第1話【問題用務員と模様替え】
「うーん……」
透き通るような銀髪と色鮮やかな青色の瞳が特徴の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは悩ましげな表情で唸り声を上げる。
魔導書が積み重ねられた事務机に広げられたものは、部屋の内装を記載した雑誌である。雑誌の頁には格好いい部屋の内装の絵が掲載されており、脇にはどういう壁紙を使用したか、どういう家具を用いているかなどの説明書きがある。
豪華な照明器具が天井から吊り下がり、壁には綺麗な油画が飾られている。長椅子も数人で使える立派なものが置かれてあり、食器棚も装飾品が豪奢なものが写り込んでいた。
これらの部屋の内装の絵を眺めるユフィーリアは、
「こっちかなー、それともこっちかなー」
雑誌の頁をペラペラと捲りながら悩むユフィーリアに、用務員室の片隅で人形遊びに興じていた女装メイド少年のアズマ・ショウが反応を示す。
雪の結晶が刺繍されたスカートが特徴の古風なメイド服はもはや彼の制服として定着し、ポニーテールに結ばれた黒髪が動くたびに揺れる。頭頂部にはホワイトブリムが燦然と輝き、彼の胸元では細めの真っ赤なリボンが飾る。
熊の人形を抱えて首を傾げるショウは、
「ユフィーリア、何を悩んでいるんだ?」
「ん?」
ユフィーリアは「実はな」と雑誌を広げて、
「そろそろ居住区画の模様替えをしようかって考えててな」
「模様替えを? 簡単に出来るのか?」
「魔法を使えば空間を拡張することも模様替えをすることも簡単に出来るけど、面倒だから業者に任せようかなって思って」
空間拡張魔法も模様替え魔法もユフィーリアは使えるのだが、模様替えをする部屋の想像を固定させなければならないのだ。しかも模様替え魔法となると魔法陣を組んだり、魔法式を構築したりで色々と忙しいのだ。
雑誌の頁で「こういうのにして」と頼めばやってくれる業者が近くにいるので、今回は手短に業者へ金を払って頼むことにしようと考えているのだ。
ユフィーリアは雑誌を広げて、
「ショウ坊、あとハルも。この中だったらどれがいい?」
「俺にも選ばせてもらえるのか」
「オレも選んでいいの!?」
「お前らも住むんだから意見の擦り合わせぐらいはしねえとだろ」
ショウと一緒に人形遊びをしていたハルアもユフィーリアの広げる雑誌を覗き込んできて、模様替え議論が開始される。
「どれもカッコいいね!!」
「何というか秘密結社みたいな内装だな」
「そうかァ?」
ユフィーリアが悩んでいた内装は、どれもこれも魔法学院の用務員が使うような部屋の内装ではないのだ。
床は赤と黒の格子模様、天井から本格的な照明器具が吊り下がる。寝そべって使うような大きめの長椅子が広々とした部屋の隅に置かれ、調理場はさながらバーラウンジを想起させる開放的なものだ。ついでに上から葡萄酒用の硝子杯まで逆さになっている。
調理場の前には高めの位置に長机が設置され、脚の高い丸椅子が並んでいた。目の前で調理され、すぐに提供されるような作りである。
「格好よくね?」
「オレはいいと思うよ!!」
「俺もユフィーリアの感性に賛成する」
「お、そうか」
賛成票が3つも集まり、ちょうど魔法学院の購買部まで買い物に出掛けているエドワードとアイゼルネが反対票をしてもユフィーリアの意見が押し通せるようになった。未成年組は純粋なのでちょろい。
ユフィーリアは「よしよし」と頷き、雑誌の頁に羽根ペンで大きく丸を描く。この絵を見せて業者に頼めば、すぐに隣の居住区画がその通りになるだろう。
さて模様替えをしたい箇所は他にもあるのだ。雑誌をペラペラと頁を捲っていき、
「あ、どうせなら個人の部屋を持つのもいいよな。5人に増えたしな」
