここには魔法がない。ならば閲覧魔法などで相手の情報を探られる対策すら施されていないことになる。彼女が何かを語る前に情報を探るなど簡単だ。


 そっと少女から見えないように雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめるユフィーリアだが、顔を逸らした少女はユフィーリアの予想に反して素直に答えを口にした。



「殿下から、余計なことをするなと言われておりまして……」


「へえ? 何で?」


「私の癒しの力は邪魔なものだそうです」



 少女はユフィーリアへ身体ごと向き直り、



「申し遅れました。ミシェーラ・ダムフィールと言います」


「どうも、初めまして」



 少女――ミシェーラに、ユフィーリアはあえて本名を名乗ることはなかった。彼女のような純朴そうな少女を警戒したところで何も起こらないのだが、世の中にはどこで情報が筒抜けるか分かったものではない。

 エドワードとハルアも人懐こそうな笑みで「初めましてぇ」「こんにちは!!」などと挨拶する。こちらもユフィーリアの思惑を悟ったからか、名乗ることはなかった。


 ユフィーリアは生垣へと振り返り、



「おい大丈夫だ、出てきていいぞ」


「本当かしラ♪」


「誰もいないのか?」


「おや」



 ユフィーリアの合図を受け、アイゼルネ、ショウ、キクガが生垣から顔を覗かせる。それからミシェーラを発見すると、揃って会釈をするだけに留めた。



「生垣にいたのはどうしてでしょうか?」


「いや、ちょっと王太子殿下をぶん殴っちまって」


「まあ!!」



 ミシェーラは驚いたような声を上げ、



「キールを殴ったなんて、そんな……一体何があったんですか?」


「キール? 呼び捨てか?」


「あ、その」



 ユフィーリアの指摘に、ミシェーラは言いにくそうに視線を逸らす。



「キールと私は婚約者同士でして、それで……」


「なるほど、呼び捨てにするぐらいには仲がいいんだな」


「…………」



 ミシェーラは肯定も否定もしなかった。その態度で、彼女と王太子殿下の仲は冷え切っていると予想できる。



「実はな、その王太子殿下がアタシの嫁に言い寄ったから腹いせにぶん殴ったんだ。どこの誰か知らねえが、その相手の同じ色の目をしているから『美しい……』だなんて言ってよ」


「そう、ですか……」



 ユフィーリアが事情を話すと、ミシェーラは絞り出すような小声で応じるだけだった。


 彼女に取っては気分のいい話ではない。婚約者である王太子殿下が別の女の尻を追いかけているとなれば、婚約している彼女からすれば気が気ではないのだ。結婚前に関係性が危ぶまれる。

 そういえば、王太子殿下のキールはルージュに婚約を迫ったと言っていたか。ショウの赤い瞳をルージュの双眸に重ね合わせるぐらいには入れ込んでおり、その王太子殿下と目の前の聖女様は婚約者同士という非常に拗れた展開である。いいや、これは面白い展開だ。


 ユフィーリアはショウの手を取り、



「そういや、癒しの力を持ってるって言ってたな。ちょっとコイツの手を直してやってほしいんだ」


「あら、赤くなって……」


「さっき思い切り擦りすぎちまってな。どうせなら聖女様って呼ばれてるお前の実力が見たい」



 ミシェーラにショウの手のひらを見せると、彼の手のひらはほんの少しだけ赤くなっていた。ユフィーリアが思い切り擦るものだから赤くなってしまっていたのだ。

 ショウは首を横に振って「そのうち治るから平気だ」と言うが、ミシェーラの白い手のひらが彼の両手を包み込む。それから祈るように瞳を閉じた。


 すると、どうだろうか。彼女の白金色の髪が淡く輝いたと思えば、手で包み込んだショウの手に光が移動する。あの光景を、ユフィーリアは何度も見たことがあった。



「どうか、この人の痛みを和らげてあげて……」



 願いを口にすると、ミシェーラの手に包まれたショウの手が白い光に包まれた。強烈な光は一瞬で収まると、ミシェーラはショウの手を解放する。

 彼の手は、何事もなかったかのように治っていた。手の甲にあった赤みも見事に消えており、それどころか指先にあったささくれなども治癒された状態になっていた。ショウも綺麗に治った自分の手に驚いている様子である。


