第5話【問題用務員と副学院長の秘密】
「ッたく、本当に阿呆な妹で困るッスね。何で下級悪魔の召喚に割り込んで出てくるんだか」
スカイは呆れた表情で肩を竦める。
彼の目の前には巨大な花が咲いており、何やらモゴモゴと咀嚼するような動きを見せている。桃色の花弁の隙間から悲鳴のようなものが漏れ聞こえてきており、蕾の状態に閉じた花が内側でどったんばったんと暴れる何かを拘束している。
あの花は、スカイの妹でありユフィーリアが召喚した怠惰の魔王であるサニィが閉じ込められていた。言葉にならない悲鳴まで聞こえており、何をされているのか想像したくない。
怯えた様子で身を寄せ合う問題児は、
「あ、あの、副学院長?」
「何スか、一体。何でそんなに身を寄せ合って震えてるんスか?」
「あまりにも怖くて……」
ユフィーリアはガタガタ震えながら、
「あ、あの、その花は具体的に何を……?」
「ああ、これ? ボクが発明した魔法兵器ってか、魔法植物を品種改良してあれやこれやしたんスよ」
スカイはケラケラと軽い調子で笑い飛ばしながら、巨大な桃色の花を撫でる。
品種改良された代物であることは嫌でも想像できた。床から生えた太い茎は人間が座っても折れなさそうなほど頑丈そうな見た目をしており、巨大な蕾は人間すら丸呑みできそうなぐらい大きい。実際、サニィが花の目の前に立たされた途端に頭から丸呑みにされていたのでお察しである。
モゴモゴと食べ物でも咀嚼するように蠢く花弁の隙間から、ニュッとサニィの華奢な手が突き出たと思ったらどこからか伸びてきた触手によって引き摺り込まれる。このまま消化されたら、次はユフィーリアたち問題児の番ではないかと邪推してしまう。
「あ、もしかしてそんなに震えてるのって次の犠牲者に選ばれるって思ってる感じ?」
「違のか……?」
「やだよぉ……」
「食べられちゃうんだ!!」
「次はおねーさんたチ♪」
「悪魔だ……本当の悪魔がここにいる……」
「そりゃ魔族ッスからね?」
スカイは「やらないッスよ」と笑い飛ばし、
「そりゃ学院長室で悪魔召喚の儀式をやったのは褒められたモンじゃないッスけど、それを怒るのはボクじゃないッスから」
「でも、妹には容赦ないよな」
「そりゃ血は繋がってるッスからね」
何やら甲高い悲鳴が聞こえ始めた桃色の巨大な花をぺちぺちと叩くスカイは、
「ボクと妹はね、母親の方が淫魔なんスよ。ボクは父親の性格が色濃く出ちゃったけど、妹の方はもうご覧の通り母親の強気な性格が遺伝してクソガキになっちゃったもんッスから大変で大変で」
「え」
「え?」
軽い調子で笑い飛ばしながらとんでもないことを口走るスカイに、今まで事態を傍観していた学院長のグローリアが声を上げた。まるで今初めて知ったと言わんばかりの態度である。
「スカイ、君って混血だったの?」
「そうッスよ」
「君って怠惰の系譜の悪魔でしょ?」
「そうッスね」
「魔族って同系統の系譜にいないと魔王になれないって聞いたけど」
「そうッスね」
「君って他のところも混ざってるけど魔王になれたの?」
「それほど優秀だったもんで」
スカイはどこか照れ臭そうに言う。
驚いたことである、まさか元怠惰の魔王様であり副学院長のスカイが混血だったとは想定外だ。しかも色欲の系譜で代表的な淫魔である。このもじゃもじゃ目隠し貧相野郎の身体に淫魔の血が流れているとは思えない。
淫魔と言えば、他人の夢に現れてえっちなことをする悪魔だ。女性の場合はサキュバス、男性の場合はインキュバスと呼ばれ、精気を吸う対象者の好きな人に化けてコトに及ぶのだ。大抵の淫魔はそれはそれはもう目が飛び出るほどの美男美女で、体型も美しく妖艶で、こんな背筋の曲がった洗濯板を通常装備した副学院長とは違う。
――と、ここまでユフィーリアが想像していたことが全て予想できていたらしい。スカイは「言わんとすることは分かる」と頷く。
「でもユフィーリア、よく見てッスよ」
「どこを見ても洗濯板を通常装備した貧弱しかいねえんだよな」
「エロトラップダンジョンを作れるぐらいには、ボクも快楽を与える方法には明るいんスよ」
「聞きたくなかったな」
そういやそうだった、コイツはエロトラップダンジョンなどという阿呆なものを発明するマッド発明家である。ある程度の教育がなければ成り立たないとんでもねーブツであるのだが、あれは全て淫魔の血を引くからこそ叩き込まれた知識を総動員しているのか。