「却下」
「やだ!!」
「拒否しまぁす」
「ダメ♪」
「帰ってきて早々に拒否の言葉を並べんじゃねえよ悲しいだろ!!」
一緒に模様替えの雑誌を見ていたショウとハルアどころか、購買部から帰ってきたばかりのエドワードとアイゼルネも同時に拒否してきた。扉の外から話を聞いていたのか。
「何でお前ら個人の部屋を持つの嫌なんだよ、お前らにも1人になりたい時間があるだろ?」
「1人の時間を得た途端、俺は天井でブランコをするぞ」
「何その楽しい遊び」
ショウが真剣な表情で楽しそうな発言をし、ユフィーリアは興味深そうに「どんなの?」と詰め寄る。何だったら面白そうなのでやってみたい所存だ。
にこやかに微笑んだ女装メイド少年は、いそいそと戸棚の下から縄を取り出した。雑誌をまとめて捨てる為に使われる丈夫な縄だ。
それを両手で握るショウは朗らかな笑みを見せて、
「ユフィーリアと一緒にいられないなら、俺は天井でブランコする」
「お前それ首吊りじゃねえか止めろ止めろ!!」
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、ショウの手から縄を吹っ飛ばすユフィーリア。1人にした瞬間にそんな凶悪なことに手を染めようとする女装メイド少年の闇に触れた気分である。
床に落ちた縄を素早く拾い上げたハルアが、自分の着ている黒いつなぎの衣嚢に突っ込む。下手をすれば本気で実行しかねないと判断したのだろう、素早い行動に拍手を送りたいところだった。
これは個人部屋を持たせる方針は取り止めた方がいい。目を離した瞬間に何をするのか分からない。
「えー、じゃあ止めるかァ」
「ユーリは1人部屋を持ちたいようだねぇ?」
「1人部屋っていうか書斎を作ろうかと思って」
購買部で買ってきた品物を片付けるエドワードに指摘され、ユフィーリアは「これ」と別の頁を広げた。
天井まで届くほど高い本棚と立派な机、本棚には高い梯子がかけられている書斎らしい書斎だ。ここで読書をすれば捗ることだろう。
用務員室に置かれた魔導書もそろそろ大変なことになりそうだし、床が抜けてもおかしくないほど積み重ねられている。本格的に書斎を作って本棚に収納したいところだ。
どうせユフィーリアは書斎に入り浸るので、ならばエドワードたち4人も個人の部屋を持った方がいいのではないかと判断したのだ。そうすれば思う存分に鍛錬が出来るし、遊べるし、着替えだって自由だ。
「書斎はいいんじゃないのぉ?」
「ユーリは見た目に似合わず読書家だものネ♪」
「おっと?」
ユフィーリアは驚いた。
個人の部屋を持つのは反対してきたが、書斎を持つのは賛成の様子である。目を離した瞬間にブランコすると言い放ってきたショウも「書斎なら椅子をもう1つぐらい増やしてほしい、俺も本を読みたい」と言ってくる。この差は何なのか。
すると、エドワードが「あ」と思い出したように言う。
「書斎を増やすならぁ、お風呂場もどうにかしてくれなぁい?」
「あー……」
ユフィーリアはエドワードの頭から爪先まで視線を巡らせる。
彼の身長は2メイル(メートル)を超え、体格も筋骨隆々としている。現在の浴槽では足を伸ばすことが出来ない状態だ。
確かに浴室の改築は急務だったのかもしれない。むしろ今までよく文句も言わずに浴室を使っていたことだ。早めに訴えてくれれば、ユフィーリアだって浴室の改築ぐらいは早めにやった。
雑誌をペラペラと捲るユフィーリアは、
「どういうのがいい?」
「足が伸ばせる浴槽がいいねぇ」
「広くてカッコいいのがいい!!」
「お洒落なものがいいワ♪」
「石造りのお風呂がいい」
「注文が多すぎる」
意見を聞いたら全員から倍以上のものが返ってきた。どうやらあの浴室には全員して何らかの不満があったらしい。