 その光景を見ていたユフィーリアは、



「凄えな、回復魔法をここまで使えるなんて」


「凄いねぇ、リリアちゃん先生並みじゃないのぉ?」


「さすが聖女様だね!!」


「凄いことだワ♪」


「ささくれまで治ってた……凄い……」


「ほう、見事な腕前な訳だが」


「魔法……?」



 ミシェーラは首を傾げ、



「魔法とは何のことでしょうか?」


「聖女様が使ったような癒しの力ってのは、海を越えると魔法って呼び方に変わるんだよ。独学で回復魔法を使えるのは凄えことだぞ」


「そんなことないです」



 ユフィーリアの言葉に、ミシェーラは首を横に振る。



「この力は自然と使えるようになっただけで……」


「ほーう、なるほど」



 謙遜ということではなさそうである。

 回復魔法や治癒魔法が唐突に使えるような現象はある。リリアンティアのように医療を司る神様や天使に気に入られ、神託を受けるのだ。その時は魔法を行使しているものの、彼女は無意識的に回復魔法を使っているということになる。


 ユフィーリアは「じゃあ」と口を開き、



「子供の時か何かに翼の生えた人間を見かけたことは?」


「あ、あります。あの、今もたまに」


「なるほどな」



 ユフィーリアはそれで納得した。


 彼女は天使から神託を受けていたようである。たまに、ということは天使が姿を見せてこなくなっているのか。

 そうなると、ミシェーラの言うところの『癒しの力』というものは弱くなっている気がする。このままではいつか神託を受けているはずの天使様が消えてしまうことだろう。それに、彼女には才能があるのだから伸ばさない手はない。


 その時、



「いたぞ!!」


「おのれ、聖女様にも乱暴なことをしようと企んでいるのか!?」


「げえッ」



 中庭に雪崩れ込んできた生徒たちの存在に、ユフィーリアは顔をしかめる。まさかもう追いつくとは思わなかった。

 ここは逃げた方が得策である。もう船に乗るのも面倒なので、このまま転移魔法で移動してしまった方が早い。


 ユフィーリアはショウの手を取り、それから仲間たちを近くに集める。



「聖女様」


「え、は、はい」


「またいつか、近いうちに会える。その時は」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を振り上げ、



「お前に、未来を提示してやろう」



 転移魔法を発動する。


 ミシェーラの目には、急に意味の分からんことを告げて姿を消した得体の知れない不審者としてしか映らなかっただろう。生徒たちによる怒りに満ちた喧騒もあっという間に消え、視界が切り替わると見覚えのある漁港が広がっていた。

 肌を撫でる潮風と、それから氷漬けにされた魚を抱えて行き交う人々。急に現れたユフィーリアたちの存在に驚く漁師は「何だァ!?」とひっくり返っていた。


 アステラ島から脱出してきたユフィーリアは、



「腹減ったな、飯食ってくか」


「賛成だねぇ」


「お腹空いた!!」


「お魚食べたいワ♪」


「切り替えが早くないか?」


「まあ、それが彼らのいいところな訳だが」



 それまでの出来事などなかったと言わんばかりの切り替えの早さを見せ、漁港で食事をすることに決めるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】嫁の手をクソみたいな男に触られたから気が気ではない。

【エドワード】後輩の知らない相手でも話しかけに行ける度胸は凄いと思う。

【ハルア】どんな相手でも関係なく話に行ける強いコミュニケーション能力を持っている。警戒されてもめげない。

【アイゼルネ】あの王族、こんな若い娘に酷いことをしてるのかと憤り。

【ショウ】ユフィーリアに手を一生懸命にナデナデされて実は嬉しい。


【キクガ】冥王第一補佐官。リリアンティア以外の聖女はあまりお目にかかれないかもしれない。

【ミシェーラ】天使の神託を受け、回復魔法と治癒魔法を扱うことが出来るようになった聖女様。王太子であるキールは家同士が決めた婚約者同士であるが、最近その仲は冷え切っている。

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