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第2話【問題用務員と外部校】

 さて、ドネルト王国への潜入準備である。



「ドネルト王国には確か王立学院があったよな」


「確か『ステラ=レヴァーノ王立学院』だったか。王族も通うことから成績優秀で名家でなければ通うことが許されないと言われている訳だが」



 創設者会議が終わり、ユフィーリアはキクガを連れて用務員室に向かっていた。

 キクガもこのあとは有休消化で休みを取ったらしく「用務員室へ遊びに行ってもいいかね?」と問われたので許可を出したのだ。何でも最近働き詰めだったから、上司である冥王ザァトより最低でも3日間の休みを取るようにと言われたらしい。部下の健康面を気遣うとは、なかなか素晴らしい上司である。


 ユフィーリアは「へえ」と隣を歩くキクガを見やり、



「詳しいな?」


「冥府の役人として全ての死者には平等な判決が求められる訳だが。たとえ相手が魔法を知らず独自の文化を築く王国の出身だとしても、我々は偏見を持って対応はしない」



 キクガの毅然とした態度に、ユフィーリアは素直に感心した。


 さすが冥府の2番手、冥王第一補佐官である。物事をまずは平等に、死後の判決を言い渡す立場として誠実に対応している。歴代の冥王第一補佐官がこうも有能な人間ばかりではなかっただろうが、やはり実力だけでのし上がり、エリートを蹴落として冥王第一補佐官の椅子に座っただけある。

 彼のような冥王第一補佐官がいれば、冥王も安泰だろう。安心して仕事をぶん投げられる――いや任せられると言えようか。そのうち冥王の椅子まで到達しそうだ。


 キクガは「それで」と口を開き、



「何故、王立学院の話題が出るのかね?」


「いや、外部校に潜入しようと思って」


「ほう?」



 キクガの赤い瞳がキュッと細められる。生真面目な性格ゆえに注意でも受けるかと思いきや、彼の細められた赤い瞳には興味の光が宿っていた。



「潜入するのかね?」


「ルージュに求婚をしやがったキール王太子殿下ってのはまだ学生の身分だって聞いたことがある。王族が通っているステラ=レヴァーノ王立学院に通っているだろうな」



 あのルージュに結婚を申し込んだ相手がどんなものなのか、まずはその顔を拝んでみたいところだ。彼女は「趣味ではないですが、王子様のような見た目をしておりましたの」と言っていたので、顔そのものは悪くないのだろう。

 それならまずは王族の通う『ステラ=レヴァーノ王立学院』に潜入するのが手っ取り早い。王城に侵入すれば警備が強固すぎるが、王立学院であれば多少の隙は窺えるだろう。


 キクガは「ふむ」と頷き、



「ユフィーリア君」


「おう、何だ親父さん。止めようって言っても無駄だぞ」


「私も協力できないかね?」


「んん?」



 ユフィーリアはキクガの顔を見上げ、



「本気か?」


「酔狂でこんなことは言わない訳だが」



 至極真面目な表情を見せたキクガは、



「以前から問題児の問題行動というものに興味がある。それに、私もあの真っ赤なアバズレに結婚を申し込んだ相手の顔が見てみたい。冥府へ戻っても、そのキール王太子殿下の行動記録しか参照できない訳だが」


「やっぱり親父さんも興味あったか」


「誰だって興味はあるに決まっている訳だが」


「好奇心があるのはいいことだな」



 ユフィーリアは「いいぞ」と応じる。


 仕事を除けば天然を発揮するキクガだが、問題児の問題行動に巻き込むことはあまりなかった。いわば彼はユフィーリアの最愛の嫁であるアズマ・ショウの実父である。息子に阿呆なことをさせてますと言おうものならしばき回されるのではないかという恐怖心もあったのだ。

 自ら問題行動に興味を示してくれるのであればありがたい。生真面目で誠実な性格をしたキクガであれば、王立学院の関係者も騙せるだろう。何だか楽しいことになったような気がする。