どうしてその方向に淫魔の血縁を発揮してしまったのか。もしかして淫魔の連中はエロトラップダンジョンが通常だと思っているのだろうか。そうだとすれば淫魔の連中とはお近づきになりたくない。
その時、
「ぷはあッ!!」
桃色の花弁が内側からこじ開けられ、中から粘液でべっとりと汚れた少女――サニィが姿を見せる。粘液でドロドロになりながらも生きていられるとはさすがである。肌が上気し、肩で息をして、瞳を潤ませている理由に関しては問いたくないが。
「お、お兄様、ごめんなさい、あの、謝りますから、謝りますからどうか許して」
「何で出てきてるんスか」
スカイはサニィの顔面を掴むと、
「はい、もういっちょー」
「むがもごみぎゃーッ!?!!」
サニィを再び花弁の内側に押し込んだ。
ずぶずぶずぶ、と再び花弁の内側に消えていくサニィ。桃色の花弁はパクンと閉じてサニィを閉じ込めると、またモゴモゴと咀嚼し始めた。可哀想に、淫魔としての才能を別の方向で発揮してしまった馬鹿野郎のせいでただただ辛い拷問に処されるとは思わなかっただろう。
花弁の隙間から言葉にならない悲鳴が漏れ出てくるし、かすかに言葉の形になったかと思えば「助けて」とか「嫌だ」とかどこかで読んだエロ漫画のような声が聞こえてくるので居た堪れない気持ちになる。
ユフィーリアは「あ、あのー」とスカイに呼びかけ、
「せ、せめて、こうさ、加減をさ?」
「ユフィーリア、いくら魔王でも他人の召喚の機会を奪っちゃダメだって暗黙の了解があるんスよ」
スカイはヘラヘラとした笑みを絶やさず、
「この馬鹿タレはそれを破った。だから罰を与えるだけッスよ」
「だからってここまで」
「じゃあ聞くッスけど、ユフィーリアは超カッコいい場面で自分が登場しようしたらエドワード君にお株を奪われたらどうするんスか?」
「殺すけど」
「それと同じッスよ」
ユフィーリアはスカイの説明を受けて納得する。なるほど、スカイが妹であっても手加減のない罰を与えるのは、そういった理由があるのか。
「まあ、そこはどうでもいいんだけどさ」
グローリアは学院長室を見渡す。
天井や壁、床一面を埋め尽くす肉の触手と何かの植物の根っこ、壁から突き出た袋から紫色の液体が溢れ出てくる。床を這い回る液状生物から甘い香りがして、天井を根城として咲き乱れる桃色の花たちはサニィが食われているものと同じものだ。
ユフィーリアたち問題児が身を寄せ合って震えていた理由はここにあった。スカイはサニィにお仕置きと称したえっちな拷問を受けさせる際に、学院長室へ開発中のエロトラップダンジョンの一部を召喚したのだ。おかげで下手に動けば罠にかかって人間の尊厳を失いかねないので、こうして身を寄せ合って震えているだけしか出来ないのだ。
紫色の瞳でスカイを睨みつけたグローリアは、
「学院長室をエロトラップダンジョンにするのは止めてくれる?」
「ここってボクの部屋では?」
「学院長室だよ、帰れ!!」
グローリアに一喝され、スカイや問題児は学院長室から追い出されることになった。
ちなみに減給仲間として、副学院長のスカイが加入した。彼の月給は規定で決まっているので変えられないが、担当する魔法工学の授業の予算がきっちり減らされたそうな。
《登場人物》
【ユフィーリア】かつてインキュバスの被害に遭いかけたが、見た目に反して中身が阿呆で面白いこと好きなので本気で女装させて女装の楽しさに目覚めさせた。
【エドワード】かつてサキュバスの被害に遭いかけたのだが、夢の中で食べたご飯が美味しくてそれどころではなかった。
【ハルア】サキュバスのおねーさんをスパイダーウォークで追いかけ回したらもう二度と現れてくれなくなった。
【アイゼルネ】サキュバスに間違われたことがあるのだが、誰がサキュバスだこの野郎。
【ショウ】サキュバスとかインキュバスとか小説や漫画だけの存在だと思ったら本当にいるのか。しかもこんな身近に。
【グローリア】サキュバスやインキュバスの研究がしたくて協力を要請したら引かれた。その上で避けられるようになった。
【スカイ】実は淫魔の血も流れている。整えればちゃんとしているのだが、基本的に淫魔の血が流れているとは思えないほど痩せぎす。
【サニィ】スカイの妹。かつてスカイに色々と実験されたから兄のことは恐怖の対象。