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第2話【問題用務員と悪魔召喚の儀式】

 そんな訳で、悪魔召喚の儀式である。



「使うのは『豚の心臓』『山羊の血』『猫の髭』――そして生贄として鼠か蛙が必要なんだけど」



 ユフィーリアは目の前に置かれた商品に視線をやる。


 注文した商品は『豚肉(特売サイズ)』『赤ペンキ』『針金』である。そして生贄として捕まえられたのがクロハガネゴ【自主規制】だ。一抱えほどもある瓶の中にカサカサと3匹ほど蠢いている。

 どうしたものだろうか、どれも注文品とは大きくかけ離れたものばかりだ。豚肉と赤ペンキと針金で悪魔を召喚するとか舐めているのだろうか、むしろ舐められて然るべきである。


 これらの品々を購入してきたエドワードを見やるユフィーリアは、



「おい、エド。これはどういうことか説明しろ?」


「ちょうど在庫がないって黒猫店長が言ってたからねぇ」



 エドワードはのほほんと間延びした口調で言い、



「悪魔召喚の授業で、残り少ない在庫が一気に捌けちゃったんだってぇ。入荷するのは来週になるってさぁ」


「じゃあ仕方ねえな、これでやるか」



 授業で売れてしまったという理由ならば仕方がない。ユフィーリアとて「授業で使われるようなブツを購買部に置いてんじゃねえ」などというもはや何を言っているのか分からないような理不尽すぎるクレーマーになるつもりはない。生徒は授業を存分に楽しむがいい。

 必要なものがなくても、まあ代替品でどうにか出来るだろう。豚の心臓は所詮お肉であることには変わりないし、血も赤ペンキも真っ赤だ。針金と猫の髭だって遠くから見れば差がある訳でもない。虫でも何でも生きているのだから生贄にだってなり得るのだ。


 ユフィーリアは「よし」と頷き、



「じゃあまずは赤ペンキを」


「ユーリ♪ 本当にここでやるのかしラ♪」


「え?」



 赤ペンキの缶を抱えたユフィーリアは、アイゼルネの言葉に首を傾げる。



「何らおかしい場所じゃねえけど」


「儀式場の使用は禁止されているはずだけど、使ってもよかったかしラ♪」



 アイゼルネの言葉にユフィーリアは「ははは」と適当に笑い飛ばす。


 問題児はやべえことしかやらないということで、鬼畜外道の学院長から使用禁止を言い渡されているのだ。かつてヴァラール魔法学院の地下に複数設けられている儀式場をうっかり爆発させたことが原因であるが、あれは随分昔の話である。

 あの時は問題児も若かったのだ。無茶と無謀をやらかすような連中であったことは否めない。だが、あの時からユフィーリアもきちんと魔法の勉強をしているので失敗することは――まあ、ないと言っていいだろう。



「大丈夫だろ、だって随分昔の話じゃねえか」


「爆発させたのって去年の話じゃなかったかしラ♪」


「1年経つのと100年経つのと同じ感覚なのぉ?」


「うるせえ、生贄にすんぞお前ら」



 余計なことをゴチャゴチャと言ってくるユフィーリアは、煉瓦が敷かれた床に赤ペンキを垂らしていく。


 ユフィーリアが使用するのは、第3儀式場と呼ばれるヴァラール魔法学院の施設である。地下に複数の儀式場を擁するヴァラール魔法学院は大小様々な儀式場を、申請すれば誰でも好きに使えるようになっているのだ。もちろん、問題児が正規の手順を踏む訳がない。

 そのうちの第3儀式場は悪魔召喚の儀式に多く使われる。ヴァラール魔法学院の教室を4つほど繋げた規模の広さは、下級の悪魔から上級の悪魔まで迎え入れられるだろう。他の儀式場よりも天井が高いので、背の高い悪魔を召喚しても天井をぶち破る事件は起きない。


 赤ペンキで複雑な魔法陣を描いたユフィーリアは、



「よし、完璧」



 魔法陣の出来栄えにユフィーリアはちょっと誇らしく思う。


 床に描かれた魔法陣は、悪魔召喚の儀式に使われる典型的な形をしている。円の中にいくつもの線を引き、文字も赤ペンキで書き込まれたそれは、神々しさよりも呪い的な禍々しさが勝る。