「じゃあどんな役柄で潜入するか決めねえとな」


「生徒かね?」


「いやいや、さすがに年齢がきつすぎる。こう見えてもアタシって1000年単位で生きてるんだぜ? もうババアだよ」


「そうは言っても君は若く見える訳だが」


「うーん、複雑」



 そんな会話のやり取りを交わしながら、ユフィーリアは用務員室の扉を開く。



「はッ」


「はッ」


「ぷ」


「ぐー」



 何故だろう、暗殺者のような格好をした未成年組と目が合ってしまった。出来れば目を合わせたくなかった。


 用務員の未成年組――アズマ・ショウとハルア・アナスタシスは、どちらも真っ黒な服装に身を包んでいた。装飾品はなく、襯衣と洋袴という簡素な格好は動きやすさを重視しているようだった。口元を真っ黒な布で覆い、両手には指紋を残さない為の手袋まで装備している。

 そんな彼らは、両手に三日月の模様と星形の膨らみが特徴的な長い耳を持つ兎、ツキノウサギのぷいぷいを両手に抱えていた。ぶらりんとショウの手によって宙吊りにされたぷいぷいは「ぷ」と甲高い声で鳴く。


 そして、彼らの前には用務員の中でユフィーリアに次いで勤務歴の長い筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムがいた。長椅子ソファを寝床にしてお昼寝を堪能中の彼の顔には、何かもう阿呆な落書きが施されていた。



「…………」



 ユフィーリアが無言でエドワードを指差す。「これをやったのはお前らか?」と視線で問えば、ショウとハルアはぷいぷいを抱っこした状態で首を縦に振る。


 気持ちよさそうにいびきを掻きながら眠るエドワードの顔には、ぐるぐるした模様とか閉ざされた瞼の上にキラッキラの眼球を描いて「起きてますが何か?」と言わんばかりの細工まで施されていた。いけ好かない魔法使いが好みそうなちょび髭まで鼻の下に描き込んである。お昼寝中に未成年組から悪戯書きをされるとは災難なことだ。

 さらにぷいぷいまでいるということは、ふわふわ兎ちゃんも悪戯に加担させようという魂胆なのだろう。ぷいぷいはショウの手の中で「ぷ」と鳴き、だらんと全身の力を抜いている。もうされるがままだ。


 悪戯が母親にバレた子供のような表情を見せるショウからぷいぷいを引き継いだユフィーリアは、



「ほい」


「ぷ」


「ふごッ」



 いびきを掻いて気持ちよさそうに眠るエドワードの顔面に、ぷいぷいを乗せてやる。ぷいぷいはエドワードの顔の上でくつろぎ始め、ふわふわの腹毛を押し付けるようにしてウトウトとまどろむ。

 そんなぷいぷいを大きな手のひらで掴み、お昼寝から目覚めたエドワードが寝ぼけ眼で確認する。顔に乗せられた真っ白いふわふわな存在がぷいぷいだと認識すると、寝起きで掠れた声で「ぷいちゃんかぁ……」と呟く。


 そしてぷいぷいを解放すると、



「テメェかクソ魔女」


「寝てるお前が悪いんだろイダダダダダダダダダ!?!!」



 お昼寝を邪魔された腹いせとして、ユフィーリアはエドワードに頭を締め上げられるのだった。

 ついでに顔への落書きも全てを見ていたアイゼルネにバラされ、ショウとハルアもユフィーリアと同じ拷問を受ける羽目になっていた。



 ☆



 そんな訳で、である。



「外部校に潜入するのか?」


「おうよ」



 ルージュが王太子殿下に求婚されたこと、そしてその王太子殿下のツラを拝みに行く為に外部の学校へ潜入することを伝えると、問題児は即座に「生徒としてぇ?」「エドとアイゼは無理があるんじゃない!?」などと作戦を練り始めてしまった。日頃から問題行動を共にしているだけあって、思考の切り替えが早すぎる。