そこまで言うなら早めに言ってほしかったものだ。どうして今まで我慢して使っていたのだろう、浴室とは心癒される場所のはずなのに。
ユフィーリアは雑誌の頁を捲って、浴室の絵が多く掲載された部分を全員に見せる。
「えーと、足が伸ばせる浴室だから大浴場形式の方がいいか」
「あ、これいいかもねぇ」
エドワードが指で示したのは、広い浴室の3分の1ぐらいの面積を有する浴槽だった。隅には浴槽を出入りする為の手摺が設けられ、転倒防止にも繋がっている。
壁沿いには洗い場が並び、身体や髪の毛を洗う場所も完備されていた。余計なものは一切なく、単調な浴室である。
だが、この意見に反対を示したのはアイゼルネだ。「お洒落な浴室がいいワ♪」と言いながら、エドワードの手から雑誌を奪う。
「こういうお風呂もいいでショ♪」
「あー、好きそうだなァ」
アイゼルネが突きつけてきた頁を眺め、ユフィーリアは納得したように頷いた。
そこに掲載されていた風呂場の絵は、広々とした浴槽の中心にお湯を噴き出す噴水が設置されていた。噴水には女神が祈るような形の石膏像が置かれ、古風でありながら神聖な雰囲気が同居している。
ちなみに天井も高く、天使の油画が全面的に描かれていた。もはや宗教団体の上層部が好んで使いそうな風呂場である。
エドワードは「足が伸ばせれば別にいいよぉ」とアイゼルネの意見に文句はないようだ。アイゼルネが示す風呂場も浴槽が広いので、彼からすれば足が伸ばせる浴槽であれば何でもいいのだろう。
「ショウ坊は? 石造りの風呂がいいって言ってたな」
「岩盤浴みたいなのかしラ♪」
「えーと……」
アイゼルネから雑誌を受け取り、頁を捲るショウ。目的の頁が見つかったのか、ユフィーリアに「これがいい」と示す。
頁に掲載されていたのは、極東地域でよく見られる宿屋の露天風呂だった。ゴツゴツとした岩が並び、その中央にお湯を湛えている。
風呂の周囲には赤い番傘が花を添え、火照った身体を冷ます為の椅子まですぐ近くにある様子だ。洗い場には木の温もりを感じる台座と風呂用の椅子が置かれ、浴室の隅には木桶が山のように積まれていた。
なるほど、極東地域の文化などに馴染みのあるショウらしい選択だ。
「じゃあ3つ作るかァ」
「3つも作れるのか?」
「アタシはどれも良かったし、どうせなら日替わりで風呂を楽しみたいんだよな」
ユフィーリアは『風呂の設備』と銘打たれた頁を捲り、
「扉に魔法式を組んで、取手を捻れば該当する風呂に変更されるようにしよう。入る時に多数決な」
「それでいいよぉ」
「分かった!!」
「賛成だワ♪」
「了解した」
全員からの賛同を得られたことで、ユフィーリアは「よし決まりだな」と雑誌を閉じる。
「じゃあ早速、業者に頼みに行くかな」
「業者とは学院にいるのか?」
「購買部の黒猫店長に依頼するんだよ」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、あっけらかんと言い放つ。
「あの黒猫店長、意外と有能なんだぜ。購買部で買えないモンはないし、内装工事も思いのままだ」
《登場人物》
【ユフィーリア】居住区画にほしい設備は書斎。本がたくさん増えてきたので専用の部屋がほしい。
【エドワード】居住区画にほしい設備は足を伸ばして入れるお風呂。いつも縮こめて入ってた。
【ハルア】居住区画にほしい設備は大きいソファ。寝れる奴がいいね!
【アイゼルネ】居住区画にほしい設備は広めの衣装部屋。自分の衣装も増えてきたが、ユフィーリアやショウをコーディネートしたい。
【ショウ】居住区画にほしい設備は天蓋付きベッド。図書館で読んだファンタジー小説の影響で憧れがある。