 魔法陣の真ん中に鉄製の皿を置き、さらにそこへ特売の豚肉をドカッと乗せる。その上からさらに赤ペンキをドバドバと振りかけ、最後に猫の髭ならぬ針金を豚肉の上に突き刺せば完成である。何が完成したかと言うと『豚肉の赤ペンキがけ、気まぐれな針金を添えて』である。


 生贄いけにえであるクロハガネゴ【自主規制】を瓶から取り出し、どこかに飛んで行かないように針金へ突き刺す。針金が身体に突き刺さったクロハガネゴ【自主規制】は生命力が強いのか、まだバタバタともがいていた。



「生贄が逃げないうちに詠唱を済ませよう」


「その方がいいね!!」



 悪魔召喚の儀式を待っていたハルアが同意を示し、



「アイゼが大変な目になってるからね!!」


「あ、本当だ」



 ユフィーリアがエドワードへと振り返ると、彼の背後から南瓜のハリボテが覗いていた。よく見ると小刻みに震えており、意地でも魔法陣の中央を見ようとはしていない。多足系の虫を嫌うアイゼルネだからこそ、クロハガネゴ【自主規制】は天敵だろう。

 これはとっとと召喚の儀式を済ませてしまった方がいいのかもしれない。アイゼルネの精神衛生上、とてもよろしくない状況である。というか何でそれを分かっていながら、何故こんなブツを捕まえてきてしまったのか。


 ユフィーリアは咳払いをし、魔法陣へ魔力を流す。



「〈暗黒の空〉」



 最初の1節を詠唱した途端、儀式場が爆発した。



 ☆



「馬鹿なの?」



 天井が崩落し、壁が吹き飛んだ第3儀式場を前にしたヴァラール魔法学院の学院長――グローリア・イーストエンドは辛辣な言葉を吐き捨てる。



「使うなって言ったよね? 君たちには前科があるんだから『儀式場を使うな』って言ったはずだよね?」


「ぷ」


「ぷ」


「ぷ!!」


「プ♪」


「ぷー……」


「ぷいぷいちゃんの真似をしても可愛くないんだよ!!」



 グローリアの絶叫が崩れた第3儀式場に響き渡る。


 第3儀式場を吹っ飛ばした問題児どもは、並んで正座させられて説教を受けていた。爆発の影響で全員はどこか焦げているし、ついでに髪の毛もチリチリに焦げてしまっている。第3儀式場を吹き飛ばしておきながら怪我はなかったことが奇跡である。

 魔法陣の中央に置かれていた供物と生贄の方が、焦げ具合が悲惨なことになっている。置いた皿は粉々に砕け散り、ペンキがけ豚肉は黒焦げになってぷすぷすと煙が立っていた。生贄に捧げたクロハガネゴ【自主規制】は跡形もなく爆発四散して、針金部分に突き刺さっていたほんの僅かな本体しか残っていなかった。状態だけで言えばこちらの方が酷い。