 状況が読めていないのはショウだけだった。無理もない、彼はこの世界に召喚された異世界人で、学校といえばヴァラール魔法学院以外に見たことがないのだ。


 首を傾げたショウは、



「ヴァラール魔法学院だけではないのか?」


「普通に学校はあるよ。ウチより歴史の長い学校はいくつもな」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、ミントに似た清涼感のある煙を吐き出す。



「ただ、魔法専門ってのがウチだけだ。あとは金持ちだけしか学校に通えないから、魔法ってのは金持ちの道楽って意味合いになっちまったんだよな」


「魔法を学びたいなら貴賤は問わないって聞いたことはあるが、よく経営が出来ているなとは思う」


「他の国からの寄付とか七魔法王の広告料的なアレで賄えちゃうんだよな。あとリリアのところからもいくらか」



 他の学校は国が経営しているが、ヴァラール魔法学院はどこの国にも属さない独立した教育機関である。当然ながら運営資金は学院長が調達しなければならないのだが、さすが学院長と言うべきか、あらゆる場所から金を引っ張ってきているらしい。おかげで経営難には陥っていないようだ。

 ついでに副学院長のスカイが魔法兵器エクスマキナの設計・開発等の権利で荒稼ぎし、ルージュが裁判に出席することで金銭が発生し、リリアンティアが積極的にヴァラール魔法学院を宣伝してくれているので色々と貢献しているのだ。ユフィーリアは何に貢献しているのか分からないが。


 ところが、これから潜入予定のステラ=レヴァーノ王立学院は少し事情が変わってくる。



「ドネルト王国には魔法の文化がねえんだよ。昔、魔法が使えないってことで迫害された連中同士で築かれた国だからな」


「今では考えられないのだが」


「アタシもだよ。でもそういう時代は確かにあったからな」



 特に昔は魔法など金を持っている名門魔法使い一族しか使うことが許されず、一般人に広く普及すべきではないという考えだったのだ。その為、他の王立学院でも魔法の授業は入学できた対象者のみとされ、生徒たちは金持ちばかりに限られた訳である。

 その意識を変えたのがヴァラール魔法学院の存在だ。貴賤関係なく魔法を学びたい者を募って高い魔法の教養を与えることで、魔法を発展させようとしたのだ。おかげで魔法は人に知れ渡ることとなり、様々な活躍を見せている。


 ドネルト王国は、その発展する世界から置いていかれた存在と言ってもいいだろう。魔法の存在がないならば、潜入するのは容易い。



「それで、父さんも一緒になって潜入するのか」


「やりたいって言ったんだよな」


「父さん……」



 キャッキャとエドワード、アイゼルネと一緒に潜入の為の衣装を考える父親の姿を眺め、ショウは苦笑する。珍しい協力者のおかげで、潜入も面白くなりそうだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】外部校にはたびたび潜入して遊びにいく。生徒に混ざっていたりするので、大抵の外部校から出禁を受けている。

【エドワード】外部校の学食を食い尽くしたら出禁にされた。

【ハルア】外部校の廊下でスパイダーウォークして遊んだら出禁にされた。

【アイゼルネ】視察で訪れた外部校に男子生徒から誹謗中傷の言葉を受けたので、賠償金を毟り取って該当男子生徒の家を没落させた。あの時以上の快感はない。

【ショウ】初めて外部校に行く。ヴァラール魔法学院以外にも学校ってあるんだなぁ。


【キクガ】冥王第一補佐官にしてショウの実父。超優秀で、実力だけで冥府のNo.2にのし上がったのだが、仕事を除くと天然要素が入るグレートビッグダディ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、500話達成、おめでとうございます!! 500話も書き続けてこられたこと、本当にすごいと思います。いつもユフィーリアさんたちの楽しく、時に切なく、時に熱くなれる素晴らしく面…
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