 ため息を吐いたグローリアは、



「儀式場を直すだけでも難しいのに、ここまでぐちゃぐちゃに出来るのは才能だと思うよ」


「ありがとう」


「褒めてないんだよ」



 ユフィーリアの言葉を一蹴したグローリアは「で?」と言う。



「第3儀式場で何しようとしてたの」


「豚肉と赤ペンキと針金を使って悪魔召喚の儀式をしようと思って」


「馬鹿なの?」



 グローリアの口から素直な感想が飛び出した。しかも本日2度目の「馬鹿なの?」である。



「そんな材料で悪魔召喚の儀式をやれば失敗することは目に見えてるんだよ!!」


「いやでも成功するかもしれねえだろ!?」


「する訳ないでしょ!! 君が悪魔だったとして、供物に豚肉ペンキがけ針金添えみたいなものを寄越してきたら召喚に応じるの!?」


「応じる訳ねえだろ常識的に考えろ」


「自分がされて嫌なことは他人にもしちゃいけないって常識はどこに置いてきたんだこの馬鹿!!」



 酷え言われように、さすがのユフィーリアも何も言えなくなってしまった。どれもこれも正論である。いくら屁理屈を捏ねようと、怒り狂ったグローリアに勝てる訳がない。



「二度と儀式場は使わないで。あと儀式場を吹き飛ばした罰として減給だからね」


「鬼!!」


「悪魔ぁ!!」


「学院長も悪魔だったんだね!!」


「鬼畜外道♪」


「爪が巻き爪になって全部剥がれ落ちやがれください」


「君たちが何と言っても僕の意思は変わらないし、あとショウ君は地味に嫌な呪いの言葉をかけてこないで」



 グローリアは「ほらとっとと出て行く」とぞんざいに問題児どもをヴァラール魔法学院の地下階層から追い出した。


 背後から聞こえてくるグローリアの指示を聞きながら、ユフィーリアは極小の舌打ちをする。数十人がかりで儀式場の修復に取り組んでいるようである。

 儀式場は爆破などで吹き飛ばしてしまうと、その部屋に溜まっていた魔力が霧散して消えてしまうのだ。ヴァラール魔法学院の地下にいくつもの儀式場があるのは、この土地に魔力が湧き出やすいからである。部屋そのものを修復しても魔力が溜まらないので、儀式場を復活させるには魔力を周囲から集めなければならない。


 不満げに唇を尖らせたユフィーリアは、



「あーあ、どうしよ。どこでやろうかな」


「儀式場以外では出来ないのか?」



 ショウの疑問に対して、ユフィーリアは「うーん」と唸る。


 出来なくはないのだが、屋外だと召喚に使う魔力が飛散してしまうので消費量が増えるのだ。室内だと壁に遮られて飛び散らないので、大規模な召喚魔法ともなると室内で執り行った方が効率がいい。

 儀式場でダメなら大講堂を占拠してやろうか。あそこならば室内だし、広さも確保できるので悪魔召喚の儀式に向いていると言っていいだろう。天井も高いので、背の高い悪魔を呼び出しても余裕がある。


 しかし、それだけでは足りない。こちとら学院長に減給を言い渡されたばかりである。何とかして学院長に一泡吹かせてやりたいところだ。



「あ」


「どうしたのぉ、ユーリぃ?」


「何か閃いたのか?」


「おう、それもとびきりいいのがな」



 ユフィーリアはニヤリと笑う。


 あの場所なら広さも申し分ないし、ユフィーリアたちが使おうとしていた第3儀式場と同じぐらいだ。天井の高さもあり、しかも使われている調度品は豪奢なものが多い。悪魔は豪華なものを好む傾向があるから、きっと望むような悪魔が召喚されてくれるはずだ。

 それに、あの家主は忙しそうである。この上なく忙しそうだし、ユフィーリアたちの悪魔召喚の儀式が終わるまでは気づかないだろう。なかなか素晴らしい考えだ。



「よしショウ坊、ハル」


「何だ、ユフィーリア?」


「どうしたの!?」


「購買部に行って、豚肉と赤ペンキと針金を買ってこい。生贄には出来れば蛙がいいな、アイゼが怖がる」



 ユフィーリアは未成年組の2人にお小遣いを渡して、



「頼んだぞ、お前ら。それが終わったら学院長室まで来い」


「ああ」


「あいあい!!」



 ショウとハルアは何も疑わずに頷くと、購買部目指して走り出した。その姿はあっという間に見えなくなる。ショウも同行しているから、きっと問題なくお使いをこなしてくれるはずだ。



「ユーリぃ、何で学院長室なのぉ?」


「決まってんだろ」



 エドワードに問われ、ユフィーリアはさも当然とばかりに答えた。



「学院長に対する減給してきた腹いせ」

《登場人物》


【ユフィーリア】過去に何度か儀式場を爆破してる。その度に使用禁止を言い渡されるのだが、懲りずに無断で借りるし爆発で吹き飛ばす。

【エドワード】魔法が使えないので儀式場を使う機会は、ユフィーリアに連れられて問題行動に勤しむ場合のみ。

【ハルア】第3儀式場はあんまり利用しないから、こんなところもあるのかと驚く。でも確実に入ったことはあるんだ。

【アイゼルネ】生贄にゴ【自主規制】を使うなんて考えられない。いきなりエドワードが購買部の隅で捕まえてきたのでぶっ倒れかけた。

【ショウ】自分が儀式場から来たことは知らないので、儀式場は初めてだと認識。覚えていない。


【グローリア】儀式場が爆発したと聞いて駆けつけたら、問題児がまた変なもので悪魔召喚をしようとしていた。馬鹿なのだろうか?

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